第1337話 第三の戦いへ
いくつかの語弊ありきではあるが、今からおよそ一千年ほど前の事だ。『天音カイト』ではなく彼が二度目の冒険譚を終わらせた後世名乗る『カイト・B・シンフォニア』でさえない、まだもう一人の『カイト・マクダウェル』だった頃。彼と彼の終生の親友は二人で『魔王』へと戦いを挑んでいた。
「……まさか、我が誇り高き魔族を倒したのが、貴様ら如き小僧共とは」
その魔王はカイト達を前にして、多大な驚きを露わにしていた。無理もない。この当時の二人の年齢はなんと十代半ば。本当に正真正銘の小僧だったのだ。
「意外とやれるもんだな、俺達二人なら」
「ああ、まったくだ」
轟々と迸る禍々しい魔力の業風の影響で真紅の髪を棚引かせる少年の言葉に、カイトも気軽に応ずる。とは言え、実は二人はボロボロだった。連戦につぐ連戦。素直に立っているのが不思議な状態だ。そんなカイトは親友に問いかける。
「さてと……バカ王子。逃げるのなら、今のうちにですよ?」
「はぁ? そりゃこっちのセリフだ。英雄がこんな所で逃げらんねーだろうが」
二人は空元気にも近い様子で、笑う足に力を入れる。これが、最後の戦いだ。支援こそあるものの、たった二人だけで戦いを挑んだ。何故、と言われてもこうなったのだから仕方がない、というしかない。だがそれでも、遂にここまでたどり着いた。
「……オレは絶対に救ってみせる」
カイトが思うのは、時が止まってしまった祖国の事。敵の奇襲を受けてもう一年も国には帰れていない。ただ帰るためだけに、彼は絶望的な戦いを挑む。その瞼の裏に刻まれた一人の幼馴染の少女との再会。それだけが、彼の望みだった。
「……俺は英雄だ」
対してカイトの親友が思うのは、自らの夢と誇り。彼は友の為、自らの夢のため、絶望へと立ち向かう。彼に望みなぞ無い。彼にあるのは、己が英雄足らんとする強い意志だけだ。
「「さぁ、行くか」」
二人は同時に各々の武器を構える。勝機なぞ絶望的なまでに無い。たった二人で魔王に戦いを挑んだ。勝てたのは正直、当人達でさえ奇跡だと思えた。しかし、勝ったのだ。そしてその日から彼らは祖国だけではなく、大陸中で『紅の英雄』と『蒼の勇者』と呼ばれる事になる。
それから数年。彼らは再度、魔王を前にしていた。だが、この時は二人だけではなかった。
「なーんだろなー」
「うん? なんだよ。言うのなら今のうちにだぜ?」
カイトの言葉に親友は笑って気軽に問いかける。それにカイトは自分がこれまでになく落ち着いているのを理解していた。
「負ける気がしない。あの時は正直、負けると思ってた。でも、今は負けるとは思えない」
相手は圧倒的だ。数年前に来た魔王が魔界では単なる幹部程度でしかないのだというのも頷ける。大魔王は並み居る猛者達が鎧袖一触だ。だのに、負けるとは思えない。
「あ? 俺はあの時も勝てると思ってたぞ」
「マジか……だから、勝てたのかもな」
「どー言う事だ?」
「お前より先に倒れるのはヤダ」
「……はっ。言うじゃねぇか」
カイトのはっきりとした言葉に親友は一瞬呆気にとられるも、轟々と覇気を漲らせる。
「俺だってお前より前に倒れるなんてありえねーな」
「はっ、抜かせよ。それは一度でもオレに勝ててから言えや」
「あ? 今から先にテメェとやっても良いんだぜ?」
「はいはい、ストップストップ」
「レックス様もそろそろお戯れはおやめになられた方が……」
何故か喧嘩腰になり始めたカイトと親友の二人へと、後に二人の恋人となる者二人がストップを掛ける。これで、絶望的な戦いの前である。しかしその姿はまるで遊びに行くとしか思えない程だった。
「……だってよ、ダチ公」
「ああ、ダチ公……行こうぜ。今日という今日だけは、誰にも負ける気がしない」
カイトは横にいる仲間たちの存在が心の底から心強かった。負けるとは思えない。なにせ二人でも魔王を倒せたのだ。それが、八人なら。負けるはずなんてなかった。そして、さらに。
「……行くぜ、親父。血が繋がらなくても、オレは、オレ達はあんたの息子だ」
背後に居るのは、無数の騎士達。その中の一つには、彼が率いる騎士団もあった。その仲間たちまで居て、何故負けるのか。あの時はたった二人で魔王とその取り巻きを倒したのに、今はこんなに多くの仲間達が居る。体力も気力も魔力も、全てが最高潮だ。今ならたとえあの時の魔王が百人居ようと、負ける事なんてあり得なかった。
