第1348話 収穫祭への準備
大精霊達からの要請を受けたカイトは、仕方がなくクッキングフェスティバルへの参加を決める。まぁ、それについてはそれで良いのであるが、その後カイト達は天桜学園にて会議に参加していた。
「ふむ……面白い発想だな」
「だろ?」
僅かに目を丸くして笑みを浮かべるカイトに対して、そのアイデアを提案した生徒が少しドヤ顔で胸を張る。さて、その生徒がどういう提案をしたのか、という所であるがこれは一風変わった提案だった。
「日本の食べ物を提供する屋台か。確かに人員は居るし、確か図書館にはレシピ本もある。あと一ヶ月あれば十分に練習も思案も試案も可能か」
これは良いアイデアだ。カイトは素直にうなずくしかなかった。今から一ヶ月の準備期間があれば、数品の料理を覚える事ぐらいは誰だって出来る。更にはレシピもあるし、瞬の様に各地から来ている生徒の中には元々自炊能力がある者も少なくない。しかも、だ。今は異世界という事で料理が出来る様になった者も数多い。十分に見込みはあるだろう。
「確かに屋台だ、と言って何時も何時も焼きそばだー、たこ焼きだー、お好み焼きだー、では芸がない。他のものを選択肢に入れるのは良い発想だ。オレもそれについては良しとしよう。とはいえ、かなりの人が来る。そこらを考えるべきだな」
「うん。そこらはそっちに投げたい。俺そんなのわかんねーし」
カイトの懸念と指摘に男子生徒はカイトへの丸投げを進言する。それに、カイトは思わず笑みをこぼした。それは確かに、最も正しい判断だからだ。
「あははは……そうだな。それはこちらで受け入れよう。良し。では、異論がなければ……いや、待て。そもそもこの現状に誰か異論を挟め」
「「「?」」」
カイトのツッコミに全員――桜、瞬、灯里を含む――が首を傾げる。何か可怪しい事があるか、と言われるとなにもない。議長が主導して会議を回し、司会進行役が会議を進行させ実際に動くだろう部活連合会に対しては説得役が万が一の場合に控える。議会としては正しい在り方だろう。
「……いや、なんでオレが議長やってんだよ」
「「「……あ」」」
桜さえ、カイトのツッコミにふと気付いた。そもそもカイトは単なる一生徒である。が、彼以上に議長役が適任となる人物は居なかったし、そもそも冒険部の会議ではカイトが議長だ。そして桜が進行役というのも変わらない。
が、それ故に誰も――カイトさえ――疑問も無くカイトが議長を務めていたのである。一応天桜の会議なのだから桜が主導すべきだろう。完全に全員が失念していた。
「ま、まぁ……これが一番上手く回るんですから……」
「う、うーん……」
それはそうだろう。天桜学園の中では唯一、彼が本職としての政治家だ。が、桜の指摘にカイトは複雑そうな表情だ。
とはいえ、カイトの指導者としての性能の高さは誰もが知る所だ。そこについては、カイトの性格面を抜きにしても誰もが太鼓判を押している。それは彼の支持率を見てもわかるだろう。支持率常時7割~8割というのは伊達ではない。
「はぁ……まあ、良いか。何か異論は?」
ここまで議長をやっていたのだ。なのでカイトは改めて場を回す為に異論を問いかける。とはいえ、この話については誰も異論は無かったようだ。確かに、この提案は少し手間になるが良いアイデアとは言える。それは誰もが認められる事だった。なので、異論はなく逆に幾つかの手直しの提案がある程度だった。
「それについては任せる。もし食材について欲しい物があれば、こちらに投げろ」
「おう」
「では、他に何か?」
カイトの許可を受けて生徒が頷いたのを受けて、桜が更に問いかける。が、これに反応が返ってくる事はなかった。
「良し。では、閉会だ。料理についてはウチのコック達との間で決めてくれ。こちらはその食材について調べられる様に各地へ出向ける様に手はずを整える」
最後にカイトが閉会を告げる。これで、会議は終了だ。というわけで会議の終了後。椿がカイトへとお茶を差し出した。
「お茶です」
「ああ……はぁ……まったく。いや、手抜かりが無いのならオレがやるのが一番の様な気もするか」
