第1344話 食材探しの旅
マクダウェル領神殿都市。そこで秋に行われる収穫祭への天桜学園としての参加を決めたカイト率いる冒険部であるが、その準備の為に大忙しの日々を送っていた。というわけで屋台で提供する為の目玉を決めたカイト達はその翌日から各自行動に動いていた。
「というわけで……バイク出せるか?」
「うむ、出せるぞ。と言っても、此度は余も行こう」
「お前も、か?」
「うむ……実はあれ、ちょっと改良してのう。道中万が一があっては困るじゃろ」
「それは嫌だな」
別に転移術があるので良いだろう。周囲の内心をよそにカイトははっきりと頷いた。とはいえ、どちらにせよあれだけの荷物を抱えて領内を歩き回りたくはない。
転移術とて何時も、どんな状況でも使える様な完璧な魔術ではない。なので徒歩で歩かねばならない可能性もある。であれば、技術者として修理が可能なティナを連れて行くのは正しい判断だろう。というわけで、カイトはその施された改良とやらを聞いてみる事にする。
「で、改良ってどんなの?」
「うむ……まぁ、これは実物を見せた方が早かろう。というわけで、ついてまいれ」
どうやらティナは実物を見ながら説明する事にしたようだ。確かに実物を見ながらの方がカイトとしてもわかりやすい。というわけで、二人は一度公爵家にカイトの帰還後に新たに作られていたガレージへと向かう事にする。
基本的にティナが地球の技術を下にして作ったバイク類はここに仕舞われておく事になっているらしい。確かに必要になる度に地下から異空間の中に入れて持ち出して、とするのは非常に面倒だ。公爵邸にガレージを作っておくのは楽で良かった。
「さてと……これが改良されたお主のバイクじゃ」
「一度しか乗ってないのに改良が……いや、なんか無茶苦茶ごっつくなってね?」
「うむ! まずは聞いて驚け!」
「聞きたくないし聞かんでもわかるんだが」
「なんじゃ、つまらん」
カイトはいつの間にかタンデムシートとサイドカーが設置されていた己のバイクを見て、ため息を吐いた。で、何が聞かなくてもわかるなのかというと、サイドカーに原因があった。あからさまにガトリング砲が取り付けられていたのである。
「んなもん、どーするよ」
「まぁ、魔物の掃討なぞどうじゃ?」
「使うか、そんなの」
「別に使わんでも良い。が、かっこよくないか?」
「そういう話ね。どうせなら大砲」
「乗っけてみました」
「あんのかい!」
自分の戯言に対して、サイドカーが変形して大砲型の魔導砲となった様子をティナが見せる。どうやらサイドカーの部分が変形して巨大な魔導砲となるらしい。
「しかも! なんとこれをこうして……こうすると……」
ティナは魔導砲となったサイドカーを変形させて分割。更には余った部品を翼の様にバイクの両側に取り付ける。すると、どうやら何かの機能が作動したらしい。バイクの両輪が器用に折り畳まれていく。
「完成! 飛行型のバイクじゃ!」
「……遂にお前、フロート型のバイクまで作るか」
じとー、とカイトはティナを睨み付ける。いくら現代の地球だろうと、浮遊して動くバイクは出来ていない。もちろん、空飛ぶ車も出来ていない。現実は物語ではない。過去から未来へ飛んだ映画の様に、2010年代の中頃で空飛ぶ車が出来ている事はない。
「そろそろ地球レベル超えてるな……地球ももし魔術が使えていたら、こんなのも作れたのかねぇ……」
カイトはどこかしみじみと少しだけ浮かびどんな悪路だろうと進める様になったバイクを見る。地球には魔術は公的には存在していない。もちろん、魔導具も同じである。なのでこのフロート型のバイクが作られる事は今の所、存在していない。地球でも使えないので作る事はなかった。
「さて。それはタラレバであろうな。所詮、技術とは道具。使える様にするのは人の手ゆえ。レオナルド・ダ・ヴィンチの様な天才が居れば開発されておる可能性もあるし、逆にそのような天才であれど気付けねば凡愚と変わらぬ。ゆえに開発出来ぬ可能性もあろう」
「急にまともな反論するなよ……で、それを追加したから使えるかわからん、と」
「うむ。流石に脱輪は避けたいからのう。近々試運転を頼むつもりであったが……それも兼ねたい。ゆえに余が共に行こうというわけよな」
呆れ半分のカイトの言葉にティナははっきりと理由を明言する。このバイクの車輪は改造している。確かにそれが外れる可能性はなくはない。そしてカイトとしてももし走行中に車輪が外れて見付けられるかは不明だ。なにせ彼の場合時速数百キロの速度で飛ばしかねない。それで脱輪した車輪がどうなるかなぞ、考えるまでもないだろう。であれば、答えは一つである。
「わかった。じゃあ、頼む」
「うむ……で、明日の出発か?」
「時間は必要か?」