「青の騎士団……総員、抜剣! 敵はあそこに見えている! 一気に攻勢を仕掛ける! この一戦で数年続いた戦いを終わらせるぞ!」
「「「はっ!」」」
万感の想いを湛えるカイトの号令に、配下の騎士達が全員剣を抜き放つ。その横で、紅き英雄が目を閉じて騎士達と同じ様に剣を前に掲げていた。とはいえ、彼は騎士達と違い額を剣の腹に付けて、自らに暗ずる様に呟いた。
「俺は英雄だ……誇りを胸に。友と共に。刃をこの手に」
静けさと共に、紅き英雄は己が英雄であることをしっかりと胸に刻み込む。そうして彼は目をかっと見開いて、剣を後ろに下げる様な独特な格好で構えた。
「赤の騎士団! 総員、戦闘用意! この一戦は人類の存亡の掛かった一戦だ! 我ら英雄なれば! 一匹たりとも敵を後ろに通すな!」
「「「おぉおおおお!」」」
紅き英雄の飛ばした檄に、配下の騎士達が鬨の声を上げて応ずる。そんな二つの騎士団を前に、彼らの仲間達はただただ呆れて居た。
「なんで兄さんはあんな元気なんだろ」
「知らん。ウチのバカ兄も何故ああも元気なんだか」
「良い事ではないですか」
「そう? どうせ勝のが分かってるんだからもうちょっと落ち着けば良いのに」
魔族のみで構成される万軍を前にしてなお、白き衣の聖女の信頼は一切揺るがない。自らの騎士にして、最愛の男。その敗北なぞ決してあり得ないと心から信じていた。
「さて……じゃあ、私達も行きましょう」
白き聖女の号令と共に、七龍の旗の下に集った英雄達が前へと歩き出す。負ければ人類の終わり。なんともわかりやすい敗北条件だ。そしてそれ故にこそ、負けられない。
「「行けるな、ダチ公」」
カイトと真紅の英雄はかつてと同じ様に、二人で同時にお互いに問いかける。それが、答えだ。迷いなぞない。逃げ道もない。なら、進むだけだ。そうして、その日。一つの歴史の転換点となる戦いが行われ、彼らの名は永久に歴史に刻まれることとなる。
それから、幾星霜。その世界とはまた別の世界・エネフィア。そこで、カイトの第三の戦いは幕を開ける。
「……青の宝玉は召喚用……確率は半々という所ですかね。運良く呼べれば我々の勝ち。負ければまた次の機会に……」
道化師は笑いながら、赤と青の宝玉を弄ぶ。
「さて……見せてもらいましょう。かつて勇者カイトという男が戦った世界の、かつて勇者カイトの敵であった者達の実力とやらを」
まずは、手始めに邪魔者を片付けましょうか。道化師はそうつぶやくと、赤い宝玉を天高く投げ捨てるのだった。
道化師が宝玉を投げ捨てるとほぼ同時。カイト達はほぼ全員が朝食を食べて今日からの活動に備えていた時刻だった。それ故、誰もが上空で巻き起こった巨大な空間の歪みに即座に気が付いた。
「なんだ……?」
「歪み?」
アルとルーファウスの二人はやはり実力者かつ経験も豊富だからか、空間が歪んでいることに直感で気が付いた。が、それ故にこそこれが時折ある自然現象だと思ってしまったのは、無理もないことだった。
「……でかい魔物が現れるかもしれんか。一応、カイト殿に確認と……いや、その必要は無いだろうな」
ルーファウスはカイトならこの程度即座に対処するだろう、と考えて首を振る。やはりこれが敵襲とは考えていない様子だった。そしてカイトもまた、これを敵襲とは考えていなかった。
「……空震か。珍しいが……」
「うむ。珍しいが時折起きることではある」
カイトの言葉にティナもまた、これが自然現象の一種だと考えていた。というのも、これはエネフィアでは時折起きる現象だからだ。とはいえ、それを知っているのはエネフィアに長く居る者だからこそだ。地球人たる桜達は何事かわからず、少しだけ困惑を生じさせていた。
「何なんですか、空震って」
「ん? ああ。空震……」
「空震は空間に起きる地震のことだね。空間に起きる振動だから、空震なわけ」
解説をしようとしたカイトの言葉を遮って、ユリィが空震と呼ばれる現象の解説を行う。
「私をほっぽって解説しようなんて100年早い。久しぶりの教師ユリィちゃんとうじょー」
「はぁ……やりたきゃどうぞ」
メガネを掛けたユリィに対して、カイトがそれなら好きにしろ、と手で促した。そしてそれを受けて、ユリィが再び解説を続ける。
