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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第66章 エンテシアの遺産

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第1329話 二つの旗

 崖下にあった遺跡の一日目の調査を終えて、ふとした事からカイトの勇者カイトとしての伝説を語り合う事になっていたカイト達とリオ、エルーシャのギルド同盟の連合部隊上層部。彼らは当初カイトが使っていた武器についての談義を行っていたわけであるが、瞬のふとした問いかけにより話題は各地に残る偉業そのものへと移っていた。


「うーん……」

「伝説、ですか……」


 瞬の問いかけにリオもエルーシャも二人して僅かに上を向きながら自分達が聞いたカイトの伝説を思い出す。ここら、瞬が聞いたのも道理でカイトもあまり己の偉業を語らないからだ。

 とはいえ、ここではその語らない事がカイトにも有益に働いた。リオの来歴を知りたいカイトにとって、この流れはまさに天佑だったからだ。と、そんなリオは自分で思い出す傍ら、横に居たイミナへと問いかけた。


「イミナ。貴方は何かありますか?」

「私、ですか……幾つか知っている事は知っていますが……」


 リオの問いかけにイミナは僅かに困った顔でリオの問いかけに頷いた。


「良いのですか?」

「名を語らなければ大丈夫でしょう」

「どういうことだ?」


 リオの言葉に瞬が疑問を持つ。イミナの姓を語らない、というのは瞬も聞いていたので把握している。が、それでもこの言葉には若干理解が出来なかった。それに、イミナが一つの事を明言した。


「あ、ああ。実は私の祖先はかつて、勇者カイトと共に戦ったとされているんだ」

「ほう」

「へー」

「ふむ」


 やはり戦友の子孫かもしれない、という所からだろう。カイトとユリィ、ティナの三人もこの言葉には思わず興味を隠せず、僅かに身を乗り出した。と、そんな三人にイミナは慌てて制止を入れた。


「あ、いや。待ってくれ。そんな期待されても困る。実は私達の所ではこの地で語られるともう一つ、勇者カイトという人物が居てな。そちらとよくごちゃまぜにされているんだ。だから私達子孫もどちらと戦ったのか、というのがわからなくてな」

「あー……勇者カイトの名にあやかって、というやつじゃのう」

「そうなのでしょう。私達の土地でもカイトという名は非常に多くの子供に名付けられていた名前でした。今でも親しまれている名です」


 納得した様なティナに、リオもまた笑って頷いた。そこに嘘はなさそうなので、どうやら本当にもう一人彼らの土地にはカイトと同じ名で偉業を為した人物が居るのだろう。これもこれで手がかりだ。なのでカイトはしっかりと記憶しておく事にする。

 まぁ、あまりにカイトが為した偉業が大きすぎた事と各地で偉業を為した所為で手がかりとするには若干弱すぎるが、それでも数百ある候補地が運が良ければ数十に絞れるぐらいにはなる。後は時期さえわかれば、更に絞れるだろう。


「まぁ、そんな当然の事はどうでも良いでしょ。で、どんな伝説なの?」

「あ、ああ。二つの旗の伝説だ」


 エルーシャの問いかけにイミナは気を取り直すと、そう明言する。それに、ユリィは即座にこれがそのまた別のカイトの伝説だと理解した。が、ここで即座に言うのはその当時を知る者でないと無理だ。故にここでは黙っておく事にした。


「二つの旗……?」

「ああ……リオ様。あれを出しても?」

「ええ」


 イミナはリオの許可を受けて、己の保有していた収納用の異空間の中から二つの旗を取り出した。それは赤い龍の描かれた旗と、青い龍の描かれた旗だった。その旗を見て、アルが興味深げに問いかける。


「それがその旗ですか?」

「ああ……この旗が彼らの旗……いや、これではないぞ? そして絵柄もこれではないからな」

「ああ、公爵家の紋章とも違いますからね」


 イミナの念押しにアルも笑って頷いた。公爵家の紋章も確かに青い龍であるが、それとは明らかに違っていた。それを公爵軍所属のアルが見紛うはずもない。


「そうだろう。これはその旗を簡略化したもので、現物は父と兄しか見たことがない」

「イミナの家はもし大戦(おおいくさ)になればこの旗を掲げる役目を持つんです。が、常にはこの簡略化された旗で、本物はなんと王家の人々も見たことがないほど、厳重に保管されているんです。唯一、王位継承の儀でのみ拝謁が許されるんです」


 イミナの言葉に続けて、リオがこの旗が彼女らの地域でどれだけの尊敬を集めているかを明言する。そこには珍しく興奮があり、彼女もまたこの伝説に魅せられた者の一人だと理解できた。そんな旗を見ながら、瞬が問いかける。


