第1353話 ロック鳥の巣
ソラ達の支援要請を受けてマクスウェルの街からクオン達を連れて出発したカイト。彼はひとまず他領、それも天領である事もあって申請などの関係で『エンテシア砦』での一泊を余儀なくされる。
そんな彼らだが、その翌日には申請なども終わって再び出発出来る状態だった。というわけで、カイト達は朝一番に出発する事にしてバイクに跨って街を出ていた。
「というわけで出発したんだが……一葉。そちらは?」
『はい。ひとまず何か変わった所は見受けられません。今の所入っている情報によると、付近の山に少々手強い魔物が現れた為、冒険者に協力を依頼しながら街の調査隊が向かったという報告が入っているぐらいです』
「ふむ……ソラ達は何か言っていたか?」
『いえ。土地が変わった事でやはり若干の魔物の変化もあり、その点以外に変わった内容を報告されては』
「ふむ……」
己の問いかけに答えた一葉からの情報に、カイトは一つ唸る。手強い魔物が現れた、ということは何時もより若干山は活性化しているということなのだろう。その原因が何故か、というのはわからないしそれを調べる為に『エンテシア砦』の調査隊が向かったのだろう。カイトが考えるべき事ではない。
「確か皇国の調査隊がソラ達に警戒を促したんだったか……であれば、その魔物の噂を聞きつけたという所か? 腕には自信がありそうか……」
面倒だな。カイトは考えられる状況から若干面倒事が起きる可能性が高まった事を理解する。職員がわざわざ警戒を促したということはすなわち、ソラ達が見かけたという冒険者はそれに関係が無いということだ。皇国側が依頼した冒険者達ではない、という事である。
が、やはり付近の場所で何か変わった事があれば街には噂が伝わるし、腕利きのギルドであれば国より先に情報を入手しても不思議はない。カイトだって大半の情報は国の上層部が手に入れるより前に手に入れられる。そしてそういう所の中には、戦い好き故に手強い魔物と聞いて戦いに参戦するギルドがある。
討伐出来れば儲けものだし、ギルドにも箔が付く。それだけでなくレアリティの高い魔物なら情報をユニオンに売り払えるし、素材も高値で買い取ってもらえる。依頼に関係無しに動いたとて、不思議はなかった。
「大方、表向き『ロック鳥』の狩猟名目でそいつ狙いじゃない? よっぽど厄介が予想されればそもそも撤退を国の指示として出すだろうし、その場合はクズハにも報告が入るだろうし。で、クズハ経由でカイトにも報告が、って」
「だろうなぁ……」
クオンの推測にカイトもまた同意して、ため息を吐いた。至極当然の話だが、危険と言われている所に立ち入れば街の統治者――この場合は『エンテシア砦』の役人達――達から危機管理はどうなっているのだ、と言われかねない。ましてやすでに依頼が出て冒険者と調査隊が調査に出ているのだ。
そこに勝手に乗り込めばお叱りは当然だろう。となると何か言い訳の一つも必要だ。その言い訳として『ロック鳥』の狩猟というのは非常に有効だった。なにせ金になる。
金を求めて冒険者をやっている者も少なくない世界だ。危険な魔物については知らなかった、偶然戦いになって偶然倒してしまったのだ、とでも言えば問題はあまり無い。そして討伐してくれたのであれば、統治者側からしても万々歳だ。それを見て取ったからこそ、皇国の職員達もソラ達に注意を促したに留めたのだろう。
「揉め事は確定か。まぁ、今回ばかりは相手が悪かった、と考えるしかないか」
「なんなら、私がやっちゃっても良いけど?」
「やめてやれよ。流石に剣姫クオンが雑魚相手に踊ったら弱い者いじめだ。それに、オレの面子も立たん」
「それもそっか」
確かにクオンが睨めば一瞬だ。なにせ剣姫クオン。『死魔将』をして唯一互角と言われるある種の天上人でさえある。その戦闘力は単独でも間違いなく木っ端なギルドの総力を上回る。それだけですべての話は終わりだろう。