「まぁ、こんな世界だからね。地球のことは聞いてるから大体わかってるよ。まぁ、本当は地球でも起きるんだろうけど……地球の特殊性は知ってる。で、それで言えばこれはまぁ、魔術というある種の超常が起きる世界だからこそ起きる現象と言っても良いかな」
「魔術に原因があるんですか?」
「うん。魔術はやっぱり大なり小なり世界を歪めている。だから、その世界の歪みが蓄積されていけば当然、地震みたいにどこかで元に戻ろうとする力が働くわけ。で、それで起きるのが空震ってわけだね」
ユリィの言葉に桜はなるほど、と簡単に納得出来た。確かに魔術も世界のシステムに則って起こしていることだが、やはり物理現象とは異なる。それ故、世界には僅かに歪みが残ってしまうことがあるらしい。世界が動いている以上、それは仕方がないことだ。その歪みが蓄積されていった結果、どこかでこの様にして世界が揺れることになるということなのだろう。確かに、地震と一緒だ。動くのがプレートか空間かの差に過ぎない。
地球で起きていなかったのは、結論から言えば地球では魔術が一般的ではないからだ。一般的ではない、つまりそこまで多用されていないといことだ。その分当然、歪みの蓄積はゆっくりとなる。そしてその分期間は長くなり、更には蓄積が小さいことで地震のようなあからさまなことが起きないで済む。魔術を知らない者達が気付かない程に小さな振動になる可能性も十分にあった。
「まぁ、でも流石にそんな世界が壊れる程の振動じゃあないから、大抵少し多めに魔物が生まれるぐらいだよ。あ、それと後ちょっとしたら……あ、来た」
「「「っ!?」」」
先程の振動を更に上回る耳鳴りのような音に、桜達は顔を顰めた。敢えて言えば先程の空震は地震の前兆。今度のは地震で言えば言わば本震だろう。
と言っても地震のような揺れが起きるわけでもなく、単に少し大きな耳鳴りと大きな魔力の波が一同を襲っただけだ。なので少しするとその大きな音も無くなって、全員が気を取り直す。
「今のが……」
「そう。空震だね。まぁ、ここらは多い地域じゃないから一年に一回あるかないか程度だと思えば良いよ。だから時々、こっちの人でも忘れちゃってる時とかもあるからね」
桜に対して、ユリィは少し楽しげにそう告げる。どうやらそこまで空震とは頻発するものではないらしい。多いのはやはり魔物との戦いの多い地域や、戦場の近くが多いらしい。今で言えばラエリアではそこそこ頻発しているようだ。
「まぁでも、やっぱり地震と似てるからしばらくは余震に備えた方が良いかな……カイトー」
「もうやったよ。誰かさんが解説の手間を省いてくれたおかげでな」
ユリィの助言に対して、カイトは機先を制してすでに終わらせたことを明言する。カイトも流石に十数年もエネフィアで生きていて、それも当時激戦区だったマクダウェル領を領有していたのだ。彼の居た時代はマクダウェル領こそが空震の多発地帯だった為、彼からしてみればこの対処は特に変わったことでもなかったようだ。
ユリィが桜達へと解説している間に領内の街への注意喚起と冒険部のギルドメンバー達――地球出身の彼らが知るとは思えなかった為――に状況の説明と空震の説明を行っていたらしい。冒険部の面子にしてもエネフィア出身の者達が空震と理解して特に驚いた様子も無かったのでこういうものなのだ、と理解していて、今はもう平常に戻っていた。
「そ。軍は?」
「もう動かした。後少ししたら……」
カイトはユリィの問いかけに軍を待機させている方角を見る。するとそこからは一葉達が指揮する飛空艇の艦隊が近づくのが見て取れた。
「来たか……そしてこっちも、来るな」
カイトの言葉と寸分違わず、唐突に無数の魔物が現れる。空震は空間の歪みがもたらす現象の一つだ。それは敢えて言えば、道化師が持っていた赤い宝玉のやっていることと同じ――そもそも今回はこっちが原因だが――だ。ゆえに魔物がわんさかと現れる。が、わかっていれば対処もしている。ゆえにカイトは即座に号令を掛けた。
「総員、飯は食ったな! 食後の運動だ! 食いすぎた、って奴は今日の教訓を胸に腹八分目を心がけろよ!」
カイトは空間から生まれる様にして現れる魔物たちを見据えながら、己も刀を取り出して戦闘に備える。そうして、三ギルドの連合部隊と公爵軍は魔物達との戦いを開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1338話『古い魔族の在り方』