「うむ。急な使用なので明日までに取り急ぎ最終調整を掛ける」
「わかった。こっちもソラ達の出発の手伝いをしておく」
カイトはそう言うと、早速と作業に取り掛かったティナに身を翻してガレージを後にする。そうして向かう先は、急いでキャラバンの準備を進めるソラの所だ。
「お、カイト。そっちはもう出発か?」
「いや、ティナが明日からにしてくれ、って言われてな。手伝うよ」
「悪い……とりあえず食料の買い出しはオッケー。荷車の一団も用意してる。人員の選定もオッケー」
「全部終わってるな。今は何が必要だ?」
「とりあえず来たら受け入れやってくれ」
「わかった。受領処理はしておこう」
カイトはソラの求めを受けて、来た荷物の受け入れを行う事にする。ここら、やはり冒険者という存在が居るからだろう。日本というか地球に比べて非常に早く物資を配達してくれる。量と荷物次第だが、即日配達が基本だと言えた。そうして、その日は一日カイトはソラの手伝いで日が暮れる事になるのだった。
カイトがソラの手伝いをした翌日。カイトはソラ達の出発と共にバイクに跨っていた。横にはもちろん、ティナがサイドカーに乗っていた。
「ふむ……乗り心地は悪くはない」
「そんなもんかね」
「うむ……ふむ……」
ティナはサイドカーの乗り心地を確認するべく幾つか姿勢を変えて座ってみる。と、姿勢を変えていたからか一緒に座っていたユリィが不機嫌そうに顔をしかめる。
「ちょっと。私も乗ってるんだから気を付けてよ」
「む。すまぬ。で、お主の寝心地はどうじゃ?」
「悪くないよー。でもちょっと狭い」
ティナの問いかけにユリィはサイドカーの奥から声を返す。どうやらこのサイドカーはただ同乗者を乗せる為だけではないらしい。移動拠点となってくれる様に内部の空間を弄っている様子だった。
なのでサイドカーの奥には簡易のベッドがあり、最大で四人――結果としてかなり狭いが――なら眠れるらしい。今回は三人なので十分に寝れるだろう。
「で、お二人さん。乗り心地座り心地寝心地を確認しているのは良いが、バイクの調子としちゃどうなんだよ」
「うむ。ひとまずここまでは問題が無い。が、本題はやはりフロート型にしてからと言えるじゃろう」
「なら、良い。さて……じゃあ、飛ばすぞ!」
カイトはティナからのお許しが出た事があり、更に速度を上げる。そうして、彼らは『暴れ牛』の生息地を目指して移動する事にするのだった。
さて、カイトが出発しておよそ半日。カイト達はマクスウェルから数百キロ先にある草原にやってきていた。ここらはマクスウェルから離れて少し強い魔物が生息している一帯で、カイトの標的となる『暴れ牛』が生息している一帯でもあった。
「さてと……というわけで適当に突っ込んでみたわけですが」
「うむ。豊作豊作……じゃのう」
「……当分ステーキ食い放題かなー……」
三者三葉にため息を吐いた。というのも、そこには無数の『暴れ牛』が居たからだ。見つけようにも魔物を見つける事はそのものは難しくなく、なので適当に突っ込んで『暴れ牛』を探す事にしてみようと思っていた。
というわけで、『暴れ牛』を見付けて追いかけてみたわけであるが、結果として群れにたどり着いてしまったらしい。しかもかなりの多さだ。どうやら群れの中でもかなりの規模の群れを見付けてしまったらしい。
「取れすぎても困るんだが……と言っても、こいつら魔物だから狩らないと駄目だしな……ここ、オレの領地だし」
「ふむ……しゃーない。では、余が殲滅するとしよう」
「まるこげにして食べれないとかするなよー」
「わーっとるよー」
カイトの注意喚起にティナが首を鳴らす。どうせランクC程度の魔物なぞ雑魚に等しい。万単位で群れようが、億単位で群れようが問題にならない。であれば、どんな料理の仕方だってある。
「さて……まぁ、あまり近づかれると面倒というか臭いので嫌じゃな」
ティナはカイトの運転するバイクのサイドカーを降りると、そのまま首を鳴らして『暴れ牛』の群れを観察する。すでに向こうもこちらに気付いていて、闘牛の牛の様に地面を蹴って突進の用意を整えていた。
『暴れ牛』の体躯であるが、それは普通の牛を二回り程大きくしたものだと思えば良い。子供状態のティナからすればもはやトラックやダンプカーの様でさえある。
そしてその頭部の角は牛の角よりはるかに強靭で鋭く尖っていて、突進の勢いには魔力の爆発による加速も加わっている。十分に加速する事が可能なのであれば、音速にも届き得る。
まぁ、間違いなくこんな生き物に突進されれば人間なぞ一瞬でミンチ肉になるだろう。角の有無なぞ微細な事でしかない。と言っても、それは常人であればの話だ。ここに居るのは、常人ではない。勇者と魔王、そして勇者の相棒である。
「にしても……ふむ。こんなデカかったかのう」
