第1323話 崖下の遺跡
エルーシャ達が見付けたという崖の下にある遺跡。そこの調査の為に冒険部を含めた三つのギルドの合同部隊がその崖へと拠点を築いていた。その拠点の設営作業をギルドメンバー達に任せたカイトは、エルーシャ、リオの両ギルドマスターと共に先んじて崖の下に降りていた。
「……こういう時には、お前が便利だと思う」
「今日も今日とてふわふわと浮かんでおります」
「オレも全自動で飛びたいよ」
相変わらずといえば相変わらず羽根で浮かぶユリィを見ながら、カイトはため息を吐いた。そんな彼を見て、ユリィが突っ込んだ。
「じゃあ、飛べば良いじゃん」
「そういうこっちゃない。オレも羽根欲しい」
「無いものは無い。人間に翼は無いんだよ」
「な、なんかそうなんだけど夢の無いってか……」
「でもそうだしー」
カイトの横をふわふわ浮かびながら、ユリィは先程とは一転打って変わって呑気な口調で告げる。とはいえ、実はカイトにも羽根はある。地球で縁を得た少女から受け取った力を使って黒白の翼を展開する事は出来るので、実はそれを使えば自在に飛べるのであった。
が、これは彼の切り札の一つなので滅多に使わないし、そんな楽をする為に使えば下手をすると向こうがやってきてぶん殴られるのでやらないのであった。
「で、そろそろかー!」
「もうちょっと下の方!」
カイトの問いかけに崖下りを先導するエルーシャが声を上げる。崖の深さはおよそ100メートル程度。そこまで深いわけではない。わけではないが、一般人なら落ちれば確定で死ぬ深さではあった。
そしてもちろん、冒険者とて受け身が取れなければ痛いでは済まない。なので安全を考慮して幾度か足場を経由して下りていた。というわけで一分ほどで幾つかの足場を経由した後、一同はエルーシャが見付けた入り口へとたどり着いていた。
「これは……確かに人工物だ」
「でしょう? 元々ここら一帯は未開発だったから、それで発見が遅れたのだと思うわ」
「ふむ……」
カイトはエルーシャが示した崖の壁から僅かに見える亀裂から、遺跡の中を覗き込む。中は暗くて何も見えないので、ユリィと頷きあって光源を生み出してもらった。そうして見えた僅かな外壁等から、カイトは一つ頷いた。
「……確かに、これはマルス帝国時代の遺跡に似ているな……ホタル。聞こえるか?」
『はい、マスター』
カイトは耳に取り付けたヘッドセットを介してホタルへと問いかけると、ホタルが即座に応じてくれた。彼女は今回の調査の為にティナが開発した工作用の削岩機等の調整を行っていて、まだ飛空艇の中の筈だった。
「調整はどの程度終わった?」
『全体の七割程度は終了しています。最後のシステムチェックをマザーが行っている所』
「そうか。なら、こっちに来れるか? 遺跡の入り口の前に居る。お前の推測を聞きたい」
『了解』
「頼む……崖の下だ。必要は無いとは思うが、万が一の為の飛行用のバーニア・ユニットを忘れるな」
『了解』
カイトの指示を受けて、ホタル――どうやらティナが飽きたのかやはりマザー呼びで統一されたらしい――が早速準備に入る。そうして、五分後。ホタルが崖下にやってきた。
「マスター」
「ああ、来たな……頼めるか?」
「了解」
ホタルはカイトの求めを受けて、崩落した崖の壁の中に探査ツールを突っ込んで起動させる。
「……何だ、そりゃ」
「マザーが新開発したドローンです。電気ショック等の武装も整えているので、これを使う様に、と。他、材質の調査も可能な様にしているとの事です。その分若干の大型化と」
「……ちょっと好き放題させすぎたな。後でいっぺんシメとこ」
基本ティナには好き勝手に開発をさせるわけであるが、それでも幾ら何でもやりすぎの領域に到達しそうだった。ドローンはそもそも地球の技術があって初めて開発出来る物だ。それを進化させまくっているらしいが、それ故にどこかで一度歯止めをかけないとやりたい放題どこまでもやるのが彼女だ。曲がりなりにも正体を隠している以上、そろそろ一度止めておかないと冒険部が保有出来る領域を超えかねなかった。と、そんなドローンの操作を行うホタルに、エルーシャが興味を持った。
