第1343話 食材集めの旅へ
カイトの奉仕する月の女神・シャルロット。彼女が眠る場所と思しき場所が発見された事を受けたカイトであるが、それでも即座に動けるわけではない。
ここで勢いに任せて動けば、せっかく格好良く出迎えるという己の目算が大きく損なわれる。それはそれで何時も通りと言えるし、早く再会したい事は再会したい。が、情けない姿を見せて別れた相手だ。
成長した所も見せたいのだ。だから、しっかりと為すべき事を為した後で出迎えに行くつもりだった。なのでカイトは執務室に戻って己の逸る気持ちを宥めると、次の手はずを整えるべく動いていた。
「というわけで、これで三つの屋台の目玉は決まったな」
ひとまずの安堵を浮かべつつ、カイトがそう明言する。やはり困っていた割烹料理屋の目玉となるメニューが決まったからか、そこには安堵があった。と、そんなカイトにソラが意見を述べる。
「でもちょっと目玉が漬物って弱くないか?」
「まぁ、それは言うな。が、そもそも目玉となる物をという事自体、後追いで決めた事だ。だからこの程度でもしょうがないし、そもそも今回提供する漬物もある種日本独自といえば日本独自だ。梅干しだの何だのは十分に目玉になり得る」
「そんなもんか?」
「そんなもん、としか現状では言い得んな」
ソラの問いかけにカイトは肩を竦める他なかった。そもそもが割烹料理屋、もとい居酒屋だ。普通の料理屋である以上、目玉となると料理で攻める以外にない。そこに一工夫加えるとなると、こんなふうに小さな所にならざるを得ないのである。
「ま、それはそれとして、だ。これで決定は決定だ……良し。じゃあ、次に向けて全員で動くぞ」
カイトはとりあえずの目玉を決めると、今度は実際にそれに向けて動く事にする。目玉が決まった、と言ってもそれで終わりではない。今度はそれの為の食材を集める必要があるのだ。そして幸いな事に料理に使える魔物というのは、この世に何体も存在している。
「さて……まず焼き鳥屋と唐揚げ屋。これだが、これにうってつけの魔物は昔から相場が決まっている」
「そうなのか?」
「ああ……流石にこの意見を出したルーファウスは知ってるな?」
「ああ。やはり鶏肉というか、魔物肉で焼き鳥となると、あれだろう。『ロック鳥』。そう呼ばれる魔物が居る。その肉は非常に高価で取引されている。軍務の兼ね合いで団長……父より数度食べる様に勧められて食してみたが、やはり鶏よりも遥かに美味だった。もちろん、最高品質の鶏が負けるわけではないが」
カイトの問いかけにルーファウスははっきりとその魔物の名前と、その肉が美味であるらしい事を明言する。そしてこれはカイトも同意する所だった。
「そうらしいな……と言いたいが、こっちはオレは食べたことがある。もちろん、旅中で狩っただけだが」
「ふむ? 珍し……くもないか。流石にカイト殿だと見つけ次第狩っていそうだな」
「ま、そんな所でな。旅先であれを見つければ狩っている。良い路銀稼ぎにもなってくれるしな」
一瞬訝しむも、カイトが武器創造とそれを投げつける攻撃が出来る事を思い出したルーファウスの言葉にカイトは苦笑気味に頷いた。これは別に三百年前だけの事ではなく、例えば以前のフィオネルへの旅路の中でも狩ってその肉を売り捌いている。
この肉は普通に街の肉屋でも市販されている――入荷できればの話だが――もので、時折肉屋が仕入れては驚く程の高値で取引されているのであった。とはいえ、高値で取引されている様に希少性は高い魔物だ。なので冒険者は『ロック鳥』を験担ぎの様に扱う者も少なくないのだとか。
「これを可能ならば仕入れておきたい。いや、仕入れるってのも変な話か。一度狩っておきたい、って所だな。まぁ、流石に収穫祭の最中には人の出入りを考えれば数度狩りに出かける必要があるだろうが……その狩りの練習の為にも今のうちに一度は行くべきだろう」
