第1331話 もう一人の伝説の勇者
リオ達の存在とアルの前世の顕現により一時の再臨を果たした『もう一人のカイト』。彼ははっきりといえば、カイトとは全く異質な戦い方をする戦士だった。それがわかったのは、動力炉へとたどり着く道中での事だった。
「あぁあぁ……またわんさかと……」
眼の前に屯する数多のゴーレム達を見ながら、カイトはため息を吐いた。動力炉への道であるが、それについてはさほど苦労せずに見つける事が出来た。というのも、通路を一直線に進めばよかっただけだからだ。暗闇で見えなかっただけで、実際にはそのまま直進出来たらしい。
「戦闘準備! 敵の数は多数! が、戦力的にはこちらが若干上だ! 一体一体でしか倒せない奴は一体ずつ倒せ! 複数体相手に出来る奴は周囲の仲間を守りながら戦え!」
「「「おう!」」」
カイトの指示に三ギルドの冒険者達が声を上げる。それで、ゴーレム達もこちらに気付いた。それを横目に、カイトは作戦目標を告げる。
「動力炉にゴーレム達が入っているとは思えん! が、この通路の守りは非常に分厚いだろう! いくら撤退の支援が貰えるとはいえ、万が一の場合は敵も動力室に入ってくる! 今のうちに通路の安全の確保を行う! まずは、敵の増援が途切れるまで戦う!」
カイトというかティナら司令部の面々はここにもまた、増援の為の簡易な『転移門』があると踏んでいた。まずはそれを潰して退路を確保する事を優先するつもりだった。その為にアルも連れてきている。氷で出入り口を封じるつもりだった。そしてその目標を告げたと同時に、敵も準備を整えて速度を上げてこちらへと移動を開始する。
「来るぞ! 迎撃準備! だが、先の動力炉は傷つけるな! また側面からの攻撃にも注意しろ! どう来るかわからん! 未知の遺跡では決して壁を背にするな!」
殺到を始めた敵を見ながら、カイトは更に指示を重ねる。そして、それと同時。ゴーレムの軍勢との戦闘が開始された。
「さてと……やるか」
一旦戦闘が始まってしまうと、後はもう指示は出せない。個々の戦闘の邪魔になってしまうからだ。それ故、戦闘前の指示が何より重要。それをカイトは知っている。だが戦闘中にそれを完璧に守れる奴はほとんど居ない。そしてだからこそ、彼が居た。
「そこ!」
「へ?」
「後ろ。疎かにするなよ。ゴーレム達に気配は無い。油断するとすぐに後ろを取ってくるぞ」
「あ、おう! サンキュ!」
ゴーレムに背後を取られた冒険部のギルドメンバーが、そのゴーレム叩き斬ったカイトへと礼を言う。が、その瞬間にはカイトはまた別の所に移動していた。今度も再び、仲間を狙うゴーレムの背後だ。
「っ! 次だ!」
「ちょ、ちょっとカイト! 速いよ!」
「この程度にはついて来い!」
ユリィの悲鳴にも似た苦言を無視して、カイトは壁や天井を蹴って通路を縦横無尽に駆け巡る。その戦い方も、やはり何時もと違う。いつものカイトがユリィとの共闘が主眼なら、今の彼の戦い方はソロでの戦い方が基本だった。個として完結していた。そして何よりも違うのは、その戦う姿だ。彼はどこかに留まらず、移動しまくるのだ。
「う、動き回っているな……」
「所狭し、という言葉がよく似合うな……」
瞬とルーファウスの二人はそんなカイトを見て、唯々呆れていた。壁を蹴り、敵を蹴り、何処だろうと仲間が傷付きそうになれば即座に移動する。それはまるで、部隊全体が彼に背中を守られているかのようだった。
「なんだ、この安心感は……」
まるでではなく、正しく背後の心配が要らない。カイトが戦場全体を見回して危険になっている者達を守るのだ。それ故に、誰もが不安が無かった。が、そんな結果でも不満のある者はいた。ユリィだ。
「むぅ……慣れないなー」
「にわかじゃしょうがないか……」
「むぅ」
ユリィからしてみれば、この戦い方には自分が必要ないのだ。カイトがあまりに動き回る上、彼が全体のフォローを行ってしまう。しかも元々彼は一人で戦っていたので、どうしても一人で全部をやってしまう。故にフォローの仕方が無いのだ。そんな彼女に、カイトは少しの申し訳なさを滲ませる。
「……やっぱ、駄目か?」
「駄目じゃないけどさ……私達の立つ場所が無いもん」
「そりゃ、居なかったからな」
「それはそうだけどさー。そういう事じゃないじゃん」
相棒だと言った手前、ユリィとしてはカイトを支えたい。が、このカイトには支える必要がない。ある意味では個としての戦いに特化して順応している所為で、全部を一人で出来てしまうのだ。