が、そうなるとカイトの立場は、という話は出て来る。そもそも連れてきている時点で色々とアウトな気もしないが、それはそれとして置いておく事にしておいた。何よりばれない様に後ろに引っ込んで貰えれば良いだけの話だ。
「さてと……そうなるとちょっと荒事も考えた装備はしておくかね……」
おそらく軽くは終わらないだろう。相手は荒事を主眼として活動しているはずだ。と、そんなカイトにソレイユが問いかける。
『にぃ、話し合いは成立しない感じ?』
「しないだろうなー。まず考えられるとしちゃ、狩場の独占だ。となると揉める。てーか、相手が何言ってるかももうわかりやすいだろうな」
『うーん……あの、横殴りやめてもらえます? ここ使ってるんで』
「逆だ逆。こっちが横入りされた側だ」
ティナの冗談に乗っかろうとしたカイトであるが、立場が逆なので乗らずにやめておく。このネタはネットゲームで言われているモンスターの狩りに関するなんとも馬鹿馬鹿しい話なのであるが、実際にこれが現実で起こると殺人どころか『戦争』にも発展してしまうのだから面倒だった。しかも関わるのがリアルマネーだ。ゲーム以上に血の気が多い話は多かった。
『まぁ、そうなんじゃが。とはいえ、確実に占有するじゃろ』
「だろうな。まぁ、しゃーない。そもそもただでさえ『ロック鳥』の巣は狩場占有の可能性の高い場所だ。こっちが気を付けても、って所だったかねぇ……」
『向こうが占拠、しかも後から来て占拠されてはどうしようもないのう……』
呆れを滲ませるカイトに対して、やはりこちら出身だからかティナは嘆きを滲ませる。マナーが無いと言ってしまえばそれまでであるが、やはり実際の金が絡んでこればそんな事も言っていられない。
法律違反ではない以上、やったもん勝ちの世の中だ。そして更には弱小は何も言えない。その上、教育水準も地球と比較してはならない異世界だ。どうしてもこのリスクだけは付き纏うのであった。
「まぁ、最悪武力行使に出た場合はクオンとソレイユに任せるとして……とりあえずは進むか」
ひとまず厄介事は確定と理解したカイトはそう言うと、更にアクセルを吹かす。もし話し合いが通じる相手なら相手で問題はないし、通じないなら通じないでも問題はない。
相手のわがままに従って引く必要はないが、期間次第なら譲るのもありだ。そこらは、これからの話し合い次第という所だろう。そうして、そこらの話を決定したカイト達は再びソラ達と合流すべく進んでいくのだった。
さて、カイト達の話し合いからおよそ一時間。バイクで進み続けた彼らはソラ達が居るという山の付近にまで到着していた。
そこまでたどり着くと流石にバイクでは進めないので、カイトとティナが手で押しつつゆっくりと移動する事にしていた。と、そんな彼らの眼前には切り立った山々とその合間に巣を作る無数の『ロック鳥』の姿だった。
「さてと……おぉおぉ、まーた大量に湧いてるな。こりゃ、入れ食い状態か」
「入れ食いは良いけど入れ食いの所為でここらが危険地帯だからあんまりよくないよー?」
「ま、そりゃそうだ……ふむ……」
「うむ。では、頼む」
カイトはソレイユの言葉に同意しつつ、ティナへと一つ頷いた。それに合わせて、ティナはクーを上空へと舞い上がらせる。そうして高空から周囲の状況を監視し始めたクーへとカイトが問いかける。
「さて……どんな状況だ?」
『ふむ……山の外に拠点が二つ見受けられますな。一つは間違いなくソラ殿達が拠点としている冒険部の拠点ですな』
「どの辺りだ?」
『ここから北西に少し、という所ですな。開けた場所でわかりやすい位置に』
「妥当な判断か」
基本的に冒険部にとって見つかりにくい場所に拠点を設置する意味はない。カイトの意向により、結界はかなり上物を使っている。なので意図的に敵意のある存在でも居なければ、隠れる意味がないのだ。
そして今回はそれ故に早々に皇国の調査班も気付いて、警告に訪れてくれていた。良い面は多い。もちろん、逆に悪意ある相手にも見つかりやすいというわけでもあり、今回はそれ故に揉め事は避けられないだろうというわけだ。