「あ、あはは……いえ、すいません」
「いや、正しい判断だろう」
謝罪した桜に対して、カイトはため息混じりに首を振る。この程度で正体の露呈の可能性なぞ無いわけだし、それならより確実な方を取るべきだろう。桜の判断は正しいものだ。
「それで、今からどうしますか?」
「んー……ここがひと目のない所だとちょっと物陰に連れ込む」
「けど、ここには人が多いですね」
「そうだな。というわけで、真面目にやろう」
桜と少しのおふざけを行ったカイトは、そのまま真面目な話にはいる事にする。なお、瞬は何をするか決定したので部活連の生徒達を連れて学園に残っている資材の確認をしに行ってくれている。なのでカイト達が考えるのは、それ以外の事だ。
「まず、食料だが……」
『はい、お呼びですわね』
「「「……」」」
カイト達三人は響いてきた声に揃って目を瞬かせる。響いたのは当然だが、この三人の誰の声でもない。その第四者は誰かというと、言うまでもないだろう。というわけで、カイトがツッコミを入れた。
「話早すぎません!? まだ何も言ってさえいませんよ!?」
『あら。これでも情報屋ギルドの長ですわよ? 当然、天桜学園にも葦は放ってますわ』
「いえ、これはもう多分、葦じゃなくて盗聴器があるような……」
一切悪びれる様子のないサリアに対して、桜が小声でツッコミを入れる。なお、これが正解である。実際に彼女はここに盗聴器――正確には盗聴の為の魔導具と魔術の二種類――を仕掛けている。
なのでもちろん、カイトが参加するこの会議は盗聴の対象だった。そんな桜の小声は聞こえているのかいないのか、とりあえずサリアは反応せずにそのまま話を進める事にした。
『決まったらお話くださいな。ダーリンですので格安で仕入れて差し上げますわ』
「はいはい……看板よろしくー」
『あら……話が早くて助かりますわね。明日には看板をお届けしますわ』
「ほんとに早いな!? お前、こっちの考案聞いてただろ!?」
会議中どころかおそらく提案した生徒が考えていた時点から聞いていたとしか思えないサリアの行動の素早さに、カイトが思わず声を荒げる。それに、サリアがくすくすと笑った。
『ダーリンさまさまですわね。ダーリンのおかげで我が社はあの当時より営業利益はおよそ五倍程度にはなってますわ』
「減らすな減らすな。オレの所に上がってる報告でもその更に倍はあんだろ」
『税金逃れはしてませんわね』
「「……」」
怖いなぁ。桜は内心で揃ってサリアに対してそう思う。情報の価値を説いたのはカイトであるが、それをここまで見事に活かしているのは間違いなく彼女の手腕としか言い様がない。
カイトでさえここまで上手く活用は出来ないだろう。その彼女が味方であるというのは、金銭面にかけてはこれほど心強い事はなかった。
「まぁ、それはどうでも良いか。で? それだけか?」
『いえ、ダーリンの手料理は食べたいので私もご同伴しようかと』
「好きにしてくれ……言っとくが、オレ一人だけで料理するとも限らんからなー」
どこか茶化す様に楽しげなサリアの言葉に、カイトはため息を吐いて肩を竦める。一応カイトは出るが、出ると決まっただけで個人とは限らない。とはいえ、それでも良かったらしいのでサリアは一通り笑うとそのまま仕事に戻って――これも仕事と言えば仕事だが――いった。
「さて……これで食材の仕入れルートは確保出来たわけだが」
「何か考えているんですか?」
「ああ、もちろんな。せっかくだから、ひと手間凝らすつもりだ」
こういう時、楽しい事や小粋な事を考えつくのはカイトの得手だ。というわけでどうやら、何かまた小粋な事を考えついていたらしい。
「屋台はおよそ三つ出店だったな……さて、どうするかね」
楽しげなカイトはそう言うと、少しだけ深く椅子に腰掛ける。考えている事は多い。その中から最も楽しめる事を採用するだけだ。そうして、彼はこの日一日この屋台に向けての準備の考案を行う事にするのだった。
それから、およそ三日。カイト達は再び天桜学園を目指して歩いていた。その道中、カイトは瞬からこの間の確認作業での報告を受けていた。
