第1339話 第三の異世界
マクダウェル家。それはエネフィアという世界、ないしは星に存在する勇者と呼ばれた男と言うか少年が興した名家だ。が、実は。これ以外にももう一つ、異世界にもマクダウェル家が存在している。それを興したのは、カイトでは無い。そして確かに貴族ではあるが、公爵家ほどの名家でもない。
「騎士の名家、マクダウェル。私達の世界でおよそ一千年も昔。初代当主は魔界の侵攻に立ち向かい、それを退けた偉大な英雄です」
リオはカイトへとはっきりとそのもう一つの名家マクダウェルの事を語る。それはカイトにとって聞き慣れた物語だった。
(第一次防衛戦線か。魔王の侵略だったのか、それともそうでなかったのか……そういえば結局わからず仕舞いだったなぁ……そういえばオレが出たのは第二次以降だったな。まぁ、正確に言えば第二次と第三次は続きなんだが……懐かしいな。第四次にはまだ、参加してないか。変な感じだな……)
リオの言葉にカイトは懐かしげに目を細める。何度となく義理の父と母から寝物語として聞かされて、何度となく義理の弟にせがまれて語った伝説の騎士。その時の親友との出会いのきっかけ。それが、もう一つのマクダウェル家の初代当主だった。
「彼が残したマクダウェル家。それからは数多くの偉大な英雄が生まれました。その一人が……私が先日語った伝説の勇者カイト。蒼き髪と蒼き左目。夕暮れを思い起こさせる真紅の右目……そんな人物でした」
知らないわけがない。カイトは語られる己の事にただ、笑いを堪える事に内心で必死だった。
「当初、私たちはこの世界が過去の事なのだと思いました」
「この世界にもマクダウェルの名を持つ家があるから、か?」
「……はい」
もはや隠すまでもない。そんな感じでリオはカイトの問いかけをはっきりと認めて、頷いた。しかし、彼女は首を振った。
「ですが……あまりにも違う事が多過ぎた。彼は確かに孤児で、養父を戦乱で亡くしています。ですが、彼には相棒なぞ居なかった。そして共に戦った仲間達の名も違う……私達の国で最も有名なのは、英雄レックス。常に勇者カイトと比較される偉大な男」
「リオのご先祖様、か」
「はい……彼の帰還を700年に渡って待ち続け、そして彼の婚姻を見届けて共に旅立っていった親友です」
リオの語る内容は、カイトはまだ知らなかった。だから、僅かに目を見開いた。彼にとってこれは未来でもある。だから、まだわからない。
「婚姻か」
「はい……私たちの勇者カイトが愛した女性……その名は、ヒメア。白き衣の聖女と呼ばれる女性です」
どうやら、自分は結ばれるらしい。過去でありながら未来の出来事に、カイトは内心で僅かな安堵を覚えた。
「だから、私達はここがその彼らが去った後に彼らが興した家かと思いました」
「それで、マクダウェル領に来たわけか」
「はい……あ、でも兄を探しているのは事実です。兄もあの光に飲まれた筈ですから……おそらく、彼もこの世界に」
カイトからの確認にリオはあわて気味に兄の事が嘘では無いと明言する。嘘を言える性質ではないだろうと言うのは、今までの付き合いでわかった。であれば、これは真実なのだろう。
そして世界間での転移に巻き込まれたのであれば、生存を信じられるのも頷ける。カイト達でさえ、何も失われなかったのだ。圧倒的に格上のリオ達であれば、当然である。
「そうか……だが、よかったのか? オレに語っても」
「はい……いえ、多分ですが……もう貴方は気付いている。隠す方が不利になると思いました」
「まぁ、そうだろうな」
あそこまであからさまな事態が起きたのだ。リオとしても苦渋の決断だったろうが、仕方がなかった。そしてカイトだけで良かったと言う訳でもある。
「さて……それで。君はどうするんだ?」
「イミナに任せます。もう一つの……我々のマクダウェル家の騎士。それは決して負けません」
カイトの問いかけにリオははっきりと明言する。それ程までに、マクダウェルの名は重かった。
「そうか……なら、オレも見守る事にしよう」
