第1345話 秋の祭典へ向けて
カイトがユスティーツィアの手記を持ち帰ってから数日。今回の一件の後始末も大体終わりを迎えた頃だ。例えばカイトは再び何時ものように書類仕事をしながら<<死魔将>>達の動きを警戒し、ソラであればカイトから教えられた情報を下にして旅に備えて色々な準備を行っていた。
と、そんなある日のことだ。カイトの所というか冒険部の上層部の所に来客があった。それも比較的珍しいことに別の街からのわざわざの依頼人であった。
「マスター! 神殿都市からのお客様が参られています! 護衛に<<暁>>の方々も来られています! あちらの支部長が一緒です!」
「うん? 神殿都市からの客? しかもピュリさんを伴って?」
ここ数日セレスティア達の異世界についての内容を取り急ぎ纏めていた書類からカイトは顔を上げて、シロエの言葉に目を瞬かせる。神殿都市からの客というのは、かなり珍しい。
というのも、考えるまでもなくあそこには<<暁>>の支部があるからだ。その規模はウルカ共和国の本部に次ぐ規模で、どれだけ彼らがこの皇国のマクダウェル領を重要視しているかが窺い知れた。そしてそれ故にこそ、神殿都市の者達は基本<<暁>>に仕事を依頼する。なのでこちらに来ることがまず無いのだ。
「ふむ……まぁ、依頼人ってわけで来たんだから仕事ってわけだろう。通してくれ。ついでに<<暁>>だと先輩が居た方が話は早い。彼も頼む」
「はーい」
シロエはそう言うと、再び壁を抜けて消えていく。そうして彼女が客を案内している間に、カイトは椿にもてなしの用意を整えさせておく。
「椿。神殿都市だともしかしたら神官達の可能性もある。彼らだった場合に備えて、茶の系統を変えられる様にしておいてくれ」
「かしこまりました」
カイトの指示に椿が腰を折って即座に準備に取り掛かる。と、そんなカイトにソラが問いかけた。
「お茶を変えるのか?」
「ああ。まぁ、基本的に大精霊を祀る宗派だと駄目ではない食べ物とかは無いんだがな。神殿都市には数多くの神殿がある」
「例えば?」
「そうだな……お前にわかる所だと、シャムロックさん。彼を祀る神殿もある。その妹の月の女神もそうだな。ほら、前にナナミが拐われた際の狂信者達。あれを覚えてるか?」
「ああ、あれな……そういや、なんか幹部の女性は洗脳されただけなんだったっけ」
カイトの問いかけにソラはそう言えば、と思い出して頷いた。あれは宗教の宗派としてはカイトが神使として仕えているシャルを祀る物だ。であれば、神殿都市に神殿があっても不思議はない。
「そうだ。あの神殿都市の月の大神殿。その大神官の娘が彼女だった。他にも……まぁ、ルーファウス達には苦い顔をされるかもしれんが、ルクセリオン教の教会の中でも皇国最大の物もあるな」
カイトは今日も今日とて執務室で書類仕事をしているルーファウスとアリスの顔を窺いながら、神殿都市にある教会について明言する。やはり神殿都市というぐらいなのだから、数多くの宗教的な神殿や教会があるらしい。
有名無名問わず雑多なのは、やはり八百万というカイトというか日本人としての独特な考え方があるのだろう。なお、件の二人であるが別になにかを思うこともないらしく特段の反応はしなかった。
「ま、そういうわけで相手次第じゃあ駄目な飲み物とか駄目なお茶請けとか色々とあるからな。そこらで、というわけだ」
「やっぱ地球でもそうだけど色々とあるのか」
「そりゃ、宗教ですから」
意外そうと言うべきかそうなのだろうと納得していたソラに対して、カイトは当たり前だろ、と笑って頷いた。とはいえ、それならそれで良いのだ。それはソラにしたってわかったことだ。というわけで、会話はこれで終わりだった。と、そんな彼らの憂慮であるが、幸か不幸かこれは杞憂に終わる。
「はじめまして。私は神殿都市にて商人をしておりますマルツと申します」
カイトの前にやってきたのは、一人の30代なかばの男性だ。身なりは商人風で、明らかに宗教色は無く神官ではなかった。当人の言う通り商人で良いのだろう。そうしてマルツと名乗った男は一枚の名刺を差し出した。そしてそれを見て、カイトも何故彼がここに来たのかを理解した。
