第1360話 行動開始
少しだけ、話ははるか彼方の過去へと遡る。それは今より数千年前。まだエネフィアの各地で先史文明や旧文明と後世で呼ばれる文明が栄えていた頃の話だ。
『……シャル。何故お前はいつまでも神使を就けないんだ?』
ある時、シャムロックが妹であり己の神話の主神の片割れでもあるシャルロットへと問いかける。生まれてから数千年。彼女は誰一人として神使を任命する事はなかった。もう既に文明も成熟期に差し掛かっている。そろそろ聞いておくべきだろう、と思っての問いかけだった。
『シャルはやめて。今は神々として振る舞うのだから』
『気にする事もあるまい。ここは神域だし、周囲に居るのは神域に入っている神官や戦士達だけだ。誰に聞かれても問題はない。幸い、今は誰も居ないしな』
『それでも、神々の王として居る所ではやめて』
シャルロットは神々にしか理解出来ない神々の言語を以って、シャムロックへと苦言を呈する。確かにこの会話は神々に属する者やその神使にしか理解出来ない言語だ。数千年先。シャルロット唯一の神使となるカイトの時代でさえ、この言語は翻訳不能となっている。
おそらくあの時代でカイト周辺でまともにこの言葉が理解出来るのはカイトとユリィ、そして神剣の保有者となったソラぐらいなものだろう。ティナでも普段遣いの魔術では厳しいものがあった。
どこかで誰かが言っていたが、神々の言語は人々が使う言語とは格が違う。なので翻訳の魔術では普通には解析出来ない。それでも対話が出来るのは、神々がその慈悲と特性から得られる信者達の言語を理解出来る能力を使い、こちらの言語を使ってくれているからだ。
『はっはははは。気にする事でもない……とはいえ、神使を就けない理由は聞いておきたい。いや、聞かねばならん』
『何故?』
『私が神の王だからだ。そしてお前が私の半身でもあり、唯一同格と語られる月の女神だからだ』
『……』
兄にして神々の王の一角でもあるシャムロックの言葉は道理だった。シャムロックはこれと見込んだ戦士や神官を何人も己の神使として迎え入れ、己の威厳を保つのに使っている。流石に百人とはいかないものの、彼の神使は二桁は居る。後世にソラが出会ったエルネストもその中の一人というに過ぎない。
『……私は月の女神にして、死の女神。永久の闇の中で蠢く者。私の契約者は久遠の果てより来る者。此方より彼方へと導く導き手』
『……すまん。言っている意味が理解出来ん。わかる言葉で話せ』
『……私の神使は死をもたらす。死神の神使。その役目は死をもたらす事……殺す事が役目よ』
目を瞬かせたシャムロックの要請に、シャルロットはわずかに不満げに口を尖らせながらそう告げる。そしてこれは正しかった。
シャムロックの権能は生。つまり、開始。それに対してシャルロットの権能は死。つまり、終焉。が、終わりに抗おうとするのは生命の真理だ。シャルロットの役目というのはその生きようとする意思を終わらせる事にこそある。どうしても、生命とは相容れない。
『それは仕方があるまい。だが、生命にとって死とは必要な概念だ。それ故、最高神である私が生を司り、もう片方の最高神であるお前が死を司る』
『知っているわ。でも、お兄様。私は嫌われ者。死にたくないと願うのは生命の真理。それを断ち切る私は謂わば厄介者』
『それは愚者の言葉だろう。生と死は両輪。それは生命にとって避けられぬ道理だ。だからこそお前の信者達は死そのものを忌み嫌うではなく、死に至るまでの過程が重要なのだと説いている。そしてそれは私の信者達も同様だ。如何に生きるか。それこそが重要なのだ』
『それは少数派よ? そして、信者達は良いの。彼らは殺す必要はないのだから。彼らはお兄様の信者と同様に如何に死ぬか、を説く存在。迷う者を導くお兄様の信者に対して、死に至る命にやすらぎを与える者なのだから。でも、神使は違う。殺さねばならない』
シャムロックの言及に対して、シャルロットはわずかに笑って首を振る。そしてだからこそ、だ。
『……私は未来永劫、神使を就ける気は無いわ。恨まれる役目なんて誰も負う必要は無いもの』
『……それが、理由か』
シャルロットの言葉で、シャムロックは妹が何故神使を就けないのかを理解した。死神の神使。それは言うまでもなく、殺す事が役割だ。ある意味、絶対者にも等しい。
