第1350話 一旦休憩
魔物の食材の一つである『太陽の果実』の果実を手に入れてから数日。カイトは幾度かの狩猟に出掛けながら神殿都市で行われる収穫祭の準備に勤しんでいた。
「ただいまー……おーい! 睦月ー! 手に入れてきたぞー!」
「あ、はーい! ありがとうございまーす!」
何度目かの狩猟を成功させて帰還したカイトの言葉に、調理場の先から睦月が声を上げる。どうやら、何らかの料理の真っ最中らしい。
もうすでに準備を開始して一週間以上が経過している。各種の食材もかなり揃ってきており、睦月達調理班の活動もかなり本格化しだしていた。というわけで、調理の手を切り上げた睦月へとカイトは小袋を手渡した。
「これ、ちょっと変わった香辛料として使える。辛味が強いから、ピリ辛の味付けには良いだろう」
「唐揚げの薬味とかに使えそうですね」
「ああ……パウダーはどうなってる?」
「バター醤油は完成しました。他にも梅風味もなんとか目処が立ちそう、という所です」
カイトの確認に対して、睦月は今までの報告会で出ていた情報を彼へと報告する。基本的に料理に関する事は睦月ら調理場の面々に任せているが、最終的な統括責任者はカイトだ。故にカイトも把握しておく必要があった。
「あ、それと学園側から熟成肉についても研究が進んで、なんとか実用化に漕ぎ着けられそうだ、という事だそうです。来週には一度試食会をしたい、って」
「そうか、わかった。それについては椿の方で手はずを整えさせておこう」
「お願いします。あ、あとそれと前に手に入れた『暴れ牛』の糀漬けも完成してます……食べてみますか?」
「お……じゃあ、今日の晩ごはんで頂くか」
睦月の提案にカイトは少し興味深げにそれを受け入れる。カイトは基本は美食家ではない――と思っている――が、美味しいごはんには心惹かれる。というわけで、その日の夕食のメニューを決定したカイトはそのままいくつかの報告を受けて、執務室に戻る事にする。
「ふむ……一通り食材は揃ってきたという所かな。後は基本はこっちで料理の手伝いをしながら、ソラ達待ちで良いか」
カイトは出発から一週間程度が経過してそろそろ狩りの腕も安定しだした、というソラの最後の報告を思い出していた。あちらは食材の確保もあるが、何より安定した狩猟が可能になる事がメインだった。
というわけで必要数を早急に確保するではなく、収穫祭の間の必要数を安定して手に入れられる様にする方が優先されていたのである。食材が無ければ料理は出来ない。料理をする為にも、安定して食材を手に入れるのは必要だった。
「椿。確かソラからの定時連絡は今日で間違いなかったな?」
「はい。本日の20時が時間です」
「よし。それならそれまではフリータイムか」
今日の狩りはそこそこ順調に進んだ為、カイトは時間としては比較的余裕が出来ていた。やはり冒険者という職業柄、どうしても時間にはかなりの空白が生まれる事がある。もちろん逆に過密になる事もあるが、今回は運良く空白が出来たという所だろう。
「さて……桜は確か天桜学園だし、瑞樹はそれに同行中……ティナは馬鹿の後始末をしている所だし、と」
カイトは一通り自分が向かうべき所を考えてみる。が、残念ながら基本彼が手伝えそうな仕事をしている面子はすでに別の所へ向かって仕事中だ。邪魔するわけにも行かないし、ソラからの連絡を待つ関係であまり遠くに行く事も出来ない。何かをするでもなく、という所だろう。
「んー……椿、とりあえずお前は睦月の手伝いで試食会の準備を整えてくれ」
「かしこまりました。試食会の人数はどの程度を?」
「そこまで多くなくて良い。全員が参加するわけでもないしな。告知の張り紙を出してくれればそれで良い」
「かしこまりました。何時も通りで」
「ああ」
「では、失礼します」
カイトの応諾を受けた椿が早速作業に取り掛かる。となると、残ったのはカイト一人。珍しく執務室に彼一人となっていた。
「んー……何かする事もないんだし、何か出来るわけでもないか……久しぶりにあれ出てきたし、練習でもしておくかなー……」
カイトは空いた時間をどうするか、と考えて久しぶりにオカリナを吹く事にする。時々練習はしていたが、ここ当分は何かと忙しかったので出来ていない。魔術で忘れない様にはしているので吹き方を忘れた事はないだろうが、それでも身体に僅かな淀みは出る。時に身体の面の調整も必要だった。
が、それも強いて言えば必要な事とは言い難い。なのでわずかに悩んだカイトであるが、倉庫から出て来たオカリナを思い出して立ち上がった。
「そうだな。久しぶりに出て来た事だし……お前で吹くか」
