第1367話 神話を再び
カイトとソラ。どちらも変な因果により古代の神々の力を受け継ぐ事になった二人の戦士による仲間達の撤退支援。この開始とほぼ同時に撤退は開始されていた。
「順次撤退はするな! 各個撃破される!」
イングヴェイは今すぐにでも逃げたい様子の末端のギルドメンバー達に向けて、急がない様に何度も注意する。ここで潰走にも似た撤退をすれば、その時は黒いモヤに覆われた魔物達の餌食だ。
この敵は間違いなく強い。それをイングヴェイは事前に得ていた情報から知っていた。ならば乱雑な逃走ではなく秩序立った撤退を行う必要がある。と、そんな彼の所にリディックが駆け足でやってきた。
「兄者! 冒険部の側の撤退準備が終わったそうだ!」
「早いな!」
やはり指揮官が何人も居て、そしてカイト達が集団行動を主眼として動いているからだろう。意外な事にイングヴェイが率いるギルドよりも集団行動という面では冒険部の方が優れていた。特にアルが居た事も大きい。軍事であればアルの方がイングヴェイよりも数段上だからだ。
「ユスティーナ! お前さん、大丈夫なのか!?」
「何がじゃ!?」
「いや、そんな乱射しまくって……」
明らかに尋常ではない威力の魔術を乱射して周囲から攻め立てる魔物達を吹き飛ばすティナを見ながら、イングヴェイが魔力切れを心配する。
この黒いモヤに覆われた魔物はソラの様に神々の力を受けた武器を持つか、クオン達のようにもはやそんな物ではどうしようもないほどの力量を持つかのどちらかしか無力化する術がない。故にティナは力技で押し切っていた。それ故、イングヴェイも魔力切れを心配したのである。
「ふんっ……この程度の雑魚に後れを取るほど、余は鈍ってはおらん。とはいえ……」
別に疲れた様子もないティナはひっきりなしにやってくる魔物を見据えながら、わずかに苛立ちを露わにする。
「面倒じゃのう。雑魚は雑魚じゃが、やはり数が多い。流石に山すべての魔物と戦うのは手間じゃのう。それに……クー。どうじゃ?」
『……居ますな。確実に』
ティナは戦闘の開始と同時に上空へとクーを密かに飛ばしていた。何が起きているかあの時点でわかっていなかったのは彼女も一緒だ。なのでクーを飛ばして状況を把握しようとしていたのだ。
その後はひっきりなしに来る敵の数を少しでも減らす為にクーを大型化させ、今は汚染された『ロック鳥』の群れと戦わせていた。イングヴェイ達は知る由もないが、まだこれでも減っている方なのである。
「ふむ。面倒じゃのう。あの『虹を纏う獣』ではあるまいが……何らかの汚染された魔物は居るか」
ここに居たのは残滓だ。それで思い起こされるのはやはり、湖底の遺跡で戦った『虹を纏う獣』だろう。とはいえ、流石にあそこまでの個体が居るとはティナとしても考えにくい。あれが居るのならまず間違いなく、カイトが来た時点で行動を開始したはずだ。
それほどまでに邪神の復活は近づいている。それが無いのであれば、ここに居るのは邪神復活に合わせて活動を再開させた少し強い程度の個体しか居ないと思われた。が、それはカイト達からすれば少し強い個体というだけなのであって、現代文明からすれば明らかに驚異だ。
「……」
どうすべきか。ティナは幾つにも分割させた思考で幾つものパターンに分けて現状を考察し、対処を考察する。そうして一つ考えついたのは、これしかなかった。
「……イングヴェイ! はよう撤退せい!」
「まずいのか!?」
「使い魔を飛ばして見える光景から、おそらく遠からず強い個体が奥地から現れよう! あれが来る前に撤退をしておきたい!」
「っ!」
あり得る可能性ではあった。故にイングヴェイもその可能性に気が付いて、わずかに顔を顰める。だがだからといって、今の時点で限界まで急がせているのだ。弓や魔術で敵を食い止められる面子はすでに戦闘を開始している。即座の撤退が難しい近接戦闘を行う者たちとて大急ぎで荷物を運び出している。手一杯だ。
「急げ急げ! 時間が無いぞ!」
故に出来るのは、急がせる事だけだ。何かが失敗しても命あっての物種だ。今回ばかりは仕方がないと諦めるしかない。それにイングヴェイ達としても主目的たる『ダイヤモンド・ロック鳥』の雛は確保して、すでにカイト達のキャンピングカーに運び込んでいる。最悪の最悪はこのキャンピングカーさえ守りきれればそれで良い。後は失っても十分に帳尻を合わせる事はできる。それだけの利益はあるのだ。
