第1365話 捕縛作戦 ――祝勝会――
カイト達がイングヴェイ率いる『猟師達の戦場』の依頼である『ダイヤモンド・ロック鳥』の雛の捕縛作戦の為、野営地を後にしてから数時間。捕縛作戦を成功させ野営地へと帰還したカイト達であるが、そんな彼らへとイングヴェイが深々と頭を下げた。
「カイト……いや、冒険部の面々。まずは言わせてくれ……感謝する。今回、成功したのはお前達の協力があってこそだ」
「「「……」」」
イングヴェイの深い感謝にカイト達は思わず呆気にとられる。それほどまでに彼の感謝はしっかりとしたものだった。とはいえ、これは彼の側からすると不思議のあるものではなかったらしく、他にも今回の作戦に関わった者たちからしきりに感謝の言葉が述べられていた。
「いや、こちらも協定での事だ。そこまで感謝してもらう事じゃない」
「ありがとう。まぁ、俺達は仕事柄各地を出歩く事の多いギルドだが、もし何か縁があって協力が欲しいのなら言ってくれ。お前達には惜しみなく協力させて貰おう」
「……そうだな。有難く、そうさせて貰おう」
イングヴェイの申し出にカイトは一つ頷くと、せっかくなのでこの申し出を受ける事にする。ここまで感謝してくれているのだ。しかも今回、カイトの譲歩により彼らが得られた利益は計り知れない。
そしてカイトはその利益を理解しつつ、理解を示してそれを放棄してくれていた。それがカイトの温情によるものである事はイングヴェイや彼のギルドの幹部達ほどであれば理解出来ていた。
「俺達は明日の朝ここを発つ。最後の一晩になるが……今日は祝杯だ! 結界を最大にして全員、思いっきり飲め! が、明日に影響させんじゃねぇぞ!」
イングヴェイは上機嫌に声を大にしてそう宣言する。これを貴族にまで届けるのが仕事だ。これで終わりではない。が、ここまで半年以上も追い続けてきた依頼が、しかも過去類を見ないほどの高額依頼が成功したのだ。少し羽目を外すぐらいは許された。
「「「おぉおおおおお!」」」
『猟師達の戦場』の冒険者達が声を大にして歓声を上げる。ここまでどれだけの苦労が彼らにあったかは、彼らにしかわからない。わからないが、彼らが喜んでいる事はわかった。そうして、彼らの誘いもあってカイト達もこの日は祝杯に参加させてもらう事にする。
「うぃー……カイト。本当に、感謝する」
「お、おう……」
イングヴェイからの何度目かになる感謝に、カイトは思いっきり顔を引きつらせる。というのも、どうやらイングヴェイは酔うと絡み上戸になるらしい。
しかも悪い事に酔っている間の事はすっかり忘れてしまう様だ。なので今は酔って何時もは述べないらしいリディックへの称賛を述べに行ったり他のギルドメンバー達の称賛をしたり、として今はまたカイトの所に来て感謝を述べていたというわけである。
「わかるか? 今回の依頼……八大は絡んじゃいねぇが、でかい所も結構絡んでやがる。例えばほら、皇都の黄色の鳥とかつる草の所とか……はははは。そいつらに一本取ってやった」
「そ、そうか……」
相当に酔ってるな。カイトは管を巻くイングヴェイに曖昧に返事をしておく。なお、イングヴェイの出したギルドはカイトも一度ぐらいは聞いた事がある所だ。
確かに大御所や超有名とまでは言わないものの、皇国に居れば一度は聞いた事がある名だ。規模としてはイングヴェイ達と同程度。知名度も似たようなものだ。中堅でも上位に位置するそこそこ大きなギルドと言えて、今回の依頼を受けていても不思議はなかった。ギルドとしてのライバルと言っても良いかもしれない。
「うぃ……にしてもお前、随分と腕利きだよなぁ……」
「まぁ……そりゃ、目標があまりに高いからな。死ぬ気でやらないと駄目だ。それに、上の方々も目を掛けてくださってる」
「ははは……そうなんだよなぁ……ユニオンってか冒険者には指導体制が整ってない。そこが駄目なんだよ。いや、俺だって小僧の面倒見ろ、って言われりゃ御免こうむるんだけどな。毎日の生活が掛かってるんだからよ」
酔ったイングヴェイはおそらく自分で何を言っているかはわかっていないだろう。だろうが、だからこそ彼は気兼ねなく常に思っている事を述べていた。
