第1361話 ダイヤモンドを求めて
イングヴェイ率いる『猟師達の戦場』の目的となる『ロック鳥』の亜種の亜種『ダイヤモンド・ロック鳥』。彼らの協力の対価としてその捕縛の為に協力する事になったカイト達はというと、クオンやソレイユ達と別れて山に分け入っていた。
その山だが、大半は深い木々に覆われているのではなく切り立った山岳と言っても過言ではない。手付かずの自然の多いエネフィアなので禿山ではないが、敢えて言えば中国の奥地の光景にも似ていた。というわけで、カイト達は山の合間にある川に沿って奥地へ向けて進路を取っていた。
「こっから先は狩りでも行ってないな……」
そんな川沿いを歩きながら、ソラは自分達が目印にしていた旗――旗と言っても単に棒に布を括り付けただけの簡易な目印――を見てそうつぶやく。
基本、彼らもこの川沿いを移動していた。山岳地帯に生息する『ロック鳥』は崖の合間に巣を作る事が多いらしい。なので川沿いを歩けば巣を見つける事は容易だそうだ。そしてこの川の川下には冒険部の野営地がある。もし迷っても川沿いに行けば戻ってこられるというわけであった。
「こっから先は結構えっと……レベル高くなるんだろ? 『エンテシア砦』のユニオン支部にあった書類にそうあったし」
「ああ。こっから先は前までとは違って少し大きめの個体が出るからな。小僧共の力量なら、進まいない方が良いだろうぜ」
「ってことは、ちょっと気合は入れるべきか」
イングヴェイの頷きを見て、ソラは少しだけ気合を入れ直す。彼も『ロック鳥』であればこの半月ほどで練習して普通に狩れるようにはなっている。が、それはソラ自身も言っていた通り、これより後ろの一帯での事だ。強さが変わるのなら、何時も通りと判断するのは危険だった。
「正解だ。突破力には気を付けときな」
「おう」
イングヴェイの忠告に対して、ソラは一度しっかりと盾に力を込めて己の力を順応させておく。今回の彼の役目は由利の様な弓兵がしっかりと敵を狙い撃つ事が出来る様にその突進を食い止める事だ。
そのためにも盾は非常に重要な道具となる。相手は素早い。カウンターを覚えた彼でも狙い打つのは難しい。連携は非常に重要だ。と、その一方で今回は珍しい武器を装備していた者が居た。それはカイトだ。
「うーん……久しぶりに弓を担いだな」
「何時以来?」
「まぁ、狩りならそこそこ使ってるが……戦闘を視野に入れると本当に久しぶりな気がする」
ユリィの問いかけにカイトは自分の記憶を探るも、本当に久しぶりだったので自分で驚いていた。基本彼は刀などの近接武器を好む。いや、好むというより元々がそれなのでやはり慣れているのだ。が、弓などの遠距離武器が使えないわけではないし、今でも副兵装として魔銃を常備させている。今もそうだ。
「そう言えば……確かに最近見てないね、カイトが弓使ってるの」
「今回は前線が分厚いしな。それに何より、今回は捕縛だ。こっちの方が良いだろう」
カイトは己が隊列に加わっている部隊の状況を確認する。人員としては他の狩りの部隊より少し多めの十数人なのであるが、実態としてはそこまで多くはない。
なにせこの中の二人はまず『ダイヤモンド・ロック鳥』を捕縛した後の輸送の為の装備を持った面子だし、他にも三人が捕縛専用の装備を装備している。野営地との連絡役など補佐の為の人員まで居た。無傷で捕らえる為にはそれ相応の装備と準備が必要らしく、戦闘が可能なのは正味半分程度という所だろう。
「いやぁ、助かったぜ。今回本当なら俺一人か俺とリディが周囲の牽制やらやりながら捕縛の予定だったんだよなぁ」
「まぁ、利益あるから良いんだけどなぁ……他のギルドと同盟、いや協定結んだりは考えなかったのか?」
「いや? 考えてたぜ。だから、組んでるじゃねぇか」
「……はぁ……恐ろしい事を考えるもんだ」
イングヴェイの楽しげながらも獰猛さの滲んだ笑みに、カイトはイングヴェイの思惑を理解して呆れ返る。この相手が冒険部になったというのは彼としても想定外であり、嬉しい誤算でもあったのだろう。が、ここまでの流れを読んでいた事の明言だったし、正しい判断でもあった。それに、ソラが疑問を呈した。
「どういうことだ?」
