第1344話 次なる一日へ
カイトの敵達が彼らの目的のために暗躍を続けていた一方その頃。皇国の調査隊を受け入れて調査隊の野営地と設備の設営、調査の開始を見届けたカイトは冒険部を率いて再びマクスウェルへと帰還していた。
「これで、とりあえず当座の危機は避けられたか……」
帰還して早々、カイトはティナの母であるユスティーツィアの残した手記を公爵邸の己の部屋の片隅に隠匿する。灯台下暗しとはよく言ったもので、実は案外彼の私室の本棚は見つかりにくいらしい。
特にティナが相手だと下手な魔術による隠匿は悪手となる事が多い。なので頼るのはもっと古典的で、逆にそれ故にこそ盲点となる単純な隠し方だった。しかも公爵家に仕えるメイド達もそういう所謂未成年厳禁の本ならまだしも、手記の類は主が帰還して以降はカイトの許可なく触る事をしない。中身の閲覧なぞ以ての外で、もしそれが見受けられれば即座にストラ・ステラの兄妹が率いる暗殺部隊の出番となる。
「さて……これでもどれだけ保つかね……」
カイトは折しも敵達と同じ様にため息を吐く。道化師達の暗躍も気になるが、教国での調査もある事を考えればティナの案件も案件で心配事は多かった。
「いや、最悪でも今年一杯持ち堪えれば良いんだ。前向きに考えよう」
「何が?」
「うわぁ!?」
カイトは唐突に己の肩の上に腰掛けたユリィの言葉に大いに慌てふためいた。どうやら考え事をしていた所為でうっかり注意が散漫になってしまったのだろう。とはいえこれがティナでなくて良かったとカイトは思う事にして、呼吸を落ち着ける。
「ふぅ……あれだよ。ユスティーツィアさんの手記」
「ああ、それね……そういえば今年一年で終わらせる、んだっけ?」
「との事だが……まぁ、予定は少しずれ込むだろうな」
「そうなの?」
カイトの見込みにユリィが意外そうに問いかける。それに、カイトは僅かな苦味の滲んだため息を吐いた。
「なんだかんだ色々とちょっかい、もとい援軍をしてる奴らだからな……地球にも何度か行ってるし、秘かにウチを守ってもくれてるんだろう」
カイトは陰で秘かに何度か接触して手に入れている情報の精度と中身を鑑みて、イクスフォス達の活動が若干遅れるかもしれない、と読んでいた。
そしてこれに疑う余地は、あまりない。何せ娘が封じられたから、とカイトの所にまで直々に頭を下げに来る様な奴らだ。フットワークの軽さは折り紙つきである。だがそれ故にこそでもあった。
「目安は来年の春。早ければ冬の終わり、遅くとも夏。そこで王の帰還が起きる……と言っても、公的なものではなく、単にティナに会いにというだけだがな」
「何かが変わるかな?」
「特には、変わらないだろうな」
「じゃあ、まぁ……特に気にすることもなく……という所で良い?」
「ああ。オレ達に特に影響は……いや、出ないでもないか。地球への帰還の目処がそこそこ立てやすくなるかな」
ユリィの問いかけに頷いたカイトであったが、一転思い直して首を振る。先の彼の視点が敢えて言えばマクダウェエル公カイトの物だったとするのなら、今のこれは冒険部の長・天音カイトとしての物だ。
ティナのことなので公爵として考えていたが、彼らは同時に地球人としても活動しているわけだ。そちら側からの視点も必要だった。と、そんな言葉にユリィが思わず突っ込んだ。
「それ、結構大きいから」
「だわな……まぁ、とは言え……天桜の帰還の目処さえ立てられれば、一気に色々とやり易くはなる」
どういう過程を辿ろうとも地球へ帰還出来る道筋さえ立てられれば、カイトとしてはもうほぼほぼ手を出す必要がない。存分に敵との戦いに集中出来る。それは結果としてエネフィアにとっても利益と言えるだろう。如何にそこまで持っていくか、が難しいだけだ。
「ま、後はあちらさん次第としておこう。あちらさんが来たとて、すぐに解決する事でもないしな。どうにせよ、しばらくはこっちに滞在だろう」
「今度は、置いてきぼりは無しだからねー」
「わーってるー」
ユリィの何処かで茶化す様でありながらも真剣味を帯びた一言に、カイトもまたどこか冗談めかしつつもしっかりと頷いた。彼らは相棒。一緒に居てこそ意味がある。と、そこに第三の人物が口を挟んだ。
「あら……その場合は私達も同行すべきなのかしらね」
「うん? シアか。何か問題か?」
「あんな報告をしておいて問題か? はないでしょう。お父様を含めて皇国上層部は大慌てよ」
特に気にした様子のないカイトに対して、シアは大いに呆れ返る。そしてその報告とは、勿論これだった。
「異世界の姫君……冗談にしても笑えないわ」
「おいおい……オレもマクダウェル公カイトと言われているから不思議はないのかもしれんがな。そもそもオレからすると、お前らも十分異世界のお姫様だぞ」