「ティナー。大人化するの忘れてるよー」
「あ、っと。そうであったのう。タンデムにお主と乗っておるから忘れとったわ」
ティナはどうやら何時も以上に大きく見えた『暴れ牛』に首を傾げていたが、ユリィの指摘で思い出したようだ。ぽん、とコミカルな音と共に本来の姿に戻った。
「ふむ……最近このドレスも着ておらんのう」
「白衣着てるからだろ」
「ドレスで白衣は着れん。というより、似合わぬ」
カイトの指摘を受けたティナは口を尖らせる。やはり魔王というもの、身だしなみにも気をつけるべきと考えているらしい。とはいえ、言わんとする事はわかる。白衣と華美なドレスはやはり似合わないだろう。
なお、それならティナが白衣の時に何を着ているかというと、アメリカで手に入れた女性用の平服である。やはり彼女の体躯を考えれば日本人女性達の衣服では若干似合う物が少なくなるらしい。
なのでアメリカや欧州で手に入れた方が良いとの事であった。海外の神々にも伝手のある彼らだ。しかも他にも配下として吸血姫の美姫が居て、彼女は欧州を中心としてモデルとして活動している。ティナに似合う海外の衣服は普通に手に入れられるのであった。
「ふむ……やはりそれを考えれば黒衣も良いのう」
「あー……魔女達の黒衣ね。あれは確かに研究者向けではあるか」
「でもあれ、動きにくくない?」
「それが、難点じゃ」
ユリィの指摘にティナが眉をひそめる。とはいえ、そんな事をしている間にも『暴れ牛』はこちらへと向かってきていた。が、彼らは変わらない。そもそも彼らにしてみればどれだけ遊んでいても傷一つ負う事のない相手だ。というわけで、ティナはカイトへと問いかける。
「ふむ……のう、カイト。そう言えばふと思うわけじゃが」
「なんだー?」
「王冠はどこへやったかのう」
「あ? ああ、あれかー。そういや、お前王冠持ってたな」
カイトはふとティナの言葉に彼女と出会った頃を思い出す。彼女はあの当時は魔王だ。なので王冠は必然として持っていた。
「そういや、お前なんで寝てたのに王冠してたんだ?」
「む? そう言えば……何故じゃろう」
「もしかしたら、ティステニアがかぶせたのかもなぁ……」
「ふむ……かもしれんのう……」
ふとした疑問にティナはそうだったら良いな、と少しだけ思う。義弟が何故王冠を自分にかぶせたのか。それはおそらく、彼女こそが王に相応しいというティステニアの抵抗だと思えたのだ。
「で。あれね。どこやったんだ? あれは確か一代ごとに作り直しだろ? クラウディアの王冠はクラウディアの、お前の王冠はお前が持つ決まりのはずだし」
「余……段々と王で無くなっている気がする」
「忘れたのね……諦めれば?」
「むぅ……」
カイトの少し楽しげな言葉にティナは少しだけ口を尖らせる。確かに王の証たる王冠をどこにやったのか忘れたというのは些か王として失態だろう。が、それはそれとして彼女らしいとも思えるのだから、ある意味お得な人柄だった。
「しゃーない。後で記憶を探ってちょいと探してみるか」
「でもいきなりなんで?」
「いや、必要かと」
「ほーん……」
カイトは何かあるのか、と思っておく事にする。と、そんな馬鹿話をしているとあっという間に『暴れ牛』との距離は無くなっていた。が、この三人は相変わらず馬鹿話をして、そちらに興味はなさそうだった。
「あ、そうじゃ。今日は料理を余がする事にしよう」
「マジ? たまには嫁の手料理ってのも良いか」
「……すまん。少し余もお主に料理しよう」
カイトの言葉にティナが落ち込んで、そう心に決める。少し考えてみたが、基本料理はカイトが作ってくれていた。流石に婚約者としてそれはどうなのだ、と思ったらしい。
「ま、そのためにも食材調達じゃな」
「おつかれさまっしたー」
「おつかれー」
何をしたかはさっぱりわからない。わからないが、気付けばティナが決意したと同時に完全に氷漬けにされていた。それに、ティナがため息を吐く。この程度の魔術で疲れたというわけがなかった。
「別に<<氷結地獄>>程度では疲れてもおらんがのう」
凍結する『暴れ牛』を見ながら、ティナがため息を吐いた。と、そんな中に一匹だけ、動く影が残っていた。一匹だけここで食べる為――それと持ち帰ってすぐに調理する為――に完全には凍結させずに残しておいたのである。それに向けてティナは軽い感じで杖を向ける。
「ほい」
ぴゅん、と一筋の魔力の矢が周囲の仲間達が一瞬で凍結され自身も半身氷漬けにされて足を止めた『暴れ牛』へと飛んでいく。そうして、カイト達は目的の食材と共に今日の晩ごはんを入手する事に成功するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1345話『試食会』