「ここに一番乗りした……だから、後から来た奴にはこっち一つじゃ駄目だから協力しないか、って持ちかけるつもりだったんだよ、こいつら。取り分半分でも十分な依頼なんだろ。それまでに獲物の情報を得ておけば更に取り分は増やせるしな。で、道中協力者が来るまでに『ロック鳥』でも狩っておけば、失った分を補填出来なくても悪くない稼ぎにはなる」
「……こっわ!? マジかよ……」
イングヴェイの見通しを理解して、ソラは思わず背筋を凍らせる。で、もう人員の確保も出来た以上はのんびりしておく必要がない。しかも冒険部とは利益が微妙に噛み合わない。彼の予想に反してすべてを取り分と出来つつ、必要な人員の確保まで出来るのであった。
「あっはははは。まぁ、奥地まで乗り込める奴らだけ、ってギルドが来ちまうとご破産になる依頼だったんだが……流石にそんなギルドは多くない。十分に勝算はある」
「嫌になるな……」
この間の久秀と良い、このイングヴェイと良い。いったいどこまで想定しているのだろうか。ソラは自分では見通せていない数手先を見通して動いているそんな策士達の行動にため息を吐いた。
イングヴェイの言う通りだ。この奥地にソラが行っていない様に、ここから先は出来ればランクB以降の冒険者を中心としたパーティを構成して挑みたい。
が、ランクBは一つの壁だ。故にどんなギルドでも大抵は上位層に位置している。どこのギルドだろうと、そこまで数が居るわけがなかった。だのに、今回の依頼は無傷での捕縛だ。そもそもの前提として頭の痛い話ではあった。
「あっははははは。お前さんに一泡吹かせられた身で言うのはなんだが、まだまだ甘いな。高額の依頼だって時点で裏があるもんだ。今回の依頼は裏があるわけじゃないが……ま、一つのギルドでの達成は困難なんだよ。もちろん、出来るなら達成しても良いんだろうけどな」
「なら最初から言えば良いじゃん」
「言えるわけねぇだろ。足元見られんだから。相手も無理ってわかってから、ようやく交渉出来るんだぜ?」
「あ……」
イングヴェイに言われて、ソラも理解した。協力しよう、と言うということは即ち自分達単独では無理です、と明言している様なものだ。あの時のソラと同じく下手に出ているのだ。足元を見られてしまうだろう。当然、取り分も減らされる可能性は高い。
「そういう意味で言やぁ、オタクの所はウチからしてみりゃ棚からぼた餅の最高のパートナーだ」
「はいはい……」
楽しげにそうはっきりと明言してみせたイングヴェイに、流石にソラも呆れるしかなかった。と、そんな和気あいあいとした雑談をしていられるのもここまでだった。
「……ソラ」
「ん?」
「来る。数……五。二時の方角。上。まだ見付かってはいない」
「おう……見えた」
由利からのアナウンスを受けて、ソラは声を潜めて彼女の指し示した方向を見る。そこには悠々と飛ぶ数体の『ロック鳥』の姿があった。こちらはまだ補足されていないらしく、先制攻撃も可能だし逆に隠れてやり過ごす事も可能だった。
「どうする?」
「……ダイヤは居るか?」
「……いや、見えない。普通種の中型という所だな」
「……やり過ごせるなら、やり過ごす。捕縛任務で戦闘はなるべく避けたいんでな」
カイトの明言にイングヴェイはわずかに考え、そう結論を出す。一番捕縛しやすいのはやはり相手が油断しているタイミングだろう。であれば、戦闘は控えるべきというのは狩人であれば当然の判断だった。
「おい、あれは持って来てるな?」
「へい。新品持って来てます」
「よし、展開急げよ」
「うっす」
イングヴェイの指示を受けるや否や、彼の所の荷物を運んでいた若い男が背負っていた荷物を降ろして中から大きな一枚布を取り出した。それは大きくて、全員すっぽり覆っても問題ないサイズだ。と、それの真ん中を彼が何か奇妙な手順で触ると、一瞬で背の低いテントの様な形に早変わりする。
「なんだ、これ?」
「良いから入れ。説明欲しけりゃ中でしてやる」
少し急ぎ気味に中腰でテントに潜り込んだイングヴェイがソラの疑問に対してそう急かす。それに、ソラは従う方が良いと判断して即座に奥に詰める。そうして、最も入り口に近い所にカイトと由利の二人が入った。
「良し……こいつはいわゆる偽装テント……周囲の風景を映し出して周囲からは地面に見える様にするって道具だ」
