第1342話 秋晴れの下で
さて、ここで一つ話は変わる。エネフィアの神々が眠る際に使われる特殊な神殿・『目覚めの神殿』。そこで眠るのが、エネフィアの神々の常だ。それはカイトがある意味では奉仕する月の女神にして死の女神でもあるシャルロットも変わらない。が、その場所は数ヶ月の調査を経ても、何もわからなかった。
これが変わったのは、収穫祭の数週間前。ソラ達が得た奇妙な縁だろう。そこで彼女の兄の神使と神官であった二人から遂に手がかりを得たカイトは、その情報を下に暇を見つけては公爵邸の書庫や神殿都市の大図書館へと足を運んでいた。
「……」
あそこでもない。ここでもない。これは違う。あれは違う。カイトは分身を最大限に動員しつつ、数千年前に滅んだ文明の情報を収集していた。が、やはり数千年も昔で、何度も大戦を経たこの大陸だ。情報はかなり摩耗していたし、不確かな物は多かった。
「あった……これは正解に近いな……」
とはいえ、全てが全て間違いと断ずる事は出来ない。限りなく正解に近いだろう情報も無くはなかった。ゆえにカイトはそういう情報に目安を付けて、メモにしたためていく。
「……これが……多分、一番可能性の高い内容かな……」
そうして、数週間。丁度収穫祭の話が舞い込む少し前の事だろう。カイトはおおよそめぼしい場所の当たりを付けていた。なお、これをカイトが一人でしているのにはもちろん、理由がある。というより、ここしばらくユリィが姿を見せていなかったのはそれ故だとも言える。
二人で、彼女を出迎えるのだ。そう誓いあった。だから、見つかれば何時でも行けるように時間に融通が利くようにしていたのである。と、そこに舞い込んだのが、収穫祭の話だった。というわけで、ここからの調査は彼には出来ない事になってしまう。
「……しゃーない。実際の調査もオレが行きたかったが……」
基本やりたい放題と言われるカイトとて、常日頃は公私は分けている。なので全ての調査を自分でするつもりだったわけだが、仕方がないので他人に依頼する事にするのだった。
カイトが漬物用に使っていた――もしくは使ってしまった――為、薬剤調合には使われずにそのまま彼の自宅こと公爵邸の倉庫にて放置される事になっていた迷宮で見付かった壺。それを三百年ぶりに掘り出したカイトはそれを手に冒険部ギルドホームへと帰還していた。
「というわけで、いっそ漬物と梅干しを自作してみようと思うわけなのです」
「なのでーす」
「いや、約一名どっから出て来た」
自身の言葉に語尾を合わせたソレイユに、カイトがツッコミを入れる。まぁ、外に出ていたカイトが帰って来て玄関に何かしらの荷物を置いた、という報告はすぐに執務室に上げられた。そこで彼女もその話を耳にして興味が湧いたのでこちらに来たというわけなのだろう。と、そんなカイトにソラが問いかける。
「えっと……で、これは?」
「壺。どっからどう見ても壺だろ?」
「いや、それはわかるよ。でも、それを今更か?」
こんな壺――見た目が普通程度なのでそう思うだけ――程度なら調理室に行けば山程ある。あそこでも漬物は漬けているらしいので、取り立てて新たな壺を手に入れる必要はなかった。が、もちろんそんなわけがない。というわけで、カイトは己の思惑を語る。
「というわけ。古漬けとか梅干しとか色々と新たに商品として漬け込めるように、ってわけ」
「「「へー……」」」
冒険部一同――この場合は上層部以外も含む――はカイトの言葉に、こんな壺があったのか、と驚きを露わにする。とはいえ、そこまで驚きがあったかというと、そうでもない。ここは剣と魔法の世界だ。ゆえにこういう不思議な物があっても不思議はなかったからだ。
「これなら色々と漬け込めるだろうし、味の調整とかもやってる時間がある。試行錯誤しながらなら、これが一番だろ」
「どれぐらい加速するのー?」
「んー……三倍って所か。今からおよそ三週間後が開幕だから、上手くやれば一回は試作品を作れる計算だ」
由利の問いかけにカイトは少し自信なさげに、十数年前の記憶を手繰り寄せた。一ヶ月掛かる所を十日。今から二十日後が収穫祭の開催だ。であれば少なくとも一回は試作品を作る事が可能と言える。
