第1335話 前準備
皇帝レオンハルトとの話し合いにより、エルーシャ達の見付けた遺跡の本格的な調査を行う事が決定してそれの補佐の為に事前調査の形で調査活動を行う事になったカイト率いる三ギルドの連合部隊。彼らは急ぎではあったもののギルド同盟の他のギルドからの支援を受け入れつつ、遺跡の保全作業を進めていた。が、それも皇帝レオンハルトとの会談の翌日には終わりを迎えて、次の手はずに取り掛かる事になっていた。
「さて……これで明日には桜が率いる第二隊が来るから、本格的な調査に取り掛かれるか」
カイトはため息を吐いて、この日の活動の取りまとめを行う。やはり人員については冒険部がギルド同盟の中でも最大だ。それ故にランやギルド同盟の知恵者達との話し合いの結果、基本人員は冒険部が供出する事になった。その他のギルドはこの案件を元々受けた三ギルド以外は物資の供与や周囲のギルドへの牽制等、影からのサポートに徹する事にしたらしい。
やはり皇国からの依頼となると、ギルド同盟としても足の引っ張り合いは見せたくない。そしてカイトの指揮力は実証済みだ。故に下手に横槍を入れて皇帝レオンハルトの不興を買うよりも、指揮系統はそのままに自分達が一枚岩として行動出来る事を示した方が得だと判断したのである。
「ええ。にしても、まさか皇帝陛下からのご依頼とは……頭が痛い所ですよ」
そんなカイトに対して、新たに増援としてやってきていたランが同じ様にため息を吐く。やはり見付けたのはエルーシャ達<<草原のおてんば娘>>だ。それ故、発見者たる彼女らには確実に皇帝レオンハルトから何らかの賞与が与えられる事は想像に難くない。
少なくとも通信機越しでも一度は謁見する事になるだろう。そこで何かがあっては実家まで累が及ぶ事になるので、大急ぎでやってきたらしい。とはいえ、これで一つの良い事があった。
「あはは。そう言ってくれるな。おかげでこっちはティナを前に出せる。あいつを前に出せるか否か、というのは比較的ウチじゃあ重要な内容でな」
「ええ。そこの所の後方支援は自分にお任せを。それしか出来る事がほとんどありませんからね」
「ああ、頼む……というわけで、ティナ。お前の方準備は?」
「出来とるぞー。ちょいと準備運動もしてきたので、何時でも大丈夫じゃ」
カイトの確認にティナはゴキゴキ、と首を鳴らす。彼女は久しぶりの前線という事でカイトに許可を取って、少しクラウディア達の所に行ってきたらしい。で、軽く四天王の三人を相手にスパーリングをしてきたとの事である。なお、軽いスパーリングというわけであるが、相手になった四天王達はというとボコボコにされたらしい。相変わらず元最強というのは伊達ではなかった。
「良し。と言ってもすでに遺跡はほとんど無力化されている。怖いのは魔物だけだが……それにしてもゴーレム達が掃討作戦を実施中か。ま、不安はほとんど無いか」
「うむ。何故遺跡の警備システムが無力化しておるかはわからぬが、それならそれで良い。ホタルに確認させたが、何かのダミーシステムが偽って引き込もうとしているわけではない様子じゃ」
「らしいな」
カイトは事情を理解しているのものの、それ故にこそ何かを言わない事にしておく。安易に言えば、そこからバレる可能性がある。特にここは彼女にとって最も縁のある場所だ。下手な動きはしない方が良いだろう。
「さて……となると、オレ達がするべきなのは安全の確保より、遺跡の崩落の危険の調査か」
「うむ……さて。どうするかのう」
「お前の配置か?」
「うむ」
カイトの問いかけのティナは頷いた。すでにこの遺跡の主敵であるゴーレムは無力化されている。戦闘で警戒するべき事は殆ど無いだろう。であれば、班分けは戦闘を主眼とするより調査を主眼とするのも考えられた。
「一緒に行くか?」
「ふむ……それは非効率的というべきじゃが……ふむ……それはそれで良い事は良いんじゃのう」
