第1346話 閑話 ――一方のソラ達は――
カイト達が出立したと同時刻。ソラはキャラバンを率いて南下する事にしていた。というのも、流石に今回の収穫祭で使える程の量を手に入れるのはマクダウェル領でもかなり遠出をしなければならなかった。なのでそれを考えた際、どうしても他の領地へ赴く必要があったのである。
「ほへー……」
そんなソラであるが、彼は目の前の巨大なトンネルを見ながら目を見開いていた。それもまぁ、仕方がない。そこにあったのは本当に巨大なトンネルだ。地球でも滅多にお目にかかれない程だろう。横幅としてはおよそ30メートル。長さはどれだけかは想像も出来ない。
が、情報によれば山脈を一つ貫いているらしい。数キロは確実にあるだろう。もしかすると、数十キロはあるかもしれなかった。間違いなく、現代のエネフィアの技術ではティナの手でもなければ作れなかった。
「これがそんな昔からあったのか……」
ソラは自分が与えられた情報を見ながら、その巨大さと共に古さに驚きを露わにする。と、その書類をアルが覗き込んだ。
「ここを巡って大昔に物凄い戦いが起きた。今のソラなら、わかるでしょ?」
「ああ……こんなデカかったのか……」
アルの言葉にソラはそれはそうだ、としか思えなかった。ここを巡って行われた戦い。それは言うまでもなく三百年前の事だ。そしてその戦いは、間接的ではあるがカイトにとってとても意味のある戦いであった。
「烈武帝の下で行われたこのトンネルの奪還戦。100年に渡る大戦における一つの転換点……こりゃ、そうなるよな……」
この規模だ。そして当時は飛空艇なぞという便利かつ高機能の物はない。地上部隊による移動しか出来ない。間違いなく軍の輸送を行うのならここほど重要な施設はないだろう。ソラは実際に見てみて、それをはっきりと理解した。と、そんなソラ達の所に、皇国の職員がやってきた。
「まぁ、でも今は人の行き交う安全な道と……」
「失礼します。道路交通局の者です。検問にご協力ください」
とまぁ、そういうわけである。ここは北部から天領に繋がる通路の中で最も巨大な物だ。整備もきちんとされている。なのでここの管理は皇国が直接行っており、ほぼ常に検問が行われるという事だった。
何も呑気に理由もなくソラ達とて留まっているわけではなかった。というわけで、ソラは持っていた書類のいくつかを皇国の職員へと手渡した。
「あ、はい。これ、申請書です。公爵家からの証明書もあります」
「はい、ありがとうございます。では、確認させて頂きます」
ソラから書類を受け取った皇国の職員は特殊なメガネを掛けながら書類の精査を行う。そしてもちろん、この書類は一切偽装していない。更には皇都の関連部署にはきちんと根回しも行っているので、先方も承知している。その関連書類もある。というわけで、少しで書類の精査は終了した。
「はい、ありがとうございます。『ロック鳥』の狩猟……神殿都市での収穫祭の参加ですね。頑張ってください。私も祭りには参加させて頂きますので、楽しみにさせて頂きます」
「あ、ありがとうございます」
皇国の職員は笑いながらソラへと書類を渡して、ソラはその書類を笑顔で受け取った。と、そんなソラに皇国の職員が教えてくれた。
「次の経由地はエンテシア砦ですね。皆さんの目的地はエンテシア砦で聞くのが一番良いかと思われます。街の中央部に役所がありますから、そちらで道をお聞きになるのが良いでしょう。書類を見せれば地図ももらえるはずですから、忘れずにお持ちください」
「あ、ありがとうございます」
やはりマクダウェル家の祭りの中でも勇者カイトが主催者となる四大祭の一つだ。それの参加が証明されている以上、皇国としても協力は惜しまないようだ。というわけでその助言を記憶しておく事にしたソラは礼を一つ言うと、再び馬車の中に戻って号令を掛ける。
「良し……じゃあ、出発だ!」
「「「了解」」」
ソラの号令に合わせて、再び竜車の一団が走り始める。そうして、ソラ達は再び移動を開始してエンテシア砦を目指して進む事にするのだった。
ソラ達が古代文明の遺産の一つとなるトンネルを進んでしばらく。彼らは『ロック鳥』の生息地となる場所までの最後の経由地となるエンテシア砦へと到着していた。と言ってもそこは今はもう砦はなく、単なる砦という名の街だった。
