第1320話 疑念
エルーシャ達が見付けたマルス帝国時代の遺跡を調査する為、更にリオ率いる<<ミステリオン騎士団>>を加える事になったカイト達一同。リオの興味もあって彼女を仲間にする事に成功すると、カイトはそこでエルーシャと準備に取り掛かる事にしたリオと別れて一人冒険部のギルドホームへと戻ってきていた。と、そうして戻ってきたわけなのだが、机の上には一通の手紙が置いてあった。
「うん? 椿、この手紙は?」
「ヴィクトル商会の方が来られまして、ご主人様宛にこれを、と」
「身元は……逐一問う必要はないか」
「はい。何時もの秘書様です」
椿はカイトの問いかけに来たのがオカリナだったと言うわけだ。であれば、この手紙は何時も通りサリアからの手紙というわけだろう。内容はどちらかしかない。相変わらずカイトを茶化す様な手紙か、重要な情報があるのでこちらに来い、という内容だ。そして今回は、後者だった。
「……来い、ね」
「どうされますか?」
「行くしかないだろ。それに現状、この有様だしな」
カイトはがらんどうの執務室を指し示して、肩を竦める。今回の調査任務は急な事もあり、上層部が大慌てで準備に奔走していた。残留の面子も残留の面子でもちろん抜ける面子の穴を埋める為に代打を探す必要がある。なのでギルドホーム内に居ても、ここには居なかったわけだ。
「どうやら、よほど重要な情報を手に入れたようだな。手短に来いとのみあるということは、内容を匂わす事もしない事にしたというわけだ」
「……かしこまりました。留守の間はお任せ下さい」
「頼む。そう時間は掛らないだろう」
カイトは椿の受諾を背に、再び立ち上がる。幸いな事に今は誰もが忙しい。カイトが居なくても不思議は無い。そうして、彼は一度ヴィクトル商会の本社へと向かう事にするのだった。
ヴィクトル商会本社ビル。それは多種多様な商会の存在するマクダウェル領マクスウェルにおいて最大の大きさを持つ建物だ。その大きさたるや、日本の高層ビルと遜色ない。
そして世界最大の多国籍企業にあやかったからか、その一帯は同じようにビル群でうめつくされていた。と言うわけで、カイトは北町の一角にある所謂オフィス街にやって来た。
「相変わらずオレが浮いてるってのがおかしいだろ」
一応、ここはカイトの治める領地のしかも謂わば首都である。だのに何故かその領主が浮いているという不思議な現象が出来上がっていた。とはいえ、それもまぁ仕方がない。
「いつも思うんだが、オレは何時日本に帰ったんだろう……いや、ここらイギリスかイタリアかフランスか?」
カイトは街行く人々を見ながら、そんな益体も無い事を呟いた。世界が変わっても企業戦士達の衣服は変わらない。あえて言うまでも無いが、エネフィアにとてスーツは存在する。オシャレスーツも勿論だ。
と言うわけで、一帯にはスーツ姿の人々が行き交っていた。それは当然、白のロングコートに黒の上下と言う彼が浮くはずである。
「はぁ……行こ」
明らかに冒険者な自分へ向けられるジロジロと観察する無数の視線に耐えながら、カイトはヴィクトル商会本社ビルを目指して歩いていく。そうしてたどり着いたヴィクトル商会本社ビルでもやはり視線は絶えない。
いや、逆に世界最大の多国籍企業の本社ビルに冒険者だ。幸い言い含められている警備員達は視線を向けることはなかったが、何も知らない社員達は訝しみ視線を向けていた。そしてカイトはそれを無視して、受付で待っていた一人のメイドと合流する。
「お待ちしておりました。会長がお待ちです」
「ああ、今日はカナリアか。秘書室は相変わらず忙しそうだな」
「おかげさまで、と」
カナリアと呼ばれたメイドがカイトの言葉に頭を下げる。以前に会ったオカリナとはまた別の秘書だった。当たり前だがサリアほどの人物の秘書が一人であるはずがない。秘書室と言っている様に複数存在していた。勿論、二人以外にもまだまだ居た。そうして、彼女に案内されてエレベーターに乗って少し。カイトはサリアの執務室に通された。
「来ましたわね」
「わざわざ呼び出すって事は余程と考えて良いんだろうな? それとも寂しかったか?」
「あら……それで呼び出しても良いんですの?」
「オレとしちゃ、オッケーとしか言えないな」
