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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第67章 神話の終わりと始まり編

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第1368話 カイトらしさ

 ティナの指示を受けて己の女神を目覚めさせるべく『月下山(げっかさん)』へと移動したカイトであるが、その道中で見たのは海の如き無数の黒いモヤだった。


「どする?」

「どうするもなにも……そりゃ、もちろん」

「「蹴散らすまで!」」


 カイトとユリィは声を合わせて、一気に地面へと急降下する。この黒いモヤが何か、なぞ今更考える必要もない。あの黒いモヤは周囲に感染し、数を増やしていく。おそらくカイト達の野営地を迂回した『ロック鳥』が中心となり、ここまで増えたのだろう。目指す先が何か。理由は何か、なぞ考えるまでもない。


「はーい、お客さん。女の寝床になんのご用事で?」

「あのさー、流石に夜中に女の子の寝室に入ろうとするのは感心しないなー。彼氏さん激怒してるよー?」


 地面を砕くほどの勢いで着地したカイトの横。ユリィは即座に大型化して黒い海へと問いかける。規模こそ以前の狂信者の一件と比べ物にはならないほどの小ささだが、感じる威容はあの時よりはるかに強い。邪神の目覚めが近い事で強化の度合いも桁違いに上昇しているのだろう。が、だから何なのだ。二人からすれば単に女神の眠りを邪魔する邪魔者にしかすぎない。


「そうそう。オレ様怒ってますよー」

「私も、怒ってるよー……まぁ、聞いてないんだけどさ」


 適度に悪ふざけを挟んだ二人は自分達の威圧を受けてなお一直線に『月下山』を目指して突き進む黒い海に呆れ返る。今の二人は間違いなく勇者とその相棒だ。その圧力は並の軍隊なら戦うまでもなく踵を返すほどだ。が、それでも黒い海は一切留まる事を知らなかった。


「さて……ほれ」

「どもー」


 ユリィはカイトから投げ渡された大鎌をくるくると振り回して、見得を切る。その横でカイトもまた、ユリィと背中合わせに見得を切った。


「我は月の女神に仕えし者」

「我は死の女神に祝福されし者」

「「さぁ、死出の旅に出ると良い。我ら再誕への旅路を祝福せん」」


 二人はそう見得を切るなり、魔術で真紅と黒のローブを顕現させて身に纏う。そして先陣を切ったのは、カイトだ。彼は黒い海へと突撃すると、そのまま大きく大鎌を振りかぶった。


「おぉおおおおおお!」


 カイトの雄叫びと共に、神器たる大鎌に強大な力が宿る。そうして、三日月の如き斬撃が放たれた。己の神の敵の出現を受けて活性化していたのは、何もソラの持つ神剣だけではない。カイトの持つ大鎌もまた神器だ。活性化しない道理はなかった。

 それどころかこの神器はほぼ唯一の月の女神に関わりのある神器だ。そして調整は常に完璧の状態に整えられている。ソラの神剣以上の力を放っていた。そんな大鎌が、カイトの力を受けたのだ。その威力たるや、一撃で黒い海を真っ二つにするほどだった。


「さて……じゃあ、今度は私の番だね」


 そんな真っ二つに割れた黒い海の上に、ユリィは浮かんでいた。その背には双子の月があり、二筋の月光が彼女の姿を照らし出していた。そうして、ユリィはそんな月光を大鎌へと蓄積させていく。


「<<月の輝きは閃光となる(ムーン・レイ)>>」


 大鎌から無数の閃光が放たれて、黒い海へと穴を作っていく。元来<<月の輝きは閃光となる(ムーン・レイ)>>は斬撃に銀閃を乗せる(スキル)ではない。月の放つ魔力を大鎌に蓄積させて、銀閃として放つものだったのだ。本来は夜にしか使えない(スキル)で、それを亜種として改良したのがカイト達が日中使っているものだった。


「おいおい……そんな慌てふためいてて、ウチの女神様を潰せると思ってたのか?」


 上空から降り注ぐ無数の銀閃に為す術もない敵陣に対して、カイトは楽しげに更に一歩踏み込んだ。この程度の攻撃で終わると思ってもらっては困る。なにせこいつらは自分の女神の寝処を汚そうとしたのだ。許せるはずがない。