「それが良いだろう。あれは魔物のランクとしては様々な面を鑑みてBに属する魔物だ。俺としてもそれをおすすめする」
カイトの指摘と指示に、提案者であるルーファウスもまたはっきりと同意する。彼も数度狩った事がある、と明言している。であればその強さは知る所なのだろう。そして『ロック鳥』。つまりは鳥型の魔物である。であれば必然として、人選も固まっていた。
「ソラ、由利。前言撤回で悪いが、二人には一度盾持ちと弓兵を連れて『ロック鳥』の狩りに出かけてくれ。『ロック鳥』。鳥型の魔物だ。やはり近接持ちには相性が良くない」
「おう。ついでに現地で何匹か食べた方が良いか?」
「可能なら、そうしておけ。美味いぞ。ああ、そうだ。キャラバンでナナミも連れて行け。彼女には実際に料理してもらう事になるし、睦月達に頼んだ漬物とは流石に相性が悪いからな」
ソラの問いかけを受けたカイトは更に指示を与えて、一つ頷いた。ナナミは獣人の血を引いている。それ故、やはり匂いの強い食材とは相性が悪い。別に食べられないわけでもないし嫌いでもないらしいが、漬物独特の匂いはやはり少しきつい物があるだろう。
「他の面子も基本はそれに同行してくれ。数度出かける事になるのは確定だが、やはり売れ行き次第ではソラ達だけで手が足りなくなる可能性はあるからな」
「他の面子? お前は?」
「オレはまぁ、ちょいと行っておきたい所があってな。『ロック鳥』は目玉になるが、それだけというのも物悲しい。なんでもう一つ……と言っても鳥じゃないが」
ソラの問い掛けにカイトはそう明言する。基本的に提供するのは鳥料理で良いだろうが、やはりそれだけだと飽きがくる。なのでまた別にメニューが欲しいと要望があったのだ。それに対応する為、カイトが動こうという事であった。
「? 何かあるのか?」
「ああ……ちょっと『暴れ牛』って魔物を狩りに行こうとな」
「ああ、あれか……そっちの方が簡単じゃない?」
どうやらカイトの告げた魔物の事をアルは知っていた様だ。そう言ってクスクスと笑っていた。そしてその通りで、こちらはランクCの魔物だった。
『ロック鳥』に比べてこちらは希少性も随分と低く、確かに稀だが肉屋もそこそこ仕入れる事のある魔物肉だった。カイトのかつての旅路では良く非常食になってくれていた。それぐらいの魔物である。味としては癖はあまり――あくまでも他よりはという程度――なく、美味らしい。
「まぁ、そう言ってもくれるな。こっちは正式採用も未定の話だ。料理しながら考えたいって話でな。その代わり、色々と振り回される事が確定してる」
「あー……それならカイト単独の方が良いのか……」
「前の隠密行動の時と一緒でな。多分、領内を所狭しと駆け回る事になるのは目に見えた話だ」
アルの若干の同情の滲んだ言葉にカイトも肩をすくめる。カイト自身が言っていたが、取り敢えずの標的がその魔物というだけで候補は他にも数体存在している。なので実際には狩る魔物に反してかなり動き回らなければならない可能性が高かった。それを考えれば、カイト単独かごく少数で小回りを利かせられた方が良かった。
「まぁ、そういうわけで瑞樹達竜騎士部隊にもそこそこ動いてもらう可能性は高い。魅衣はソラ達には同行せず、基本は後ろに乗せてもらって由利の代わりに瑞樹の補佐を」
「私が?」
「魔術を使って牽制だ。基本的に瑞樹狙いの敵が出た場合、魔術で牽制すれば良い」
「まぁ、それなら簡単だけど……大丈夫?」
カイトの指示に対して魅衣が瑞樹へと問いかける。基本、瑞樹が後ろに乗せるのは由利が多い。日向の居るカイトを除く桜やその他の人員も後ろに乗せる事はあるが、その大半が移動のためだ。が、それ故に戦闘は考えた事はなかった。
「大丈夫ですわ。レイアも随分人に慣れましたし」
「そっか。じゃあ、お願いね」
「いえ、お願いするのは私の方ですわね」
「良し。じゃあ、そっちは任せる」
和気あいあいとする瑞樹と魅衣に一つ頷いたカイトは、そのまま次に行動を移すべく指示を更に出していく。そうして一通り出し終えた所で、カイトは再び頷いた。