「その子が例のゴーレム?」
「ああ……見事なもんだろう?」
「見事というか……」
「女の子にしか見えません」
エルーシャの視線を受けたリオも驚いた様子で明言する。どこからどう見ても生身の女の子にしか見えない。二人の顔が何よりもそれを明らかにしていた。
「それだけ、マルス帝国はすごかったんだろうさ……で、ホタル。どうだ?」
「材質、構造等からおよそ8割の可能性でマルス帝国時代の遺跡と推測されます」
「確定にはどれだけの時間が必要だ?」
「マルス帝国か否か、だけなら本日中にでも」
「なら、頼む」
「了解。ドローンはそのまま設置しておきます」
カイトの指示にホタルは応諾を示すと、そのままドローンでの調査を続行させておく。なお、後にティナを問い詰めてわかった事だが、どうやらこのドローンは自動操縦機能も備えていたらしい。本当にやりたい放題やっていた様子だった。
「良し。では、そっちは任せる」
「了解」
「おし……こっちの調査はこの子にまかせて、上に戻ろう」
「良いの?」
帰還を促したカイトへと、エルーシャが問いかける。まぁ、見た目女の子を一人残していこうというのだ。その疑問や懸念はある種、同じ女の子だからこそ妥当な物だったのだろう。が、これに明言をしたのは他ならぬホタルだった。
「私の実力はあなた方で言い表わせば、ランクSクラスの実力があります。更に言えばこの遺跡よりも遥かに高度な目的の為に製造された躯体をベースとしており、この遺跡のゴーレムが何千体相手になろうと負ける事はありえません」
「そ、そう……?」
「言っただろ? ユリシア様の……いや、お前じゃないから。ドヤるな」
「えー」
カイトのツッコミにユリィが口を尖らせる。なお、事実であるが単なる冗談としてやっているだけだし、そもそもこんな所にユリィが居るわけがないという先入観がある。なのでエルーシャも気付いた様子は一切無かった。というより、そんな事はあり得ないだろう、と思わせる為に敢えてやっている。
「ま、そんな感じでユリシア様のお力があって初めて鹵獲出来た物だ。敢えて言えばウチの秘密兵器でも良い。負ける事は無いよ」
「……逆に乗っ取られたりは?」
「ああ、それか。それはもちろん、対策してるよ」
僅かな警戒を滲ませるリオの問いかけに、カイトは笑顔で頷いた。彼らがもし万が一ホタルを鹵獲された場合について気にしていないわけがない。なにせ現在の彼らの敵の一つはマルス帝国よりはるか昔、一度は文明を壊した神の一族だ。対策には念を入れた。
幾つもの魔術的な対策に加えて、最後の防壁としてカイトの隷属もある。しかも、そこに加えてティナが地球で手に入れた技術を使ったちょっとした改良も加えている。万が一を億に一にするぐらいはしていたのであった。
「そうですか。それなら、安心です」
「ああ、そうしてくれ。少なくとも、マルス帝国の逆洗脳は食らわねぇよ」
リオの言葉にカイトは改めて明言を行う。そうして、彼らはホタルに後を任せて一度拠点へと戻る事にするのだった。
さて、戻ったカイト達だが、流石にその日はまだ調査に乗り出すつもりはない。今日は準備日。実際に入り口までどう乗り込むか、どの程度の期間を見込み、班分けはどうするか等を話し合う為に費やす事になっていた。というわけで、各ギルドの上層部を集めて会議が持たれていた。
「そうか。では、まだ少し時間が必要か」
「ああ。ユスティーナ曰く、今日中には調整するとの事だ」
「崖が近いと言うことで用意しておいたのが正解だったか……」
カイトは瞬からの報告を聞きながら、安堵の吐息を漏らす。上層部を集めたわけだが、この場にはティナは居なかった。というのも、彼女は調査の為に必要な機材の調整に手間取っていたらしい。