「さて……後は撤退すれば、余も余として戦えるのう」
ここで残るのは最低限の面子だけで良い。そしてその面子に自分が含まれるのはティナとしては当然の道理だ。そしてカイトももちろん、そのつもりで動いている。が、ここでティナは一つ腹案があった。
「……」
ティナが手にするのは、己の王冠。これが意味するものは、今はまだ彼女しかわからない。そしてわかる必要もない。そしてあっという間に後ろで撤退の準備を取り戻した。
「さぁ、行け」
ティナは己が真の姿を取り戻す為、イングヴェイ達に出立を促す。カイトが神の使徒としての戦いをすると同時に、彼女は王としての姿で戦うつもりだった。
「よし! 出来たぞ! ユスティーナ! お前さんも急いで」
「では、行け! 余はここに残ろう!」
「はぁ!?」
ティナの明言にイングヴェイが大いに慌てふためいた。先程からほぼほぼ冒険部の上層部は残る一択だ。馬鹿かアホかと思えた。が、驚いて振り向いてティナの纏う力を見て、イングヴェイは咄嗟に理解する。
「……あんた……なんだ?」
おそらく、イングヴェイが熟練の冒険者だからだろう。二十年近くも冒険者として戦えばこそ、そしてランクSにまで上り詰めユニオン幹部という地位にまでたどり着けばこそ、ティナに内在されていた圧倒的なまでの力に気付いた。明らかに、何かが違う。自分と比べてさえ格が違うと理解出来るだけの何かが内在されていた。
「……気にする事ではあるまい」
おそらく、自分よりはるかに格上。本来は対等になぞ立てるはずのない相手だとイングヴェイはティナの覇気を見て理解する。
「ユスティーナ……ユスティーナ……ミストルティン? っ!?」
そういう事か。イングヴェイは今まで繋がる事のなかった幾つもの線が繋がるのを理解する。やはり策士として知られればこそ、だろう。
彼は幾つもの断片をつなぎ合わせ、カイト達の戦歴と戦績があまりにおかしい事に気が付いていた。偶然と片付ける事も出来る。冒険者にとって運という要素は決して馬鹿に出来ない要素だ。が、偶然と片付けるにはあまりに凄すぎる内容ばかりだ。更には、カイトの実力の不自然なまでの高さもある。
「あんたら……まさか……」
カイトが残ると言った理由。ソラがあの若さと実力にも関わらず神剣を手に出来た理由。そうであれば、不思議はなかった。イングヴェイはそれを理解する。
「……お主が知る必要の無い事じゃ」
「……」
おそらく、これが答えだ。イングヴェイはそれを理解して、迷いを捨てる。なにせ背後に居るのが真実歴史上から消えた二人だとするのなら、間違いなく迷う必要なぞない。それどころか、自分は邪魔にしかならない。たかだか少し名を売っただけのランクSの冒険者なぞ、後ろの面子からすればランクEも変わらないのだ。
「行くぞ! 残って殿を務める奴は死ぬな! 遠距離から攻撃出来る奴は馬車の上から攻撃して、敵を近づけさせるな!」
残る面子は誰も彼もが神話の戦いに加わったとてエースとして活躍出来る様な化物だ。なら、後ろに心配はない。そうして、イングヴェイ達は可能な限りの速度で撤退を開始する。それを背に、ティナは今度こそ心置きなく戦うべく本来の姿に戻った。
「……これを被るつもりは無かったが……うむ」
ティナは本来の姿に戻ると、どこか神妙な面持ちで己の為に作られた王冠を手に取った。義弟に裏切られたと思った時から、これをかぶる事は二度と無いと考えていた。
だが、彼は裏切っていなかった。だから、これを手にする事に迷いはない。そうして彼女は一度目を閉じて、長らくかぶる事のなかった王冠をかぶった。
「……」
王としての風格を隠す事なく。ティナはとん、と杖で地面を叩く。それだけで、周囲には無数の魔術が一斉に起動した。
「一匹たりとも、ここから先には通さぬよ」
ただ王として。絶対者として。ティナは同朋が消し飛ばされてなお勢いを緩めぬ敵軍を見据える。そんな彼女の内面は、妙な気分だった。
「カイト。全員が撤収した。こちらへ戻れ」
「アイ……ま……む?」
帰るなり見たティナの姿に、カイトが思わず呆気にとられる。実のところ、彼はティナが王として立つ姿を見たことがなかった。彼女が王冠を持っていた事は知っていても、それをかぶった姿を見たのは一度だけ。しかもあの時は敵として見ただけだ。その後はすぐに彼女は王冠を下ろした。しっかりと見たのは初めてだった。
「……」
「なんじゃ、呆けおって」
