第1366話 神話の戦いを
カイト達が寝静まった頃に起きた黒いモヤに覆われた魔物達による大進撃。それにより、イングヴェイの競争相手の二つのギルドは壊滅的な被害を受けていた。そしてその魔の手は、冒険部にも迫りつつあった。
「なんだ!?」
山の奥地から響き渡る轟音と悲鳴を聞いて、流石にソラも跳ね起きた。明らかに尋常ではない状況だと理解するのに十分だった。と、そんな彼が見たのは、壁に立てかけた神剣が神々しい光を放つ姿だ。
「これ……光ってる?」
何が起きているかはわからない。わからないが、神剣が光を放っている。間違いなく尋常な状況ではない事が理解出来た。というわけで彼は即座にベッドから飛び降りると、おっとり刀で神剣を手にして部屋から出た。
と、そうして部屋を出るとほぼ同時。上半身裸のカイトもまた部屋から出てきていた。彼はいつもの白いロングコートを片手だった。が、その顔にはやはり鬼気迫るものがあった。
「ソラ! 起きてるな!」
「おう! 何が起きてる!?」
「わからん! が、少なくともまともじゃない!」
いくらカイトでも寝ている間に起きた事について知っているわけもない。彼とてつんざくような悲鳴を聞いて跳ね起きたのだ。というわけで、カイトが即座に指示を下す。
「ソラ! お前はとりあえず装備を整えろ! オレはこれでも出れる!」
「おう! いや、待てよ! お前、その姿で出んのか!?」
「しゃーないだろ! 寒いが我慢だ!」
「ま、まぁ、良いんだけどさ……やばくね? やばいよなぁ……」
明らかにそういう事してました、的な格好だ。ソラはそう思う。確かに下半身が裸というわけではないので法律的に問題があるわけではないが、ある意味凄い格好と言えば凄い格好である。
まぁ、寝ていた事を考えれば全員気にする事もないだろうが、それでも些か外に出るのは憚られる格好だった。というわけで、半裸で外に出て即座に指示を飛ばしだしたカイトに対して、ソラは一度部屋に戻って装備を整える。と、そうして出て来た頃にはリビングに類するエリアにナナミが居た。
「ソラくん?」
「おう。なんかわかんないけど、とりあえず出て来る。ナナミは部屋にいてくれ……由利。悪いけど、由利も一緒に頼めるか?」
「ん。気を付けてねー」
ソラの求めに応じて、由利が一つ頷いた。何が起きているかは未だ不明だ。が、ナナミは戦う力を持たない。ならば誰かが守ってやる必要があった。
とはいえ、ソラは指揮がある。それを考えた時、由利にナナミの守りを頼むのが最適だった。そうしてナナミを由利に任せると、ソラは装備が万全なのをきちんと確認して、外に出た。
「カイト! どうなってる!」
「……戦いだ」
ソラの問いかけに、カイトは言葉少なく明言する。その顔は今までに無いほどに真剣だった。そんな彼の言葉に、ソラは思い当たる節を口にする。
「戦い? まさかバレたのか?」
「いや、違う……あれが見えるか?」
「あれは……ユニオンの救難信号?」
ソラが目にしたのは、闇夜を照らす赤い光球だ。それは冒険者達が非常事態に周囲の冒険者に向けて救援を求める信号だった。数は3つ。最も危険度が高く、更には状況が悪い事を示す信号だった。と、その光を遮る様に、光球の前を黒いモヤに覆われた巨鳥が横切った。その姿を、ソラは見たことがあった。
「あれは……まさか!」
「そうだ……邪神の尖兵だ。ふんっ……どうやら、ここの山で起きていた異変とは奴の手先が居た事らしいな」
カイトは吐いて捨てる様に告げつつ、山で見えた妙な魔物の正体を理解する。見付からないわけだし、このタイミングで異変が観測された理由も理解出来た。
「ソラ、お前……ここに来てすぐに神剣を使ったな?」
「え、あ、おう……ちょっと加減が掴めなくて、ちょっと本気でやった。その後もやばい時には何度か……昨日も使ったしな」
「だから、だな。おそらくここにも何らかの残滓があった。それがお前の一撃で目覚めたわけだ。で、昨日オレ達が二人して戦った。結果、眠っていた残滓が完璧に目覚めたわけだ」
もう少し詳しく聞いておくべきだった。カイトは内心で後悔を滲ませる。よくよく考えてもみれば、単に変わった魔物が出ただけなら国の調査隊が来るわけがない。
しかも大々的に調査隊を組織して再調査、なぞ物々しいにもほどがある。ここが重要拠点に近いからだと思っていたし、それももちろんあった。そして公的にはそれで通している。
が、何より『エンテシア砦』の役人達は邪神の復活を危惧していたのだ。目撃証言まで調査しなかったカイトの不手際だった。クオン達が居るのでなんとかなるか、と思ったのが間違いだった。いや、これについては間違いではない。クオン達に彼自身、ソラも居る。問題はない。が、そういう意味ではなかった。
