第1341話 過去の導き
アルとルーファウス。二人の騎士は前世の縁に導かれる様にして、その前世が仕えた伝説の勇者カイトの終生の友・レックス・レジディアという男の子孫と出会う事となる。そんな彼らは彼らが掲げた旗の下に集っていた。
「やはり……」
リオという偽名を名乗っていたセレスティアは二人の騎士の再出現に、ただやはりとしか思えなかった。やはり、自分に縁のある英雄。アルの様子からそれは理解できていた。勿論、そんな彼女もルーファウスまでとは、と驚いていた様子だが。
「レジディア……知らないけど、わかる。その名の響きに真紅の誰かが居る」
「英雄レックス……姿形も思い出せないが、その名だけは思い出せる」
アルとルーファウスの二人はまるでお互いの記憶を補完し合うかの様に、覚えている事が逆さまにだった。
「ルー……」
「言うな、アル。言われると腹が立つ」
言うな。そう言うある種何時も通りの言葉に反して、ルーファウスの言葉には掛け値無しの親愛があった。そしてそれに対するアルの返答もまた、いつも通りに見えて、見えるだけだった。
「……なら、言わない」
「ああ……行くぞ」
「うん」
二人はこのあり得ぬ幸運を噛み締めながら、刃を抜き放つ。困惑はある。疑問は尽きない。だが、それを補って余りある歓喜があった。
「っ」
「敵とはいえ女性を背後から斬るつもりは無いよ……引いてくれ」
転移術。本来の彼には使えない魔術を使って、アルは一瞬でセレーネの背後に回り込む。これが、当時の彼の実力だった。今のアルも強い。が、この当時のアルはそれを遥かに上回っていた。
「貴様ら……何者だ?」
「多分、君は知っている。でも、僕らは自分の事を思い出せない」
「……! 貴様ら……あの二人の下に集った者達の一人か!」
「多分ね。君がどっちの事を言っているかは知らないけど」
驚きを隠せないセレーネの言葉にアルは少し困った様子で頷いた。記憶の補完は完璧ではない。残滓に導かれて戦っているだけだ。そんなアルに、セレーネは身に纏う力を更に濃密にさせる。
「……そうか。では、こちらも本気で行こう」
「こちらは二人。同時に相手にするつもり?」
「無論だ……過去の残滓に負けるほど、私は弱くない」
アルの問いかけにセレーネははっきりと断言する。二対一だからなんだ。そう言わんばかりである。そして事実、それだけの実力があるのが、師団長だった。
「そう……あいにくだけど、僕らは君達の強さを知っている。だから、手は抜かない。じゃあ、行くよ」
アルの明言にちゃき、とセレーネは剣を鳴らす事で答えとする。そしてその返答を受けた化の様に、再びアルが消える。
「っ」
アルが転移したのは、セレーネの真正面だ。転移術で背後を取るかの様に見せて、敢えて前を取ったのである。が、これにセレーネは刃を合わせて攻撃を受け流すだけで、即座に消えた。
そして、その直後。そのセレーネが居た背後にはルーファウスが立っていた。もしあのまま交戦に及んでいたら、背後からバッサリと斬られていただろう。
「甘いよ」
「重々承知だ」
「っ」
転移したセレーネの背後に回り込んだアルであるが、さらにその背後からも気配を感じて一瞬の迷いを生む。だが、その一瞬の迷いは即座に切り捨てられた。何故か。心配が無用だと悟っていたからだ。
「迷うな」
「ごめん。まだ慣れない」
「慣れろ」
「うん」
アルと背後の敵の間に割って入ったルーファウスとの間で僅かな会話が交わされる。アルの中に眠るまた別のアルは心配無用だと言えるが、やはりそれはアル本人ではない。どうしても僅かな差が迷いとして生じていた。が、今はその今の迷いを強引に飲み下す。そうして、同時に消えた。
「っ」
二人が消えると同時にセレーネはだんっ、と地面を力強く蹴って空中へと舞い上がる。その踏み抜きは地面を砕き、岩盤を壁として生み出した。ある種の目くらましと共に、左右に転移した二人への防御壁というわけである。
「アル」
「任せた」
ルーファウスの呼びかけに応じたアルはもはや皆まで言う必要は無いとばかりに消えて、セレーネの進路上に顕現する。その一方、ルーファウスはそのまま地面を蹴って空中へと舞い上がる。それに対して、セレーネは一瞬で転移術を行使して自分の上に出現したアルの更に上へと転移する。