「俺達だってそれが金になるなら育てるさ。だが、そこまでの余力は無いわけよ。こっちだって生きるか死ぬかの二択なんだからよ」
イングヴェイはそんな冒険者であれば当たり前として知っている事を語っていく。そもそも軍で教練を受けた、というカイト達が稀なのだ。というわけで、カイトはしばらくは依頼達成でハイテンションになっているイングヴェイの話を聞きながら、時間が経過する事になるのだった。
さて、カイト達の野営地への帰還からおよそ半日。周囲はすでに夜闇の帳に包まれていた。流石にその頃になるとイングヴェイ達は飲みまくった反動で眠りについていたり、一度眠って飲み直したりしていたりしていた。
「ふぃー……流石に飲んだな……」
やはり冒険者だから、という所もあるのだろう。基本的には酒好きな者たちは多かったし、今回の功労者には間違いなくカイトも含まれている。
なのでカイトの所にはイングヴェイだけでなく彼のギルドのギルドメンバー達がひっきりなしに訪れていて、かなり飲まされたらしい。とはいえ、やはり酒豪としても知られているカイトだ。おそらく彼が一番飲んでいたのにも関わらず、一番酔っていなかった。
と、そんな所にソラがやってきた。と言っても彼も功労者としてしこたま飲まされたからか、千鳥足だった。これでも一度寝ている――おまけにナナミによる魔術での治療も受けた――のでかなりマシにはなっている。
「うぃー……うぁー……水ー……あー……」
「あっはははは。おつかれ。ほら、水だ」
「サンキュー……あー……ナナミが渡してくれた薬は……あった……んぐっ……」
ソラはカイトから水を受け取ると、そのまま一口飲んで更に残った水でナナミから受け取ったミースお手製の二日酔いの薬を一気飲みする。
「あー……ちょっとスッキリした……」
どさり、と音を立ててソラは地面に腰を下ろす。即効性がある薬だが、ここまで即効性があるわけではない。いわゆるプラシーボ効果だ。
なお地面にそのまま腰掛けているので無作法だが、周囲では飲んだ挙げ句そのまま地面で寝ている者も少なくない。この程度ならまだマシだ。と、そんなソラが思い出したかの様に口を開いた。
「あ、そうだ。カイト」
「なんだ?」
「そういや、今日の狩りで目標数達成だってさ。今日は多めに取れてたらしい」
「そうか。じゃあ、こっちも明日撤収で良いか。向こうの隠蔽工作にもなる」
ソラからの報告にカイトは一つ頷くと、明日には撤収させる事にする。数が目標数に近づいた段階で順次撤退の用意はさせている。魔物の巣の近くに長居する必要は無い。目標が達成出来ればなるべく早く撤退するのが吉だった。
「にしても……これで終わりかー。結構今回の遠征は長かったなー……」
「お前は大体三週間か。そこそこ長い任務になっちまったな」
おおよそ一週間は予定が伸びている。途中イングヴェイ達が来た事で中休みがあった事と、彼らとの連携を行う為に数日要した事、皇都の調査隊が言っていた魔物を警戒してペースを落としたのだ。
それでも大幅に遅れているわけではないし、適時冒険部のギルドホームとも連絡を入れている。更にはカイトが来た事で飛空艇もあった。連絡は密に取り合えていたので問題は無かった。そうして酔い覚ましに仕事の話をしたソラだが、ふと思い出した様に口にする。
「ふぅ……そういや」
「ん?」
「お前、マジ料理美味すぎね? 俺も料理覚えるべきなんかね」
「やめとけよ。お前にゃお前専属で料理人が二人も居るだろ」
ソラの言葉にカイトはただただ笑い、そのまま腰掛ける。そもそもナナミも由利も料理が得意分野だ。そのお株を奪う必要性は感じられない。
「にしても……結局、何だったんだろうな。皇都の調査隊が調べてたのって」
「それか。さて、何だったんだろうな……とはいえ、明日か明後日には帰還するオレ達には関係の無い話だ」
ソラの疑問にカイトも同じ様に訝しむ。とはいえ、ここから先の調査はカイト達には関係がない事だ。クオン達が聞いた所でもソラ達が去った後に更に大規模な調査隊を組織して調査する、となっていた。
