第1356話 威圧
収穫祭に向けた『ロック鳥』狩猟に出かけていた冒険部遠征隊に仕掛けられた『挨拶』に対する返礼として、カイトはソラの依頼もあって敵対的なギルドに対して『挨拶』を行う事になっていた。
その初手として相手に動きを悟られぬまま相手陣地の前まで移動する事に成功したカイトとソラであったが、相手陣地に入ってカイトは更に『挨拶』として濃密な殺気を放出して話を開始する。そんな彼の呼びかけに応じて、二人の前には相手ギルドのギルドマスターが姿を現していた。
「俺がそうだ。お前が、『もう一人の勇者』か?」
「『もう一人の勇者』?」
初めて聞いた二つ名にカイトが若干の訝しみを得る。とはいえ、これに相手ギルドのギルドマスターは疑問を得なかった。
「ユニオンの噂話だ。『勇者の帰還』と『もう一人の勇者』のどちらかの二つ名を地球出身のギルドマスターに与えるとな」
「なるほど。それはまぁ、オレしか居ないだろうな」
相手ギルドのギルドマスターの言葉に、カイトは呆れ半分苦笑半分に納得を得た。二つ名は基本、国や自治体からの申請でなければ決まってから冒険者へと教えられる。なので知ろうとすればユニオンでも運営に関与出来る高位の地位を確立するか、そこに伝手を持つしかない。
どうやら、今回カイトに付与されようとしている二つ名はユニオンが主体となっているというわけなのだろう。大方の予想では、サリアが楽しがって情報を封鎖しているのだろう。彼の複雑な表情はそれ故だった。
「そんなご大層な事はしていないんだが……まぁ、今は良いか」
「確かに、それはそうだ。返礼、感謝する」
カイトの言葉に同意した相手ギルドのギルドマスターは改めて濃密な魔力を漂わせながらも、ギルドとギルドの長として口だけでも感謝を示す。
なぜ、今はどうでも良いのか。それは簡単だ。相手ギルドのギルドマスターはカイトの名乗りを信じるか信じないかの二択しかない。そして相手は信じるとした。それで十分なのである。そしてそんな彼はカイトへと問い掛ける。
「さて……それで何の用事だ?」
「何。挨拶というだけだ。そちらがしてくれた様にな。交渉したければギルドマスターを連れて来い、と言ったらしいじゃねぇか。だからオレが、というだけだ」
「交渉か」
物々しい雰囲気を出しながら出された言葉に、相手ギルドのギルドマスターは改めて確認する。
「そうだ。こっちは二人だけだ。まさかこれで戦争も何もないだろう?」
「……そうだな。ああ、名乗り遅れた『猟師達の戦場』。ギルドマスターのリディックだ」
リディックと名乗った相手ギルドのギルドマスターは、カイトの何処か揶揄する様な問いかけに頷いた。彼らはたった二人。しかも相手は格上だ。常識的に考えて、まず戦争なぞ考えられるはずがない。が。そんなはずなのに、相手ギルドの幹部の一人が口を開いた。
「はっ、違うな。そいつらは正真正銘、戦争も考えてるぜ」
「……何?」
たった二人。それも一切の攻撃の意図を見せていない二人だ。だのに、彼ははっきりとカイト達は戦争さえ視野に入れている事を理解していた。
そしてそんな言葉に、リディックも足を止めた。そうして口を開いたのは、この幹部の男だった。が、そうして語られたのは意外な言葉だった。
「まずは、詫びるよ。侮った……リディ。交代だ。そいつら……いや、そいつはお前の手に負える奴じゃねぇな。色々と規格外だ」
「良いのか?」
「ああ。間違いなく、そのまま進ませればドツボに嵌って大恥を掻く。いや、もう大恥は掻いてるな。が、これ以上は流石に飲めねぇな」
リディックの問いかけに倒して、幹部と思われた男ははっきりと明言する。そして改めて彼が名乗った。
「俺はイングヴェイ。仲間からはイングって呼ばれている……このギルドの本当のギルドマスターだ」
「……」
イングヴェイと名乗った男に対して、リディックは沈黙する。それは言外の肯定だった。そしてその名をカイトもまた知っていた。
「ほう……策士イングヴェイか。皇国に来ていたとはな。噂は聞いた事がある。まさかあんたの様な荒い男とは」
「好き勝手やるにゃ、影から操るのが一番だ」