リオの結論を受けて、カイトもまたそれに従う事にする。そして、それとほぼ同時。今まで闘気のぶつかり合いだけで戦っていたイミナとワグナスの二人が地面を蹴ったのだった。
戦闘開始の直後。地面を蹴った両者はほぼ同時に転移術を行使して相手の背後のそのまた背後に回り込まんと読み合いと根比べを開始する。
「っ」
この超常の戦いに勝ったのは、ワグナスだ。彼は魔族として有り余る魔力を背景に転移術を連続させ続けて、ついに背後に回ったのである。が、それがこの戦いの勝敗に直結するわけではない。背後を取ったからと直撃させられるわけではないのだ。故にイミナは己の不利を悟ると、敢えて背後を取らせたのだ。
「甘い」
「っ! さすがマクダウェルの家の騎士!」
背後を取るとほぼ同時に強引な回転でワグナスを真正面に捉えたイミナに、彼は掛け値無しの賞賛を与える。
「だが!」
「まだだ!」
真正面を捉えたお互いだが、ほぼ同時に左手でお互いの拳の軌道を逸らし、お互いの攻撃を無力化する。が、これはお互い読めていた。故に同時に蹴りを繰り出そうとして、これは速度の関係かイミナが上回った。
「ちぃ!」
ワグナスは上げかけた足を魔術による身体制御で強引に踏み下ろし、上体を逸らして回避する。そしてそのまま彼は僅かに引いた拳を思いっきりイミナへと叩きつけんと突き出した。
「その手を何度も食うと思うな!」
そんなワグナスに対して、イミナは蹴りの速度を加速することで敢えて強引に飛び跳ねて回避する。そして彼女はそのまま、ワグナスの横っ面へと踵を叩き込んだ。
「ぐっ! だが、まだまだ!」
横っ面を思いっきり蹴られたワグナスであるが、彼は地面を数度バウンドするも即座に立て直して転移術を行使する。間合いが離れたままでは満足に戦えない。近く必要があった。
「遅い! っ!」
「遅いのは貴様だ」
転移術の先を読んだはずのイミナの拳が宙を切り、その代わりにワグナスの飛び蹴りがイミナの背を打つ。それにイミナは大きく吹き飛ばされていき、くるりと地面に着地した。
「ちっ。殺されたか」
「残像か。魔王軍有数の速度というのは、伊達ではないか」
ワグナスは手応えの無さからイミナが攻撃を受ける前に大きく飛んでいた事を理解し、一方のイミナは自分の拳が残像を捉えた事を思い出してワグナスの速度が尋常ではない事を思い出す。イミナでも物凄い速さだ。それを優に上回るのだから、その速度がどれほどかは察するに余りある。
「さて……」
「大分と身体が温まってきたな」
ワグナスは先程蹴られた事で切れたらしく血混じりの唾を吐き捨てて構え直し、一方のイミナは土埃を払って構え直す。
「「はっ!」」
同時に、二人が地面を蹴る。しかし今度は転移術の応酬には、ならなかった。当然だ。この勝敗は見えたし、その後の顛末も見えている。同じ事を繰り返すなぞ芸がないし、遠からずどちらも完璧に対処してくるだけだ。結果のわかった応酬なぞ、単なる体力の無駄である。
「はぁああああ!」
お互いに縮地を使った移動は、お互いに急制動を掛けるつもりは無かった。お互いその勢いのままに敵を吹き飛ばしてやろうという思惑さえ孕んだその勢いは、これはワグナスが身体的な性能により僅かに上回った。が、それはイミナもわかっていた。だから、彼女は衝突の瞬間を見定めた。
「ここだっ!」
押し負けると理解した瞬間。イミナはしっかりと地面を踏みしめて、ひねる様に身を捩る。そして更に身に纏う障壁を操作してワグナスの勢いを自らの上を通る様に誘導してやって、そのままワグナスの土手っ腹に右の拳を叩き込んだ。
「ぐっ!」
どごん、というくぐもった音が響いて、僅かにワグナスの体が浮き上がる。が、それと同時に彼は強引にダメージを押し殺すと魔力の流れを制御して強引にその場に踏みとどまりイミナの右手をしっかりと握りしめ、そのまま己の左手でイミナの顔面を殴り飛ばした。
「ぐぅっ!」
ごりゅ、という嫌な音が響いて、イミナの右手が僅かに伸びる。肩が外れたらしい。が、それにイミナは強引に踏みとどまり、返礼とばかりにハイキックを叩き込んだ。