ティナが考えていたのは、ホタルの事だ。彼女の各種装置は非常に有用だ。が、彼女は一人だ。カイトの所に居て必要に応じて自分の所に呼び寄せる、というのはそれはそれで非効率的と言っても過言ではないだろう。
「……うむ。そうじゃな。今回は余とお主で一緒が一番良いじゃろう」
「そうか」
カイトはティナの結論に内心で胸を撫で下ろす。一番困るのは自分の見えない所で勝手に調査されて自分の来歴を知られる事だ。それを避けるのなら、一緒が一番良い。
「うぅむ……しかしまぁ、相変わらず何と戦う布陣なんじゃろうな」
「単なる調査だろ」
「調査、のう」
カイトの返答にティナは口調こそ呆れているが楽しげだ。元最強の魔王に、現最強の勇者。確かに調査の為の面子ではなかった。そうしてそんな彼らは明日からの調査に備えて、この日は一日英気を養う事にするのだった。
明けて翌日。皇帝レオンハルトとの会談から二日後の事だ。カイト達は再び遺跡内部への潜入準備を整えていた。
「桜。聞こえてるな?」
『はい。各自に取り付けた魔糸も問題なく』
「良し。万が一遺跡が崩落したら、その糸を頼りに救助する事になっている。途切れない様にだけは注意してくれ」
『大丈夫です。訓練してますから』
カイトの注意喚起に桜はそう明言する。実際、ここでのこれも訓練になる。主兵装が魔糸の彼女にとって、命綱の役目もしっかりとした訓練になってしまうのであった。
「あはは。随分と成長したもんだ」
「おっぱいが?」
「そうそう。桜の胸はオレが育てた……って、違うわい!」
「いや、どう考えてもお主じゃろ」
ユリィの冗談に声を荒げるカイトであるが、そんな彼にティナがツッコミを入れる。そしてこれには桜もフォローしかねた。
『じ、事実は事実ですし……』
『最近、桜さんもうワンカップ上がりそうとか言ってらっしゃいましたわね』
『ちょっと、瑞樹ちゃん!?』
『あら、事実ですわよね?』
どうやら桜と瑞樹も楽しげだ。なお、瑞樹は相変わらず周辺の警護が任務だ。
「ほれほれ。とりあえずはそこらにしておけ。どうせ小娘共が頑張った所で余には勝てておらんしのう」
『あら……ティナさん。私も最近成長してますし、油断すると追い抜きますわよ?』
「安心せい。お主らではまだ出来ぬ色々な事を余はしておるのでな……今思えば余も随分調教されたのう……」
「ジト目やめて。オレ、悪くない」
『『「……」』』
カイトに向けて、彼が愛する女達が一斉にジト目で視線を送る。彼女たちの夜の生活はもっぱらカイトによるものだ。つまり、全責任は彼にあった。
「すんません。夫婦生活円満目指す練習なんで許してください」
「それがどー繋がった」
「ク、クラウディアが……ね? 男女関係では性の不一致も需要なファクターだから注意しなさいって……聡理さんも……」
「う、うぅむ……聡理殿が言うと非常に説得力が……」
カイトの言い訳にティナが思わず納得する。聡理というのは、灯里の母親の事だ。職業は弁護士で、専門は民事裁判。特に夫婦間のあれこれである。説得力があり過ぎた。
『ウチのお母さんがどしたのー?』
「い、いやなんでもない……うむ。お主は今のままで良い」
自分の母親の名前が出たからか反応した灯里に対して言い繕うと、ティナはそのままカイトへと明言する。実際、満足しているのは事実だ。敢えて変える必要なぞどこにもなかったし、そもそも望んだのは自分達だ。恨み言なぞ有ろう筈もなかった。
『そー? それならそれで良いけどねー。あ、それでカイトからの潜入許可来たから、入って良いよー』
「いや、オレじゃねぇよ」
『公爵家を迂回してるだけでしょ?』
「そーだけども」
灯里の相変わらずの見通しにカイトはため息しか出なかった。今回、実はティナを前に出す事にしたのにはラン以外にも彼女の事もあった。この洞察力と推察力だ。安易に情報を与えると彼女もティナの正体に気付きかねない。自分達の専属オペレーターとする為でもあったのである。人員とオペレーターを考えればその分カイト率いる班の負担がかなり増えるが、この程度でへこたれる彼らでもなかった。
