第1357話 策士の戦い方
『ロック鳥』の巣のある山から冒険部の遠征隊を追い出そうとしていた『猟師達の戦場』を名乗るギルドのギルドマスター・イングヴェイ。彼に詫びを入れさせる事に成功したカイトであるが、その後どういうわけか彼との一騎打ちに臨む事になっていた。
そうして同時に両者地面を蹴ったわけなのであるが、速度ではカイトが上回っていたらしい。かなりイングヴェイ側での接触が見込まれた。が、それはどうやらイングヴェイの策略だったらしい。
「っ!?」
カイトは地面を踏み抜いた瞬間に感じた魔術の発動の兆候に、意図的にイングヴェイが進む速度を遅くしていた事を理解する。
(<<隠し地雷>>!? いや、違う! 普通の<<地雷>>! ディレイさせたか!?)
内心の驚きを飲み下し、カイトは敢えて爆風に飲まれる事にする。そして、それと同時。彼の足元で爆発が起きて、彼が大きく吹き飛ばされる。
が、もちろん無傷だ。イングヴェイが展開した魔術は特段の威力は無かった。元々威力がある魔術ではない。これは地雷。隠してこそ意味があるもので、バレやすい大威力の魔術ではない。たとえソラだったとて無傷で済む程度でしかないのだ。
(やってくれたな……敢えて遅延式にする事で発動を停滞……更に気づきにくくしたか。隠しよりももっと気づきにくい。改良型だな)
空中を舞いながら、カイトは笑みを浮かべるイングヴェイの思惑を理解してわずかに笑みを浮かべる。そして同時に、彼がいくつもの嘘を言っていた事を理解した。そんな彼はすでに地面を蹴っていて、自由落下に逆らわず真っ逆さまに落ちるカイトと逆さ向きに対面していた。
「意趣返しか」
「……お前、やっぱすげぇわ」
空中にて、一瞬だけ両者が会話を行う。イングヴェイがこんな事をしたのは、単純に言ってカイトの言う通り意趣返しだ。前もってこれを準備していたとしか思えない。戦闘開始からなら、いくらカイトでも仕掛けられる魔術に気付かないはずがない。
つまり、この展開もイングヴェイにとっては想定内。いや、この展開が想定内というのではない。内側に攻め込まれる事も想定内だった、というわけだ。最初から陣地内での戦闘も見込んでいたと言って良いのだろう。が、そんな彼にも想定外の事があったのは事実だ。
それは二つ。やはり第一はカイトの戦闘力と技術の高さ。これは常識から考えても、見抜く事が出来なかった。第二は彼というか今回彼が連れてきた面子だろう。ソレイユはまだしも、まさかフロドまで増えるとは思っていなかったのだ。
「持ってきな!」
「ちっ!」
極至近距離からイングヴェイが起動させた腕輪の力を見て、カイトが即座に懐から呪符を一枚取り出した。取り出した呪符の名は<<吸魔符>>。周囲の魔力を吸収するいわゆる敵弾吸収の効果を果たす物だ。
が、これを魔導具に貼り付けてやれば、一時的な封印効果にもなる。それ故、カイトは即座に何らかの魔術を起動しようとしていたイングヴェイの腕輪に向けて投げ放つ。
「甘いな!」
「っ!」
腕輪を封ぜられたイングヴェイであるが、それに対して彼はただ笑うだけだ。というのも、これもまた想定内だからだ。なので彼はイヤリングに取り付けた護身用の魔導具を起動させる。それはただ閃光を発するだけの物だ。
が、これは魔術。極至近距離でありながらも、使用者には効果がない。そしてこの至近距離だ。いくらなんでもこの距離で光速を避けきれるわけがない。近接戦闘こそを主とするカイトには有効な筈だった。
「ちぃ! 盾か!」
しかし、それに対するイングヴェイは苦かった。やはり若い冒険者の根本的な性質として、どうしても攻めに偏りやすい。血気盛んだからだ。防御に次に攻撃、というのは基本的なパターンだ。
なのでそれを想定してイングヴェイはこの選択をしたわけだが、カイトは攻め込まずそのまま自由落下で真っ逆さま、おまけに追撃を防ぐ為に盾まで創造していた。
「修正……よし」
悠々と地面に着地したカイトを空中から見据えながら、イングヴェイは頭を右手の人差し指で二度叩いてそう呟いた。カイトは知る由もないが、これは彼なりの癖だった。