如何なる存在も死からは逃れられない。だから、忌み嫌われる。その嫌われ者にさせるつもりはない、という優しさから来ているものだった。そうして、彼女はそのまま数千年もの月日の中で誰一人として神使とする事なく、カイトとの出会いを得る事になるのだった。
さて、それから数千年。どういうわけかそんな死神の神使になった馬鹿が一人だけいた。それも女神の命令でもなく勝手に就任した大馬鹿だ。言うまでもなく、カイトである。
「……」
「どした?」
「ん? ああ、いや……いや、流石にお前にはわかるか」
はるか東の方角を見るカイトであるが、ソラの問いかけに僅かな苦笑を浮かべていた。イングヴェイ達との合流から明けて翌日。この日から二つのギルドの合同で狩りに出掛ける事になっていた。
そんな中でカイトとソラ、その他冒険部の一部の腕利き達はイングヴェイ率いるギルドの腕利き達と共に『ダイヤモンド・ロック鳥』の捕獲に動く事になっていた。その出発の前の事だ。カイトは朝一番からずっと東を見ていたのである。
「あっちは確か……『月下山』のある方向か?」
「ああ……帰りにちょっとした所要であっちに向かうつもりでさ。何があるかな、って見てた」
「あっちに? どして? 確かに結構花があって綺麗な所だった、とは聞いてるけどさ」
カイトの言葉にソラは不思議そうに首を傾げていた。今回のカイトの目的はイングヴェイ達との揉め事を避ける事だった。それは達成されたが相手との折衝の最中に自分も隊列に加わるべき、と判断して残留する事になっているだけだ。別に行くべき所なぞ無かった。
「……そうか。花があるのか。どんな花だって言ってた?」
「えっと……確かなんか白い花と赤い花、蒼い花の3つ」
「……あの人はほんとに……きざったらしいな、全く……」
カイトは『月下山』に生えていたという草花を知り、思わず肩を震わせる。誰がこれを植えたのか。それは考えるまでもない。なにせ彼は最高神の片割れ。妹の眠る場所を知らないはずがない。
「ありがとう。これで、答えを得た。問題はない」
「???」
唐突なカイトの感謝にソラは意味が理解できず、首を更に深く傾げる。が、それにカイトは何も言わない。いや、言えない。女神の眠る地だ。かつてエルネストもアーネストも言っていたが、決して語ってはならない場所だ。
「……ユリィ。行くぜ」
「うん。さっさとこんな仕事なんて終わらせちゃおう」
決意は固い。あそこに居る。なら、さっさと仕事を終わらせるだけだ。それ故か、カイトとユリィの二人は今までになくやる気に満ちあふれていた。
「カイト、目標は?」
「当然、完璧だ。オレは……なんだからな」
「ん……じゃあ、完璧な仕事をしてみせよう」
「え、いや、まぁ……やる気なんだったら良いんだろうけどさ」
何故か何時も以上の二人にソラは状況が理解出来ずとも、とりあえず仕事はしてくれるそうなので問題はないと判断しておく。この二人が仕事にやる気を出しているのだ。良い事はあっても悪い事なぞ何も無い。
「さて……ソラ。ここからはオレが全体の統括を行う。お前は細かい指揮を取れ」
「おう。とりあえず部隊の出発は順次準備が整った所からやらせてる。一応、今の所目に見えた問題は起きてない」
唐突ではあったが行動に入ったカイトであったが、それに対してソラも気を切り替えて現状を報告する。カイトもイングヴェイ達の準備が整ったら出発だ。が、今はまだ捕獲用の準備が完璧には整っていないとの事であちらを待っている段階だった。
「よし。ソレイユ、フロド。二人はここから全体の監視を。もし万が一まずそうなら、狙撃してやってくれ」
「「はーい」」
「私達はー?」
「小動物と一緒に遊んでろ、と言いたいが今回は動いてくれ。ここらに何かやばい魔物が出てる、って話だろう? そっち見つけ次第討伐で。ソレイユとフロドはそいつの捜索も任せた」
「雑魚じゃないと良いなー」
「雑魚じゃないとウチも提携先も滅ぶなー」
クオンの軽口にカイトもまた軽口で応ずる。クオンが雑魚じゃない、と言う時点でランクはSだ。いくらイングヴェイのギルドが強かろうとクオンを手こずらせる様な魔物を相手に捕獲用の装備では戦えない。冒険部なぞ本気の装備でも戦えるわけがない。どちらも全滅は必須である。
「日向……頼めるな?」
『ん……今回は本気』
「よし……伊勢。悪いが日向の補佐をしてやってくれ。ミツキも頼む」
