第1341話 倉庫の中で
天桜学園で実施する事になった収穫祭への屋台の出店。それの実現に向けて準備を急いでいたカイト達であるが、そんな彼らへと天桜学園側から何か目玉となる何かが欲しい、という要望が寄せられる。
それを受けて会議を開いた冒険部上層部は三つの屋台の内、二つまでは目玉を決定する事が出来たわけであるが、最後の一つとなる割烹料理屋の目玉が決まらずに苦慮する事になっていた。と、その最中にふと過去の事を思い出したカイトは自宅の倉庫へと立ち入っていた。
「ふーん……それでこっちに?」
「そういうこと」
そんなカイトの肩には今日は仕事で学園の学園長室で仕事をしていた筈のユリィの姿があった。どうやら魔導学園側でもこの神殿都市での収穫祭は協力しているらしく、生徒会長のキリエが収穫祭で行われるクッキング・フェスティバルの審査委員を行う事にもそこらの兼ね合いがあったらしい。
元々代々の生徒会長が審査に携わっているそうだ。で、その為の申請書を持ってきた所で偶然カイトに出会って、そのまま一緒に倉庫に来ていたというわけである。
「そう言えばうるさかったよねー、あの時。漬物食いてー、って」
「そ、そこまでか?」
「いや……その後中津国に単身で向かってるんだから相当でしょ。多分、当時の全員が覚えてるんじゃないかな?」
「そ、そうか……」
やはりカイトは自分の事だし、そもそも勢いで行動していたのでわからなかっただけなのだろう。相当に鬱憤が溜まっていたらしい。善は急げどころか止める暇も無かったとの事である。
なお、そのお漬物であるが完成した後は全員で美味しく頂いたそうである。というわけで、ユリィが笑顔でそれを思い出していた。
「でも美味しかったよねー、あれ。カイトが食べたくなった、っていうのもわかるよ」
「それは料理人冥利に尽きるな」
「で、それは良いんだけど、なんでまたあの時の道具を?」
「ああ、漬物作ろうかな、ってな。幸い秋は色々と作物が出来る。まぁ、本当ならそのまま食べたりするのが良いんだろうが……せっかくだから漬物も提供したい所」
カイトはユリィとともに倉庫の中を漁りながら、自らの思惑を語る。やはりパン食が中心のマクダウェル領というか皇国だ。ご飯に合う漬物というのはまず存在していない。
が、日本といえばやはり地球でもそうであるように、米食が基本と言われている。であれば一つ、お米にあう漬物を作ろうと考えても無理はなかった。
「フィオネル領の方に温室があるだろ? ヴィクトル商会があっちに大規模なプランテーションを持ってるからな。その一つで栽培されてるきゅうりを取り寄せてもらおうかと考えてたんだが……ついでにぬか漬けも作ろうと思ってな」
「きゅうりのぬか漬けねー……でもそれなら別に必要なくない? あれ、半日もあれば出来るでしょ?」
「それだけじゃなくて梅干しとかも漬けておこうとな。特に梅干しは流石にもう時間が足りないし、他にも古漬けとか考えたら到底間に合わん」
カイトは頭を掻きながら、何故それが必要になるのかをユリィへと語る。例えば梅干しは漬け込み等を考えた場合、およそ一ヶ月程必要となってくる。そもそも申し込んだ時点で一ヶ月前という話だったのに、それを三週間前の今からやっては到底収穫祭の開始には間に合わない。
別に一ヶ月もある大規模な祭りなので最初に間に合わせる必要は無いが、どうせなら最初から提供しておきたい。そして途中からなら普通に作る物が間に合うわけで、最初一週間程保てば良いのだ。なのでこの壺を使って早期に熟成させて、というわけであった。そしてカイトの考えを聞いて、ユリィも納得した。
「あー……古漬けかー……確か一ヶ月以上漬け込むんだっけ?」
「だいたい一ヶ月って所だな。下処理で一二週間、本漬けで三週間ぐらい……で、総計一ヶ月ぐらい、ってわけ」
「でもそれならいっそ、最終盤のメインでも良くない? リピーター呼び込めるし、面白いじゃん」
「それはそうだし、そうするつもりではある。が、そう言ってもいられない話もあってな」