「ということで屋台のセットはまだ使えそうだ」
「流石に数ヶ月で使えなくなる程は無いか。ガスコンロ、というか調理台とかは?」
「燃料がそこそこ心もとない様子だ、との事だ。どうやら夜食だピクニックだ、とそこそこ使っていたらしい」
「それはそれは。残った奴らも楽しそうで良かった」
瞬からの報告にカイトは楽しげに肩を震わせる。どうやらこの様子だと残った生徒達は生徒達で楽しい生活を送っているのだろう。まぁ、ファンタジー世界の冒険の傍らでスローライフというのも悪くはない。命がけで戦っているカイト達だが、彼らも彼らで必死で作物を育てて冒険部にも食材を供給してくれている。やるべきことをしていて楽しんでいるのなら、それを悪しざまに言うつもりは毛頭なかった。そして瞬ももちろん、言うつもりはない。なので彼はそのかわりにカイトへと一つの提案を行った。
「で、だ。カイト。一つ提案なんだが……」
「うん?」
「揚げ物を一つ出来ないか? どうやらフライドポテトだフライドチキン……まぁ、唐揚げだのといわゆるジャンク系のメニューを作るのが上手い奴らがそこそこ居てな」
「あー……パーティメニューか……」
やはり天桜学園の生徒達は学生がメインだ。それ故か集まって食べるとなると、フライドポテトや鶏のから揚げ等良くあるメニューが基本だろう。で、飲めや歌えやになると、日本のカラオケを懐かしんで作る奴も多かったそうだ。そこそこ練度が高まっていて、かなり独自性のある状態になっていたらしい。それに、瞬も少しだけ笑う。
「凝った奴がどうやらパウダーを作って味を変えられる様にしたようなんだ。それを使う事は出来ないだろうか」
「ほう……中々に面白いな……それ、味はリスト化出来るか?」
「やらせよう」
カイトの提案に瞬が頷いた。ここら、やはり面倒見の良い彼と言える。下の者達のやる気を活かす方法を本能的に見抜いていたようだ。
「リスト次第では、こっちで更にパウダーの研究も行わせよう。良し……ちょっとおもしろい事になってきたぞ……」
カイトは楽しげに唇を舌で舐める。こういうパウダーを使って味を変えるというのは、まだエネフィアには無い文化と言える。日本の独自性かどうかはわからないが、少なくとも日本らしいといえば日本らしい。というわけで再び浮遊しながら移動するカイトだが、彼は瞬へと指示を与えていた。
「先輩。そこらの申し出はそっちから行ってくれ。それのが自然だし、連合会の会頭としても十分必要な事だ」
「わかった。後の二店舗はどうする?」
「そうだな……まぁ、それの人選については学園側に一任しておこう。あまり冒険部が関わりすぎても意味がない」
カイトは瞬の問いかけに首を振ると、この程度で良いだろうと考えるのをやめる事にする。全部をやる意味もないし、必要性もない。とはいえ、決めねばならない事は決めておく必要があった。
「桜。ベースとなる一店舗は生徒会がきちんと主導して調整を行っておいてくれ。食中毒が起きても面倒だ。今回は出店だが、やり方は何時もと同じだ。一つの所が手本となり、そこを基点として周囲に学ばせる」
「あ、それならもうすでに。昨夜の時点でギルドホームの調理部からの連絡があって、学園の学食から協力を要請されたと」
「そうか。なら大丈夫か」
桜からの報告にカイトは一つ頷いた。学園の調理部も冒険部の調理部もどちらもすでに地球でなら二年近くもの活動経験がある。そろそろ調理師免許を取得可能な頃合いだ。それで今更衛生面で食中毒――幸い今までに食中毒は出ていないが――を起こす事はないだろう。
「まぁ、今決める事はこの程度か。さて、それならそれで今日も一日頑張って行こう」
「はい」
「おう」
カイトの号令に桜と瞬が頷いた。そしてそれとほぼ同時に、三人は天桜学園の敷地にたどり着く。そうして、その数日後。天桜学園が出す店舗についての概要が決定し、カイト達はそれにむけての準備に勤しむ事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1349話『もう一つの活動』