「では、明日から各自必要な行動を開始してくれ。ルーファウスとアリスの二人には悪いが、残留を頼む」
「「「了解」」」
カイトの号令と共に、全員がこの日の活動を終わらせる。アリスとルーファウスの二人は残念ながら今回は流石に簡単な手伝いに留める事にしていた。外来組というか流石に出向してきた者達を天桜の活動に積極的に関わらせるのはカイト達の外聞に関わる。かといって、関わらせないのもそれはそれで駄目だ。なのでこちらに残って料理の手伝いや簡単な買い出しなどを手伝ってもらう事にしていた。
「良し……これで大丈夫かな」
全ての指示を出し終えて、異論なく会議が終了したのを受けてカイトは椅子に深く腰掛ける。些か長くはなったものの、これで後は実際に料理を作りながら考えるだけだ。
「で、カイトー。私達はどうするのー?」
「おうぁ!? お前、居たのか!?」
「お仕事終わったー」
唐突に自分の肩の上に居たユリィにカイトが思わず仰天して椅子から転げ落ちる。彼女の言う通り仕事が終わったという事なのだろう。ここしばらく彼女は非常に真面目に仕事をしている。なので日々の業務の終了も非常に早かった。それに今は丁度夕刻頃。通常でも終わっていても不思議はない。
というわけで彼女は大いに喜んで、重ねて問いかける。喜んだのは予想通り転げ落ちてくれたからだ。なお、周囲についてはカイトが転げ落ちてもそこにユリィが居たので特に気にしてはいなかった。ユリィが居て、カイトが転げ落ちる。特に不思議の無いいつもの光景である。
「よっしゃ。スニーク成功……で、私達はどうするの?」
「どうする、ねぇ……まぁ、そもそもどうするもこうするもないんだが。お前、話はどこから聞いてた?」
「全然聞いてない。からっきし。ただ行動開始、って感じだったから聞いただけ」
「だよな!」
カイトが気付かず更には誰も気付いていなかった事を考えると、ユリィが来たのはカイトが椅子に深く腰掛けた頃合いだと思われる。
であれば、カイト達の活動について聞いている可能性は低いだろう。まぁ、それこそカイトと壺を探さなければ会議に間に合っていた可能性はあるが、そこは言っても詮無きことと言えるだろう。
「はぁ……とりあえず領内を所狭しと駆け回る感じかな」
「何時も通りといえば何時も通りな感じ?」
「そんな感じ」
「じゃ、行く?」
「それは……運次第としておこう」
ユリィの問いかけにカイトはまだ、公私を混同するべきではないと判断する。この一ヶ月以内に、収穫祭までに復活は成し遂げる。が、公私混同はしない。だから、カイトは仕事は仕事と割り切る。
「……じゃ、一応私も行く。学園には分身残せば書類仕事とか謁見ぐらいはどうにでもなるし」
「一応、つったんだがね」
「一応、が私達の場合は一応じゃ無い事が多いからね」
カイトの言葉にユリィが笑う。どうせ彼らの事。何時もの通り普通の仕事が普通で終わらない事が大半だ。なら、今回もそういう事があり得るかもしれない。ならば、ついていくだけである。
「……好きにしろ。オレは今、成長した……あの頃のオレとは違うオレとして振る舞いたい。それだけだ……お前は、どうなんだ?」
「私は私。だから、私も私として振る舞いましょう……ってやると笑われるの目に見えてるから何時もどーりでいくよー」
「はいよ、相棒殿」
カイトはユリィの言葉に笑みを見せる。どうせ笑われるのなんてわかっている。わかっているから、なんなのだ。好きにするだけだ。だから、カイトは立ち上がる。
ここからしばらくは全員が仕事だ。一緒にいられる時間は短くなる。なら、今の間に存分に一緒に居るだけだ。そうして、カイトは明日からの活動に備えてこの日はもう英気を養う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1344話『食材集めの旅』




