第1354話 ソラの策略
カイト達がソラ達の支援要請を受けて『ロック鳥』の巣がある山へと入っていた丁度その頃。ソラ達はというと案の定、揉め事一歩手前にまでなっていた。
「だから本当にあと少しだけ待ってくれ」
やはり後から来た挙げ句、ここら一帯から出て行け――もちろんここまで直接的には言われていないが――と言われては冒険部のギルドメンバー達とて腹も立つ。
基本温厚な冒険部のギルドメンバー達でこれだ。血の気の多いギルドであれば確実に流血沙汰になっていただろう。とはいえ、それでもなんとか抑えられているのはソラが抑えていたから、という事で良いだろう。
「はぁ……あー……くそ……」
そんなソラとて腹は立っているし、苛立ちは隠せない。流石に立場があるのでそんな事は見せていないが、やはりイライラしている様子だった。
「そりゃ、まぁ、サブマスだし有名じゃないっちゃないけどさ」
珍しくソラが愚痴る。やはりどうやら色々と言われたらしい。当初下手に出ていたが、どうやらがそれが悪く働いた様だ。何事も下手に出れば良いのではない。
時として威圧的とまではいかないものの、絶対に引かないという姿勢を見せる事も重要である事をソラは思い知った。やはりまだまだ経験が足りていないというわけなのだろう。
「まぁまぁ……はい、お疲れ様」
そんなソラに向けて、今日も今日とて給仕役になっていたナナミがお茶を差し出す。
「ありがと……由利は?」
「帰って来た」
「おっと、グットタイミング」
問い掛けとほぼ同時に帰還した由利に、ソラが安堵のため息を漏らす。まぁ、由利もそこそこ腹が立っているらしく、口調は戦闘時のものだった。ソラを無碍に扱われておかんむりらしい。そんな由利に、ソラは頼んでいた事の確認を行う事にする。
「で、どんなもんだった?」
「駄目ー。相手が一枚上手は上手っぽいー」
「ちっ……まぁ、そりゃそうだけどさ」
口調を元に戻した由利の返答にソラは舌打ち一つで苛立ちを道理と宥めすかす。つい先頃、先方のギルドが挨拶に来たらしい。それもギルドマスターが直々に、だ。となると当然だが、ソラもまた直々に挨拶に出た。
が、相手はこちらが格下と見るや、こちらを侮ってみせたのだ。特にカイトや瞬ら有名な面子を欠いていた事が大きかった。知名度であればソラはどうしても、この二人より数段落ちる。しかも悪かったのは、アルを出せなかった事だ。
というのも、相手に増援を呼びたいならどうぞ、的なニュアンスを使われてしまった。つまり、アルを呼びたいなら呼べば、と言われてしまった。ここでアルを呼び出せば流石にソラの格好が付かない。サブマスターという体面がある以上、アルは使えなくされてしまったのだ。とまぁ、それはさておいて。ソラは己の見立てを語る。
「多分、あの格のギルドだと知った上でやったんだろうな。おもいっきりアルが居るの知ってた感じだし」
「多分、ね」
「だろうねー」
ソラの推測に由利とナナミもため息混じりに同意する。相手が何を言ったのか。それは一言で言えば、ソラの事を知らない、という事だ。が、同時に冒険部の事は知っているとも明言していた。アルの件もある。
不思議のない話だ。エンテシア皇国のマクダウェル領近辺で冒険部の事を知らないとなるとそれはもう不勉強というか情報の価値を知らない者だ。
情報を仕入れようとしていないとさえ言い切れる。それは自分達より格上のギルドとしては有り得ないと断じるしかない。そして流石にそれは相手もしなかった。逆に自分達が侮られるからだ。
「そりゃ、俺はなんかデカイ事しちゃわけじゃないけどさー」
再度、ソラはそう愚痴る。やはり幾つかの武勲を立てた身として、上から目線で『お前の事は聞いたことがない』的な事を言われれば腹も立つ。しかも明らかに知っているだろう感じで嘲笑を滲ませられれば尚更だ。
そしてそれ故に、冒険部のギルドメンバー達も腹が立っていた。明らかに自分達が侮られたのだ。若かろうが経験が浅かろうが、冒険者としての誇りはある。明らかな挑発を前にしては我慢できない者も少なくなかった。
だがそれ故にこそ、ソラはカイトの警告通りにギルドの引き締めを行なっていた。アルは今もこれが相手の策だ、と説いて回ってくれている。これが相手の思惑である事ぐらいは見えた話だからだ。相手はこちらの暴走を誘っている。乗ってやるわけには、いかなかった。