「ぐはっ!」
流石にこの一撃にはワグナスも耐えかねたようだ。思わずイミナの右手を手放してそのまま思いっきり回転しながら吹き飛ばされていく。
「ぐっ……ぺっ!」
「ごほっ!」
イミナは肩の外れた痛みに顔を顰めつつ口から血混じりのつばを吐き捨てて、ワグナスは口から血の塊を吐いた。流石に今の一撃はどちらも直撃に近い。お互いにどうやらかなりのダメージを受けたらしい。
「……ふぅ」
「……はぁ」
ごきん、という音と共にイミナが外れた肩を強引にはめ込んで、一方のワグナスは何らかの魔術を展開してダメージを負った内臓を強引に回復させる。
流石に甚大なダメージを負ったまま倒せる相手ではない、というのはお互いにとってそうらしい。戦闘力上としてはほぼ同格。技量であればイミナが僅かに上、身体スペックであれば僅かにワグナスが上という所だろう。それ故にこそ、お互いに無理に攻めようとはしていなかった。
「仕切り直しだ」
「良いだろう……来い」
ワグナスの言葉にイミナが応じて、再び二人は徒手空拳で構えを取る。が、おそらく決着はつかないだろう。二人の戦いを見るカイトはそう判断していた。
「ふむ……師団長というのは事実、か」
己の知るあの世界の魔族の階級は良く知っている。ゆえにカイトはワグナスが自身を師団長と言ったのが事実だと理解していた。
「強いが……ふむ……」
イミナもワグナスも十分に強いだろう。真の実力を解き放ったイミナは間違いなくバーンタイン級と言える。リオとほぼ同格だろう。おそらく今までは敢えて実力を隠していたのだと思われた。であれば、この二人をして圧倒的に強いと言わしめるリオの義理の姉と兄は間違いなく格が違う。
(であれば、リオの姉と兄は軍団長級は確定か……さて、さて……将軍級が最低二人居れば、後は世界中の戦力をかき集めればなんとかなるんだろうが……)
カイトはイミナの戦いを見ながらほくそ笑む。彼女らは間違いなく血のつながりこそ無いものの自分の子孫達だ。その子孫達が強いというのは素直に嬉しいことだった。が、同時にあの世界が相当面倒な状況に追い込まれていることもまた、理解していた。
(軍団長……そこで魔王と名乗ることを許される。いわゆる魔王級か。その領域があちらにまで出ているということは……第五次防衛戦が起きているということか。あー……どうすっかねー……)
カイトは内心で僅かな苦味を感じていた。彼がその身を賭して封じようとしたのは、おそらくリオらの世界で言う所の第四次防衛戦だとカイトは考えていた。そこの時点のことをリオ達が伝説として知っていたことを考えると、おそらくこれは正解だろう。
(大魔王の復活……いや、大魔王の顕現か……あの領域はマジでヤバいからな……)
カイトは自らが『もう一人のカイト』だからこそ、その彼が為した勇者カイトのもう一つの伝説を知っている。そしてそこで戦った敵の強さも知っている。
あれはあの当時、八人揃っていたからこそ勝てた相手だ。間違いなく、強い。余裕ぶっていたカイトとその親友であるが、その戦いは間違いなく激闘と言うに相応しかった。今のカイトでは間違いなく勝てない。それもティナ達の支援があっても、である。
少なくとも、カイトとしては共に戦える戦友が一人欲しい。それは誰か、というとかつての親友であり唯一のライバルとしか言い得なかった。彼が居ないと今の自分では間違いなく勝てないと断言出来た。
「……師団長程度で苦戦してると、軍団長には手も足も出ないぞ……」
考えていたからだろう。カイトは僅かな苦味と共に苦戦するイミナに対して小さく呟いた。師団長でリオと同格。だが、その上の軍団長からはもはや格が違うのだ。
何人もの師団長を倒せたカイト達でさえ軍団長やその更に上、将軍級と言われた魔族に勝てたのは奇跡だと思ったのだ。連戦に継ぐ連戦はある。が、それが無くても激闘になったのは、他ならぬカイトが認めていた。師団長で苦戦しているようでは、今のリオ達の世界の苦戦が偲ばれた。
「……? 軍団長……?」
