第1340話 目玉となる物を
エンテシア皇国マクダウェル領四大祭。カイトが主催者――もちろん冒険部の長としてではなくマクダウェル公カイトとして――となるその四つのお祭りは、マクダウェル領最大であると共に皇国最大規模の物だ。
カイトはその一つとなる秋の収穫祭に天桜学園として出店する準備と平行しつつ、大精霊達のお願いを受けてクッキングフェスティバルへと出場する事になっていた。そんな彼は天桜学園の屋台の目玉の一つとなるパウダー作りの進捗を聞くと共に、それを主導していたティナのクッキングフェスティバルへの協力を取り付ける事に成功する。
それから、更に数日。神殿都市の収穫祭実行委員会から正式な出店に関する許可証が届いた頃には、カイト達も屋台の出店に向けて本格的に動き始めていた。
「ふむ……なるほど。やっぱり準備を始めてみると、色々と欲しくなるもんだな」
数日に一度の進捗報告の会議で、カイトは天桜学園に残留して屋台に関する準備を進めている生徒達からの要望になるほど、と頷いていた。彼の言う通りやはり始めるとあれも欲しいこれも欲しい、となってくる。
それを学園側に残る桜田校長ら教師陣や今回は生徒会として動いている桜が取り纏めて、そこからどれを不可能や不要と判断するのかが、彼らの仕事だ。というわけで、今回は天桜学園側との調整役となっている桜がカイトへと問いかける。
「というわけで一応こちらでも不要、もしくは不可能と判断された物は除外してみたのですが……確かに何か目玉となる食材が欲しいのは欲しいかな、とも思うんです」
「ふむ……まぁ、確かにこれだけじゃあちょっと心もとないのは心もとないか……」
言われてみて気付いた事だが、確かに日本料理だけというのは少しだけ物足りない。なにせ日本料理を食べたいのなら、エネフィア化はされているもののマクスウェルには西町の酒場があるからだ。
そこへ行けば食べられる。確かにそれは純日本とは違うが、それもまた日本料理と言えなくもない。そしてそれなら、とカイトが決断する。
「良し。なら、そこらはこちらでなんとかするしかないな」
「良いんですか?」
「そりゃな。クッキング・フェスティバルは所詮は、と言っちゃあなんだがお遊びに近い。もちろん真剣にやる事はやるが、オレ達にとってどちらが重要かというとこっちの屋台の方だ。レシピは公開されるから、最悪こっちは出ないでも良いんだ。なら、万全を期すのはこちらだな」
桜の問いかけにカイトは笑ってそう明言する。確かに大精霊達の望みを受けてカイトはクッキング・フェスティバルに出場するわけであるが、それは絶対に出場しなければならない、というわけではない。
最悪は彼女らには後で振る舞えば良いだけの話だ。なにせ彼女らは常にカイトと共にいる。それなのにわざわざ出場して作る理由は無いのである。今回はそういう理由で食べられる、という事で出場を後押ししただけである。どういう経緯であれカイトの手料理が食べられるのなら、文句は言わないだろう。
「それに。料理考えるなんぞ旅中でも出来る。頭があるからな。高望みすりゃ何処までも、だ。それに……今回はそれで良いしな」
カイトはそう呟く。なにかを考えているのは、事実なのだろう。それ故に、妙な自信に全員何も言えなくなる。というわけで、カイトは早速とばかりに全員に役割を割り振った。
「まずは由利。可能な限りホームに在中して調理班の手伝いを。ソラ、お前はその補佐で買い出しとか行け。ヴィクトル商会は大量の仕入れには向くが、細々とした物なら街の商店の方が向いてる事忘れるなよ」
「おう」
「りょうかーい」
ソラと由利の二人はカイトの指示に異論なく頷いた。適材適所。由利の料理の腕は確かだし、それを誰でも出来る食材探しで潰すのは本末転倒だろう。そしてソラなら立場と見識から商店との仕入れ交渉も可能だ。こちらも妥当な判断だろう。
「桜と瑞樹は今まで通り学園側との連携を頼む。なにかがあれば即座にオレに連絡を」
「「はい」」
二人に対するカイトの指示は妥当というより、今まで通りという所だ。瑞樹は桜の護衛と移動の足という所である。桜以外の学園生も運ぶ事があり、どちらかというとこの指示は瑞樹と彼女率いる竜騎士部隊に、という所だろう。
やはり今回は事の性質上、どうしても味見や試作品の確認でマクスウェルとの往復が多くなる。話だけならまだしも人や試作品の移動だけは通信機ではどうにもならず、レイアで移動するのが一番だった。
「で……残りの面子は確実必要になる食材の内、目玉食材を探そうと思う」
「目玉、か……何かあるのか?」
「そこが、悩みどころなんだよな」
瞬の問いかけにカイトは頭を掻いてため息を吐いた。目玉が欲しい、と言われても言われたのが今だ。幾らカイトだからと速攻で意見を出せるわけがない。と、そんな所に意見を出したのは、意外と言えば意外な人物だった。