「月光よ、我が意を得て大鎌にその輝きを宿せ」


 カイトは地面に大鎌を両手で持って、厳かに月に向けて命令する。その言葉を受けて、月から放たれる月光が収束して彼の大鎌を照らし出す。それを受け、大鎌が第三の月の如き光を放った。


「<<第三の月(ザ・サード・ムーン)>>」


 カイトの持つ大鎌から月と見紛うばかりの光が放たれる。それは月光の様に周囲を照らし出して、黒いモヤで覆われた魔物達の本来の姿を照らしていく。そうして照らし出された魔物たちであるが、その月の光と見紛うばかりの力によってその一瞬後には跡形もなく消し飛んでいた。


「まぁ、ここまで減れば問題も無いか……終局だ」


 適度に減らした敵軍を見据えながら、カイトは厳かにそう宣言する。


「命令だ……殺せ」


 ごぅ、とカイトから死神の力が放たれる。シャルロット、月の女神にして死を司る女神の権能。それは言うまでもなく生き物を殺す事だ。故の死神。なればこそ、その神器には問答無用に敵を殺す力があった。


「……」


 たったの一撃で、敵が完全に消滅する。それにカイトは感慨もない。月の光で邪神の加護を消しとばし、死の力で消滅させる。間違いなく、彼こそが歴史上唯一の死神の神使だった。


「雑魚が……女神を起こすのはオレの役目だ。その邪魔してんじゃねぇよ」


 フードを脱いで、カイトは身を翻す。この程度の雑魚に後れをとる理由は一切ない。故にカイトは一切振り返る事もなく身を屈める。その肩にはいつのまにか小型化していたユリィの姿があった。


「行くぞ」

「うん」


 たった数分。一切の攻撃さえさせず敵軍を壊滅させた二人はそのまま一気に『月下山』を目指して再び夜空を駆ける。そうして交戦から更に数分で、二人の眼下には花で満ち溢れた少しだけ小高い山の姿が見受けられた。


「……ここが」

「……ああ」


 ユリィの言葉にカイトは小さく同意する。二人とも込み上げてくるものがあったのか、僅かに涙を湛えていた。そんな二人はゆっくりと山のてっぺんへと舞い降りた。ここに、愛する女が眠っている。山から見える光景を見たかったし、山のすべてを見たかった。


「「……」」


 山に降りた二人を出迎えたのは、さぁ、という風のせせらぎだ。周囲には魔物一匹見受けられない。それは清浄な空気が周囲を守っているかのようでさえあった。


「綺麗な所だな。死神の寝所とは思えないぐらいだ」


 周囲を満たすのは、綺麗な色取り取りの花畑だ。死神の寝所とは決して思えない程の美しさだ。が、美しくも愛らしい美の女神が眠る地には、相応しい。


「……禿山だったんだがなぁ、この山は。本当はこんな山だったのかね……」


 おそらく植えたのは他でもないシャムロックその人だろう。数千年前の本来の姿を取り戻させたのか、それともカイト達との出会いと別れを想って植えたのか。それはわからない。

 だが、カイトとユリィにはこの光景は嬉しくはあった。だから、彼らは大きく息を吸い込んでこの山に満ち溢れる生命の息吹を肺腑に取り込んだ。何か花の甘い香りが、彼らの鼻をくすぐった。


「いい匂いだ。ぶどうもありそうだな」

「好きだもんね、シャル」

「ワインの方がもっと好きだけどな」


 赤や黒を嫌う癖に、ワインだけは血の様に赤い赤ワインが好きだったんだっけ。懐かしげにそれを思い出して、カイトはくすりと笑う。


「もっと格好良く出迎えたかったんだけどなぁ……」

「大丈夫だよ、カイトはそのままでも十分格好良いから」


 望み始めればキリがない。それこそ叶うのなら戦いが終わった後に目覚めさせたかった。が、死の女神。戦いから離れるという方がおかしい話だし、戦場でこそ映える女神だ。今こそ、彼女が目覚める時だった。


「にしても」

「うん……ちょっと、不粋だね」


 感慨深く今までの事を思い出していた二人だが、そんな二人が唐突に柳眉を逆立てる。二人とて先ほどの一団ですべてだとは思っていない。が、想定した以上に数が多かった事と進軍速度が速かったのは事実だった。