彼らとてカイト達が推測した程度の事は考えている。今度は夜や雨天にこそ本領発揮出来る種族の冒険者も隊列に多く加えて、しっかりと環境の影響も含めて調査する予定だ。敢えて冒険部が危ない橋を渡る必要はない。どうしても気になるというのなら、ユニオンを通してその後の調査を聞けば良いだけだろう。
「か……なんか長く居たからちょっと興味出ちまった」
「ははは……まぁ、お前も戦っただろうが、奥に行けば行くほど強い魔物も多い。今度の調査にはランクSの冒険者も同行する事になるだろうから、オレ達が行くべきじゃないな」
「そりゃそうだな……あー……眠くなってきた……ちょいと寝てくるわ……」
「あいよ、おやすみ」
眠そうに目をこするソラに、カイトは笑いながら手を振った。そうして眠そうなソラを見たからだろう。カイトも大きなあくびを一つする。
「ふぁー……おやすみ、シャル」
カイトは月に向けてそうつぶやく。そうして、彼も彼で己の為に用意されているキャンピングカーの一室へと戻っていく事にするのだった。
草木も眠る丑三つ時。カイトでさえ眠りに落ちた頃だ。カイトの予想した通り、異変は真夜中を境として起きていた。が、しかし。実のところ異変が起きたのは夜だから、ではない。一言で端的に言えば、カイト達が居たから、だ。
「ありゃ……なんだ?」
カイト達が寝静まった頃。流石にまだ『ダイヤモンド・ロック鳥』の雛をイングヴェイ達が捕らえた事を知らない競争相手達は夜を徹して捜索活動を行っていた。
すでにイングヴェイ達より数日も遅れているのだ。急ぐ必要があったのは当然の事だった。そんな彼らの一人が見付けたのは、黒いモヤに覆われた巨大な『ロック鳥』だった。
「……『ガルーダ』か? いや、見た目は『ロック鳥』……か?」
黒いモヤに覆われながらも優雅に大空を飛翔する巨鳥を見ながら、冒険者の一人が警戒を顕わにしつつも訝しむ。見たこともない個体。各地を探索した彼らでもそうとしか言い得ない個体だった。と、そんな個体に気を取られたからだろう。
「!? マスター!」
「うん? っ!? こいつは……なんだ!?」
周囲を取り囲んでいたのは、無数の黒いモヤに覆われた魔物たちだ。それが彼らを取り囲んでいたのである。
「「「う、うわぁあああああ!」」」
闇夜を切り裂くような悲鳴が、山の奥地に響き渡る。そして悲鳴が上がっていたのは、ここだけではない。もう一つ、イングヴェイの部下が報告したもう一つの競争相手の野営地でも同じ事が起きていた。
「敵襲ー! 魔物達が来たぞー!」
こちらは夜に行動する事は避けたものの、イングヴェイ達が冒険部と合流した事で見通しの良い所を陣取った事もあり山の奥地に近い開けた土地を陣取る事にしていた。それ故、黒いモヤに覆われた魔物達による襲撃をこのタイミングで受けていたのだ。
「結界はどうなっている!」
「なんだ、こいつらは! 結界を物ともしないだと!?」
結界に弾き飛ばされ吹き飛ばされるのも構わず突撃してくる魔物たちに、冒険者達は困惑を隠せない。見つかった事はまぁ、良い。そういう事も時には起こり得る。そのために結界を多重に起動するのが、野営地設営の基本だ。が、その結界に対して黒いモヤに覆われた魔物達は一切怯む事なく突撃していた。
「これは……前に聞いた事がある! 数ヶ月前に皇国が総力を上げて討伐した一件と同じだ!」
どうやら、この中の少なくない数が狂信者達の一件に参加していたようだ。この魔物達がその時の状況に酷似している事に気が付いた。
「ちぃ……『エンテシア砦』に居る奴らに向けて救難信号を出せ! この事態は俺達だけじゃどうしようもない! 状況をユニオンに伝えて軍を動かしてもらえ!」
「信号を即座に打ち上げます!」
ギルドマスターの指示に、冒険者達が慌ただしく動いていく。今はまだ結界が持ちこたえてくれているが、何時まで持ちこたえられるかは不明だ。ただ一つ言える事があるとすれば、おそらくもう少しの猶予もないだろうということだ。そうして、闇夜を切り裂く様な真紅の光が打ち上げられる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1366話『神話の戦いを』