「ここか……映像じゃ何回か見てたけど、本当に砦じゃないんだな」
「それはね。だってここが砦としての機能を有していたのはなにせ三百年前の事だし……その後は勇者カイトが守っていた事で砦としての意味をなくして、再度解体……で、今はこんな感じかな」
「どっちにしろ、ここも崩壊したんだろ? 完全に」
「うん。まぁね」
アルはソラの言葉にはっきりと頷いた。これは考えるまでもないことだろう。そもそも一度エンテシア皇国の皇都は陥落寸前まで追い込まれている。
であれば、その最後の砦たるエンテシア砦は当然、陥落していた。見る影もない状態で、その後の復興が始まった頃にはカイトがマクスウェルに着任していた。砦としてよりも街としての機能が優先されていった結果だった。
「さてと……で、ここでまずは一泊の予定だったな」
「そっちは僕がやっておくよ。冒険者より公爵軍の軍人の方が信頼があるからこっちは僕がやっておくよ。この規模だしね」
「おう、任せた」
ソラはアルの申し出を受け入れると、竜車から一人降りる。ここがマクスウェルの街ならまだしも、ここはマクスウェルから遠く離れた別の街だ。マクダウェル領でさえない。来たばかりの冒険者が信頼されるわけもなく、であればアルの言う通りマクダウェル家の軍人と言う方が遥かに信頼される。
何よりここはマクダウェル家にも近い。竜車でも数日の距離だ。道のり次第だが、ソラ達の様に二日で移動も可能である。なので比較的多くマクダウェル家からの使者は来ているし、その護衛としてマクダウェル公爵軍の軍人が来る事もある。どこの軍人よりもかなりの信頼度はあったし、アルの場合はヴァイスリッター家の名もある。話は進みやすいだろう。
「うん……じゃあ、全員移動を! 宿屋はすでにユニオンを通して確保してるから、遅くなる前に行くよ!」
「さて……じゃあ、後はアル達に任せて……俺は市役所に行くか」
移動を始めたキャラバンを見送りながら、とっぷりと日が落ち始めた街を歩いていく。日本の市役所と違ってエネフィアの市役所の中には二十四時間開いている窓口がある。ここはエネフィア。夜を中心として動く者達も居る。なのでそういう者達の為に、というわけでもある。
もちろんそれでも重要な施設は昼間の営業となるが、地図を貰ったりする程度なら書類さえ整っていればこちらでも貰えるのであった。そしてその場所についてはトンネルで職員から教えてもらっている。なので迷う事はなかった。
「へー……ここが市役所……ここらは、砦跡地ってわけなんだな……」
ソラは夕暮に照らし出される市役所の外壁を見ながら、その重厚さに思わず驚いた。やはり砦の形跡が無かったわけではない。ソラはこの時知る由もない事であったが、実はこんな風なかつての砦の痕跡が街のいたる所にあるらしい。
とはいえ、多くはこの様に公的な役所として使われていたり、軍が保有して倉庫や駐屯所として使っている。他にも街の住人達もほとんど知らないが地下にはかつてイクスフォス達が使っていた地下通路が張り巡らされていた。
「やっぱすっげ……こりゃ俺の攻撃力じゃ無理だな……先輩でも無理そう……<<鬼島津>>を使ったら……どうなんだろ」
ソラは市役所の外壁を触ってみて、建国大戦の英雄達が使った砦の堅牢さに感心する。もちろん彼は知らないが、この設計はユスティーツィアが行っている。ティナの母だ。その実用性に関して言えばティナ以上だった。堅牢さで言えば、ティナの方に僅かに分があるだろう。
「っとと……先に申請だけは済ませておかないとな……」
ソラは堅牢さに驚いていたが、気を取り直して市役所に入っていく。と言っても書類そのものは揃っているわけで、目的そのものについてもはっきりとしている。公爵家からのサインもある。なので即座に書類は審査に持ち込まれて、ソラはその間暇を潰す様に言われる事になった。
「さってと……どうすっかな……」
市役所を出たソラはそうつぶやいた。やはり地図は軍事にも使われる物で、管理は厳重だ。今回は目的地ははっきりとしていたし、場所そのものは市販の地図にも書かれている。山に関する情報が乗っている市販の物より少し詳しい地図が欲しいだけだったので一時間ほど待つ様に、と言われただけだ。