更には一ヶ月の収穫祭の間も二回は作れる。もし想定以上に客の入りがあれば、これを使って増産を掛けるのも手だろう。他にももし何か別に作りたい物が後でできれば、後から作る事も可能だ。心強い味方と言えた。
「まぁ、ひとまず睦月を呼び出して古漬け作って貰っておいてくれ。十日後には食べられるようになるし、この壺がどうなっているか確認もしておきたい」
「あ、おう。じゃ、ちょっと俺が行ってくる」
カイトの指示にギルドメンバーの一人が調理場へと駆け込んでいく。そうして十分後。エプロン姿の睦月が姿を見せた。
「なんですか?」
「おう、相変わらず似合ってるな」
「ありがとうございます……それは?」
「ああ。漬物の壺。こっちは一応オレが取り纏めた説明書って所。これ使って幾つかの漬物の古漬けを頼めるか?」
「お漬物、ですか? あ、はい。わかりました」
睦月もどうやらカイトが自分を呼び出して、なおかつ時期としてもこの壺が何かの特殊な力を持つ魔導具なのだろうと理解したようだ。と、そうして去っていく睦月の背に、カイトは少し慌てて念を押す事にした。
「頼む。あ、壺はその前に丸洗い忘れんなよー」
「あ、はーい。すいませーん! 手の空いてる人は手伝ってくださーい!」
睦月は早速と調理場の人員に加えて周囲の手の空いている面子を動員して壺を洗うべく再び外へと運び出していく。外に炊き出しの大鍋等を洗う為の水場があり、そこを使って洗うつもりなのだろう。そうして去っていった睦月の背を見ながらカイトは一つ頷いた。
「良し……これでとりあえず目玉は三つ完成かな」
「楽しみー」
「お前は……」
ぴょん、とさも当然のように自分の背中にのしかかったソレイユに、カイトがため息を吐いた。が、そんな彼女もなんの意図も意味もなくのしかかったわけではない。
「にぃ……にぃにぃからご報告ー」
「ん?」
「条件に合致しそうな所見つけたってー」
「……そか。サンキュ」
「えへへ」
カイトの感謝にソレイユが破顔する。まぁ、ここにソレイユが居るから、とフロドが何もしていなかったわけではない。実は彼にはカイトから一つの依頼があり、それで動いてくれていたのである。
その依頼とはもちろん、シャルの神殿の調査だ。カイトも幾つかの候補地は見付けられたものの、そこから先は情報が少なすぎた――シャルに神使がカイト以外に居なかった事も大きい――ので実際に行ってみて確認するしかなかった。が、先にも述べたがその時間が無かった。なので可能性の高い所にフロドに向かってもらって、妙な力場が無いか確認してもらっていたのである。
そしてこの話は流石に依頼出来る相手が限られる。その点、冒険者としては信頼出来るフロドは技量としても冒険者としてもうってつけだった。
「よし。これで……」
カイトは決意を固める。もう、迷いなぞない。どうせこれは早いか遅いかのどちらかだ。引き金を引く事なぞ慣れている。そして引いた後も考えている。今は、昔ではない。友が考えるべき事をどう考えればよいか、と遺してくれた。全てが、問題ない。
「……さぁ、始めようじゃねぇか」
カイトは楽しくて、嬉しくて仕方がない。負ける要素は見当たらない。例えばここに己の敵達が来たとて、絶対に勝てるというだけの自信がある。が、どうしてか嬉しいのに、無念さが胸を焦がした。
「あぁ……悪いなぁ、ダチ公共に……あぁ、なんでお前らも一緒じゃねぇんだよ。お前らこそが、一緒に居るべきなんだろうよ」
思い起こすのは、今まで一度も会って無くて、しかし友と言い切れる大昔の親友達。彼らが一緒に居てくれれば。カイトはどうしても、全てを手のひらで転がせばこそ、そう思わずにはいられない。そんなカイトに、ソレイユが問いかける。
「? 私達じゃ駄目?」
「違うさ……お前らと一緒で、そしてあいつらも一緒で、というわけだ。あぁ、見せたい。お前らを。オレの仲間達を……誇るべき、そして愛すべきオレの仲間達を」
カイトは両手を広げて、そう宣言する。その声には一切の虚飾も虚栄も無く、ただ心の底から仲間達を誇りに思う姿しかなかった。