「それはそうだけども、そういうお話じゃないわ。このタイミングで第三の異世界。これが持つ意味はあまりに大きいわよ」
敢えておどけてみせたカイトに対して、シアははっきりと警戒感を滲ませる。これに不思議はないだろう。ただでさえ異世界の存在なのでは、と予ねてから噂されている<<死魔将>>達だ。そこに来て第三の異世界の姫君。しかも、彼女らは魔族と戦い続けているという。
異世界の存在という噂に真実味が生まれても不思議はないし、ワグナスやセレーネの実力を鑑みれば皇国の上層部の警戒も止むなし、だ。
「一応、ヴァイスリッターの嫡男からの報告という形にはしたけれど……それでも、セレスティア王女殿下から話は聞くことで上層部は満場一致しているわ」
「やむなし、と言えるな。そしてオレとて奴らがあの世界の魔族でない保証は出来ん」
シアの言葉にカイトはため息を吐いた。かつてあの世界を守ったカイトだが、その彼も自らの敵があの世界の出身者達でないという確証はない。いや、そもそもあの世界の出身者であれば、幾つかの話に筋が通る。
「さて……あの世界は一時、最も世界の深淵に近づいたわけだが……ふむ……」
「知っている様子ね……いえ、当然なのかもしれないけれど」
「アルからの報告か……」
カイトの呟きを耳聡く拾っていたシアが特に驚かなかった事を受けて、おそらくカイト自身のもう一つの前世についても報告がされていたと理解する。流石に今回の一件だ。アルの報告はカイトを介さず直接皇国へと上げられていた。なのでこれもあり得るか、と思っていた。だから、隠すつもりもなかった。
「ああ。アル達には話さなかったが、あいつらが仕えたという勇者もオレと言って良いだろう。もちろん、オレではないがな」
「そう。貴方の様な奇特な存在が早々居るとは、思えないものね」
「残念ながらな」
カイトはシアの断言に肩をすくめる。というより、あのカイトもまた大精霊達と縁を結んでいた。勇者という共通点に、大精霊という共通点。なによりも彼の家名マクダウェルだ。ここまで共通する要素があって無関係とは思えなかった。
「と言っても、オレもアルと同じ感じだ。記憶はあんまり無い。それでも、流石にレジディアの名は覚えているがな」
「そう……一応、聞いておくわ。貴方の居た当時の時点での技術力は?」
「さて……オレも全て知っているわけではない。レジディアは確かにダチの国だったが、あいつも早々に息子に跡目を譲ったそうだからな」
「それにそもそも、他国の要人にお国の内情を教えるとも思えないわね」
カイトの返答にシアはため息を吐いた。確かにカイトにとって故国と親しい国であるが、他国は他国だ。全てを知っていてもおかしいだろうし、そもそも全てを知っているだろう程都合良く皇国の上層部も思っていないだろう。
カイトが少しでも有益な情報を知っていれば儲けもの程度にしか思っていなかったはずだ。しかも、カイトはセレスティアから数百年も昔の人物と言われている。知っていたとて、あまりに情報が古すぎる。特段の役には立たないだろう。
「多分、オレの知識の大半は役に立たんだろうな。まぁ、一応は祖国だと第二の国父になるから王家の秘密とかは知ってるんだが」
「……何やってるのよ、貴方……」
「キングメーカー。これでも一応は歴史上の中興の祖の知恵袋だぜ?」
呆れ返るシアに対して、カイトは楽しげに笑う。そんな彼は懐かしげにその王家の秘密とやらを口にする。すでに当人達は死んでいるし、ここは異世界だ。口にしても問題はないだろう。
「実は初代様の王妃。これがまた面白い事に」
「言わなくて良いわよ」
「そうか? ま、おかげでヤンデレ化したお姫様からドレイン食らったり色々とあったわけですが……いや、お姫様が聖女でヤンデレでサキュバスって今思えばエロくね? ティナならガチで食いつくな……あいつじゃなければ」
「お好みならしてあげるわよ。私はサキュバスじゃないけど、夜に関係する一族の高位の出だから出来るわよ」
「あっははははは……まじで遠慮しておく。あれはガチで死ねるからな」
カイトは一瞬ふざけるも、即座に真顔で首を振る。と、そんなこんなで会話が途切れた事で、ふとシアはある種族の名前に気付いた。
「いえ、待って。サキュバス?」
「ああ、サキュバスだ」
「魔族じゃないの」
「ああ、魔族だ。大した秘密だろう?」
驚きを隠せないシアへとカイトは笑いながら明言する。数百年に渡って戦い続けた魔族を王妃に迎え入れた。それを許せた周囲も周囲だが、同時にそれを良しとしたお目付役もお目付役だろう。が、そのお目付け役が誰かは、考えるまでもなかった。
「大した秘密というか……よく周囲が認めたわね」
