第1345話 試食会
天桜学園によるマクダウェル領神殿都市で行われる収穫祭への参加。それに向けた準備の一環として屋台の食材探しを行っていたカイト達冒険部一同。
その中で三つの屋台の内二つの屋台の目玉食材となる『ロック鳥』を狩りに出掛けたソラ達と別れて、その他の細々とした魔物の食材を入手するべく動き出したカイトとティナ、ユリィの三人組。彼らは『暴れ牛』という魔物を狩る為にティナ作のバイクに乗ってマクダウェル領内を移動していた。そしてそれも終わったわけであるが、その後はひとまずそこで一夜を明かす事にしていた。
「というわけで……まぁ、これを変に料理するのも勿体無い。が、この魔物はこのデカさに見合わず食える部位が少ないのが難点じゃのう。内蔵も特に美味い部分が無い」
ティナは血抜きが終わった『暴れ牛』を見ながら、ため息を吐く。これだけの巨体なのだからさぞ食べる所も多いかと思われるが、実際にはこれは野生の魔物だ。そもそも食べる為に作られている肉牛達とは違うのである。
なので『暴れ牛』はこれだけ巨体でありながら、必然として肉として美味しい――もちろん食べようと思えば大半は食べられる――所は非常に少なかった。大半は肉屋でも処分されるのが基本だった。
「さて……まずはっと」
ティナはそう言うと、まずは『暴れ牛』の頭を落とす。そして更に一般的には食べられないと言われている部位を落としていく。そうしてみるみる内に『暴れ牛』の骨は外され肉は削ぎ落とされ、気付けば成人男性より二回り以上大きかった『暴れ牛』はあっという間に二抱え程の肉の塊になっていた。
「これで良し」
一仕事を終えたティナは疲れた様に肩を回す。やはりあれだけの巨体からここまで削ったのだ。非常に面倒な作業だった。とはいえ、これで終わりではない。そもそもこれは食べる為の下準備だ。
「とはいえ、この『暴れ牛』は食べられる部位は非常に美味。キロ万単位で取引され、最高級の和牛にも匹敵する。というわけで……カイトー。お主何グラムぐらい食べたいかのうー?」
「オレかー! オレは……300グラムぐらいで良いかなー!」
ティナの問いかけを受けてカイトはとりあえず食べたい量を告げておく。そんな彼が何をしていたかというと、『暴れ牛』の群れの血抜きである。肉屋に渡すにしても最低限血抜きをしておくのが魔物の食材を渡す場合のマナーだ。まだこの『暴れ牛』の群れをどう使うかは決めていないが、少なくとも血抜きはしておいて損はなかった。というわけでその返答を聞いたティナは早速と肉を切り分けていく。
「私は大体150グラムぐらいで」
「ふむ……残りは当分の食料で良いかのう」
ここから先、どれだけの旅路になるかわからない。であれば残りはその道中で使えば良いだろう。
「では冷凍処理をしておいて、と。ファンタジー冷凍の素晴らしい所じゃな」
ティナは一瞬で凍結させた肉の塊を見ながら、満足げに頷いた。ファンタジー冷凍とはいわゆる凍っても溶ければ元通りになるという、ある意味コールドスリープじみた冷凍の事だ。
本来の冷凍ならば細胞壁が破壊されたりと各種の問題が出るわけだが、それの起きない冷凍と考えれば良いだろう。
「さて……まぁ、豪快に焼いても良いが。ここは一つ滅多には使われん牛脂を使う事にするかのう」
ティナは切り分けた肉の塊の残片から、適度な脂肪を見繕う。基本的に食べられるところが少ない以外には美味なのがこの魔物だ。使えるところは存分に使う。というわけで、鉄板に分厚いステーキ肉を乗っける前に牛脂を乗せて油を敷く。
「ま、本来ならば牛脂は使わんのが通例……が、この魔物は牛脂も使うのが良い」
「脂身が少ないからな」
「うむ……って、終わったか?」
「ああ。後始末も全部終わったよ」
カイトは再凍結をさせた牛型の魔物の群れの残滓を指し示す。血抜きもきちんと終わらせて、さらにはしっかりと冷凍保存もしてある。これで肉屋に持ち込めば買い取ってくれるだろう。なお、後始末というのは血抜き後の血の後始末だ。