「あー、くそっ! つーか、マジでカイト早く来てくれ……」
思い出すだけで腹がたつ。ソラとて挑発されて平然とスルー出来るほど大人ではない。が、立場がある。それを彼もわかっていた。そして相手は文句があるなら話を通せる幹部――つまりはギルドマスター――を連れて来い、とご指名なのだ。なら、そうしてやろうと思ったのである。それ故、すでにカイトには連絡を入れておいた。
「マスターが来ただけで変わるかな?」
「少なくとも奴らの鼻は明かせるさ」
今からその時を想像していたのか、ソラは楽しげだ。そんなソラに、ナナミが再度問いかけた。
「どういうこと?」
「まぁ……何よりあっちもここまで早いとは思ってないだろ? 実際、カイトは最速で動いてるし」
実際にはカイトは最速以上の速度で動いている。が、それは流石にソラ達も知り得ない事だ。なにせカイトは規格外。が、規格外が横に居る事で規格外と知っていてもそれを規格外と理解出来ないのだ。しかしそれ故にこそ、相手にはカイトの動きは正しく想定外でしかない。
「多分、拠点作って数日動かなかったのは敢えて動かなかった、って所だろ。情報屋からこっちの情報を得て、その上で数日こっちを偵察。その上で、もしこっちと揉めても自分達なら押し切れるって判断したんだよ。多分、アル以上の隠し玉も持ってるな」
相手は格上かつ、自分達より経験が豊富だ。大御所とまではいかないまでも中堅は確実にあるギルドだ。数と知識だけが中堅規模のギルドである冒険部とは天と地の差があるだろう。確実に揉めても勝てると踏めばこその対応だとソラは読んでいた。
「まず初手でこっちが気付かなかった、ってのが痛かった。相手はその時点で同格じゃないと踏んで、次にこっちの布陣を自分の目で把握。カイトや先輩が居ないのを見て、アルは牽制可能と判断。行動に出た」
やはり武名であればカイトや瞬にソラは一つ二つ劣る。こればかりは性質や戦い方の問題で仕方がない。ソラはあえて言えばいぶし銀の仕事だ。油断できるわけがないが、同時に情報から判断すれば戦闘力としては侮れる相手でもあったのである。
「多分、かなり腕利きだ。あっちは俺達が束になっても勝てはしない。だから、挑発に乗ってやるわけにはいかない」
認めるべきを認め、ソラははっきりと明言する。挨拶に来た相手のギルドマスターはソラと同格だったが、そのギルドマスターと同格だと思われる戦闘力を持つ者たちが側近として控えていた。
そしてその時点でソラはこれが見せ札だと理解した。確実に切り札となる凄腕、それこそランクA~Sに位置する猛者が居ると判断したのだ。もし挑発に乗って勢いで攻め込めば、確実に返り討ちにあう。アルでさえ勝てないかもしれない。だから、迂闊には行動に出れない。
経験と実力。それらすべてでソラは自分達が現状劣っている事を認めざるを得なかった。だからこそ、彼の最初の発言になる。攻め込めば負ける。であれば、ここは堪えるしかない。そういう判断だった。とはいえ、だからといってやられっぱなしは性に合わない。なので彼は妙案を考えついていた。
「まぁ、だから……」
にたぁ、とソラが悪どい笑みを浮かべる。侮るのなら存分に侮ればよい。その為に手は打った。
「ソラー。悪い顔してるよー」
「おう。マジで悪い事考えてるからな」
今は相手が存分にこっちを侮ってくれれば良い。それで十分だ。勝てると相手は踏んでいる。そこにこそ、勝ち目がある。
「精々、良い気になってやがれってんだ。まぁ、他力本願なのがカッコ悪いけど……」
「そもそも、力があれば起きてない事だもんね」
「たはは」
ナナミの指摘にソラは少し気恥ずかしげに笑うだけだ。そしてそれから少し。拠点の中でも彼ら指導部が使っている一角から少し離れた所がざわめいた。
「来たか!」
今この時でのざわめきが何が原因か、というのはソラも理解している。というわけで、その数分後。カイトがテントの中に入ってきた。そんな彼の顔には悪どい笑みが浮かんでいた。
「まったく……面白い事を考えてくれたもんだ」
「だろぉ? せいぜい甘く見てろってんだ」