「上だ!」
「君のね」
自らの背後に出現したセレーネに対して、アルはそれを最初から見越していた。ゆえに彼は迷いなく再度の転移術を行使してその背後に回り込む。
「っ! だが!」
背後を取られたことを理解したセレーネであるが、彼女もやはり熟練だ。即座に再度の転移術を行使してアルの背後に回り込む。
「……」
「……」
乗った。アルとルーファウスはセレーネが消えたことで一瞬だけ交差する視線で、即座にセレーネが自分達の思惑通りに動いたことを確認し合う。そもそもこの転移術合戦とでも言うべき戦いはアル達が始めた物だ。ゆえにこの展開は想定済みだし、これが狙いだったと言える。
ここら、やはりアルとルーファウスの前世はイミナ以上の激戦を越えた戦士にして英雄だという所だろう。セレスティア達の出身の世界の魔族の性質やその戦闘における傾向を彼女達出身者以上に把握していたのである。そうして、数度の転移術の応酬の後。アルが再転移を掛けたと同時に、そのアルを隠れ蓑にルーファウスも転移術を行使した。
「っ!」
同時の転移術の行使にセレーネが思わず目を見開く。セレスティア達の世界の魔族は非常に強大だ。師団長ともなると転移術を平然と使いこなす。そして魔族という種族としての性質として、例えば人や獣人、その他の大半の異族達よりも遥かに魔力の保有量が高いことがある。
ゆえにイミナの時がそうであった様に、転移術での相手の背後の取り合いになると、相手を上回れるという自負からかどうしても過度に転移術を行使する傾向があったのである。
普通ならそれで問題はない。なにせ魔族だ。有り余る魔力を背景に大抵の相手なら勝ってしまえるし、どこかで敵もそれを理解して見切りを付けて別の行動に出る。が、ここでアル達は敢えて転移術の応酬を続けると見せて、セレーネにその準備をさせたのであった。
「はぁ!」
僅かな驚きから一瞬の硬直を見せたセレーネに対して、その眼前に転移したルーファウスは問答無用のタックルを仕掛ける。そしてこのタックルだったことが、セレーネにとって更にまずい展開だった。てっきり剣で斬りつけられると思っていて、障壁も斬撃に対して強度を増していたのである。
直撃は避けられなかっただろうが、ダメージは軽減出来る。そう考えたのだ。が、タックルだ。障壁ごと吹き飛ばされるとは思っていなかった為、満足に受け身が取れなかったのである。
「落ちろ!」
「ぐっ!」
受け身も取れず吹き飛ばされたセレーネの背後から、アルが踵落としを叩き込む。それは受け身どころか防御の姿勢さえ取れなかったセレーネの障壁を打ち砕いてその背に直撃して、音速を遥かに超えた速度で地面へと叩きつけた。
「……」
「……」
アルとルーファウスの二人は上空から地面に大きく叩きつけられ岩盤を打ち砕いたセレーネを見下ろす。これが、大戦を生き抜いた男達の実力。そう言わんばかりだった。と、衝突で生まれた土埃を切り裂いてセレーネが超高速で飛翔する。
「アル」
「任せた」
「ああ」
二人は手短に頷きあうと、ルーファウスが前に出た。そうして彼は少しだけ目を閉じると、その眼前に分厚い氷を生み出した。が、それは無色透明にして存在感さえ希薄な氷。熟練を超えて達人の領域にまで到達しないと見きれない、まるで夢のような氷だった。夢の如き氷。夢氷である。
「っ!?」
急速に肉薄してその勢いのまま交戦するつもりだったらしいセレーネであるが、やはり技量の差は歴然たるものだった。それ故にかルーファウスの作り出した夢氷に気付くことが出来ず、そのまま突っ込んだ。
「少し急ぎすぎだね」
透明な氷に突っ込んだセレーネの背後に転移術でアルが回り込む。流石に受け身も取らず氷に突っ込んだのだ。しかもその氷も見えておらず、彼女からしてみれば何が起きたかわからなかっただろう。そうしてそのまま蹴りを繰り出して、強引に氷の中へとセレーネを押し込んだ。
「封」