「俺達の所為……なのか?」
「まさか。遅かれ早かれ目覚めただろう。単にちょっと早まった、ってだけだ。気にするな」
どうせ邪神が目覚めれば必然として残滓も目覚める。なので気にした様子のソラに対して、カイトは獰猛に笑ってそう明言するだけだ。今戦うか、明日戦うか。彼らにはその差でしかない。そして今のこのタイミングで目覚めてくれたのは、素直にカイトからすれば幸運でしかなかった。
「ソラ……悪いがお前には付き合ってもらうぞ」
「……おう」
何故カイトがこう言ったのか。ソラには理解出来ていた。彼とて神剣を受け継いだのだ。この戦いが神話から繋がる戦いである以上、その後継者であるソラも戦わねばならなかった。と、そんな所にイングヴェイがやってきた。
「カイト! お前さんの所はどうだ!」
「ああ、イングか。こっちの統率は取れた。救援にはクオン達が向かってくれている」
間に合うか間に合わないかは微妙な所だがな。カイトは内心でそう思いながらも、大急ぎで救援に向かっているクオン達についてをイングヴェイへと語る。
カイトには冒険部の統率があるし、そもそも彼女らは冒険部とは指揮系統を別にしている。実力面でも数段どころではない格上の存在だ。連携の面でも個別に行動してくれた方が良かった。
「そうか……ウチの偵察が見た所によると、黒いモヤの魔物が出たらしい。お前さんらは、知ってるな?」
「ああ」
やはりイングヴェイはカイト達の事を調べていたからだろう。狂信者の一件で彼らが中心に居た事を知っていた様だ。それ故、この敵が何かを語る必要はないとばかりに手短だった。そもそも、長々と話していられる時間もない。
「全員撤退だ。このままここに居ればなぶり殺しだ」
「だろうな……イング。悪いが撤退の指揮はそちらに任せる」
「? お前はどうするつもりだ?」
「オレとこいつで一時敵を食い止める。撤退の速度より奴らの進軍速度が速い。逃げ切るのはどこかで食い止める必要がある……その点、ここから少し進んだ所の空き地なら満足に戦える」
「っ! 馬鹿か、お前ら! こいつらの特性は知ってるんだろう!」
カイトの言葉に、イングヴェイは思わず声を荒げる。彼でさえこの黒いモヤに覆われた魔物の軍勢は支えきれない。逃げる一択しか選択肢はない。残れば死ぬだけだ。それに、ソラが前を見据えながら口を開く。
「すんません。実は俺もこいつも逃げちゃだめなんです」
「? 何かあるのか?」
「……こいつ、神王様から貰った神剣なんです……その時に、俺は英雄の想いを受け継いだ。なら、守る為にも俺はここから引けない」
ソラはしっかりと前を見据える。仲間を守る為に、エルネストは散ったのだ。その想いを託され、その誇りと力を受け継いだ自分が仲間を守る為に戦わないで何時戦うのか。ソラはそう思っていた。
それに、イングヴェイもようやくソラの腰に帯びた剣が尋常ならざる力を放っている事に気が付いた。その力は神々しいとしか言い得ない。それは確かに、神剣と言って良かった。
「神剣……いつの間に」
「ちょっと前の事っす……だから、すんません。ウチの奴らも任せます」
ソラはイングヴェイに対して、しっかりと頭を下げる。彼はここからは引けないのだ。そしてイングヴェイの腕前は冒険部では彼が一番良く知っている。だから、彼に任せる事にしたのだ。その姿を見て、イングヴェイはソラにとってここが引けない所なのだと理解した。
「……わかった。死ぬなよ。何か必要な事はあるか?」
「ウチのキャンピングカーは地竜に引かせて、必要な物はすべてそれに乗せてくれ。あれもまた神王様から頂いた物だ。防御能力と積載量は並じゃない。重要物資は入れられる。ああ、それとアルには既に撤退の指示をしている。そちらと協力してくれ。指揮はそちらに任せる事とも言っている。存分にその戦力を活かしてくれ」
「わかった。どちらも有難く使わせてもらう」
カイトからの助言にイングヴェイは即座に身を翻す。黒いモヤに覆われた魔物の軍勢が出現したのは、自分達が今滞在している山の奥地だ。一キロ程度しか離れていない。そして気付いた時点で近くの野営地は襲われている。もう一刻の猶予も無い状況だと言い切れる。急いで避難する必要があった。
が、そこまで話は上手くはない。その数分後。脱出の用意が大急ぎで整えられる中、黒いモヤに覆われた巨鳥が冒険部の野営地を見つけ出した。
『きぇえええええ!』