カイトのつぶやきに、リオが首をかしげる。とはいえ、これにリオは訝しむも特に不思議には思えなかった。思えない状態であったこともあるし、イミナとの戦いの前にはワグナスが自ら師団長と名乗っているのを聞いている。聞いていなかっただけで軍団長の存在を明かしているかも、と思ったのだ。
だが、ここでもし彼女が前からカイトを見れていれば、また反応は変わっただろう。彼の右目は今、真紅に染まっていたのである。かつての世界の者達が居たからか、知らずカイトと『もう一人のカイト』が融合していたのである。そしてそれ故にこそ、カイトははっきりと明言する。
「……頃合いか」
「何がです?」
「……敵は二人ではない、ということだ」
カイトはそう言うと、指をスナップさせる。そして、その直後。二つの影が交戦するイミナの背後へと割り込んだ。
「! 貴様ら、何時気付いた!」
「……わからない。どうしても、抗えなかったんだ」
「ああ……全くもって不可思議としか言い様がない。今この時、ここに来いと魂が叫んだ」
割り込んだのは、アルとルーファウスの二人。彼らはまるでカイトの合図を待っていたかのようなタイミングで、イミナの背後へと割り込んだのである。
現れたのは、3人目の魔族。が、今度は男ではなく女の魔族だった。服装はかなり露出が激しく、肌は褐色。背には悪魔の羽根としっぽがあった。
「セレーネ! 手を出すな!」
「っ!」
イミナとの戦いの邪魔をされたワグナスが声を荒げ、今まで気づきもしなかったイミナが背後で迸った斬撃の嵐に思わず目を見開く。そんな魔族の女の唐突な出現に、リオが思わず目を見開いた。こちらは彼女が知っている相手だった。
「っ! 妖将セレーネ! 貴女まで!?」
「セレスティア王女……貴女も、こちらに飛ばされていたなんて」
「ほう……リオというのはやはり偽名か。いや、幼名という所かな?」
どうやらセレスティアという名が本来の名らしいリオを庇いながら、カイトは笑みを浮かべる。そんなことだろうとは思っていた。それに、意を決したリオが己の本当の名を告げる。
「……セレスティア・リオーネ・レジディア。それが、私の名です。リオーネはミドルネームだとお考えください」
「リオーネ・レジディア……」
思わず、カイトは目を見開いた。その感情の揺れをどう捉えたのか、リオを改めセレスティアははっきりと頷いた。
「……はい。レジディアという国の姫です」
「……そうか」
カイトはどうしても笑みが浮かぶのが抑えられなかった。レジディアの名を知らないはずがない。その名は、彼の親友の家の名だった。つまり、この場にはどういう因果か彼と彼の親友の子孫が揃っていたのである。そして、揃っていたのはそれだけではない。
「さて……で、アルとルー。二人共、どうやらこのお姫様に縁があるらしいな」
「……そう……なんだと思う。どうしても、あの旗を見てから体が疼くんだ……」
「認めたくはないが……同じだ。夢で見たあの旗へと馳せ参ぜよ……心の奥底がそう告げている」
アルは僅かな感涙を流しながら。ルーファウスは抑えきれない興奮に身を委ねながら。二人はセレスティアが掲げる旗を見る。
「お姫様……ここはあの二人に任せて、あんたは引け。オレが援護しよう」
「……いいえ。『不退の旗』を掲げた以上、私は最後までここで見守る義務があります」
「……そうだったな。わかった。では、今一時はオレが騎士役を務めよう」
セレスティアの返答にカイトはそうだった、と笑って首を振る。自分の旗なのでそうとしか思っていなかったが、そういう意味を子孫達が持たせているというのだ。すっかり忘れていた。そうして、カイトはアルとルーファウスの二人の戦いをセレスティアと共に見守ることにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。リオの本名が発覚しましたので、これ以降リオはセレスティアと表記していきます。明日は少しだけルーファウス視点。
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