「で、もう一つは?」
『こちらは北東という所ですな。山脈の合間。魔物達から見つかりにくい木々の合間を利用している様子ですな。結界もそれに合わせて隠形に特化した物を使っております』
「ソラ達で見付けられそうか?」
『……無理、でしょうな。そこそこ手練と考えても間違いはないですな』
クーは少し考えた後、カイトの問いかけに対してソラ達では無理と判断する。こういった隠された相手を探すのは翔の仕事だ。が、その翔は今回同行していない。というより、そもそも狩りに来ているのに彼の様な密偵は必要がない。似ているが、狩人の仕事だ。微妙に違う。
「ふむ……確実に小競り合いを向こうも覚悟して来ておるようじゃのう。こちらが居る事は承知の上というわけじゃ」
「そうなるだろうな……面倒な」
同業者から隠れているのだ。その時点で小競り合いは起こると向こうは判断していると考えて良い。少なくとも、穏便に済ませようとしているとは思えない。と、そんなふうにどうするかを考えていたカイトであるが、唐突にソレイユに視線を送る。
「……ソレイユ」
「はーい……にぃ、ちょっと乗るね」
ソレイユはカイトの要請とほぼ同時に彼の押すバイクのサイドカーに飛び乗った。そして、その直後。何かが風を切る音が鳴り響いた。
「さてと……」
ソレイユは目を細めて、動体視力を一気に上昇させる。すると、超音速で飛来する『ロック鳥』の姿を簡単に捉える事が出来た。
『ロック鳥』は巨大な鳥として地球では描かれていて、そしてこの種の最上位になると実際アフリカゾウ程度なら普通に持ち運べるだろう巨体を得る。こうなると流石にランクA~Sは確定だ。
だが流石にそこまで行くとソラ達の手に余るわけで、いくら収穫祭の目玉にしたくとも出来る話ではない。なのでここらに巣を作る個体はその雛形とでも言うべき下位の『ロック鳥』だった。
それは灰色の弾丸にも見えるほど超高速でカイト達へと迫っていく。が、その一瞬の後。ソレイユが矢を放って撃ち落とした。
亜光速の手前で飛来する無数の矢を迎撃出来る彼女にとって、超音速を少し超えた程度で急降下する生物なぞ動かぬ的も一緒だった。まぁ、これがもし本物の『ロック鳥』だったとて結果は変わらないのだから、こうなるのも当然だっただろう。
「……はいっ! いっちょ上がり! ユリィ!」
「はい、かいしゅー! ほいよ!」
「はいさ!」
「「『おー』」」
ソレイユの一矢による討伐から流れる様な動作で回収から羽むしりまで終わらせたユリィとカイトへとクオン達が拍手を送る。なお、ユリィが魔糸で回収してカイトが魔術で器用に羽をむしり取っていた。狩猟で使う魔術を使ったらしい。
「よーし。晩ごはん晩ごはん……血抜きは後でやる事にして……ティナー。凍らせといてー」
「うむー」
流石に血の滴る生き物を持ちながら歩くというのはそもそも自分達の後を尾行してください、と言っている様なものだ。匂いは残るし、血の跡も当然残る。魔物がついてくる可能性は高かった。
というわけであっという間に処理を終わらせたカイト達は『ロック鳥』を袋に入れて保存しておく事にすると、再び歩き始める。が、その道中でクオンがはしゃぎながら口を開いた。
「カイト、カイト! 私晩ごはん焼き鳥食べたい!」
「そんな量作れるほど串の素材持ってきてないぞ」
「取ってくるから安心して! タレ用意しておいてね!」
「あいさー。はーい、他に要望ある方はー?」
「にぃ! 私クリーム煮!」
「あいよー」
ここぞとばかりに自分の要望を告げたソレイユに、カイトはそれを脳内のメモにしたためておく。そうして、そんな気軽な話をしながらカイト達はソラ達と合流すべく、クーの案内に従ってソラ達が設営した拠点へと歩いていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1554話『ソラの策略』