怪鳥の鳴き声が、闇夜を切り裂いた。それは山中へと響き渡り、おそらく仲間達を呼び寄せる事だろう。そうして黒いモヤに覆われた巨大な『ロック鳥』は一直線に冒険部の野営地へと急降下し始める。
「はっ……うるせぇな」
それに対して、野営地にある物見櫓の屋根に登っていたカイトは真っ向から睨み付ける。油断も迷いも一切ない。なにせこの敵は自分の敵だ。何かを悩む必要なぞなく、ただ殲滅すれば良いだけだ。
「消し飛べよ」
荒々しいカイトの魔力により、無数の武器が生み出される。それはもはや雨あられという領域でさえなく、巨大な武器の河となって巨大な怪鳥を飲み込んだ。
「……で? お前らがこっちに流れてきてる理由なんぞわかりきってんだよ」
武器の河が流れすぎた後には、怪鳥は跡形もなく消し飛んでいた。その一方。地面のソラは怪鳥の鳴き声により呼び寄せられた無数の黒いモヤに覆われたゴブリン達と相対していた。
「……俺が英雄かどうかはわかんねーけど……」
ソラは神剣を手にしてより何度も夢で見た光景を思い出す。あれを見て自分がエルネストと同格と言えるほど彼は傲慢ではなかった。
「けど、こいつを託されたんだ。なら、やらせてもらうぜ」
ソラは一切の迷いなく、神剣を抜き放つ。まだこの神剣は完璧に修繕されてはいない。にも関わらず、その神々しさは先の一件よりも遥かに凄かった。
「はぁあああああ!」
ソラが吼える。それに合わせて神剣に宿る神気が一気に増大して、周囲の黒いモヤに覆われた魔物達を怖気づかせる。
「……」
この剣を振るう。その意味をソラは理解している。だから、猛る事も逸る事もない。
(凄いな……)
本来の輝きの半分程度――勿論、彼ではそこまで使いこなせないが――は取り戻せた神剣を手にして、ソラはただただその輝きに圧倒される。
が、持ち手が圧倒されている時点で彼ではまだ役者が足りない。全盛期のエルネストはこれを手にして英雄の輝きが失われるどころか、これが装飾品にしかなっていなかった。
(頼むぜ、相棒)
新たに得た輝きを手に、ソラは小さくそう念ずる。そしてまるでそれを受けたかの様に、神剣が輝きを増していく。後やることは、唯一つ。敵を倒すだけだ。だから、ソラは迷いなく圧倒される黒いモヤに覆われた魔物達へと突撃した。
「はぁ!」
一気呵成にソラは敵へと斬りかかる。己の神の敵を見定めた神剣はソラの求めに応じて、その力を増大させた。その一撃は黒いもやを問答無用に切り裂いて、その素体となった魔物の姿を露わにする。
「……へ?」
いとも簡単に斬り裂かれた敵を見て、他ならぬソラが唖然となる。黒いモヤの強さは彼が誰よりも知っている。もっとキツい戦いになるかと思われたが、そんな事は一切無かった。これが、神剣の力。黒いモヤを問答無用に吹き飛ばすのだ。
しかしこれがもしソラがエルネストほどの戦士であれば、本来は邪神復活前の残滓が引き起こした黒いモヤ程度であれば気合一つで吹き飛ばせた。良くも悪くも、ソラだからこの程度だった。が、それでも圧倒的は圧倒的だ。故にソラは敵への恐れを無くす。
「……エルネストさん。貴方の力、借ります」
ソラにエルネストから与えられたのは神剣とその想いだけではない。彼が長い年月を掛けて蓄積した技術もまた、ゆっくりとだが神剣を通じてソラへと流れ込んでいた。神剣を使うには技術も必要なのだ。
あの時、彼は想いと一緒に神剣を使うに足る技量を与えてくれたのである。幸いにしてソラの肉体は数ヶ月にも及んだ超強化により、神剣を使えるだけには成長していた。足りなかったのは技術だけだ。
「アールヴ剣術……<<三尖爪>>!」
ソラはエルネストが使っていた剣術をアールヴ剣術と名付けた。おそらくエルネスト当人やシャムロックは知っているのだろうが、ソラはそれを知らない。エルネストも技術を遺してくれたが、名前は遺していなかった。必要がないとでも判断したのだろう。
が、受け取ったソラは名無しではいくらなんでも、と考えたのだ。アールヴとは古ノルド語でのエルフの事だ。地球で最初期のエルフの呼び方だった。
ソラはエルネストがエルフである事、そして古代の戦士である事に敬意を表して、そして自分が地球出身である事からそう名付けたのだ。そうして、彼の斬撃が3つに分裂する。一振りで左右に3つの斬撃を生み出す一撃だった。
「さぁ、行こうぜ」
ソラは獰猛に笑みを見せながら、かつての英雄が振るった剣技を振るう己に気圧される敵へと切り込んでいく。そうして、二人の古代の力を受け継いだ戦士による戦いが開始されたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1367話『神話を再び』