「……魔物の食材はどうだろうか」
「うん?」
「いや、軍では食料が足りなくなると、よく魔物を狩ってその肉を食べる。こちらでは違うのか?」
ルーファウスはそう言って、アルを窺い見る。それにアルは頷いた。
「まぁ……やるよ。と言っても幸いなのかマクダウェル領だと自然が豊富で動物が多いから、そうなる事は少ないけど」
「……そうか」
やはり前世の記憶を一部でも見てしまったからだろう。アルもルーファウスも何処かやりにくそうというか、変な感じだった。
が、少なくともいがみ合うという事はないし、これが前世からの因縁という特殊性もあって誰もが手を出し兼ねた。そして唯一手出しが可能なかつての主であるカイトは、それを楽しげに見るだけだ。手出しをするつもりが無いらしい。故に、カイトはそんな誰しもの内心を見通しながらも話を進めさせる事にする。
「ふむ……魔物の食材か。確かにそれは面白いし、ウチの独自性になり得るな」
ルーファウスの提案に、カイトは僅かな独自性を見出した。やはり収穫祭に出店する多くの店舗は一般の店が中心だ。冒険者とある種の提携にも似た形で活動している所はまずない。
例えば神殿都市を中心とする<<暁>>らのギルドはあるが、彼らは当然この祭りにおける出店はしていない。無論、だからといって祭りに無関係なわけでもなく、神殿都市に遠くから出店する店の店員達の護衛や、この期間で消費される食材の搬送、要人達の護衛は彼らが中心として活動してくれている。
「だが、ふむ……」
「どうされた?」
「いや、全店舗での採用は難しいと思ってな。基本的な話で、尚且つこっちのルーファウスに知っていろというのは間違いだが……基本的に日本食は薄味が多い。特に今回中心となる睦月は京都……特に薄味な地方でな」
「なるほど……それは厳しいな……」
カイトの指摘に対して、何故ダメなのか理解できたのはルーファウスら軍出身者だけだろう。魔物肉に縁がないのは冒険部も一緒だ。故に料理人として、由利が疑問を呈した。
「どしてー?」
「ああ、魔物の肉ってのは癖が強いんだ。敢えて言えばラムやそういう系統に近い。独特な癖があるから、やっぱり日本食には合わないんだ」
「あー……」
やはり薄味が基本の日本食において、独特な癖がある味というのは扱いにくい。それだけが際立って他の食材の味を殺しかねないのだ。なので純和食であれば、牡丹鍋のように独特の癖を何とかする特別な料理法が必要だろう。
「でもそれなら焼き鳥屋で使えないー?」
「そだな。焼き鳥屋でなら、十分に採用可能だろう。味も選べるし、魔物肉なら単に塩だって言う冒険者もいるぐらいだ。焼き鳥屋の目玉はこれで良いだろう」
「そうか」
カイトの決定にルーファウスが少し嬉しそうに胸をなで下ろす。そうしてそれについては問題なしを明言してから、カイトは残る一つに着目する。
「そうなると、やっぱり問題は割烹居酒屋か。こっちは問題だな……」
カイトはため息を吐いて、どうするか考える。唐揚げ店はまぁ、どうにかなる。こちらは言ってしまえば濃い味で、臭みも誤魔化しやすい。最悪はパウダーをぶっかけてどうにかするというのも手だ。
が、ありきたりといえばありきたりなので別途なにかを考えたい所だ。とはいえ、そちらも万が一は魔物肉で良い。物を選べば良いというだけだ。なので一番困るのはやはり、それが使えない割烹居酒屋だった。
「ふーむ……酒は兎も角……あ、枝豆とエールを何処かから買わないと……椿、ヴィクトル商会への発注リストにエールと枝豆の状況を確認しておいてくれ」
「かしこまりました」
唐突に思い出したカイトの要請に椿がメモに記しておく。それに並行して、カイトは次を考えていた。
「取り敢えず、手に入りそうな珍しい食材は……」
カイトの言葉をきっかけとして、一同が意見を出し始める。とはいえ、今度はやはり日本料理という事もありエネフィア組は意見を出せないし、日本組もあまり良い意見は出せなかった。
「はぁ……」
一通りの意見を出し終えたところで、カイトはため息を吐いた。議論としては煮詰まったと言える。まだ未決定だった他の事についてはおおよその決定が出来たし、合わせて見直した事で足りなかった部分の補足も出来た。が、やはり割烹居酒屋だけは何か良いアイデアが思い浮かばなかった。
「どうすっかね……」
深く椅子に腰掛けたカイトは、議論の傍らで少しだけ天井を見上げ考える。そもそものコンセプトとして、単なる日本の家庭料理を出す居酒屋だ。変わったメニューや特異性のあるメニューなぞ出せようはずもない。と、そんなカイトだがやはり彼は料理をするからか、少し思いついた事があった。