この策を考え出したソラはカイトの言葉に楽しげに笑う。腹は立ったが、ここで思う存分やり返せると思えば我慢できた。というわけで雰囲気からして存分にやってくれと言っているソラに、カイトは笑いながら明言する。
「しょうがない。今回はお前の策略がドツボに嵌った記念だ。お前の手のひらで踊ってやる」
「おっしゃ! じゃあ、準備は?」
「終わった、だそうだ。まったく……オレはそんな為に動け、と言ったわけじゃなかったんだがな」
ソラの確認にカイトは口調に反して楽しげだ。これで相手は大いにソラの事を見直してくれるだろう。なら、仕方がない。友の為にカイトも骨を折ってやる事にした。
「行けるか?」
「おう……じゃあ、俺は横に居るだけになってるからな」
「そうしろそうしろ。あとはこっちの仕事だ」
後は任せておけ。カイトはソラに対してそうはっきりと明言する。せっかくソラの作戦がドツボに嵌っているのだ。時にはそれに沿うだけも良いだろう。と、そんな二人にナナミが問いかける。
「何するつもりなの?」
「ちょっと楽しいこと」
「楽しいかどうかは、人それぞれだな」
楽しげなソラに対して、カイトもまた楽しげだ。人それぞれ、と言いながらもカイトもまた楽しめそうらしい。そして彼が楽しめそうだというのだ。そこそこ面白い作戦になっているのだろう。
「じゃ、行くか」
「さて……じゃあ、行くか。どうやら相手は確かに格上だが、オレが気にするほどの格上というわけでもなさそうだしな」
ソラに続いてカイトも立ち上がり、そうはっきりと断言する。何故そう思うのか。それは現状にこそ理由があった。というわけで、カイトは最終確認の為にティナへと連絡を入れる。
「ティナ。周囲の状況は?」
『うむ……まぁ、見張りはそうおらん。動くと読んで動いた場合に備えた者という程度じゃのう。敢えて言えば監視という所かのう』
「上々だ。その程度なら問題は無い」
これがもし本気で見張っているのならソラの作戦を却下する所であるが、幸いな事に見張っているだけらしい。まぁ、相手からしてみればこちらの暴走を誘発して一悶着を起こして、邪魔者を追い出すつもりなのだ。どちらが格上かはっきりと分からせるには一番良い方法だ。
それ故、冒険者の中にはこの方法を多用する者は少なくない。結局、冒険者とは力こそがすべて。強い奴が正しいのだ。であれば、強者に対して弱者は泣き寝入りしか出来ない。
しかも喧嘩を売って負けました、では笑い話にもならない。挑発したから悪いのではなく、挑発に乗って手を出した方が悪いとされる。挑発した方が悪いとするには、手を出して勝つしかないのである。
「そういや、俺相手の拠点見付けられてないんだけど」
「それは問題ない。道中で偶然だが見付けられている」
「偶然ねぇ……」
「偶然さ。見つけたのはお前の連絡より前だからな」
訝しむソラに対して、カイトは笑っていた。クーが相手の陣地を見つけて数分後に、ソラから挨拶があったという連絡が入った。なのでカイトとしても今後を考えてあの時点で乗り込んでいってやろうか、とも思ったわけであるが、そこでソラから提案があったのである。なので状況としては確かに偶然だった。
「さて……まぁ、相手は腕利きは居そうだが……どこまでかはわからんな」
ランクAかランクSか。それによってカイトも応対を変えるつもりだ。というより、変えるしかない。冒険者として最後の壁を超えた者というのはそれだけで警戒対象だ。油断は出来ない。
が、壁を超えた者にとっては逆に壁を超えていない者はさほど警戒する必要はない。もちろん、壁を一つ超えている以上警戒する事は警戒するが、同格とは見做す必要がないのだ。
「でも負けは無いんだろ?」
「当たり前だな。まぁ、若干こっちで修正はしている。存分に、冒険者としての『挨拶』って奴を見ておくと良い」
「おう」
カイトの発言をこの時ほど、ソラは頼もしく感じた事は無かった。彼こそ、冒険者においてランクEX。規格外とされた男なのだ。そうして、そんな規格外とされた男と共にソラは返礼の為に出かける事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1355話『冒険者の挨拶』