「……あ、ああ。いや……あー……くそっ。月夜だぞ、今は」
「妙な事を言いおるのう」
王としての風格を隠さず、ティナがくすくすと笑う。が、これにカイトが言えたのは、たった一言だ。
「うん……綺麗だ。その王冠、すげぇ似合う。お前、本当に魔王だったんだな」
王としての絶対的な風格がありながらも、カイトは彼女から女らしさを感じていた。女王。その一言がよく似合う美しい冠だ。彼女の美しさに負けないどころか、彼女の美しさを際立たせる王冠。それ故、カイトは思わず見惚れてしまったのだ。
「なんじゃ、当たり前の事を今更言うでないわ……っと」
「はぁ……あー……やっばいわ、これ……どしよっかなー……」
可能なら、今すぐ物陰に駆け込むかベッドに押し倒したい。カイトは改めて見惚れた己の婚約者にして恋人を抱き寄せながら、どうしようか悩む。いっそさっさと殲滅してしまうのもありか。そう思ってさえいた。
「うん、とりあえずキスしとく」
「ん……場を心得よ、と言って心得るお主でもあるまいか」
「あったりめーよ。こちとら伝説の勇者様。そして横には伝説の魔王様。この程度の雑魚で負ける道理があるとでも? この倍……いや、万倍は連れてこいってんだ」
「ほう……言うたのう」
カイトの軽口にティナは妖艶に笑う。が、そうでなくては自分の伴侶たり得ない。傲慢に、高慢にそれを受け入れる。と、そんな所に非常にいたたまれない声が響いた。
「え、えーっと……あ、あのー……」
「「ん?」」
「いや、あの……なんってか……お邪魔して悪いんだけど……」
そこに立っていたのはソラだ。彼もイングヴェイ達が撤退したのを見てこちらにやってきたのだ。やはり森の中で戦うより、開けた場所で戦う方が戦いやすい。当然の判断だろう。
が、やってきて見たのは戦場でいちゃつく親友とその恋人である。対応に悩むのは致し方がない事だし、そもそもこんな非常事態かつ非常時にいちゃつこうとしているカイトが悪い。とはいえ、居づらいのは居づらい。なのでソラがおずおずと問いかけた。
「えーっと……戦って良い?」
「おーう……さぁて……雑魚をとりあえず片付けるか」
「いや、それはならぬ。カイト、お主ちょいとこの場を余に預けて一旦引け」
「あ?」
ティナの指示にカイトは目を瞬かせる。そもそもカイトを呼び戻したのはティナだ。であれば、そこには何かの思惑があった。
「……お主ももう気付いておろう。この雑魚共がどこを目指しておるか、と」
「まぁな……行って来いってか?」
「そうよ。余らがここにおるのは冒険部を守る為だけ。それ故、この周辺からはすでに大量の魔物があちらに向かっておろう。道中でどこかではぐれたりした場合を考えれば、それの方が良かろう」
カイトの確認に対して、ティナは道理を説いた。それにカイトはようやく、ティナがこの姿を晒した理由を理解した。
「はぁ……お前は本当に……」
「なんじゃ」
「愛してるよ、お前も」
「ん!」
今度は唐突にキスされて、ティナが困惑する。何故いきなり、というのはティナはわからなかった。が、そうして唇を離したカイトは意を決していた。
「……ユリィ。聞こえてるか?」
『なーにー?』
「行くぞ」
『どこへ?』
「ねぼすけさんの所」
『え!? 今から!?』
「良い月だ……目覚めるには吉日だろうさ」
カイトは夜空を見て、闇夜を照らす双子の満月を見る。完璧な満月だ。今日ほど、女神の降臨に最適な夜はない。であればもう運命がそう告げているとしか考えられなかった。と、そんな彼の肩にユリィが舞い降りる。
「あーぁ。格好良く出迎えるつもりだったんだがね」
「よいしょっと……どして今から?」
「こいつに言われた」
「へ?……どしたの、そんな変なのかぶって」
カイトの指摘を受けたユリィはティナを見て、何時もと同じ姿から少し違う部分を見付けてのんきにそう問いかける。それに、ティナが声を荒げた。
「なんじゃ、ヘンなのとは! 余の王冠じゃぞ! これでも当時有名なデザイナーの渾身の作品じゃぞ!」
「あー……そう言えば一度だけ見た事あったっけ……でも、どして?」
「良いわ、別に。さっさと行って来い」
女心のわからん奴め。ティナは不貞腐れながらユリィを言葉で蹴っ飛ばす。そうして、そんな二人に笑いながら、カイトは己の女神が眠る地へと飛翔を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1368話『カイトらしさ』