「ああ、ありがとうございます……ああ、神殿都市の収穫祭の実行委員の方でしたか」
「はい。収穫祭においては酒の調達をしているのですが……今回は委員会を代表して。あ、こちら今年出来たワインです。お納めください」
「あ、どうも。有難くいただきます」
カイトはマルツから差し出された手土産の酒を有難く頂いておく。収穫祭はその年度で出来た数々の食べ物の出来栄えを大精霊や神々に感謝し、それを捧げる為の物だ。
ゆえにか実行委員はこうやって出来た物を協力を依頼する相手に持っていくのが、古くからの習わしになっていたらしい。彼の場合は酒の調達や管理を担当するがゆえに、というわけだろう。なお、ワインということでアリスが視線を注いでいたが、今は仕事中なので我慢してもらうことにした。
「さて……それで神殿都市の方がわざわざ来られるとは珍しい。しかも<<暁>>の方々まで伴って、とは……何かありましたか?」
「ええ……やはり収穫祭は元々、勇者カイト様が始められたお祭りです。なのでぜひとも皆さんに参加して頂きたいという話がありまして……」
「ああ、そういう……」
確かにわからないでもない。カイトはマルツの言葉になるほど、と納得する。元々神殿都市の神官達からも内々にではあるが来てくれと頼まれることはあったが、今回は祭りの実行委員会が正式に頼みに来たというわけなのだろう。そしてもちろん、これを断る理由はどこにも無かった。
「そうですね。そういうことでしたら、というわけではありませんがぜひとも参加させて頂きます」
「ありがとうございます……それで、です。一つお願いが……」
「はぁ……」
まぁ、そうだろうな。カイトは内心でそう思いながらも敢えてとぼけながら先を促す。そうだろうな、と思ったのはそもそもこんなことを言うだけなら手紙で十分だからだ。
大会の実行委員会の役員が直々に護衛を雇ってまで来る話ではない。それが来たのだから、手紙では筋が通らない話があるということなのだろう。
「話の本題に入る前に、一つお伺いしたいことが。まず、神殿都市の収穫祭がどのようなお祭りかご存知でしょうか?」
「ええ、まぁ……と言っても参加したことは無いのでざっと、という所ですが……確か大精霊様や豊穣の神、その他自然を司る神々や生命を司る神々に今年一年の作物の収穫を感謝し、それへ作物を捧げる為のお祭りでしたよね?」
「はい……祭りの趣旨としてはそれで相違ございません」
そもそもカイトは主催者の側だ。マクダウェル領の四つの大祭は全て、名目上はカイトが主催していることになっている。そして流石にカイトとて主催者として趣旨と概要程度は把握している。帰還後には自身が在任していた当時との差もきちんと理解していた。
それ故、マルツもまたカイトの解説に頷いた。とはいえ、それで彼が言いたいことが正解だったかというと、そうではない。
「そこで、です。皆さんにもぜひとも秋の収穫祭名物のクッキング・フェスティバルに出場していただけないかな、と」
「クッキング・フェスにですか?」
「はい……その様子だとご存知ですか?」
「ええ、まぁ……以前に魔導学園の生徒会長より窺った事が」
マルツの問いかけにカイトは隠す程の事でもないので普通に頷いた。以前にキリエがこの料理大会とでも言うべき祭典にて審査委員の一人に名を連ねている、と聞いた事があった。それをカイトも覚えていた。そしてこれにマルツも笑顔で頷いた。
「ああ、彼女から。ええ、彼女は審査委員の一人ですよ。この祭りは収穫祭。ですので出来た作物や取れた収穫物を如何に美味しく食べられるか、というのも非常に重要なファクターの一つなのです」
「それはそうですね。やはり旬の食材はそのまま食べても美味しいが、やはり食材とは食べる材料。人がその素材の持ち味を活かした料理をしてこそ、真価を発揮する。そして美味しく食べる事こそが、食材に対する最大の感謝だ」
「ははは。お上手だ……ええ。それで、収穫祭ではおそらくこのエネフィアでも最大の料理の祭典が行われるのです」