押し込まれたセレーネに対して、ルーファウスが右拳を握る動作で完全に氷の中へと閉じ込める。本来、師団長を相手には二対一だろうと圧勝は難しい。イミナでさえ一対一で互角の戦いをしていても、後数時間は必要だ。それがここまで圧勝だった。彼らの前世の戦闘力たるや、その強さは察するにあまりある。
「土煙を急いで脱しなければ、もう少し戦えただろうな」
「この程度でしょ、師団長なら。軍団長になると僕らを超えるわけだし」
「それもそうか」
アルの軽口にルーファウスが頷いた。師団長と軍団長の間には更に歴然たる差が存在していた。それこそ、このアルとルーファウスが前世の状態だったとて、仲間達と共にでなければ軍団長と戦えないと断ずる程だった。
「……」
あまりに圧倒的。そんな圧倒たる様を見せつけた二人に対して、セレスティアはもはや目を見開いて驚いていた。
「これが……」
あの絶望的な戦いを生き抜いた英雄の力か。ただただ、リオは驚くしかなかった。と、そんな所にティナが現れた。
「なんじゃ。変なことになっとるのう」
ティナはどうやら一瞬でアルとルーファウスの二人が前世の力を目覚めさせていることに気付いたらしい。見た目そのものは両者共に騎士だからかほとんど変化は無かったが、彼女程の実力者であれば微妙な変化に気付けるのだろう。
そんな彼女の右手には彼女の逆鱗に触れた魔族の男の首根っこがあり、相当手ひどくやられたようだ。とはいえ、何を考えたのか殺していないらしくまだ息はあった。が、相当ボロボロで当分目覚める様子はなさそうだった。
「……こ、こっちもこっちで……」
名前を名乗ることはなかったものの、ティナが交戦していた魔族の男もまたかなりのツワモノだった。確かにイミナの戦うワグナスやアルとルーファウスが戦ったセレーネ程ではなかったものの、その強さは間違いなくランクSの領域にあった。師団長より一回り下という所だろう。
そしてそれ故にこそ、ぼこぼこにしていたティナにセレスティアも呆れるしかなかった。こちらもこちらでセレスティア達を遥かに上回る傑物だった。
「さて……どうするかのう。とりあえずこやつらから情報をぶっこ抜くことにしたいが……」
ティナはまだワグナスと交戦中のイミナを見る。もちろん、ティナがさっさとやれば話は早い。が、一応はイミナが戦っている以上、優先権はそちらにある。手出し無用とは言われていないが、手出しして良いかは話が違う。どうするかは悩みどころであった。
「……む」
そんなティナであるが、空間の中に僅かな歪みが出来つつあることに気が付いた。その歪みは見たことがなかったものの、良くない歪みであることは理解出来た。というわけで、彼女はイミナの戦闘に助力するよりそちらの解析を行うことにした。
「……これは……」
かなり良くない歪みだ。ティナは歪みの兆候を見ながら、苦い顔を浮かべる。
「まずいのう……何故かは知らんが、『守護者』が出つつある……」
『守護者』。世界の守護者にして、世界が生み出すある種の白血球的存在。ティナはこの歪みがそれが生まれつつある兆候であることを見抜いた。
それがもし生まれれば、最悪は周囲を見境なく破壊し尽くす。飛空艇では対処出来ない相手だし、間違いなく冒険部で勝てる相手でもない。というより、この魔族と比べて『守護者』の方が強い。早急に対処を考える必要があるだろう。とはいえ、その必要はなかった。
「む? っ!」
音ならざる音がティナの耳に聞こえてきて、咄嗟にティナは手にしていた魔族の男を遠くへと投げ捨てる。そしてその次の瞬間。魔族の男が光に包まれて消失する。そして、それとほぼ同時。セレーネとワグナスの二人も消し飛んだ。
「……ふむ。今の者達は異世界の存在であったか」
それは自分の道理に合致しないわけだ。ティナは今の現象が何かを理解して、それならば仕方がないと理解する。怒りを発散したことと戦いを傍目に見れたことできちんと状況を理解出来たらしい。そうして、地球ともエネフィアとも違う異世界との遭遇は魔族達の元居た世界の呼び戻しにより、強制的に終了することになるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1342話『裏の裏で蠢く者たち』




