第1346話 秋の祭典へ
マクダウェル領において最大の祭典とされる春夏秋冬の4つの祭典。通称、四大祭。その一つとなる秋の収穫祭の実行委員であるマルツの来訪を受けたカイトは彼の帰還後、執務室の椅子に腰掛けていた。
「御主人様。どうされますか?」
「そうだな……相談次第とはなるが、一応参加の方向で良いだろう」
椿の問いかけにカイトはマルツの申し出に応じると言外に告げる。そもそもクズハからの口止めというが実際に公爵家を率いているのは彼だ。なので彼の許可さえあれば問題なく参加は可能だ。
「さて……そういうわけだから一度公爵邸に行ってくる。椿」
「かしこまりました」
カイトの指示に椿が急いで用意を整える。ここら、カイト達だけなら特段の問題もなくちょっと出てくるで公爵邸に入れるわけだが、ルーファウス達が居るのだから仕方がない。歩いて正式な形で行くしか無いだろう。とはいえ、それならそれでこちらでやるべき事をやるだけだ。
「カイト。それならこっち何か準備必要か?」
「とりまで睦月に連絡。調理場の奴らに集合をかけておいてくれ。ついでに事情の説明もしておけば、ベストだ」
「あいよ」
カイトの指示にソラが早速と立ち上がる。やはりナナミが居るので彼は調理場の事ならカイト以上に知っている。なので彼に任せておけば安心だろう。
「さて……それなら次は」
「はい、移動の手配ですね」
「そうだな。頼む」
桜の申し出にカイトは頷いた。人員は整えた。次に考えるべきはどうやって行くか、だ。料理をどうするか、などはここで決められる事でも無いからだ。
「で……ルーファウスとアリスはどうする? これは天桜絡みの内容だし、戦闘もまずあり得んだろう。不参加ならそれはそれで良い」
カイトはルーファウス達に参加の是非を問い掛ける。流石にここでの戦闘はご法度だ。何せ一説には大精霊達さえ参加するという。
そこでの戦闘で万が一、いや億に一つでも大精霊達に攻撃が当たれば、と背筋が凍る話どころではないからだ。と、そんな問いかけるを受けたルーファウスだが、これにどうやら選択肢は無かったらしい。
「いや、実は本国より一度神殿都市に行く様に指示が来ている。なので渡りに船だった」
「ふむ? 教国からの指示?」
「ああ。実は近々職務でアユル卿が向かわれる事になっている。なのでその事前調査は出来ないか、と言われている」
「なるほど」
ルーファウスの返答にカイトは納得して頷いた。先にもカイトが述べていたが、神殿都市にあるルクセリオ教の教会はエネフィア最大の物だ。そこの近辺に枢機卿が住んでいて一度も訪れない、というのは変な話である。妥当というか、当然の判断だろう。
「わかった。が、仕事だからとあまり無理はしない様にな」
「心得ている。流石に俺も祭りの側でそんな不粋はしない」
カイトの注意にルーファウスは笑いながら頷いた。朴念仁かつ生真面目な彼とて、祭りで周囲が楽しんでいるのにそれに水を差すことはしないだろう。なのでカイトの忠告も一応、トップとしての務めとしての感じが強かった。
「おし……ああ、そうだ。誰か先輩は知らないか?」
一通り指示を出した後、カイトは全員に瞬についてを問いかける。気付けば彼が居なかったのだ。
「あ、一条会頭でしたら知り合いが居たので挨拶と街の外まで見送りをしてくる、と」
「ああ、そうなのか。わかった。帰ったらで良い。オレが呼んでたって言っておいてくれ」
桜の返答にカイトは頷いて、そう言伝を残しておく事にする。別に急ぎの用事ではないし、絶対に彼である必要もない。単に彼がちょうど良いというだけに過ぎなかった。
「良し。じゃあ、これでひとまずはオッケー。あとは公爵家次第って所だな」
カイトは現状では出せる指示を全て出すと、そのまま一つ頷いた。あとは公爵家にゴーサインを出させれば終わりだ。と、そんなこんなと色々と指示や言伝を行なっているとあっという間に時間が経過したらしい。
「御主人様。クズハ様がお会いになられるとのことです」
「おっと……じゃあ、ちょっと行ってくる」
カイトは椿の報告に一つ頷くと、そのままその場を後にする。そうして彼は一路公爵邸に入ったわけだが、その頃には向こうもカイトが指示を出す用意を整えていた。
「お兄様……準備、といっても単にサインの用意だけですが」