これが何なのかは、彼にしかわかっていない。わかっていないが、別に問題がない。なにせ今の彼は自分自身で何を言っているかわかっていない。感情が暴走して、ただ言いたいことを言っているだけだからだ。そんな彼は、堂々と宣言する。
「さぁ……今度の今度ばかりは、良いだろう。最古の文明の神よ。神代の神よ。傲慢なる神よ。我が敬愛する始源の王さえ下した神々よ。今度は、最後の王が相手になろう……始源の王から託されたバトンはここにある。覚えておけ……玉座にはついぞ着かなかったオレだが、今ばかりはあの方から王の器とされた事が嬉しくて仕方がない」
「何言ってるかわかんないー」
「あっはははは……悪い。そうだな……ああ、戦いが近いってだけだ。それも地球から持ち込まれた……いや、こっちの奴らが数千年前に遺しちまった地球からの爆弾が爆発する、ってな」
「あれの事?」
やはりソレイユもギルドの重鎮として、かつて旧文明を滅ぼした邪神の復活が近い事は知っているようだ。カイトの言葉で理解出来た物があったらしい。
「そうだ。あれの事だ……まぁ、情けないが。いや、オレは情けなくはないんだろうがな……どうせなら、ちょっと見せてやろうと思うんだ」
「何をー?」
「オレの力を」
「何時ものことじゃん」
カイトの言葉にソレイユが口を尖らせる。が、確かにそれはそうだ。いつだってカイトは身一つでその道を切り拓いてきた。
「あっはははは……そうだな。でも今回は……違う。すごいことになる。この世の誰も、それこそ神々だって見たことがない本当のオレの切り札の一つさ」
「それもいつもの事ー」
「……そだな」
ソレイユのツッコミに今度こそ、カイトも唖然となって頷くしかなかった。そもそも彼はなす事の大半が前人未到とか前人未踏とかそんなのだ。死者達の召喚然りで、神々さえ知らない事をやっている事の方が多かった。
「ソレイユ。一応、聞いておくぜ? オレと一緒に居るってことは、その戦いに臨むって事だ。神話の、最後の神話の戦いに」
「……ねぇ、にぃー」
カイトの問いかけを遮って、ジト目のソレイユが口を挟む。それに、カイトが首を傾げた。
「あ?」
「全部いつもの事すぎて、わかって言ってない?」
「……すんませんっした」
そう言えば自分と一緒に居ればそんな戦いはいつもの事といえばいつもの事だ。神話の神との戦いと言えば凄い様に聞こえるが、彼の戦ってきた来歴の多くは伝説の敵や神話に残された敵だ。いまさら神話の戦いが再現されようと、本当に今更なのである。
カイトと共に戦う者達は全員が言うだろう。これで何度目だ、と。特に驚きも無ければ気後れもしない。そんな状態だった。慣れてしまっているのである。というわけで、それを思い出したカイトはため息を吐いた。
「はぁ……そうだよな。本当に何度目だ、って話だ……何時、どこで、どういう形で、なのかはわからん。が、んなもん別にどうでも良い。何時も通りやるだけか」
「そういうことー」
ソレイユがカイトの言葉に笑って同意する。つまりは、そういうことだ。どうせ結末なぞわかりきった話だ。今回も勇者様が圧倒的な戦闘能力を発揮して敵をフルボッコにして勝利して凱旋する。それ以外に何も無い。
「にぃは何時も通り敵をぶちのめしてくれば良いだけだよー。変に難しい言葉並び立てるより、やってみせてくれた方が早いんだしー」
「すいませんね、馬鹿で」
「そうそう。にぃ、馬鹿なんだから」
「おい、ちょっと待てや! そこはせめてフォローしません!?」
「えー。だってにぃ、馬鹿じゃん」
「バカバカ言うのやめて!?」
楽しげに己とじゃれ合うソレイユに、カイトが怒鳴る。それに今まで唐突なカイトの姿に何事か、と困惑していた周囲――ソレイユでさえそうである様に、会話の内容が一切理解出来ていなかった事も大きい――も何時も通り何かわからない事をカイトがしでかしたのだ、と理解する。
そうして、二人は何時も通りといえば何時も通りの形でじゃれ合いながら、次の準備を行うべく執務室に戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1343話『食材集めの旅へ』