カイトの語りにひとしきり笑ったマルツは改めてはっきりとクッキング・フェスティバルが行われる事を明言する。趣旨としてはカイトの語った通りなのだろう。というわけで、改めてマルツがカイトへと依頼する。
「例年この大会は非常に多くの参加者に恵まれ、非常に多くの方々に食べて頂いている。そしてそれ故なのですが一つ、このフェスティバルでは特異な事があるのです」
「特異な事?」
「はい……この大会で使われたレシピは全て公開する事。そうなっております。それを承知の上でのご参加をお願いしたいのです」
なるほど。カイトはマルツの思惑を把握した。基本的に日本料理というのはマクスウェル近郊かカイトに縁のある場所でしか食べられない料理だ。やはり異世界の料理という事で基本は門外不出ゆえ、滅多にレシピも出回らない。それが一つでも公開されるというのであれば、世界中から人は殺到するだろう。盛り上げる一つの目玉にはなり得た。
とはいえ、それをマルツがあからさまに言う事は出来ないだろうし、カイトも敢えて指摘するつもりはない。こういうのは当然読み取って然るべき事だし、読み取った上で受ける受けないを考えるべき事だからだ。だからカイトは表向きの理由を敢えて述べる。
「なるほど……どうしても多くの人に食べていただくとなると、キャパシティは足りませんからね」
「そうなのです……どうしても食材も人員も料理人も有限だ。ゆえに祭典で食べて頂ける人には限りがある。が、それではせっかくの収穫祭の意図から逸れてしまう。これは収穫祭。収穫物に感謝をする為の祭典です。だのに食べられる人を限ってしまっては本末転倒なのです」
少しだけ嘆かわしいという様な態度を滲ませながら、マルツがカイトの言葉に頷いた。そうして彼は再度、カイトへと要請する。
「それで、如何でしょうか……いえ、やはり日本の情報をあまり教えるな、という事ですのでクズハ様との相談も必要でしょう。この場で今すぐ決断を、という必要はございません。まだ収穫祭までは日にちがある」
「ああ、そうだ。そう言えば収穫祭は来月で良かったのですよね?」
「おっと……そう言えば失礼しました。まるで地元住民の様に良くご存知なのですっかり忘れておりました」
マルツはカイトの問いかけに少し慌てて収穫祭のパンフレットを取り出した。彼の言う通り、カイトがあまりに平然と収穫祭の内容を語るのでマクダウェルの住人レベルには知っていると思ってしまって渡し忘れたらしい。
「これがパンフレットです。開催は来月からの一ヶ月。その間は各地から様々な方が来られる非常に大きな祭典となっております」
「様々な方、ですか」
「はい……そうですね。例えば皇帝陛下も今年はご息女数名を伴って来られる事になっております。他にも、浮遊大陸を居とする神王様。彼もお見えになられるそうです」
マルツはカイトの問いかけに彼が知っていそうな所での有名所を語っていく。やはり収穫祭かつ規模の大きいもので、カイトが始めたとされている物だからだろう。神々だけではなく各地の異族のお偉いさん等も来る事になっていたようだ。
どうにせよこういった古い風習に関わる祭典だと高位の異族達も受けが良い。彼らは自分達が古い伝統を守るゆえ、他の種族の古い伝統や風習に敬意を払う。ゆえに使者が来たり、時と場合に応じては族長が一族を率いて盛り上げに来てくれる事もあった。
「それは……規模が窺い知れますね。わかりました。流石にクズハ様より日本の情報は安易に口にするな、と言われている身ゆえにこの場で結論は出せませんが、もし参加する場合には心して参加させて頂きます」
「ありがとうございます。では、もし参加される場合には公爵家を通してご連絡ください。この祭りは四大祭の一つ。基本的に主導しているのは公爵家となりますので」
「わかりました」
マルツは社交辞令には近かったがカイトの申し出に頭を下げて立ち上がる。そうして二人が握手を交わして、そのままマルツはここまで護送してくれた<<暁>>のギルドメンバー達に守られて再び神殿都市へと帰って行ったのだった。
お読み頂きありがとうございました。今回から新章突入です。