「狩りの必需品、ってとこか」
「そうだ。高いぞ、こいつは」
「最近出たばかりの新型。それも最上位モデルだったら、そりゃ高いだろ。売ってる店の方が少ない逸品だ」
どこか胸を張るイングヴェイに向けて、カイトが苦言を呈する。性能は折り紙つきだが、それ故に高いのは当たり前だった。そして同時に、これは彼らがどれだけ本気かを示す本気度の高さを表していた。
「この程度は先行投資としちゃ高くない買い物だ。使いまわせるしな」
「まぁ、そうなんだろうな」
カイトは傍目故に若干の呆れを滲ませながらも、その言葉に同意しておく事にした。どうにもかなり高額の依頼の様子だ。これは冗談を抜きにして日本円にしておよそ数百万、それも後半の超高額な魔道具だ。
間違いなく、八大ギルドでもなければ安い買い物ではない。が、これが霞む程の報酬だ。確かに、高い買い物とは言い難い。
「まぁ、良いか。あっちがこっちに気付いた様子は無し。遊覧飛行を敢行中」
「そうか……しばらくは待ちだ」
カイトからの報告にイングヴェイはそう指示を下す。いくら最上位の品物だろうと、動けばそれだけで効果は落ちる。動かないのは基本だった。
「にしても……カイト。お前さん、よくこいつの事知ってたな」
「うん? 普通にヴィクトル商会のカタログには載ってただろ? 誰が買うんだよ、ってツッコミは入れてたが」
「ああ、そっちか」
カイトの発言にイングヴェイは少しだけ残念そうな様子を見せる。カイトは知る由もないが、イングヴェイの趣味は魔道具のカタログを見て魔道具を取り扱う店や細工屋を冷やかす、もといウィンドウショッピングすることらしい。同好の士かと思ったが、という所なのだろう。そんな話をする事およそ十分ほど。『ロック鳥』は一向に去る気配はなかった。
「もしかして気付きやがったか?」
「さぁ……でも、まだ旋回してる」
「ちっ……あまり長居したいわけでもないんだがな。小僧。少し場所代われ」
イングヴェイは一つ舌打ちすると、ソラと場所を入れ替わる。そうして彼はカイトへと問いかけた。
「カイト。照準合わせはできるか?」
「物による」
「<<寄生の魔眼>>を使う」
「わかった。こちらは千里で対象を捉える」
イングヴェイの申し出にカイトはティナから眼帯を受け取って頷いた。片目で魔眼を使うので視覚を制限するつもりだった。別に無くても問題はないが、カイトの公的な実力を鑑みて必要と判断したのである。
「由利。こちらは監視から少し外れる。ティナ、代わりの監視を頼む」
「しゃーないのう。こちらは遠見で対処するか」
カイトからの要請にティナの目が金色に染まる。こちらもこちらで魔眼を起動させたのである。というわけで補佐に入ったティナの傍ら、カイトはイングヴェイに次の指示を求める。
「どいつを狙う?」
「どいつが一番強そうだ?」
「あの中央の奴だな」
「なら、そいつだ」
「わかった……接続」
「良し……そのまま見とけよー……」
カイトの視界を間借りしたイングヴェイの目が紫色に染まる。こちらも魔眼を起動させたのだ。彼の起動させたのは、敵の視界を乗っ取るという魔眼だ。
対人戦なら暗殺でもないと抗魔防御力の関係であまり意味はないが、魔物相手、それも今回の様に相手に気付かれて居ない場合には非常に有効だった。
「……ふむ……どうやら、俺達を見付けてるってわけじゃなさそうだ」
「単に悠々と飛んでるだけか」
「だろう……少し待て。ジャックした視界を操って、別の方角に誘導する」
イングヴェイはカイトの言葉に片手間に応ずると、乗っ取った『ロック鳥』の視界を操って幻覚を見せる。とはいえ、攻撃の意図があると問題なので、遠くの所に餌を見せたという所だ。
「さぁ、食いつけよー……良し。食いついた。これで群れも……」
「うむ。全員が遠ざかりおったぞ」
「良し。おい、片付け急げよ」
「「うっす」」
イングヴェイの号令を受けて、荷物持ちの冒険者が慌ただしく準備に入る。そうして、一同は同じような手はずで交戦を避けながら、『ダイヤモンド・ロック鳥』を求めて奥地へと進んでいく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1362話『ロック鳥の巣』