「まぁ、そりゃそうなんだが。と言っても時間を潰す必要があるんだが」
「おねーちゃん達と遊ぶ?」
「あそぶ?」
サインの用意があっても、流石に体面的にそれでおしまいだと幾ら何でも時間としておかしいだろう。なので少々の時間を潰す必要があったらしい。アウラと彼女と戯れる日向がカイトへと問いかけていた。
「暇だがな……が、遊び過ぎる可能性があるしな……っと、そうだ。お前らはどうするんだ?」
「私たちは主催者代理の兼ね合いでその一ヶ月は向こうに滞在する事に」
「どうせ転移術使えば一瞬」
「だわな」
クズハとアウラの返答にカイトは笑うしかなかった。転移術を使えば一発で移動できる。まぁ、これは非常時の手段なので普通は飛空挺で移動するが、別に居ようと居まいと一緒というのは事実だった。
「まぁ、確かに今年は来客が多そうだしな……そうだな。お前らはあっち滞在で問題無いや」
「カイトは?」
「いや、オレが滞在する為の書類だろ」
「おー」
そういえば、とアウラは手を叩く。完全に忘れているが、そもそもカイトが来た理由は向こうに行く為だ。なのでカイトも勿論滞在だ。非公式とはいえ公爵に復帰している以上、会わねばならない相手は多かった。
「さてと……そうなると面倒な事は幾つかあるか。まぁ神族の出迎えや宿泊先は各神殿に任せるとして……問題はあの馬鹿共だな」
カイトは脳内で相変わらず騒ぎ回る大精霊達にため息を吐いた。今年はカイトが居るので、好き勝手に動き回れる。なので好き勝手に動くつもりだろう。
「ホテルは必要ないが……万が一の場合の所在証明と身分証は必須か」
「それでしたら以前使った物を再利用する予定です。今回は皇帝陛下と言いますか、皇国上層部が公的な証明証として発行するとの事です」
「流石に今回は見通したか」
カイトはクズハからの報告に呆れ半分、笑い半分だ。流石に皇国側も大精霊達が来るのはわかった話というわけなのだろう。要らない大混乱を起こされるよりも前に先手を打とうという当然の判断だった。
「身分証が来た時点で持ってきてくれ。各人の分はオレが保管する。誰も持ち歩いてくれないんだもんな……」
カイトは遠い目をしながら、そう呟いた。基本彼女らには物を持つという観念が無いのだ。そして勿論、お金も持っていない。なので必然として、カイトは同伴だろう。
「は、はぁ……で、お兄様。宿泊は兎も角、学園についてはどうなさるおつもりですか?」
「ああ、それか。ふむ、そうだよな。そっちも考える必要があったか」
クズハの指摘でカイトも学園全体としての考えを行う必要を見出した。冒険部だけなら単なる客としての参加が大半になるが、学園としてなら、話は変えられる。
「ふむ……クズハ。大会の実行委員に掛け合って、スペースの確保は可能か聞いてくれ」
「出店を出すおつもりですか?」
「まぁな。流石にクッキングフェスでB級グルメを出すわけにも行くまいよ。が、同時に出さないのもイマイチ面白味が無い。人員次第で出店の出店は有りだな」
「そちらについては?」
「こっちから要請を行っておこう。ここで話を得た事にしておけば、ルーファウス達にもバレないだろうしな。何より、嘘じゃない」
「かしこまりました。では、こちらで場所の確認は行っておきます」
カイトの提示を受けて、クズハが了承を示した。出来る出来ないは別にして、先に根回しは必要だろう。なので根回しを、というわけである。
「頼んだ。こっちは一度ホームに帰還して、そのまま一度天桜に提示をしておく」
そうと決まれば即行動。カイトはそう言って立ち上がる。冒険部以外も動かすのなら動かすでやるべきことが多い。そうして、カイトは一度ギルドホームに帰還してそのまま天桜学園へと向かう事にするのだった。
カイトが公爵邸を出てからおよそ一時間。カイトは天桜学園の敷地内に入っていた。と、そこでカイトはひとりの大男と出会っていた。天桜学園の農業顧問とでも言うべき男、ブレムである。彼はカイトと並んで、しばらく天桜学園の敷地にある酪農エリアをぼんやりと観察していた。
「……聞いた」
「何を!?」
「……隊長のことだ」
無表情な中にもうっかりという様子を見せたブレムはそう小さくもはっきりと告げた。隊長。それが誰を指すかは、改めて聞く必要も無かった。