「そうなのか?」
「カイトはカイトだけど、理解と知っている事は違うね、やっぱり」
「か……オレは結局、お前と戦った事がない。いや、誰かと組んで戦った事が無い……共に戦った事はあったし、肩を並べる事もあったが……こんな風に戦う戦い方がわからない」
ユリィの指摘を受けて、カイトは少しだけ照れくさそうに一瞬だけ目を閉じる。だが、別に元に戻るのではない。一つになるのだ。
「おし……これでオッケー」
「何したの?」
「ちょっとだけ融合した」
今までは敢えていえば『もう一人のカイト』がカイトの身体を乗っ取っていたようなものだ。故に今のカイトは眠っている。だが今はそれを起こして、ユリィと共に戦える様にしたのである。カイトと『もう一人のカイト』の関係性があればこそ、出来る事だった。
「乗れよ」
「うん……あ、本当だ。しっくり来る」
「だろ? 今のオレはオレ達だ。オレの力と技術に、あいつがお前と培った時間。それが、一つになっている……今のこれこそ、オレ達の至るべき終着点だ」
カイトはユリィを肩に乗せると再び身を屈める。その顔には、何時ものカイトの笑みが浮かんでいた。それは、彼女には見ないでもわかった。今までなにか心のどこかで感じていた違和感が無いのだ。自分の席があるのだ、とわかった。
「準備は、ユリィ?」
「もちろん。うん、感触が何時も通り」
今のこれなら、自分の全力が出せる。ユリィはそれを理解して、笑みを浮かべた。そうしてカイトは一気に地面を蹴った。移動する先には、敵が何体もひしめいている。だが、彼は前しか見ない。敵のど真ん中に立った事で後ろに来た敵は、気にしなくても良い。
「はい、雷撃!」
振り向く必要なぞない。言わなくても相棒が後ろを守ってくれている。だから、前だけを見ていれば良い。その感覚の心地よさに、カイトは酔いしれる。
(ああ……これが……)
欲しかったもの。カイトは『もう一人のカイト』として初めて感じる感覚に、そして手にしたかった感覚に感動さえ覚えていた。魂の充足感。欠けていたピースがはめ込まれた感覚。それが得られた。それを手にして、カイトは自分が猛烈に猛っている事を自覚する。
「……はぁ!」
迷いなぞない。一撃で敵は倒せる。だから、やる事は決めている。一撃で敵を倒し、次の敵を目指して移動する。ヒット・アンド・アウェイの繰り返しだ。武勲なぞ不要。仲間を生きて帰らせる事こそが、彼の目的だった。
カイトと『もう一人のカイト』の差。それがもしあったのなら、それは誰が横に居てくれたのかという所にこそあった。そしてだからこそ、まだこれでも自分達は完璧ではないのだと理解した。
「……」
ああ、足りない。今は背中を守ってくれる相棒が居る。だが、肩を並べてくれる友が今は居ない。それがカイトには心細かった。
常に彼と、かつて真紅の英雄と呼ばれた男と共に戦っていた。強敵に挑む時は常に彼が横に立って、肩を並べてくれていた。その心強さは身に沁みて知っている。だが、彼はここには居ない。
『もう一人のカイト』にユリィとの戦いの感覚がわからない様に、今のカイトには同格の相手と共に戦った経験が無い。最強故の苦悩。己の全力に付いてこれる好敵手が居ないのだ。それ故、横に彼が居ない事が不安に思えてしまった。が、それでも彼は小さく首を振る。
(ああ、わかってるさ。今はこれで十分だ)
彼らが今何処で何をしているのか、というのはわからない。だが、彼らは今も変わらないと信じている。そして、信じられているとも思っている。だから、今はこれで良い。
彼らにまた会った時の為、一つになった状態でユリィとの連携に慣れておかねばならなかった。その時こそ、自分は本当に自分の戦い方が出来る。そのためにも、準備は進めねばならなかった。
「ユリィ。背後は任せる」
「言われなくても」
「ああ」
ユリィの返答にカイトは再度頷いた。やることは決まっているし、何も変える必要はない。そうしてカイトは仲間の背中を守りながら、動力炉への道を切り開くのだった。
さて、動力炉前通路での戦いからおよそ一時間。ゴーレム達の増援が一段落した所でひとまず負傷者を搬送して、カイト達は動力炉へ乗り込む準備を整えていた。
「壁の状態はどうだ?」
「すでに氷で封印してるよ。まぁ、どこまで耐えられるかはわからないけど……これで増援は来れないはず……だと思う」