「へー……凄いな……カイト。手記には何か無かったのか?」

「……え? あ、ああ。悪い。なんて?」

「うん? どうした?」

「ああ、いや……ちょっと虫が飛んでただけだ。そっちに気を取られてた」


 カイトはなんでもないと言うように、首を振って気を取り直す。それに瞬も他も若干首を傾げるが、そういうこともあるのだろう、と流す事にした。


「そうか……それで、旗について何か書かれてなかったのかって」

「旗、ねぇ……デザインの素案というか簡単なイメージ図ぐらいはあったけどな。それぐらいだ。何故あったかは知らんが……似た旗はあったな」

「あったの?」


 カイトの返答にユリィが驚きを露わにする。彼女はほぼ常にカイトと一緒だった。その自分が知らない事にびっくりしていた様子だった。とはいえ、それは当然だ。なのでカイトがそれを指摘する。


「いや、お前人の手記全部見たのかよ」

「しんない。興味も無いし」

「おい……まぁ、雑多な落書き程度だ。大方、旗上げで旗を作るって時に出来た試作品の一つじゃないか?」

「あ、あー……それはあり得るかも……」

「ふむ……そういえば何本かあったんじゃったか……」


 カイトの推測にティナもユリィもそれはあり得るな、と納得する。今もそうだが、旗というのは軍事上かなりの重要な要素となる。故にカイトというかティナや達頭脳陣もそのデザインには非常に気を遣って、幾度も練り直しと作り直しを行った。

 なにせ『勇者』の旗だ。しかも単なる勇者では無い。歴史上唯一、そして全ての世界を見回しても唯一となる男だ。しかも、集う者達も並外れている。

 それらの誇りとなる旗だ。その作業は簡単な事では無く、何人ものデザイナーがあまりの事に匙を投げて、最後には彼らの合作としてようやく出来上がったほどだった。実際に作ってはここが駄目だ、と何度もダメ出しした上で出来上がったのだ。いくつもの試作品があるのである。


「ふむ……そこらは私たち子孫も詳しくは知らない。なにせ当時の当主もすでに無いからな」

「そりゃそうだ……その大本ってのはその試作品の一本を使ってる時の物なのかもな。それで記念か何かで置いていったか、そのままなのかもしれない」

「そうなのだろうと私も思う」


 なるほど、それならあり得るか。カイトの言葉に同意するイミナにユリィとティナは内心で納得を得た。彼らの持ち物だから、と彼らが全ての在り処を把握しているわけではない。戦乱の最中でいくつかは失われている。その一本を後世のもう一人のカイトが手にしたという事なのだろう、と二人は理解した。彼らの旗だ。士気の高揚には役に立っただろう。

