第1318話 同盟者達
リルの研究室の開設から数日。ティナ達が世界の深淵を覗いたという事があっても、世界はそんな事も関係なく動いていた。そして勿論、カイト達も平常運転に戻っていた。
というわけで、何時ものことと言えば何時ものことであるが冒険部には客がやってきていた。が、その客を見てカイトは僅かに片眉を上げて、笑みを浮かべた。
「これは珍しい客が来たもんだ。客と言うから誰だと思ったんだがな」
「お久しぶりー」
カイトの所にやってきたのはエルーシャだ。一応下には彼女のギルドのメンバーも来ているらしいが、そんな大人数で押しかけるわけもいかないだろう、と判断したらしく彼女が一人で来ていたというわけであった。というわけで、同業者と言えども同盟者。味方というわけだ。気を張らずに会って良い相手と言えた。
「椿。お茶を頼む」
「かしこまりました」
「ちょっと待ってくれ。本題に入る前に茶を用意させる……ランは?」
「ランは残って書類とかやってるわ」
とりあえず客用の椅子に腰掛けたエルーシャは笑いながらランの現状を告げる。どうやら、今回は純粋な仕事として来ていたというわけなのだろう。とはいえ、彼女が来たということは一つわかっている事もあるのだが、それは今はまだ口に出す必要もないとカイトも口にしなかった。
「そうか。そっち、どうだ?」
「色々とあったかなー……あ、変わった事と言えばお師匠様にあったぐらいかな」
「ああ、拳闘王か……元気にされていたか?」
「それはもう」
カイトの問いかけにエルーシャは笑う。まぁ、アイゼンが元気なのはカイトとしても知っている。なにせクオンが時折こっちに来て――表向きは顔なじみのフロドとソレイユと会う為――は色々とちょっかいを出してくるのだ。知らないはずがなかった。
「そうか……こっちは同じ街でも格が違うからな。流石にそんな安々会える相手でもない。が、オレが言うのも杞憂か」
「どうなんだか……ととと、ありがと」
カイトの言葉に肩を竦めるエルーシャはその横合いから差し出されたお茶に一つ頭を下げる。そうして紅茶を一口口にするその姿は確かに、どこかのお嬢様の風格があった。
やはり三つ子の魂百までも、とは言うがその通りなのだろう。染み付いた所作がなくなる様子はなかった。そうして二人が一口紅茶を口にした所で、カイトは本題に入った。
「で、どうした? わざわざギルドマスターが直々に来るぐらいだ。何か理由があっての事だろう?」
「そう。そうなの……実はお師匠様に会いに行ったのもそれが理由でさー。こっちに持ち込んだら良いってアドバイスを受けたの」
「……」
カイトはため息混じりのエルーシャの話を聞きながら、面倒事を丸投げしやがったな、と内心で悪態をついていた。とはいえ、実はそういうことでも無かったのを、この時カイトはまだ知らなかった。
「実は依頼の最中で未発見の遺跡が見つかったの。で、どうするべきか考えてランに相談したんだけど……そうしたらランはお師匠様に相談してクズハ様に奏上するのが一番良いって判断になって」
「ああ、そう言うことか。なるほど、それで……」
アイゼンがこちらに投げた理由を把握して、カイトはなるほど、と頷いた。それなら確かにアイゼンがこちらに投げたのも納得出来る。遺跡調査はカイト達が目的とする所だからだ。
これがカイト達が探し求める先史文明の遺跡かどうかはわからないが、少なくとも遺跡調査とあらばカイト達に相談して、というのは筋が通る。そこにクズハを通すか通さないか、の差でしかない。アイゼンは面倒だしカイトに丸投げしてしまおう、という事だったのだろう。表向きはカイトは公爵家と繋がっている。であれば、逆にカイトから報告という風にもしてしまえた。
「で、お師匠様いわく、カイトに投げておけば後は全部任せられるだろう、って。ついでに協力させてもらって利益も得ておけ、って」
「あ、あの野郎……」