せっかく貰ったのだ。今では別にオカリナを手に入れたので思い出の品としてしか意味を持たせていなかったが、木製のオカリナには木製のオカリナで味のある音色がある。その音色を聞きたかった。というわけでカイトはメモで屋上に居る事を残しておいて、たまさかの一人の音楽会を開く事にした。
「さて……届きはしないし、聴衆も居ないが……いや、もともと聴衆なんてオレとユリィだけだったか」
やはり旅の最中に手に入れた物だ。故にか手にしていると色々な思い出が蘇ってくるものだ。そうして懐かしげにカイトはオカリナに口をつけて、かつての友が奏でていた音色を奏で始める。
(……)
オカリナの音色に誘われる様に、カイトの意識は自然と一体化して静寂さを得た。無とはまた違う、自然との一体感。カイトが最も得意とする芸当の一つだった。
そして自然と一体化したに等しい彼の奏でる音色は自然の奏でる音色そのものとなり自然を慰撫し、その対価とでも言わんばかりにその力を彼へと与えていく。
「……」
オカリナの音色に引き寄せられる様に周囲には小鳥たちが一時の羽休めを行い、気付けば日向と伊勢までそれに一緒になって寝そべっていた。と、そうして一時の音楽会が終わった所で、カイトはジト目で口を開いた。
「いや、お前まで平然と混じるなよ。いや、凄いんだけども」
「えー? 良いじゃない。上手いんだから」
動物達と一緒に寝そべっていたのは、クオンである。彼女もまたカイトの音色に引き寄せられてやってきていたらしい。どういうわけか小龍状態のミツキも一緒である。
なお、後に聞けば小型化しているのを良い事にアイシャから強奪してきたらしい。主に似て真面目なミツキであるが、やはりそれ故にかクオンの押しの強さには押し負ける事が多かった。そんな彼女も彼女でどうやらカイトの音色がよほど心地よかったのか珍しく寝そべって寝ていた。
「まぁ、そんなふうに小鳥達と戯れられるのは真の強者の証なんだろうが……」
「えー? この程度簡単よ? この子達は一切の害意を持たない者には警戒しない。一切の警戒心を消せばそれで良いの」
「それが出来る者がどれだけ居る事やら」
「少なくともここには二人居るわよねー」
クオンは近くに居た小鳥に手を差し伸べてそれを手に乗せて戯れながら、カイトもまたそれが出来る者だと明言する。が、少なくともその敵意を消す部分に関して言えばクオンはカイト以上だ。
彼女はまず敵意も害意も放たない。放つのは、戦闘時のそれも攻撃の一瞬のみ。それ故、彼女の攻撃を見切る事は難しい。回避するのは至難の業だった。
「やれやれ……で? 何故こっちに?」
「音楽聞こえたから?」
「それだけかよ……」
カイトは夕暮れを見ながら、クオンの返答にため息を返す。まぁ、自由人と言える彼女に真剣な理由を問いかけても無駄な事ぐらいカイトもわかっている。三百年前からそうなのだから、今更といえば今更だ。なのでカイトも気にせず、小鳥たちに混じって寝そべった。と、そんな所にお腹の音が鳴り響いた。
「カイトー。お腹空いたー。ご飯食べさせてー」
「……お前、まさか」
「えへへー」
カイトの問いかけにクオンが恥ずかしげに笑顔を浮かべる。彼女がこの時間に来た時点で、目論見なぞ一つしかなかった。
「最近何か作ってる、って話聞いたのよ。どうせなら、って」
「金払って食えば良いだろ……」
「美味しい匂いは今しているわ」
「お前は犬か」
「わん!」
カイトの冗談に対して、クオンが茶目っ気を出して吠えてみせる。それに、カイトはただただ呆れ返るだけだ。これでも一応はこの世界最強クラスの戦士である。であるが、天真爛漫っぷりも世界最高クラスだった。
とはいえ、もともと何人集まるかは不明だった。余分には確保しているし、余る可能性もあるのだ。試食会なので余らせるより足りない方が随分と良かった。と、そうしてそんなこんなで揃ってバカみたいに寝転んで話をしていると、気付けば夕暮も終わり夜闇が周囲を包み始める。
「御主人様。お夕食のご用意が整いましたとの連絡が睦月様より入りました」
「ああ、わかった。おーい、行くぞー」
「「「はーい」」」
カイトの号令に合わせて、少女ら――若干一名成人女性が混じっていたが――が元気に手を挙げる。というわけで、カイトはぞろぞろと引き連れて食堂まで向かったわけだが、やはり試食会という事で何時もよりも遥かに盛況だった。まぁ、本来は自室で食べる事も多いカイトの様な奴が来ている事を考えれば、これも自然な流れだったのだろう。
「あ、カイトさん」
「おう。盛況そうだな」
「はい、有り難いことに」
確かに食堂は盛況と言って良い状況だ。なので人でごった返しているが、まだ早かった事もあり人数分の座席を確保する事はできそうだった。そして手配は椿に頼んでいたので、特段問題もなく席を確保出来た。
「で、カイト達は何作ってるの?」