崖にあるとは聞いていたが、崖の中途に入り口があるとまでは把握していなかった。なので十分なスペースの確保は可能だろうと思っていたが、それが出来ないので急遽それに対応する為の対策を打っていたというわけであった。
「フロートを作るとの事だ。とはいえ、機材は持ち込んでいたのでそう時間は掛からないだろう、と言うことだそうだ」
「ああ、妥当な対策だろう。それについてはあいつに任せておいたら大丈夫だ」
「そうか……それで、そっちはどうだ?」
「こっちも問題ないよ」
瞬の提起を受けて、アルが頷いた。こちらは主に陣地の設営を行ってくれていた。ここらは軍で経験があるアルとルーファウスの二人がやるのが正しいだろうし、エルーシャ達もそう判断して主に二人に主導して貰っていた。他にもやはり軍属という事でイミナの所にも手を借りていた。
「じゃあ、明日には全員準備が整うか……良し。ウチはこれで大丈夫だ。そっちは?」
「私達はなんとか策定出来たよ。外はそっちのオペレーターに任せて良いのよね?」
「ええ、大丈夫。伊達に年上じゃあないから、任せて良いわ」
エルーシャの問いかけに灯里――冒険部技術班のトップなので出席していた――がしっかりと請け負った。なお、彼女も流石に対外的な場なので真面目な顔をしている。
「良し……じゃあ、これが班分け。一応、これでなんとかなる……と思うわね。もし別れる場合はこれに従う様にしましょう……にしても、まさかあのルーファウス・ヴァイスリッターまで居るなんてね」
「教皇猊下からのご命令により、彼らに協力させて頂いている」
エルーシャと共に班分けに協力していたルーファウスが小さく頭を下げる。今回、上層部からはティナを筆頭に瞬、アル、ルーファウスの四名が参加していた。
ルーファウスが入っていたのは教国にはマルス帝国時代の中央研究所があるからだ。当然だがルーファウスは何度かそこに立ち入っていて、何かわかる事があるかもしれないという判断だった。
「わかった。じゃあ、基本はそれで行こう」
『我々の所はイミナが遺跡の探索に慣れている。もし別れる場合は彼女に補佐を頼んでくれ』
「我が家は古い家でな。祖先の由来を調べると必然、遺跡に近い所に行く事になる。なので、比較的慣れていてな」
リオ――流石にここでは大鎧を着込んでいた――の言葉を受けたイミナがそう言って頷いた。と、それを聞いて、ふとエルーシャが興味を持った。
「そうなの? そう言えばイミナさんの家名って聞いた事なかったけど……」
「む?」
エルーシャの問いかけにイミナが少しだけ驚いた様な顔をする。そう言えばフルネームを語っていなかったと思ったらしい。と、そこに唐突にリオが口を挟んだ。
『……語る必要はない。我らの名は理由があって隠している。そちらとて私の家名が偽名であろう事は気付いているはずだ』
リオはイミナが何かを言うより前に、そう告げる。元々彼女らの名が偽名だろう事はわかっている。が、どういうわけかリオはイミナの家名の方をどうやら重要視していたらしい。それで、イミナも語ろうとしていた口を閉ざした。
「……まぁ、そこらは置いておいてくれ。面倒な事になるからな」
「? まぁ、良いけど……とりあえず、じゃあ別れた場合は任せて?」
「良い。それは請け負った」
どういうわけか家名をはぐらかしたリオとイミナであるが、エルーシャのこの問いかけにははっきりと頷いた。何より冒険者の過去は聞かれない限りは詮索しないのがルールだ。語らないのなら、無視するべきだろう。
「良し……それじゃあ、実際に明日から行動開始で良いな」
そんなエルーシャとイミナを見てカイトが号令を下す。ここらは総指揮を任されている立場として、という事だろう。そうして、カイト達は明日に備えて休みを取る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1324話『古い遺跡』