「全隊、潜入の許可が下りた。第一層を探索する面子は当初の予定通り、この遺跡の本来の出入り口を捜索する。第二階層以下に向かう面子は遺跡内部の魔物の討伐を行いながら、施設の状況の把握に努めろ。ああ、室内の確認も忘れるなよ」
カイトは出発間際、冒険者達に向けてそう指示を送る。カイト達の持ち場は最下層掃討と調査だ。別に何か決まっているわけでもないが、下に行けば行くほど連戦になり体力と魔力の消耗は激しい。必然として腕利きが奥に行く事になっていた。
「さて……まぁ必然この面子か」
「うっし」
「それはそうだとしか言えない……かな」
『……』
カイトの言葉にエルーシャは準備運動をし、アルとリオの二人は苦笑いだった。結局、実力者だけで固めると馴染みになるのは必然だったのだろう。その一方、武張った面子の中でも特に武張った面子は入念に調整を行なっていた。
「良し。こちらの準備は万端だ」
「俺もいける」
軽いスパーリングを行なっていた瞬とルーファウスの二人がスパーリングを終えて頷いた。
なお、頷いていないだけでイミナも一緒だ。どうやらエルーシャと彼女なら数段の実力差があるらしい。エルーシャとのスパーリングの後はこの二人とスパーリングを行なっていた。
「……良し。行ける」
「そうか……ああ、そうだ。イミナさん。一つどうしても問いたい事があるんだが」
呼吸を整えたイミナへ向けて、カイトが申し出る。それに、イミナは僅かに眉間のシワを緩めて頷いた。
「なんだ? 答えられる事なら答えよう」
「剣は使わないのか?」
「剣? どうしてそう思ったんだ?」
「なんとなく、だが……貴方以外全員が剣士だったものでな。ふと、そう思ったんだ」
不思議そうなイミナの問いにカイトはそう述べる。それに、イミナは少しの苦味を浮かべた。
「苦手、なんだ。剣は」
『苦手って言っても達人級にはあるんですけどね。ただ姉上や兄上にはどうしても一歩及ばずで……』
少し楽しげにリオは苦味を浮かべるイミナをそう茶化す。と、その中に一つ気になる単語があった事に、カイトは気付いた。
「姉上?」
『あ……はい。と言っても、義理の姉です。遠い血縁でもあるので姉上、とお呼びしているだけです』
「彼女も強いのか?」
『はい……私よりずっと……我が国で最強と言われる程に。兄上でさえ及ばぬ実力者です』
リオの言葉には絶大な信頼と誇りがあった。それにカイトは僅かな笑みを浮かべる。
「そんなに、か」
『はい』
リオは今までになくはっきりと明言する。リオは巫女だ。故に当然だろうが、まだ上は居た様だ。
「……それはいつか戦ってみたいもんだ」
カイトは遠い空を見上げて、そう呟いた。素直に会いたかった。だから、告げる。
「いつか、行っても良いか?」
『ええ、いつか』
リオはカイトの言葉を社交辞令として受け取った。そしてカイトとしてもそれで問題は無い。本気で行けるとは思っていない事は当然だからだ。
「ああ、いつか……その前に仕事だ仕事」
心からの感情の吐露を最後に、カイトは気を取り直す。これはいつか、であって今ではないのだ。であれば、今するべきことをするべきだった。
「では、最深部突入部隊も行動を開始する」
『はいはーい。お土産期待してるねー』
「考古学としても意味があっても、全部没収だ没収」
『んー……なんか歴史的にも無価値で飾りになりそうなのなら駄目?』
「はぁ……陛下に奏上してみるよ」
カイトは灯里のおねだりにため息混じりに歩き出す。やはり彼女には殊更甘かった。そうして、カイト達は最下層を目指して移動を開始するのだった。
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次回予告:第1336話『エンテシアの遺産3』