「……いや、待てよ……そうだよな。あれが出来るか……? 椿、ちょっとクズハ達に頼んで倉庫に壺が無いか確認してもらえないか頼んでくれ」
「壺、ですか?」
カイトの唐突な依頼に椿が首を傾げる。単に壺と言われても、公爵家の倉庫には著名な陶芸家が作った壺からわけのわからない魔導具じみた壺まで様々存在している。そしてそれにカイトも気が付いた。
「あー……悪い。やっぱ通信でオレが聞くわ。よく考えたらわからんわな」
「はぁ……では、お繋ぎします」
カイトの申し出に椿は回線を弄って更に盗聴防止の為の結界を展開する。そして数コールですぐにクズハとアウラへの直通回線が繋がった。
『はい、なんでしょう』
「おーう。早速で悪いんだけど、壺……えっと、ほら。オレが一回、漬物漬けた壺覚えてないか?」
『壺ですか?』
『……どれ?』
カイトの問いかけにアウラとクズハの二人が首を傾げる。これに、カイトが首を傾げた。
「あれ? オレ漬物一回ぐらいしか漬けてないことないか?」
『……おおよそ凝り始めると一年に三度はつけてらっしゃいましたが……』
『ん。毎年はしてなかったけど大体二年に一回ぐらいは漬けてた。夏は浅漬け、冬はぬか漬けって』
「あんれー?」
クズハの指摘に同意するアウラを見て、カイトは目を丸くする。彼当人としてはそこまで自分が料理している印象は無いらしいが、この男。何かと自分で料理している。なので当人も料理の一環として記憶していないだけで漬物もそこそこ漬けていたらしい。
『お忘れですか? ぬか漬けのぬか床が無いから、とわざわざ中津国まで出向いていらっしゃったわけですが……あの時、代役を唐突に頼まれたウィルさんが大いに呆れていらっしゃったのを覚えています』
「そだっけ?」
『はい。唐突にお兄様が……漬物食いてー、とか叫ばれて、色々試行錯誤しているのを記憶しています』
『ティナが凹んでた』
「……あ、そだっけ」
大昔の記憶を手繰り寄せたクズハの指摘と楽しげなアウラの同意――ティナが凹んだのは料理の腕が自分を上回っていた為――にカイトはそう言えば、と思い出す。基本的に漬物という文化はどこにでもあるように思われるし、基本はどんな文明でも保存食の一環として作られている。
が、それ故に地域ごとに特色が出て来る。であれば必然として、米食文化ではないマクダウェル領というか皇国にぬか床なぞ存在していないのである。もちろん、それは稲が育てられるようになった今でもほとんど変わらず、ぬか漬けは中津国かカイトが食べる為の公爵家、本当にごく一部の店舗でのみ作られている。
とまぁ、それはさておき。そんなわけで何気に漬物においても皇国では第一人者である事が発覚したカイトは気を取り直す事にした。
「……ま、そりゃいっか。で、そだそだ。その漬物食いてー、って叫んだ時に使った壺は覚えてるか?」
『ああ、あれですか? あの薬剤調合用の……』
「そう、それそれ!」
カイトはクズハが覚えていたので、笑みを見せて頷いた。基本的な話として、やはり薬の調合でも時に材料を発酵させる事がある。カイトはある時、とある迷宮でその発酵を促進させる為の容器を手に入れていたのである。簡単に言えば入れた内容物の経時変化を早める物、という所だろう。
それについては平和になった事や、そもそも彼が抱えている人材がリーシャはミースという超級である事もありほとんど役に立つ事はなかったのだが、それを覚えていた彼が漬物の早期発酵を行う為に使ったらしい。妙な活用方法を考えついた彼に周囲が大いに呆れていた事は、カイトの知らない事である。
「それ、まだあるか?」
『はぁ……探せば、あるかと思われます。随分と古い物ですし、埃をかぶっていると思いますが……』
「あぁ、別に良いよ。洗うし、そっちの方が説得力あるし」
『? はぁ……』
そういう事ならそれで良いのだろう。クズハはカイトの思惑が掴めず、生返事で頷いた。クズハやアウラでさえ今の今まで忘れていた物だ。公爵家では誰が覚えている事やら、というレベルだろう。というわけで、善は急げとカイトは立ち上がった。と、それに桜が問いかける。
「カイトくん?」
「ちょっと公爵家で一つ面白い物が借りられそうだから、ちょっとそっちまで行ってくる」
「は、はぁ……」
楽しげな笑みを浮かべるカイトに、桜達はまたカイトが何か変わった事を考えついたと察してそのままにしてもらう事にする。
どうにせよ現状でも良いアイデアは出ていないし、カイトが行動に出るという事は彼には何かアイデアが出たという事だ。それに任せるのも良いだろう。そうして、カイトは漬物を作る為の壺を探しに公爵家の倉庫へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1341話『倉庫の中で』