ユリィの提案にカイトも笑って頷いた。一ヶ月近くもかかる計算なら、いっそ最初に浅漬けを提供して最後に古漬けを提供するのも面白い提供ではある。祭りの期間もほぼ一緒だ。最初に浅漬け、後に古漬けという提供を行うにはちょうどよい期間と言える。が、それとは別に考えていた事もあった。
「何か問題あるの?」
「街のお偉方に提供しないといけない分は確保しないと駄目だろ? 街のお偉方以外にも確実に皇帝陛下も来るだろうし、各地のお貴族様方も来る。彼らにリピートを期待するわけにもな」
「あ、あー……」
そうだった。カイトに言われてユリィも頷くしかなかった。他の店舗は唐揚げ屋と焼き鳥屋。確かに庶民は入りやすいし、敢えて言えば庶民向けと断じて過言ではない。が、最後の一つは割烹料理屋。他の店舗とは店構えも落ち着いた様子に変えるつもりだ。
となると、やはり貴族達にせよその使いにせよそこが一番最適だろうと判断する。そしてそうなるようにカイトが設定した。となると、その彼らの分ぐらいは作っておかねばならないだろう。
例えば皇帝レオンハルトのようにでは後を楽しみにしよう、と待つ事を楽しめるなら良いが今出せ、と我儘を言う奴も居るのだ。そういうある意味では面倒な客に対応出来るようにしておく必要を見出していたのである。というわけで、ユリィもため息を吐いた。
「貴族って面倒だよねー」
「何故オレを見ながら言う。オレ程物分りの良い貴族も居ないだろうが」
「……どの口が言うかなー?」
多分この世で一番面倒な貴族はカイトだ。そう思ってやまないユリィはじとー、とカイトを湿った目で見る。が、それにカイトは薄暗かった事もあって気付かなかった。というわけで、ユリィも壺の探索に戻る事にする。
「まぁ、いっか。にしても色々とあるねー」
「だなー……オレ達、色々な所回ったもんな」
「というか、私はカイトに振り回されただけでしょー」
「あっははは。そうだな」
やはり倉庫の中を探しているからだろう。三百年前の当時にとりあえず突っ込んだだけと思われる数々の品物がそこには眠っていた。そしてこの二人である。脱線するのにそう時間は必要が無かった。
「お、見ろよこれ。どっかの部族で貰ったお守りだ。これ、結構気に入ってたなー。今もあの部族、まだあるかな?」
「どだろ? 流石に他大陸だとわかんないなー……こっちは……お面? こんなの貰ったっけ?」
「覚えてねーな。あ、これ……ほら、ユリィ」
「あ、オカリナ。懐かしー。ね、カイトカイト。久しぶりに吹いてよ」
「おっし……でもその前に口の所だけは拭いておこう」
カイトはユリィの望みを受けて、陶器で出来たオカリナの口を当てる部分を水で湿らせたタオルで拭いておく。流石に三百年前から放置されていた物をそのまま口にする勇気は彼にもなかったらしい。
もちろん、ここは貴族のお屋敷。定期的に掃除はされているのでボロボロという事もないし、ホコリまみれという事もない。なのでさっと拭うだけで汚れは落ちた。
「良し。じゃあ、行くぞ」
「ん」
倉庫の床にあぐらに似た楽な姿勢で腰掛けたカイトは、ユリィを膝の上に乗せてオカリナを吹き始める。そうして響いてきたのは、どこか寂しさの滲んだ郷愁の念の籠もった音色だった。
「懐かしーなー……」
オカリナを吹くカイトの鼓動を背中に感じながら、ユリィは旅の最中を思い出す。長い様に思えて、たった三年だ。しかし、あの間に色々な出会いがあった。それ故、少しの間ユリィは静かに三百年ぶりに耳にした音色に耳を澄ませる。
奏でられた音色はおよそ三分程で終わり、カイトは少し懐かしげにオカリナを口から離した。そんなカイトに、ユリィが少しだけ願望の滲んだ問いかけを行った。
「……帰れたかな?」
「……どうだろ。でも、帰れてたら良いなー……」
このオカリナの元の持ち主はあの大戦で死んでいるらしい。カイトとそう変わらない年齢の少女だった。その彼女から形見として貰ったのが、このオカリナだった。彼女も友人の贈り物だったらしい。
それ故、彼女も必死で練習して吹けるようになり、カイトとユリィに聴かせてくれていた。先の音色はその彼女が好んでいた音色の一つだった。それを受け取ったカイトもまた、その想いを汲んで唯一このオカリナだけは吹けるようになったのである。
「何時か森に帰りたい……か。でもそれは帰るんじゃなくて……妙な出会いもあったもんだなー」