「うむ。それではまぁ、余の料理を見ておくが良い」
「そーする……皿とかは出しとくぞー」
「うむ」
カイトが始めた準備を背に感じながら、ティナが頷いた。そうしてこの日はティナの料理を食べて三人揃って眠りに就く事になるのだった。
さて、明けて翌日の昼頃。カイト達は再びマクスウェルに戻っていた。行きよりも速かったのは、ティナが調子を見てこれなら速度を上げても大丈夫だろうというお墨付きが出たからだ。最高速で飛ばしたのである。というわけで帰った彼らは肉屋で新鮮な内に処理してもらうと、ギルドホームに直行する。そしてその足で料理長の睦月の所に向かっていた。
「戻ったぞー。取り敢えず数匹持ち帰ったが、使えるか?」
「見た目は普通のお肉の塊ですね」
「違っても困るだろ。まさかここで某国の伝説的なピクピク動く謎肉とか紫外線当てると光る謎肉とかダンボールが出ても怖い」
「それもそうですね」
睦月は笑いながら、肉屋で処理してもらったブロック肉の塊をカイトから受け取った。やはり餅は餅屋。あちらの方がはるかに無駄なく処理してくれた。
「で、味の方はどうでした」
「美味いぞ……って、オレが言うより実際に食べた方が早いだろ」
「それもそうですね。じゃあ、ちょっと全員で試食会でもしちゃいますか」
冒険部の規模が規模だ。カイト達では食べきれなかった一頭分のブロック肉だろうと殆どは試食分で食べきれる。というわけで、睦月は細かく切り刻んでサイコロステーキ状にするべく包丁を取り出した。サイコロステーキなら、試食分には十分だろう。と、切り分ける睦月はそこでふと、脂身が思ったより少ない事に気がついた。
「意外と脂身が少ないですね」
「基本は食肉用じゃないからな。だから食べられる部位も驚く程少ない。これでもオレ以上にデカかったんだぞ?」
「へー……」
やっぱり魔物なんだな、と睦月はどこか感慨深げにブロック肉を切り分けていく。と、そんな事をしていると試食会の話が伝わったのかわらわらと人が集まり始める。
「試食会だって?」
「『暴れ牛』の肉だって」
「あれかー。あれ硬いんだよな」
どうやら食べた事のある者も少なくないらしい。と言っても、それでもカイトの様にきちんと調理したり食べられる部位を見抜いたりしていた者は多くない様子だ。まぁ、それを含めて食べ方を学んでもらえば良いだろう。というわけで、あっという間にサイコロステーキが出来上がった。
「とりあえず今回はお試しなんで塩コショウだけで良いかな……あ、ありがとうございます。これで大丈夫っと」
「ま、お試しだからそれで良いだろ」
カイトは睦月の言葉に同意して、塩コショウを投げ渡す。それを手にとって、睦月はさっとふりかけた。これで完成だった。今回は二人の言う通り、味を見るためだけのものだ。なら、変に味付けする必要は無く、シンプルに味わうべきだろう。
「これは……」
「意外とあっさりしてる……?」
「でも肉の味ははっきりとしてる……」
もっと癖のある味を想像していた周囲が一口食べてその想像以上に癖のない味に驚いていた。やはり魔物の肉だ。どうしてももっと癖のある味を想像してしまったらしい。
「『暴れ牛』は凶暴かつ群れで行動する魔物だが、その食性は実は草食だ。飼育は難しいものの、その味は意外と淡白なものになる」
「……というか今気付いたら魔物だから人食ってる可能性もあったのか」
「「「……」」」
誰かのつぶやきに、周囲の一同が思わず沈黙する。まぁ、そんな事を言ってしまえば海産物とて船が沈んだりすれば人肉を食らう事もあるだろう。そんな事を考え始めれば天然物は全て食べられなくなるので、気にするだけ無駄だ。とはいえ、気にするのが人の性だ。なのでカイトも笑いながらきちんと明言した。
「あははは。だからそれは無い奴だけを選別はするさ。基本は草食系の魔物。オレだって屍肉を食らう様な奴は食いたくないからな」