『『はい』』
今までにないやる気を見せる日向に対して、カイトは伊勢とミツキに補佐を頼む。この三匹はその機動力を活かして『ロック鳥』の巣がある山脈の全体を駆け回り皇国の調査隊が探す魔物を探すと共に、冒険部の補佐を行う予定だった。と、そんなやる気の原因を知るクオンがわずかに今までのお嬢様とは趣きの違う艷のある笑みを見せた。
「んー……強いんだろうなー。一説にはオーリンさえ超えていると言われる神界最強の死神……どんな程度かしら」
「クオン……悪いが数日は却下させてもらうからな」
「数日、かぁ……我慢出来るかなー……」
恐ろしい事であるが。実はクオンは何も目的もなくこの旅に同行していたわけではないらしい。フロドがカイトの密命を受けて旅に出たと聞いて、独自に調査していたそうだ。
元々彼女もカイトからシャルロットの話は聞いている。こんな関係だが、間違いなく婚約者の一人と言って過言ではないのだ。聞ける立場だった。だから、今回の旅路の裏にあるカイトの目的には気付いていた。
「我慢出来ないなら、数日立てないぐらい相手してやるよ……だから、数日はやめろ」
「その理由が理解出来ちゃうの、嫌だなー」
「あっはははは。悪いな」
呆れ半分のクオンに対して、カイトは朗らかに笑う。笑うしかない。愛する人が手の届く範囲に居るのだ。それもずっと待ち焦がれていたのだ。我慢ができそうになかった。する必要が無くなったというのに、我慢する意味もない。と、そんな所にイングヴェイが入ってきた。
「おーう。おまたせ……って、こっちやべぇ面子だな、おい……」
「そうでもない……出発か?」
「ああ……お三方は?」
「私達はとりあえずここらで暴れてるって話の魔物狩ってくるわ。そっちの方がそっちにも利益になるでしょ?」
「そりゃ、ありがたい。あれにもしダイヤ・ロックが怪我でもさせられちゃたまったもんじゃない」
クオンの明言にイングヴェイはこれはありがたい、と素直に感謝を示した。ここで出た魔物が何なのかは未だにわからないが、もしかしたら『ロック鳥』を獲物にする様な魔物が出ている可能性はあり得る。
というより、ここが巣である事を考えれば高い。であればそれを警戒するのは当然の話で、イングヴェイ達もそれ専用のチームを幾つか組織して探索に向かわせていた。
クオンがそれに加わるというのであれば諸手を挙げて歓迎こそすれ、拒否する道理はどこにもなかった。と、そんなイングヴェイにカイトは今までで決まっていた話を教える事にした。
「そうだな。で、この二人にはここから全体の監視と、魔物の捜索をしてもらう事になっている……何か他に問題は?」
「いや……ああ、そっちの幹部はこっちに挨拶に来たから知ってるんだが、こっちはリディを『ロック鳥』の狩猟の部隊に向かわせる。同時に数人周囲の警戒に使わせてもらうが……問題は?」
「ふむ……」
イングヴェイの申し出にカイトは一瞬だけ考える。イングヴェイ達が一番警戒しているのはここに出ている魔物ではない。どこかの貴族の依頼で動く『ダイヤモンド・ロック鳥』狙いの同業者だ。当然だがその警戒も必要だった。
「……良いだろう。この案件は共同で、と決めている。であれば、そちらも共同だ」
「助かる……リディ。聞いたな? 小僧共も含めろ。弓兵の視野はペーペーだろうと有効だ。有難く使わせてもらおうぜ」
カイトからの許可を受けて、イングヴェイは即座にリディックへと連絡を入れる。どうやらこのパターンも最初から見越していたのだろう。手はずはすぐに終わったらしい。
「よし……あんがとよ。で、他は……まぁ、腕についちゃお前さんの人選を信じよう」
「そうしてくれ。腕は保証する」
「よし……じゃあ、こっちはこれで大丈夫だ。急場だが……まぁ、冒険者に急場もクソもあるか、って話か」
「だな……じゃあ、後は道中で?」
「そうしよう。時間が掛かれば掛かるほど、他の奴らも来ちまう。ご同胞が来る前に終わらせちまうのが今回の作戦だ」
カイトの言葉に同意したイングヴェイはそのままとんぼ返りに入り口へと足を向ける。そうして、カイト達もまたイングヴェイと共に『ダイヤモンド・ロック鳥』の捜索の為に出発するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1361話『ダイヤモンドを求めて』