カイトは少し楽しげに肩を竦めて見せると、サリアと少しの間じゃれ合いを行う。ここらへん、このやり取りがないと何かが締まらない気がするらしい。そうして僅かなじゃれあいの後、カイトは本題に入った。
「で? 寂しがり屋なサリアさんはなんのご用事だ?」
「リオ・ミステリオさんの事ですわ」
「耳が早すぎないか?」
「あら……なんのことでしょう。とはいえ、私共ですので、この程度は見くびらないでくださいませ。何より、この地はダーリンの本拠地であると同時に私の本拠地でもあるんですのよ」
「わーってるよ……それで?」
サリアの楽しげな苦言に、カイトが先を促した。それにサリアは一つの調査報告書カイトへと手渡した。
「随分と時間が掛かったじゃねぇか。さっきの自信はどこへ行った?」
「見れば、分かりますわよ」
「ふむ……じゃあ、そうさせてもらおう」
カイトはサリアの言葉受けて、会話を切り上げて報告書を精査し始める。しかし、すぐにその顔は驚きに包まれる事になった。
「おいおい……どうした? 情報屋ギルドが諸手を挙げて降参する程の相手か?」
「程の相手ではございませんわね……ですが、事実は事実。認めるしかありませんわ……我々情報屋でも彼女らの来歴は分かりませんでしたの」
カイトの冗談めかしつつも驚きある問いかけに、サリアは諸手を挙げて降参を示す。さて、もう何が書かれていたかは分かるだろう。結論は、一つ。分からない、である。情報屋ギルドが総力を上げてリオ達の来歴を調べた結果、分からないことがわかったと言う非常にお粗末な始末だった。
「どんな大国と古株共が絡めばお前らの情報網に引っかからないなんて事が起こるんだよ。オレだって無理だぞ」
「逆ですわね」
「逆?」
カイトの苦言にサリアがため息を吐いた。これが尚更、彼女らを困惑させていた。そうして告げられた言葉で、カイトははたと気付いた。
「そうか、逆なのか……」
「ご理解頂けた様子ですわね。私、これでもダーリンのお陰で情報の価値はこの世で一番理解していると思っておりますの。それ故に雑多な情報でも少しでも有益であると判断すれば買い取りますわ……そして、組織に腐敗が出来るのは世の常。売れると見て売る輩は必ずどこの国にもおりますの」
サリアは彼女らにとっては当たり前の事を改めてカイトに説いた。勿論、これはカイトも知っている。公爵家の末端にも数人居る事も掴んでいて、敢えて泳がせている。
勿論、それはマクダウェルだけではなく皇国や果ては教国だって一緒だ。が、それ故にこそ情報は必ずどこかから漏れる。それが組織というものだ。裏ならすでにカイトが帰還している、という情報とてまことしやかに流れているぐらいだ。公爵家でこれなのだから他では何をか言わんや、である。
「当然ですが、どこかのご令嬢の事やその兄君の行方不明なぞ我々が掴まない筈がない。そして掴めない筈もない……が、掴めないのであれば、それはどこかの組織に属していないという事に相成りませんわね」
「だが、それはあり得ん。あの所作は明らかに生まれてからずっと高貴なる者となる様に育てられて性根に染み付いた領域だ。真似事や傍流でなぞありえん。直系……世継ぎでなくとも確実に本家の正妻の筋だ」
サリアの明言に、カイトははっきりと明言を返す。勿論、これはサリア達も気付いている。矛盾した二つの事実。それが情報屋達をして惑わせた。
ことここに至って、彼らも採算性を度外視にして動いた。情報屋が痕跡さえ掴めないというのは、はっきりと言えば彼らの沽券に関わる。しかも明らかなヒント――所作や容姿――まであるのだ。こうなれば採算性を度外視してでも、何らかの情報――正体とまではいかなくともそれに近い手がかり――を手に入れるしかなかった。
「わかってますわ。ただ、掴めている彼女らの来歴から推測すればそうなるというだけですわね」
「……唐突に現れた、ね」
カイトは再度、調査報告書に視線を落とす。彼女らが情報屋の情報網に引っかかったのは、今から一年ほど前の事だ。とある村が魔物の集団に襲われたことがあったらしい。エネフィアでは珍しくもない事だ。そこに、ふらりと現れたのが彼女らだ。
彼女らは瞬く間に魔物の群れを殲滅すると、しばらくその村に留まったとの事だ。その時にはすでに兄を探しているという事を述べていたそうだ。が、この時はまだリオは大鎧を着込んでいなかったらしい。