カイトの確認にアルは少し自信なさげにそう答える。どうやら予想通り、敵ゴーレムは壁の中に埋め込まれている『転移門』を通って出てきていたらしい。なのでアルや魔術師達の氷で壁を覆い尽くして、敵が万が一にも来ない様にしていたのである。
「そうか……まぁ、これなら問題無いだろう。後はオレ達が動力炉の起動をして、撤退が可能かどうか見極めて更には撤退が必要ならそれまでの間持たせておいてくれれば大丈夫だ」
「うん、わかってる。そっちは頼むよ」
カイトの再確認にアルははっきりと頷いた。アル達には万が一の場合に通路を通って敵の増援が来ない様にしてもらう必要がある。であれば、彼らは動力室への突入には不参加だった。
「良し……負傷者の搬送はどうだ」
『うむ。拠点からの報告によれば、すでに負傷者の治療に入っておるようじゃ。すでに搬送を行った者達は支援部隊との合流も終了……そろそろそちらにエル達が到着するはずじゃ』
「カイト」
「ああ。丁度来た」
ティナからの報告とほぼ同時にエルーシャがカイトへと声を掛ける。今回、戦力をなるべく温存する為に先発隊にはカイトが。動力室に万が一の防御システムがあった場合に備えて主力としてエルーシャを用意する事にしていた。そしてカイトは一度ティナとの相談を中断すると、エルーシャとの相談に入った。
「良し……エル。前線は任せる」
「ええ……総指揮はお願い」
「ああ……準備が出来たら言ってくれ。それに合わせて盾部隊が扉を開く手はずになっている」
「うし……じゃあ、ちょっとだけ呼吸と気を整えるから時間頂戴。3分で十分よ」
カイトの報告にエルーシャは頷くと、深呼吸して己の内面の気を整える。一階からここまで先にカイト達が安全の確保をしてくれていたとはいえ、やはり戦闘が皆無だったわけではない。なので少しの消耗はあった。それを横目に、カイトは再びティナとの相談に入る。
「ティナ。動力炉の復旧後、何か異変があれば即座に報告を。三分後には突入する」
『わかった。こちらでのモニターはやっておこう……ホタル、聞こえとるな?』
「はい……中継局としての機能の調子は良し。万が一の場合に備えて、更に壁に偽装した中継局を設置しています」
『うむ……動力室じゃ。基本的にはシールドされておるじゃろう。まず、通信も困難になるはずじゃ。もし万が一の場合が想定される場合、お主はカイトの援護をせずカイトの救援の為にその場で待機。変な話じゃが、カイトに救援が必要になった時点でお主が単独で行くより余らと共に行く方が良い』
「本機も肯定します」
ティナの言葉にホタルもまた頷いた。中には何があるかわからない。動力炉に何を使っているのか、というのははっきりと言えば未知だ。動力室がどうなっているのかももちろん、わかっていない。やはり遺跡も時代が近ければ近いほど残っている物で、マルス帝国時代の中期ともなるとわからない事の方が遥かに多かった。なら、ホタルには万が一にでもカイトに何かがあった場合に備えて、即座に外に救難信号を送れる様にしてもらう必要があった。と、そこらの相談を終えた所で、エルーシャが目を開いた。
「良し。行けるわ」
「良し……開け」
カイトはヘッドセットを通して最前列で待機してドアノブに手を当てていた冒険者達に指示を送る。それを受けて、動力室の重厚な扉がゆっくりと開いていく。
「「「……」」」
ゆっくりと開いていく扉を、一同は真剣な様子で観察する。が、幸いな事にどうやら動力室の中に敵が待ち構えているということは無かったらしい。何事もなく扉は完全に開いて、運転を停止しているだけの様子の動力炉がカイト達の前に現れた。
「……警戒解除。エル、そちらはそのまま周囲の警戒を。こちらは司令部と共に動力炉の復旧作業に入る」
「ええ……警戒レベルは一つ下げ。魔術師の半数は即座にカイトの補佐に入りつつ、残る半数は周囲に敵影が無いかしっかりと確認を」
動力炉へ向けて歩き出したカイトに対して、エルーシャは戦闘しか出来ない面子に向けて指示を出し始める。動力炉を動かして何が起きるか、というのは誰もわからない。なら、最大限に警戒すべきだろう。そうして、エルーシャ達に警戒を任せたカイトは動力炉の復旧作業を開始すべくコンソールに手を置く事にしたのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1332話『エンテシアの遺産』