僅かな驚きを得ていたカイトに対して、イングヴェイは荒々しく笑って見せる。これが演技にはカイトには見えなかった。どうやら、本当にこれが素なのだろう。だが間違いなく、彼は切れ者かつ腕利きだ。荒くれ者だからと油断できるわけがない。
「で……もう一度だけはっきりと言おう。俺達の負けだ。侮って悪かったな」
「団長……良いんですか?」
「しょーがねぇさ……もし今ここで戦争になればこっちは大損害じゃ済まん……下手すりゃ俺とリディ、数人除いてこの小僧一人に手も足も出ず全滅だ」
「「「へ?」」」
イングヴェイの言葉を聞いたギルドメンバー達が揃って目を丸くする。確かにカイトは濃密な殺気を放出している。
が、それだけで一切の怪しい動きは見せていない。こちらが嬲り殺しに出来るはずなのに、それが逆と言うのだ。困惑もしよう。が、それが正解だ。ここでの戦争は彼らの敗北。本拠地に乗り込まれた時点で彼らの敗北が確定していたのだ。出来ようはずもない。
「お前さん……何、連れて来た? これはちょいと想定外というか……こりゃ、流石に卑怯だろう」
「オレがやってるよ。流石に人数を連れられる程、そっちも甘くないだろ」
「「「???」」」
ただ二人――もちろん道中で聞いたソラも理解している――だけが理解する会話に、周囲は相変わらず困惑するだけだ。が、そんな周囲にイングヴェイが命ずる。
「団長命令だ。全員、その場を動くな……死にたくなければな」
「「「っ」」」
誰かが、喉を鳴らす。イングヴェイの言葉には冗談が無かった。自分の負けを悟っているが故に、この場を交渉で収めるつもり。それを誰しもに理解させるのに十分だった。
「……流石にそろそろ解いちゃくれねぇか。もうそっちの気も晴れたろう?」
「……そうだな。どうせなら完璧かつ圧倒的に勝利を得ておきたかったが……ふむ。仕方がない。ソラ、もう良いぜ。止めろ。こちらの勝利が確定している。相手が負けを認め如何な形であれ謝った時点で、こっちの勝ちだ」
「おう」
イングヴェイの申し出を受けて、カイトは努めて仕方がないという体で指をスナップさせる。すると、唐突に結界の中の天が砕け散った。
「「「……は?」」」
相手ギルドの全員が絶句を通り越して唖然となる。浮かんでいたのは、無数の武器。それが主人の命令を、獲物を喰い殺せという命令を今か今かと待ちわびていた。
これだけの数の投射だ。まだ完璧ではないのだろうが、それでもまず間違いなく並の冒険者であれば逃げ場はない。しかもイングヴェイの指摘がなければ間違いなく奇襲として放たれていた。逃げられないだろうし、逃げ場は無い。卑怯と言うのも道理な様相だった。
「ど、どうやってあれを入れた!?」
「入れてねぇよ。この小僧……あろうことか結界の中で外のどっかにいる魔術師に頼んで幻影を張らせて、そのさらに上でこいつを創りやがった。リディとの会話の間にもずっと、な。オレが止めなきゃ、こっちが気付かぬ間に完全に包囲されてたぞ」
「ご名答だ。後少し遅ければ、こっちが完勝したんだがな」
イングヴェイの答えにカイトは獰猛に笑って同意する。まさに、その通りだ。もしあのまま会談に臨んでいれば、どこかでカイトの策略に乗らされてこれをバラされる事になる。しかもその時には包囲網は完璧に整っていた事だろう。
相手を挑発しておいて、その挙句に返礼で惨敗だ。赤っ恥どころか一切言い繕う事が出来ない恥だった。それを乗り切るには、ここで影の実力者であるイングヴェイが出るしかなかった。
追い込まれて詫びさせられるより、自分達の非を認めて詫びる方が遥かに怪我は浅く済むからだ。イングヴェイが出たのは、あえて言えば誠意を見せたというわけである。
「他にも、視線が二つ……片方は読んでたし、この程度……いや、当人の技量じゃなしに片方だけなら問題はない、って踏んだんだが……お前さん、まさか両方動かすか」
「あっはははは。お生憎様でな。丁度彼にちょっとした仕事を依頼してたんだが……その任地が偶然にもこの付近の山だったのさ。なら、予め支援も要請するさ。特に相手があんたらみたいな事をしでかしたならな」
イングヴェイの言葉に対してカイトは笑いながらも、この程度とイングヴェイの力量をはっきりと把握する。彼が述べた視線の数は二つ。ソレイユとフロドの兄妹だ。