 そしてだから、ごちゃまぜになっても仕方がない。間違いなくその旗は試作品の一つで、カイトの旗に間違いないからだ。


「で、その伝説とやらはどんなのなんじゃ?」

「伝説、か……」


 ティナの問いかけにイミナは少しだけ顔を綻ばせる。やはり祖先の事だからか、誇りがあるのだろう。


「この青い旗を立てて、そのカイトは三日三晩敵を食い止めたんだ。たった一人で。仲間が来てくれると信じて、無数の敵を前に一歩も引かなかった」

「そして、四日目の朝。朝日が昇ると共に、彼が来た」

「彼?」


 イミナの言葉に続けたリオに、瞬が首を傾げる。それに、リオは頷いた。その顔にはやはり誇りがあり、それはアルと同じく英雄の子孫である事への掛け値無しの誇りがだった。


「はい……私のご先祖様です。彼が二千の兵と共に、あの青き旗の横に立った。そして蒼き旗に重なる様に、赤き旗を立てた」

「それ以来、我が国ではこの二つの旗を立てる事はある証となった」

「証、ですか?」

「ああ」


 瞬の問い掛けにイミナははっきりと頷いた。そうして、この旗の意味が語られる。


「旗を一つ掲げる時。それは自分は一歩も引かないという意思表示。そして二つの旗を交差させて突き立てる時。それは全軍が不退転であるという意思表示だ」

「『不退の旗(ひかずのはた)』……我が国ではこの旗をそう、呼んでいます。そして同時に、この旗を掲げる時。私達はある事を誓うんです」

「誓い?」

「はい」


 ユリィの問い掛けにリオははっきりと明言する。しかしそれに答えたのはまた別の、誰もが想定していなかった人物だった。


「誰も死なせない……」

「「え?」」

「この旗の下では……誰も死なせない。確か……そうだった筈だよ」


 答えたのは、アルだ。彼はまるで旗を尊い物でも見るかの様な顔で見ていて、その瞳からは涙が零れ落ちていた。それに、イミナが驚きを隠せず問いかける。


「何故、それを……?」

「わからない……でも……でも僕はその旗を知っている……と思う」


 リオの問いかけに答えるアルの声は自信無さげだ。だがそれでも、彼の目から溢れるその涙こそがその真実だと思えた。


「なんでだろう……見たこともないはずなのに、その旗を見ると悲しくて、そして嬉しくて……涙が止まらないんだ……」


 どうやらアル自身にも不可思議な感情が分からないらしい。だが、それが理解できた者達が居た。リオとイミナだ。


「……貴方は……」

「そうか……君は……」


 いたましげに、二人は涙が止まらないアルを見る。そのアルは、旗の由来を続けていた。


「死なない、生きて帰るんじゃない……誰も死なせない……仲間と……全員で生きて帰るという意思表示じゃない……全員を生きて帰らせるという意思表示……」


 アルは語りながら、二つの背を見る。蒼い髪と紅い髪。何時も笑いながら殴り合い、笑いながらふざけあって、笑いながら語らい合う。どこにでも居る二人の青年。その二人が、自分にとっての憧れであり誇りだった。蒼い髪の青年は生命の恩人でもある。その彼らと、同じ旗の許で戦った。それが、自分の誇りだった。


『……』


 生きているのか、死んでいるのか。もうわからない程に戦った。敵の先遣隊を仲間達と食い止めて、ようやくやってきた本隊と共に敵の本隊を食い止めて、遂には敵の総大将を前にしていた。到底不可能な事を成し遂げた。


『何故……こんな事をした。貴方はこんな事をする人物では無いはずだ』

『……こうするしか、無かったのだ』


 ああ、そうだ。この偉大な男は追い詰められていた。己の国を、民を守る為。餓えた民を食べさせる為。他国に侵略するしかなかった。だから、敵も必死だった。そしてだから、自分達も必死だった。これは、生存競争だった。


『……』


 ああ、貴方はそう言うのだろう。アルには本当にボロボロになった蒼い髪の男の背を見ながら、そう思う。


『……帰ると良い。ここで拳を下ろせば……また別の落とし所もあるだろう』


 ああ、馬鹿だ。何故ここで貴方は敵を守ろうとするんだ。貴方はもう敵だらけだ。国内にさえ貴方を疎む者は山程居るのに。だがそれでも、彼はこの偉大な男が守る物を守ろうとした。

 その結末も覚悟して。その眠りが最期になると覚悟して。愛する者の涙も覚悟して。そしてだから、彼は最後に刃を抜いた。


『……』

『……何故』


 何故死なせてくれないのだ。偉大な王が、血を吐く様な声音で問いかける。彼は勝っても負けてもどちらの場合でも民を守る方法を考えていた。だから、ここに攻め込んだ。

 蒼と紅の守る国に攻め込めば、少なくとも生き残った民だけは助かる。非道はされない。彼らは英雄だ。絶対に民草を守ってくれる。それを理解すればこそ、だ。負けたら、自分の首を差し出すつもりだった。だが、それをさせなかった。


『……国を壊せば、そこで血が流れる。民が苦しむ……貴方という頭が必要だ……』

『それにまぁ……な。頭失って山賊にでもなられた方がめんどくさい。流石に今からそれの対策を考えるのは……ちょっと』

『ああ、ちょっと、な……』

『『流石に疲れた……』』


 紅い髪と蒼い髪の二つが弱々しく笑いながら肩を預け合う。もうぼろぼろという言葉では足りないぐらいに、二人はボロボロだ。おそらく、二人だけで数千から数万の敵を斬っただろう。間違いなく、個人で倒せる敵の数としては尋常ではない領域だ。だが、それ故に二人ももう限界だった。


『……』


 ああ、貴方にまた逢いたい。何時も馬鹿な事をしている貴方に。また、貴方達と共に戦いたい。貴方達と共に笑い合いたい。


『……おかえりなさい……』


 言いたい言葉があった。言えなかった言葉があった。言って欲しいと願っている『誰か』が居る。


「……ああ、言いたい言葉が、あったんだ……」

「「っ」」


 リオとイミナの二人は、唐突なアルの言葉に思わず顔を歪めた。その顔はアルの少し楽しげな顔に対して泣きそうで、その悲劇を知っていればこその顔だった。


「……何時か……何時か……彼に会いたいな……そして、言うんだ……皆で……大遅刻だぞ、って……」

「……会えると思います……彼はどれだけの時間が掛かっても、帰ってきたのだから……だから、必ず」


 言うべきではない。リオはそうわかっていながらも、アルの中に眠った『彼』へとそう告げねばならなかった。彼らの得た無念。苦しみ。それを知るのなら、その後を知る者として安らぎを与えねばならなかったのだ。


「そっか……良かった……」


 アルでありアルではない誰かが、リオの言葉に安堵を滲ませる。そうして、アルの中の『誰か』はそのまま安らかな眠りに就いたのだった。

 お読み頂きありがとうございました。遂に、アルの過去世が顔を見せました。

 次回予告:第1330話『彼らの願い』

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