「「「ふぅ……」」」
「……まぁ、そんな事を言い始めれば植物系の魔物の木の実はどうなのだ、と言う所なんじゃがなぁ……」
「ねー……あいつらの方が遥かにヤバいし……」
カイトの明言に対して安堵を示した周囲一同に対して、ティナが小さくつぶやいた。意外な事にこういう美味とされていてかつ草食系の魔物よりも人の生き死にを啜っているのは植物系の魔物らしい。
というのも、奴らは敵対者――他の魔物や冒険者など――を狩った後はその血肉を養分として生きている。確かに食べているわけではないので肉食とは言い難いが、どちらにせよ同じ様なものだろう。
「で、睦月。それをどうにかするアイデアは出そうか?」
「んー……そうですね……単にステーキにしても美味しそうではあるんですが……それだと日本料理でもなんでもないですし……」
カイトの問いかけに睦月はいくつかのアイデアを己の頭の中に浮かべてはそれを消していく。そうして、一つのアイデアを出せたらしい。
「そうだ。それならいっそ……うん。西京漬けにでもしてみようかな……味噌は確か備蓄があるし……うん、このお肉はちょっと固めだから麹も漬け込めば柔らかくなる……それにしよう!」
「決まったか?」
「はい。やっぱりちょっとこのお肉は固いかな、って思ったんです。なので西京漬けと麹漬けにしてみようと思います。後は作ってみて、もし出来ればメニューに加えようかな、と」
「ふむ……確かに少し固いな。ステーキ向きではあったが……」
睦月の提言にカイトもなるほど、と頷いた。先にもカイトが言っていたが『暴れ牛』は養殖されていたわけでもない単なる魔物だ。ゆえに肉質としては美味ではあるが、決して和牛の様に柔らかくはない。
そういう点で言えば、ステーキが最も合う料理と言えるだろう。食いごたえはあるし、肉そのものが油っぽすぎることはなく腹いっぱい食べられる。が、同時にそれ故に柔らかくもなかった。
魔物を狩って食べる冒険者の様な豪快な者達なら普通に問題は無いだろうが、多種多様な街の住人達なら話は変わる。なら如何にして柔らかくして、食べやすくするか。それが肝要だろう。
「わかった。なら、そちらの試作は睦月に任せる。こちらは次の食材を探しに行こう」
「今から行くんですか?」
「まさか。流石に今からは行かないさ。明日だな。それに今日は一応ソラ達からの定時連絡も入る。それを受けて、また明日だ」
カイトの言う事は最もだ。確かに昼頃に帰還した彼らだが、肉屋に『暴れ牛』の肉を売り払ったりこちらで試食会をしていれば時間なぞあっという間に経過している。なので気付けばすでに夕方も良い頃合いで、いくらカイト達が熟練の冒険者だろうと出発は避けるべき時間だった。どうせ出てもすぐに野営に入るだけだからだ。何より、移動速度が速いおかげでそこまで急ぐわけでもない。
「そうですね……あ、じゃあ残りのお肉はちょっと多すぎるので今日の晩ごはんに使える食材に加えておきますね」
「そりゃ、楽しみにしておこう」
睦月の言葉にカイトは笑うと、そのまま身を翻す。今回は試作品を作る為に肉の塊を持ち帰ったわけであるが、やはり少々大きかった。夕食の全員分は無いが同時に試作品を作るには多すぎる。なので望む者が使うのが良いだろう。試食会で食べて満足したならそれで良いし、自分でも何か作ってみたいというのならそれも良い。早いもの勝ちというわけだ。
「良し。今日は一度帰還して、また明日だ」
カイトはそう言うとそのまま一度執務室へと向かう事にする。ソラ達が出立してすでに二日。竜車を使っているので、第一の目的地に到着している筈だった。そこでユニオンを介して連絡を送る手はずになっている。というわけで、カイトはソラからの連絡を待つ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1346話『閑話』