「ああ……やっぱり、兄貴はすげぇな。あそこから生き返るなんてな」
「あいつらも本望だっただろう」
事の顛末を聞いたからか、ブレムもどこか嬉しそうだった。と、そんなカイトはふと思い出した。そうして取り出したのは、かつての自分たちの旗だった。
「これ……お前の畑にでも刺しとくか?」
「……その必要はない。俺達の旗は常に俺達の中にある。お前が持っていろ。お前と共に、俺達の旗はある。死んだ奴も、だ」
「そうか……なら、良いや」
カイトは改めて少年兵達の旗を異空間の中に収納する。それで良いのであれば、良いのだ。形としての旗はもう必要がないし、あの時得た絆こそが彼らにとって重要な事だ。なら、その絆を編んで力とするカイトが持つのが一番だった。
「にしても……良い出来だ」
「彼らも頑張った」
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
「……」
「なんか言えや」
「忘れていた……言い得て妙だ」
二人は残って学園周辺の開拓に勤しむ天桜の学園生達が育てた小麦や稲を見る。旗を手に入れたのは、まだ秋口だった。が、もう秋も中頃が近い。品種次第では収穫間近だった。
「血で血を洗う戦いの傍ら、こういうスローライフもあるか」
「羨ましいか?」
「いいや、別に? お前らと会えたのは戦いの中だからこそ、だ。スローライフでは決して得られなかった出会いをオレは得た。お前らとの絆を得られた。この絆。スローライフなんぞで生まれるかよ。なら、羨ましいなんてあるはずもない」
「俺は少し羨ましい……のかもしれない」
「どうなんだよ」
カイトは曖昧なブレムの言葉に笑いながらツッコミを入れる。それに、ブレムは正直な所を語った。
「……今、言われて気付いた。確かに俺達の出会いはあの戦いが……あの地獄があってこそだ。そして、この出会いもまた」
ブレムが見たのは天桜学園の生徒達だ。始めとっつきにくい相手かと思われていたブレムだが、付き合いが長くなると彼の独特の性格も理解されてきた。それ故か今では気軽に挨拶される様な感じだ。
が、その出会いは本来はあり得ない。なにせ彼は本来は人間だ。それに後天的に異族のコアを移植された結果が、今の長寿だ。その所為で地獄を見た彼だが、この出会いはそれがあってこそだとカイトの言葉で気付いたのである。
「……今思えば、悪くはなかったのかもしれんな」
「さよか……ま、そう思える一助となれたのなら幸いだ。で、お前ここで何してるんだ?」
「……言ってなかったか」
「一言もね!」
相変わらずといえば相変わらずのブレムに、カイトは思わず声を荒げる。どういう思考回路をしているかは謎だが、もう十年以上もの付き合いだ。慣れた。
「収穫祭の話をしに来た」
「ああ、お前もか……いや、お前らは確か常連か」
「一応、大精霊様に感謝を忘れない様に毎年作物を送っている」
カイトの言葉に同意する様に、ブレムは自分が収穫祭に参加している事をはっきりと明言する。彼が何もわからない中で農業を始めた上で最も力を借りたのはノームだ。土地の活性化等様々な面で力を借りた。その恩を今でも忘れていないし、生涯忘れる事はない。だから、収穫祭には必ず作物を送る様にしているそうだ。
「で、何を言ったんだ?」
「収穫祭があるから作物を送る様に言っておいた。自然に感謝をする事は大切な事だ。だから、収穫祭には農家であれば必ず作物を捧げる様に、と」
「そうか。まぁ、それはオレの目的にも合致しているか」
偶然ではあったが、農業の顧問にも等しいブレムが収穫祭への参加を促していたのだ。であれば、天桜学園としてもすでに議題になっていると見て良いだろう。
「カイトは?」
「オレもそれだ。ちょっと実行委員から申し出があってな。ついでなんでウチからも何かを、と思っただけだ」
「……公爵家からか?」
「違う違う。天桜の方だ……取れた作物で何か料理を振る舞うのも良いかもな、ってな」
「それは良い事だろう」
ブレムはそう言うと、カイトへと背を向ける。彼の方はすでに用事は終わっていたようだ。そうして、カイトはそこで旧友と別れて天桜学園の職員室へと移動する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1347話『収穫祭への参加』