そうして少しの滞在で彼女らは村の人達から信頼を得て、その村のユニオン支部で冒険者として登録したとの事である。ここからは、サリア達が詳細に調べていた。怪しいところは何もない。普通の冒険者と一緒だ。ランクSに匹敵する程に並外れて強い事と、この村に現れるより前が一切ない事を除けば、だ。
「この数ヶ月、彼女らの付近に大量の密偵を放ちました。腕利き等ではありませんわ。超級の腕利きです。彼女の力量を考えて、それこそあの方に支援さえ申し出た程ですわ」
「あの方?」
「お姉さまのお姉さま、と言えばおわかりくださいますか?」
「お姉さまのお姉さま?……アルミナさんか!?」
サリアからの情報にカイトは思わず目を見開いた。これは情報屋がリオ達の情報を手に入れられなかった事並の驚きだったが、同時にこちらは納得も出来た。彼女は本当にこの世界有数の暗殺者だ。カイトをして、彼女なら自分の暗殺も出来るだろうと言わしめる程の腕前である。
その彼女がもしマクスウェルに来ていたとしても、カイトはおそらく気付く事さえ出来なかっただろう。そして現に気付けなかった。おそらくカイトの側にも何度か来ていただろうにも関わらず、だ。そしてそうなると、もうカイトとしてもこの結論が出たのが道理と理解した。
「あの人で無理だと……? どんな領域の隠蔽だ……」
格の違う暗殺者が忍び込んで情報を入手出来なかったのを受けて、カイトは思わずリオ達の背後関係に背筋を凍らせる。下手をしなくても情報分野に関しては自分達よりその背後は格上だ。
が、カイト達の時点でぶっ飛んでいる。それを更にぶっ飛ぶとなると、カイトにも想像が出来なかった。そんなカイトであるが、しかしやはりカイトをも暗殺出来ると言わしめる人物もまた格が違った。
「とはいえ……彼女が一つの情報を持ってこられました」
「……聞かせてくれ」
「<<白桃の姫巫女>>と<<聖なる七星>>」
「<<白桃の姫巫女>>と<<聖なる七星>>?」
「ええ……リオさんの事をイミナさんは数度、<<白桃の姫巫女>>と呼んで、あの大剣の事を二人は<<聖なる七星>>の一振りとおっしゃっていたそうですわ。もちろん、周囲に人が居ない中での事でありますが」
サリアはアルミナという女性を通じて得た情報をカイトへと伝え、それにカイトは一度目を閉じて少しだけ考えてみる。
「姫巫女というのだから、リオは巫女ということか……巫女……ということは何かに仕えている? いや、これは妥当か。彼女は神官の系譜に連なる者。剣技というより剣舞に近い……白桃……は、髪色を指しての言葉か……七星……つまり、あれと同じ系統に属する物があと6つ存在するということか? あれはその神器の一つというわけか? いや、だが……あれは確かに神気はあったが、神器ではない……」
カイトは一度刃を交えた経験から、リオの持つ武器についてを僅かに理解していた。そしてこのエネフィアでは数多の縁を得た彼だ。単に来歴から親しいのがシャムロック達だというだけで、その他の神界にも縁はある。故にもし神器であれば、彼にはわかったはずだ。
何より彼の身体には神器が埋め込まれている。相手がどんな神器であっても、共鳴し合うはずだ。それがわからない時点で、これは神器ではないと断言しても良いだろう。
だが、神に由来する品である事もまた事実。おそらく神域で鍛えられた武器の可能性は十分にあった。あったが、封じられている所為かよくわからなかった。
「……考えても意味はなさそうか」
「どうするおつもりですの?」
「わかってるだろ?」
カイトはサリアの笑顔での問いかけに笑ってそう問い返す。結局、考えた所で答えは出ない。そもそもヒントを得ようとして出た答えがわからない、だ。もうこうなっては手の打ちようが無い。
「幸い仕事だ。ちょっとは話せる機会もあるだろう……しゃーない。まぁ、邪神の系列じゃあない事は確かだ。それを考えれば、真っ向勝負も悪くはないだろう」
「お頑張りを。ただ、警戒は忘れずに」
「わかってる」
サリアの激励を背に、カイトは立ち上がる。そうして、彼はリオの謎を手にして、遺跡の調査任務の準備を進める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1321話『準備中』