「和食だよ、和食」
ご飯が出来上がるのを待つ間、クオンが興味津々という具合でカイトへと問いかける。彼女は実は最も知られているのが剣士としてなのであるが、それ以外にも健啖家かつ美食家としてもかなり知られている。なのでこういうお食事会にはよく参加しているのであった。
「和食……」
ぐきゅるるる、とクオンのお腹から可愛らしい音が鳴る。想像してお腹が空いてきたらしい。なお、その彼女の周囲であるが、そんな彼女とは打って変わって別の意味で騒然となっていた。
「剣姫クオン……?」
「なんでここに……?」
「てか、なんでウチのギルマスは平然と話出来てんだよ……」
まぁ、当然だがクオンである。その武名とその美しさは、マクスウェルに住んでいるのなら普通に耳に出来る。というより彼女らは立場にも関わらず平然とどこにでも現れる為、目撃情報が多すぎた。なので冒険部も誰もが知っていた様子だった。が、そんな周囲を一切気にする事なく、クオンは厨房に釘付けだった。
「お腹空いた……」
「はぁ……健啖家は相変わらずか……」
周囲の様子を一切気にする事なく、ただ己の欲求に従う姿はどこからどう見ても剣姫なぞと言う異名を持つ女には見えなかった。とはいえ、それはカイトからすれば何時ものことだ。一応これでもギルドの掟により婚約者になるが、どちらかと言えば餌付けした感じなのではないか、と時折カイトさえ思わない事もないらしい。
と、そんなクオンの前に睦月が台車を押してやってくる。台車なのはクオンの要求する量が量だったので、カイト達の分も含めると必然台車が必要になったらしい。
「はーい、出来ました!」
「ご飯!」
「ごはん」
「……すいません。カイト様」
天真爛漫なクオンと日向の二人を見て、アイシャから密かにお目付け役を命ぜられていたミツキがペコペコと頭を下げる。ついにはペットにまで見張り役を命ぜられる様になっていたらしい。が、そんな事も気にせずにクオンはぱんっ、と両手を合わせていた。
「頂きます」
「いただきます」
「……頂きます」
今更といえば今更なので、カイトもクオンに倣って手をあわせる。そうして『暴れ牛』の一切れへと箸を伸ばして、一口口にする。
口の中に広がったのは僅かな麹の僅かな甘みではなく、日本人には馴染みのある味だった。というわけで、カイトは感心した様に睦月へと確認を取ってみる事にした。
「お……もしかしてこれは」
「はい。ちょっと工夫して醤油糀漬けにしてみました」
「なるほど……こっちは?」
「そっちは味噌漬けです。西京漬け風以外にも普通の味噌漬けも作ってみました」
「ほう……」
カイトは睦月の言葉に、先程とはまた別の味噌漬けの肉に手を伸ばす。
「ふむ……若干やはり肉質としては固いか」
「あー……やっぱりそう思いますか? 味噌と相性が悪かったのか漬け込みの日数を増やしてもそれぐらいになってるっぽいです」
「ふむ……糀味噌にしても良いかもな」
「そっちは今研究中です」
カイトからの提案に対して、どうやら睦月もまた同じ事を考えていた様だ。やはり料理であれば彼の方に一日の長がある。と、そんな意見を出し合いながら食べていたわけであるが、その最中。今まで美味しそうに黙々と食べていたクオンが唐突に口を開いた。
「おかわり!」
「「……へ?」」
茶碗を差し出したクオンに対して、カイトも睦月も目を丸くする。そして視線をクオンの手に落としてみれば、先程まで山盛りとまでは行かずともカイトと同じぐらいには乗っていた茶碗は空――もちろん、米粒一つ残っていない――で、おまけに醤油糀漬けの皿は空になっていた。なお、各人に一皿ずつ出しているので、カイトの分まで食べられたという事はない。
「うん、これだけでご飯三杯いけちゃう。こういう食べ方は良いわねー。『暴れ牛』の肉だっけ? あれ、固い事は固いからどうやって食べようか、っていっつも悩むんだけど……うん、糀っていうのね。覚えとこ」
「あ、はぁ……」
食べながらもしっかりと会話を聞いていた様子のクオンから差し出された茶碗にご飯をよそう。そうして彼女は今回提供された3つの肉料理をそれぞれ一杯ずつ食べた上でしっかりとデザートまで味わうのだが、今は横に置いておく。
「……さっすが健啖家にして最強。精神面もずば抜けてるか……居候三杯目にはそっと出し、という言葉は知らんか」
そんなクオンに対して、カイトは何時も通りの様子に安心と呆れを浮かべるだけだ。彼も食べる事は食べるが、やはりここまでではない。というわけでカイトはそんなクオンと共にご飯を食べ、執務室に戻ってソラからの連絡を待つ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1351話『支援要請』