が、実は視線はもう一つ存在していて、そちらはこの二人とは格が違う。敢えて言うまでもなく、ティナだ。彼女の視線に気付けないでも無理はない。そして何より、彼女の存在に気付けていないという話でもある。だが、それは教えてやる必要はない。
もちろん、冒険部のギルドメンバーにもまだ彼女が潜んでいる事は教えていない。彼女はもし万が一、相手が格上の中でも別格だった場合に備えた切り札。切り札を切らないで良いのなら、切るつもりはなかった。というわけで、カイトが述べたのはまた別の事だ。
「だが、まぁ……敢えて一つ言わせろ。お前が一番侮ってたのはこいつだよ」
「うん?」
「そっちが意思統一をせずにでも手早く終わらせたかった理由……それを考えたのはこいつだよ」
「へぇ!」
カイトからの情報にイングヴェイは目を見開いた。若干、ソラに対して油断していた向きが無いわけではない。とはいえ、それでもここまで賢かったというのは想定外は想定外だった様子だった。と、そんなイングヴェイに対して、リディックが問いかけた。
「イング。どうしたんだ?」
「やっこさんの耳、見てみな」
イングヴェイは楽しげにソラの耳にある翻訳用のイヤリングを指摘する。そこにあるのはエネフィアの出身者なら誰しもが身に着けているイヤリング型の魔導具だ。
と言ってもやはりこれは誰もが身につける物故にソラも独自のアレンジをしていて、いくつかの小物が取り付けられていた。これはソラの趣味になるものであるが、その中の一つにイングヴェイが今回の謝罪を急いだ理由があった。
「あれは……小型カメラ!? 最近マクダウェル家が出したばかりの新型か!」
「そうだ……今はもう止まってるけどな。カタログにだって最新の奴じゃないと乗ってない最新の中でも一番の最新だ。もし俺が止めずにあのまま進めていたら、あちらさんには俺たちの醜態が思いっきり流されてたぜ」
何故イングヴェイが急いだか。それはこれだった。この一件、実は目撃者は彼らとカイトとソラだけではなかった。冒険部の面々にも全面的に流されており、録画もされていた。
もしあそこでイングヴェイが止めていなければここまでのすべての流れは克明に記録された上、交渉の結果次第ではそれを公開される事さえあり得たのである。
カイトも言っていたが、冒険者という稼業はどうしても風評に左右されやすい。カイト達は格上相手に一歩も引かず、それどころか謝罪させてみせたという評判を得る。おまけにこちらを侮った格上に謝罪させて見せた、とカイトとソラの評判はうなぎ登りで、ギルド内での信望は一気に高まる。
それに対して彼らは格下のカイト達に謝罪させられたという赤っ恥な評判が立ってしまうのだ。もちろん、イングヴェイの評判も地に落ちる。それは今後を考えれば是が非でも避けねばならなかった。
「……油断ならんな」
「だーな。間違いなく交渉の場馴れしてやがる。そっちの小僧もリカバリは悪くない」
格下と侮っていた。リディとイングヴェイの二人は冒険部に対して過小評価をしていた事を認め、今回の敗北を納得して受け入れる。いくつか読み切れなかった所はあるし、彼らではどうしようもないという所は無くはない。が、それも含めての結果だ。であれば、受け入れるしかなかった。
とはいえ、受け入れたからと言ってそれで良いというわけではない。このままでは彼らは赤っ恥を掻いたままだ。受け入れた上で今度は彼らがリカバリせねばならない立場だった。
「とはいえ、だ……おい、そっちの小僧はともかくお前さんはわかってるんだろう?」
「当たり前だ。だから、解いていない」
「?」
イングヴェイの問いかけには、今度はソラも困惑する番だ。が、それに対してカイトはわかっているとばかりに首を鳴らす。そして同様にイングヴェイもまた首を鳴らす。
「このパターンは想定してなかったが……まぁ、悪くはない。戦争は好きだが、どうせ俺が好きなのは戦いだ。お前さんなら、十分に楽しめるだろうな」
「そりゃ、結構……さぁ、何時でも良いぜ」
「さて……」
刀に手を掛けたカイトに対して、イングヴェイもまた剣に手を掛ける。そうして、両者同時に地面を蹴って、どういうわけか唐突に戦闘を開始する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1357話『策士の戦い方』