「宿屋に戻るか……でも今から戻ってもなー……」
一時間待て、と言われたわけであるが、それ故にソラとしては悩ましい所だった。これがマクスウェルならば身体能力を強化して駆け抜ける事も可能だが、流石に他の領地でそれは出来ない。
なので地道に戻るほかない。そうなると、往復で二十分程度は時間が掛かる。残りは三十分程度。宿屋でなにかをするには時間が足りない。何かをするにも面倒な時間だった。
と、そんなソラは役所の前に石像がある事に気が付いた。裏口から入ったので気付けなかったが、市役所前の広場には石碑と数体の石像があったらしい。
「……あれ? あれは……石像……なのか? あれは……」
ソラは石像を見て僅かに眉をひそめる。記憶に引っかかる物があったらしい。そして、さすがの彼もすぐに気が付いた。
「これは……イクスフォス陛下のか。ってことは……こっちはカイトがよく言ってるハイゼンベルグ公か……? わっけー……当時むちゃくちゃイケメンだったんだなー……でもどこか神経質そう」
ソラは何体か並ぶ石像を見ながら、これが建国大戦で活躍した英雄達の物だと理解する。石碑はその英雄達を称賛する物だった。一度は壊されたのだが、街の復興の際にこの石像も再建されたのであった。
やはりここは大戦の最終決戦となった場所だ。そして建国における最大の英雄はイクスフォスだし、他にもこの国の建国の祖でもある。石像の一つや二つあっても不思議はなかった。逆に皇都にないのが不思議だろう。
「こっちは……もしかしてグライアさんかな? やっぱあるよなー。で、こっちは……誰だろ」
グライアの像の横。一人の女性の像を見てソラは首を傾げる。やはり建国当時の大戦の英雄達の中にはソラも見覚えのない姿があったが、その中でも最も敬われる位置に設置されていたのがその像だ。それを知らない事に違和感を覚えたのである。
「こっちは……サフィールさん、だよな……顔まんまだし……ってことは……これが第一王妃ユスティーツィア様、って奴なのか?」
ソラはサフィールと並び立つ様にしてイクスフォスの横に設置された美女の像を見て、そう察する。が、その像をしっかりと見てソラは思わずこう思った。
「……ティナちゃんに……似てる? ってか……いや、これ……似すぎじゃね?」
ソラは当たり前といえば当たり前の感想を抱いた。が、ここらやはりイクスフォス達というか今なお現役で策略家として名を馳せるハイゼンベルグ公ジェイクという所だろう。敢えて像はユスティーツィアそのものではなく、僅かに似せずに作られていた。
ゆえに血縁関係はありそうだが、という程度に留められていた。それでも似すぎと感じたのはソラの直感的な感想だろう。もし万が一ティナが自分の正体を把握する前にこの石像を見た時、まかり間違っても自分の来歴に気付かない様に、というわけであった。
なお、それでも母の顔も知れないのはかわいそうだ、という事でちょっとした仕掛けもこの像には施されている。それは再建されてもそのままだった。
「……にしても……こんな人達だったんだなー……」
ソラは何体もの石像を見ながら、もう一つの大戦に思い馳せる。やはり自分達が近いのが連盟大戦というだけで、こちらもこちらで本来は有名なのだろう。が、やはりどうしても目を引いたのは、ユスティーツィアの像だ。
「……なんだろ。名前似てるし……ってか、どうしてかカイトはイクスフォス陛下知ってるんだよな……何か、あんのか……?」
ここら、カイトも想定外の所と言う所だろう。ソラはエネフィアに来た時よりも遥かに洞察力が強化されている。なにせあの学園でのトーナメント戦からすでに地球で言えば一年以上が経過しているのだ。本来なら十分に指揮官としてやっていける。
「……なんだろ。わっかんねー……けど絶対言ったらまずい事なんだろうなー……」
ティナさえ知らなさそうな事だ。それを考えれば、確実にヤバい話だという事はソラにもわかる。というわけで、ソラは結局その考察を行ったことで一時間も経過してしまうことになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1347話『次の食材を探して』