彼曰く、一度目のタップで古い情報を圧縮して、二度目のタップで新しい情報を押し込んでいるのだそうである。それに対して、カイトは今の数度のやり取りでイングヴェイの根本的な戦闘を理解していた。
「厄介だな……魔法戦士型かと思ったが……まーた珍しい戦士が来たもんだ。道具使いか。魔物使いとどっちがレア度高いか、って領域の稀な戦士だな……」
カイトが見るのはイングヴェイが総身に身に纏うアクセサリーの数々だ。が、これはアクセサリーであっても、アクセサリーではない。アクセサリーに見える様に改良された魔導具の数々だった。
まぁ、これを見ればこそカイトは彼が嘘を言ったと理解したのだ。普通、こんな盛りだくさんの武装を装備してくる事はまずない。それも自分の陣地の中で、だ。
確かに襲撃に備えてはいただろうが、彼ほどの戦士ともなれば冒険部相手にここまでする必要はないからだ。確実に、それ以上の相手も警戒していたと言ってよかった。
「閃光だけで二つ……確実にあれもあるな……」
ここまでの武装を備えているのだ。カイトはある魔導具を彼は確実に保有していて、隠していると想定する。そして魔導具の最も警戒すべき点は発動の兆候がほぼ見受けられない点だ。そして魔導具故、その発動を妨害するのは先の<<吸魔符>>の様なやり方でなければ難しい。
(……今は攻め込まない方が良いか。もしあれを見せ札にするのなら、また警戒すべきだしな)
こちらからは攻め込まない。イングヴェイに対してそう決めたカイトはそのまま地面で待ち構える事にする。しかし、そのまま待つだけではない。即座に武器を魔力で編み出して、イングヴェイに対して発射する。
「む……」
思い切りの良い。イングヴェイはカイトの打った次の一手に対して、わずかに目を見開いた。近接戦闘を主眼としている者が遠距離戦闘を行う事にはどうしてもためらいがある。
それは言うまでもなく、自分の土俵ではないからだ。命がけの戦いである以上、やはり冒険者は自分の土俵に如何にして敵を乗せるか、という所を大事にする。が、カイトは一切のためらいなくイングヴェイとの近接戦闘を避ける選択をした。驚くのも無理はなかったし、普通はしない選択だ。
(何故動かない。何を考えてやがる?)
カイトほどの実力者が飛空術を使えないとは思えない。であれば、空中でも自由自在に戦えるだろう。であれば、近接戦闘を行う戦士の考えは当然イングヴェイに対して距離を詰める、という事だ。
距離を取って良い事なぞ何も無い。なのに、カイトは距離を保った。が、その意図をイングヴェイは即座に理解する。
(……気づきやがったか。人気者は痛いね)
獰猛な笑みを浮かべながらも、イングヴェイは冷めた内心ではっきりと自分の策を見抜かれた事を理解する。イングヴェイの策。それは敢えて言うまでもなく、トラップだ。
実は彼はこの空中にも無数の罠を展開していた。もちろん、カイトが踏み抜いた物以外にも無数の罠を地面に埋め込んでいる。正々堂々、なぞ誰も言っていない。というよりそもそも策士が正々堂々なぞ馬鹿も極みだ、と彼は考えていた。
彼はカイトとの全面戦争を避けながらも戦闘そのものは避けられない事を理解していた。というより、そもそもカイトが来た時点で戦闘はどうやってもあるだろうと推測していた。だから、その準備も完璧にした上で挨拶に行かせた。
その上で結果がこちらが詫びを入れさせられるのか、それとも相手に自分達が格上と思い知らせるのかの二択しかないと判断していた。そして、事実そうだ。
有能なのギルドマスターであろうとなかろうと、リディックが挨拶に行った時点で誰かが一戦交える必要があった。あの『挨拶』はそういうものだ。
「……」
自分の策が気付かれたから何なのだ。そもそもカイトの攻撃は一直線にこちらに向かってきている。なのでイングヴェイは直進する無数の武器群に右手をかざすと、五本の指すべてに嵌めた指輪に魔力を通していく。どれもこれもが高価な魔導具で、中級程度の魔術なら一瞬で発動させられる優れた品物だ。今回カイトが投じた武器程度なら相殺は可能だった。連射も可能だ。十分、しのぎきれる。
(良いね良いね良いね! まさか同じタイプの戦士に出会えるとはなぁ!)