「中興の祖だって時点で色々とあったんだよ。実際の所はオレは知らないが、セレスティア王女達の時代には第二王朝と言われてる可能性が高いな。オレの時代には第二王朝というより、だったが」
「なるほど。先王の遺児という所ね」
シアはなるほど、と頷いた。普通そんな婚姻は認められない。というより、普通ならば魔族だとバレれば即死刑だろう。にもかかわらず、結婚だ。
その時点で国の根幹を破壊する何かが起きた可能性は高いと推測するのは、簡単だった。とはいえ、そこから国を立て直したのだから、同時にもう一つのことがわかった。それ故、シアがため息を吐いた。
「にしても、そこまでの王なら相当な智慧者を揃えていそうだけども……それでも認めたのだから、その王妃の王妃としての資格はあった様ね」
「どーだろな。まぁ、王妃というかあいつと付き合い始めて誰かと交わったとは聞かんからなぁ……意外と一途な子だったかもしれん。処女だったかは知らん。ま、その分あいつは吸い取られたらしいけどな」
カイトは楽しげにサキュバスにして王妃となった少女を思い出す。思えば、彼も彼女も奇特な人生を送ったものだ。が、そう思ってカイトは首を振った。
「変な人生を……いや、オレの子なんだから、当然か」
「……それのが爆弾発言よ」
「あっはははは……血のつながりは無い。偶然、オレが居た所がかつての王都でな。旧王都に逃げ込んだ乳母に代わって彼を育てた。乳母はオレに彼を託したと同時に死んだからな」
「……待って。まさか国父って本当に国父なの? そう言われているわけじゃなくて。実際に父親なわけ?」
「だからそう言ってるだろ。オレはかつて中興の祖を育てた……だからオレが国父なわけ。第二の国父。廃王都に眠る大賢者。それが、オレだ。もちろん、二人の婚約を良しとしたのもオレだな。流石にオレの言葉となると、全員が黙った。それぐらいにゃ、勇者の名でなくてもビッグネームだぜ?」
何故認めたのか。それは今ならわかった。だから、それで良かったのだろうし、後悔もしなかった。そしてだから、彼も父として慕ったのだろう。そんな事を思い出しながら、しかしカイトは快活に笑うだけだった。
「まぁ、それでも……好きな人と好きな人が結ばれて欲しいというのは、普通のことだ。だから、オレが良しとした。それだけだ」
「そう……」
まぁ、だからなんなのだ。シアとしてもそうとしか言い得ない。所詮これは他国のことだし、エンテシア皇国とのつながりもない。無いのでこの秘密を知った所でそういう所もあるのか、程度にしか思えなかった。
「まぁ、それはどうでも良いわ。そんな異世界の王家の秘密なんて知った所でなんの得にもならないのだもの。それより気にするべきは、その異世界がどういう力を持つかという所よ。大精霊についての状況なんかは?」
「オレが居た時点で察しろという所だ。おおよそ、状況を考えても契約者は居ると見て良いだろう」
カイトは己が契約者であったことから、セレスティア達の異世界においても契約者は普通に存在するだろうと推測する。であれば、とシアが問いかけた。
「魔術の技術レベルは?」
「ふむ……流石にそれはオレの知恵は当てにならんな。一応これでも学園長だったが……いや、というか多分今も名誉学園長のままなんだろうが……まぁ、経過年数に応じてはかなりの領域に到達していると見て良いだろう。結構、真面目に教えてた時期があったし、何人も賢者は送り出したしなぁ……」
「また貴方なわけね……」
シアはカイトからの情報に只々ため息を吐いた。どれもこれもがカイトが遺した遺産と言っても過言ではない。が、彼なのだから仕方がないといえば諦められるのは、彼だからなのだろう。とはいえ、カイトにはそれ以上に気になる事が幾つかあった。
「だが……それ以上に気になることが数点ある」
「何?」
「オレの仲間……その当時のな。そいつらが居る居ないに応じては、見込みが一気に狂う可能性がある」
「貴方の仲間……そう。ヤバそうね」
「ヤバいなんてもんじゃないさ。オレと同格だ。バランのおっさんやルクスとは違う。オレと互角に戦える奴だって居た。間違っても、セレスティア王女を捕らえるべきではないだろうな。自らがあいつの子孫だと明言していた。もし奴らに喧嘩を売れば、オレも手に負えん。おそらくセレスティア王女の言葉を聞く限り全員居ないんだろうが……もし居たら、オレが敵に回ると同義と考えた方が良いだろう」
「……ヤバそうじゃなくてヤバい、と確定情報にしておくわ」
カイトで手に負えない相手。その時点で危険度なぞトップクラスで十分だ。そうして、シアはカイトから得られるだけの情報を得て、再び皇帝レオンハルトへと情報を渡すべく移動するのだった。
お読み頂きありがとうございました。次からはしばらく長い章に入ります。
次回予告:第1335話『秋の祭典に向けて』