「……この山に一歩でも踏み込めば……殺す。跡形も残さん」


 山全域の隅々まで行き渡るほど、カイトの覇気が増大する。ここは愛する女が眠る地だ。それを土足で踏み荒らした挙げ句に汚そうものなら、彼はおそらく一切容赦しない。


「……」


 ぎろり、とカイトが山を全方位から取り囲む黒いモヤで覆われた敵を睨み付ける。間違いなく、彼は激怒している。他の何にでもなく自分自身に、だ。


「あぁ……いや、悪いな。踏み込まなくても殺す。この場を知った貴様らは一匹も残さん」


 カイトの言葉には明確な殺意があった。彼がここまでの殺意を抱くのが珍しいほどの殺意が篭っていた。それこそ、ここまでの殺意は盗賊達を相手にする時ぐらいだろう。ここは思い出の地。カイトとしても思い入れ深い場所だ。そこにまで近づかれてしまった。


「ここはな。オレとアイツがようやくお互いを愛してるって気付いた場所なんだよ」


 轟々とカイトの身体から放たれる圧力は、敵の侵攻を一切許す事はなかった。この山に一歩でも近づけるのなら近づいてみろ。その意思が彼の持つ莫大な魔力を得て強力な魔力の波動となり、吹き荒ぶ業風の様に敵を強制的に押し戻していたのである。


「あぁ……失態だ。オレに、女神の神使にあるまじき失態だ。こんな事なら言うことを聞かずに貴様らを殲滅するべきだったなぁ……」


 何度となく吹き荒ぶ魔力の波動はそれだけで敵を消滅させていく。魔力とは意思の力。それ故、殺すという絶対的な意思とカイトという強大な力の持ち主、更には主が側に居る死神の鎌という三つが組み合わさった事により、その魔力の波動に触れただけで消滅させるという尋常ならざる結果をもたらしていた。


「まぁ、何はともあれ……おい。これからオレの女神が起きようというんだ。貴様らみたいなゴミがうろちょろしてたら困るんだよ。わかるか? 数百年ぶりのお目覚めだ。最高の光景を見せてやりたいんだ。そのために、シャムロック殿もここに花を植えた。なのに、なんだ? 貴様らみたいなゴミが……いや、正しくお目汚しにしかならんゴミどもが映り込むだと? 己の身分ってもんを弁えろよ」


 相手は魔物。しかも理性を取り払われ、恐怖なども消し去られた侵食種だ。言う意味なぞ無いはずだ。にも関わらず、激怒したカイトは一方的に言葉を投げ掛ける。


「良いだろう……不相応にもこの場に立ち入ったゴミには過去最大の一撃をお見舞いしてやる……ユリィ」

「うん」

「行くぜ」


 カイトは獰猛に牙を剥く。これをやるのは、初めてだ。が、何故か出来るとわかっていた。そうして、二人が地面に大鎌の柄を突き立てる。


「……リンク開始」


 ユリィの突き立てた大鎌から伸びた光がカイトの大鎌へと接続する。それを受けて、カイトは二つの大鎌へと命令を発した。


「コネクト確認……共鳴開始……命令だ。全周囲全方位……この山に向かうすべての敵を」


 この大鎌は二つ揃ってこそ、真の力を発揮するのだ。今まで二人は片方しか使っていない。それで十分だったし、二人で持ってこそ二人には意味があった。

 だが、だからこそここでは二つ揃って使う事に決めた。ここに自分達がやってきたぞ、というノックにも近い。起きろ、というアラームでも良いだろう。そうして、二人が同時にその符号を口にした。


「「殺せ」」


 口決と同時。二人の持った大鎌からは純白の光ではなく、漆黒の闇が吹き出した。それは敵を覆い尽くす黒いモヤよりも遥かに黒い、濃密なまでの死そのものだ。それは夜の帳の様に周囲の一切を覆い尽くし、存在さえも飲み込んだ。

 が、しかし。それが殺すのは主たる二人が選別した獲物のみ。故にすべてを飲み込んで、黒いモヤに覆われた者以外には何ももたらさない。それどころか、奪った生命力を分け与えてさらなる活力をもたらしさえしていた。


「……カイト。ここは私が請け負うよ。だから……」

「ああ……行ってくる」


 こんなもので支えきれるのは一時だけだ。故にカイトはユリィの言葉を背に、自分の目には見えている月の女神の寝室への扉へと歩いていく。そうして、カイトはユリィにその場を任せ、一人女神を目覚めさせるべく十数年ぶりに女神の寝室へと入っていくのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1369話『女神の目覚め』

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