動かないのは罠を警戒しているから。もしここで安易に動けば罠の餌食になる可能性は非常に高い。だからこそ、カイトは罠を警戒してその場から動けない。
が、動けないからと何も出来ないわけではない。今の様に武器を作ってイングヴェイを動けなくも出来るし、逆にこんな機械的な作業故に並列起動させた思考回路の一つに任せて自分は罠の在り処を探り、対処する事も出来る。
が、それ故にイングヴェイには歓喜が滲んだ。実は彼が道具使いをやっているのも、似た理由だ。魔導具に攻撃を任せればその分、自分は敵の行動や周囲の状況の分析に力を割ける。
もちろん、だからといって彼自身が鍛錬をサボっているという事はない。彼の力量の高さは間違いなく彼の素の実力に由来している。魔導具が無くても十分にランク相応の戦闘力はあると断言出来る。
「さぁ、こういうのはどうだい?」
イングヴェイは右手でカイトの放つ無数の武器群に対処しながら、左手に装着した腕輪を起動させる。これももちろん魔導具だ。魔導具だが、彼独自の改良が施されている所為でカイトにもわからない。
故に、カイトは警戒を滲ませる。何が来ても不思議はない。相手は策士。何をしてきても不思議は一切無いのだ。が、そして滲ませた警戒こそがイングヴェイの思惑だった。
「……!」
「あっぶねー……」
一瞬の後。危うくイングヴェイのブラフに乗りそうになったカイトであるが、彼は武器の投射をやめて刀を抜いて背後から迫っていたイングヴェイの斬撃を振り向く事なく防いでいた。
いや、振り向く事なく、ではない。振り向く間が無かったのだ。気配を見抜いて防ぐしかなかった。そうして、僅かな会話が再度交わされる。
「今のを見抜くか。結構な必殺だぜ……?」
「手品師ってか……まぁ、道化師には痛い目を見ていてね。何も起きない事こそが異常だと理解出来た」
本当に心の底から驚いた様子のイングヴェイに対して、カイトは若干の冷や汗を滲ませながらも安堵のため息を漏らす。イングヴェイの左の腕輪だが、それが大規模な攻撃を放つ事はなかった。
が、それ故にこそカイトは一瞬だけ思考の停滞を招く事になった。基本的に魔導具の出力はどうしてもサイズと構造に左右される。指輪よりも腕輪。腕輪よりも魔銃という風に、だ。
故にカイトはイングヴェイが腕輪を起動させたのを見て、どうしても何か大規模な攻撃が来ると推測してしまった。しかし、来なかった。
いや、それこそ傍目には何も起きていなかったとしか言い様がない。だからこそ、カイトも拍子抜けというか、意味が理解出来ず思考を停止させてしまったのだ。これは人間心理である以上、仕方がない。
が、何も起きていないという事こそが間違いだった。あれがもたらした効果は幻影。しかも隠蔽性に富んでいるだけの単純な幻影だ。いつものカイトなら初見でも見抜ける程度でしか無い。ソラでも出来るだろう。
それでも、カイトに通用したのは何故か。答えは非常に単純だ。カイトの言う通り、手品師がやる手をしたからだ。あの時、カイトの意識は腕輪に集中していた。イングヴェイ全体には向いていない。イングヴェイその人がすり替わっていても気付けなかったのだ。
「面白い腕輪だな。その場に留まって幻影を……実体を持つ幻影を生み出すか。どこぞの名のある細工師だな」
「高かったぜ、こいつは。オークションでもかなり競り合ったからな……もちろん、使い捨てじゃないぜ? おまけに、俺独自の改良も加えた。俺の切り札の一枚だ」
イングヴェイの言葉に合わせるかの様に、空中に浮かんでいた腕輪が彼の手首に自動で戻ってくる。確かに、ここまで高度な物なら相当に値が張る事だろう。
「それと、こいつも……な!」
牙を剥いたイングヴェイはそう言うや否や、懐から魔銃を抜き放つ。この至近距離だ。いくらカイトだろうと動かずに回避は難しい。強引にでも動かして罠にハメる。そんな作戦だった。
が、そんな攻撃に対して、カイトは一切動かなかった。動く必要もなかった。そしてもちろん、攻撃の直撃を受ける事もなかった。
何故か。自らに張り付けた『吸魔符』により一切合切を防いだからだ。イングヴェイが必ず魔銃を持っていると踏んで、罠の対処と共に自らには万が一に備えて『吸魔符』を張り付けていたのである。
「……そうか。そんな使い方もあったか。道具使いってわけじゃないんだろうが」
「道具使いじゃないが、武器使いではある。これもまた武器だろ?」
「良いぜ。認めよう。お前は同格だ」
ここまでやって、イングヴェイはカイトが己と同格と認めて今まで総身に込めていた力を抜いた。敢えて言うまでもないが、カイトもイングヴェイも本気では戦っていない。本気という事はつまりは殺し合い。殺し合うつもりなぞ皆無だった。
「そりゃ、助かる。そして、言っておこう。流石は策士イングヴェイ。御見逸れした。オレでなければ、敗北はあっただろうな」
「あっははは。互角にやっておきながらそれかい。ま、来な。お前さんらなら、歓迎しよう」
戦意を解いたイングヴェイはそう言うと身を翻して、カイトとソラに対してそう告げる。そうして、カイトとソラはイングヴェイに従って彼の野営地の中にあるテントの一つへと通される事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1358話『交渉と取引』