「だねー……今思えば変な出会いばっかりだったのかもね」
「かもな。どうしてかお前と二人で旅してると変な出会いばっかりしてた気がするな」
「カイトと一緒だからでしょー?」
「さて、どうなんだろうな」
カイトとユリィは少し寂しそうに、しかし少し楽しげで懐かしげに語り合う。まぁ、死んだと言ったものの。実はその少女には少しの秘密があったらしい。厳密には死んだとは言い切れず、敢えて言うのであれば森に還ったと言うのが相応しいそうだ。
そんな妙な少女と出会ったのはおそらく自分達だけだろう。そう言い切れる自信が二人にはあった。だからこそ、二人は寂しげでもあり楽しげでもあったのだ。と、そんな二人にアウラが首を傾げた。
「……何してるの?」
「うん? 何って……オカリナ吹いてる」
「それを聞いてる」
「……私も聞きたい」
「いえ、それ以前としてお兄様。壺を探していたのでは?」
むすっ、と拗ねた様子を見せるアウラに対して、クズハが最もな事を指摘する。当然な話ではあるが、倉庫から唐突にオカリナの音色が響けば当然周囲は訝しむ。その報告が上がって、クズハとアウラがどうせ二人が脱線したのだろうとわかった話だったのでやってきたというわけであった。
「「……あ」」
そうだった。二人はいつものごとく自分達が脱線していた事に気が付いた。なので二人は立ち上がって、カイトは更にオカリナを腰に吊り下げておく。後で吹くつもりらしい。というわけでカイトは少し照れくさそうにしながら、クズハとアウラの義姉妹に問いかける。
「さて……で、二人はまた戻るのか?」
「いえ、先にこちらを手伝った方が色々と効率が良いと判断しました」
「というわけでお手伝い」
どうやら二人も手伝いに来てくれたらしい。まぁ、三百年前の物だし、カイトの事もあるので手伝える人物は限られる。そしてこの二人もまた書類仕事ぐらいなら分身に任せてどうにでも出来る。
色々と考えてカイトにさっさと仕事に戻ってもらった方が良いという判断は正しかった。なにせ彼の仕事が早く終われば終わる程カイトとイチャイチャ出来るわけだし、桜ら冒険部女性陣とも気軽に話し合えるからだ。とはいえ、一つ忘れていた。結局彼らはマクダウェル家。血はつながらなくとも家族である。類は友を呼ぶとも言うわけで、何度か脱線を挟む事になる。
というわけで、およそ一時間程。クズハらを含んだ所で脱線するのはわかりきった事ではあったので何人かのお目付け役を含めて捜索を行った結果、なんとか壺は発見する事が出来ていた。なお、何故脱線するのがわかっていて二人で良しとしたのかというと、息抜きは必要だろうという判断だそうだ。
「良し。これなんだが……随分と汚れてるな」
「まぁ、なにせお兄様がお漬物に使った所為で元来の目的には誰も使えなくなりましたので……」
顔をしかめるカイトに対して、クズハは半分笑いながらそう述べるしかなかった。まぁ、お漬物を漬けるということは当然だが匂いが容器に移る。日本人なら誰もがその独特な匂いは嗅いだことがあるだろう。というわけで、そのニオイ移りを受けて元の薬剤調合には使えなくなってしまったのである。
とはいえ、元々誰も使っていなかったので問題がないといえば問題がない。そしてこのおかげで、カイトもこの存在を思い出せたわけだ。というわけで、今回も新たな文化を芽生えさせる為に一役買って貰うことにする。が、その前に洗わないと使えない。
「ふーむ……おーい、ディーネー。明日の天気はー?」
『明日は終日晴れの予報です』
『予報っていうより僕らだと予告だよねー』
「サンキュー。じゃ、明日一日掛けて冒険部と天桜学園総動員して壺洗うかー」
カイトはディーネとシルフィの明日の天気の予告――シルフィの言うように予報ではなく予告で正しい――に、壺を見ながらそう決める。そうして、カイトは壺を確保して冒険部ギルドホームへと戻り、更に準備を進める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。本日23時に何時も通り活動報告を投稿します。
次回予告:第1342話『秋晴れの下で』