隠すことをしなかったエルーシャの言葉にカイトは思わずたたらを踏む。まぁ、こういう性格だからアイゼンもカイトに持ち込む様に言ったのだろう。
こうしておけばカイトもエルーシャ達の方に利益を供与すべく動く。それはどうしてもやらねばならない事だ。カイトに持ち込んだ事でエルーシャ達も冒険部と共同で調査する事になるだろうが、カイト達の方は金銭よりも知識の方を優先している。利益はそこまで被らない。というわけで、エルーシャは持ってきていたカバンから一つの封筒を取り出した。
「それは?」
「調査報告書。流石に私も口だけで信じて貰えると思うほど、甘くないわよ」
「そりゃそうだ。それはともかくとしてだ……わかった。クズハ様にはこちらから奏上しておこう」
「お願いね。あ、それはランがまとめた物だから、安心してよ」
封筒をカイトに手渡したエルーシャは一応の所を言い含めておく。そうして少し冗談めかして告げられた言葉に、カイトも冗談で返した。
「そりゃ一安心」
「どういう意味かしら?」
「自分で言ったんじゃろうが」
「あっはははは! 冗談よ、じょーだん……さて、そう言ってもすぐに動け、と言っても無理でしょ?」
「ああ、流石にな。当然だが向こうだって予定があるだろうしな」
カイトとのじゃれ合いを一度終わらせたエルーシャは当たり前といえば当たり前の事を聞いておく。それは当たり前だったので、カイトとしても返答は同意というだけだ。
「数日、この街に留まってるわ。ちょっと他にも色々とあってね。詳細がその間に決まったら連絡頂戴ねー」
「あいよ」
立ち上がって背中越しに手を振るエルーシャにカイトは頷いて手を振って送り出す。今回は同じ同盟の身内としてやってきている。そしてかたっ苦しい会合等ではない。なので門前までのお見送りは無しで良かった。そうしてエルーシャからの依頼を受けたカイトは即座に立ち上がる。
「椿。流石に未発見の遺跡が見つかったとなっては即座に連絡を入れるのが筋だろう。公爵邸に出掛けてくる。少しの間、対応は任せた」
「かしこまりました」
カイトの指示に椿が頭を下げる。そうして、カイトは一路今回の一件の対処を決める為、公爵邸にある自分の執務室に向かう事にするのだった。
さて、公爵邸の自分の執務室に入ったカイトはまずティナを呼び出すと、彼女と共に遺跡の情報について書かれていた調査報告書を精査していた。
「ふむ……なるほど。わかったぞ」
「おう……結局、どの年代っぽそうだ?」
「うむ。まず先史文明ではないな」
カイトの問いかけにティナははっきりと明言する。そもそも現段階で先史文明の遺跡の内、一般に隠されていない研究所の遺跡についてはレガドからの情報提供でマクダウェル家が把握する所だ。なのでこれがそうではない事は早々にわかっていた。
そしてそれ故、この明言についてはカイトもさほど驚く事がなかった。もしこれが先史文明の遺跡であれば、彼女が早々にそう結論付けていただろうからだ。少し時間が掛かっていた時点でそうではない事が逆説的に証明されるからだ。
「で、次……エルーシャ達が交戦したというゴーレムの破片の映像が資料に添付されておった。これが決定付けた」
「ふむ……見せてくれ」
「うむ。これじゃ」
ティナはカイトの求めに応じて、彼へとエルーシャ達が持ってきた調査報告書の中に添付されていた写真を提示する。それに、カイトも見覚えがあった。
「ヒューマノイドタイプ……だが、その見た目は……」
「うむ。かつてホタルを鹵獲した地下研究所。そのゴーレムに似ておる。詳細は余が見ておらぬので何も言えぬが、報告書にある事を考えれば大凡、あれの量産型と言ってもよかろうな」
「量産型の量産型というわけか」
「いや、もしやするとあれが量産型のカスタム機だったのやもしれん」
ティナはカイトの推論に対して、また別の推論を重ねる。ここらは実際にその時代を生きた者ではない彼女らにはわからない事だ。とはいえ、その形状から時代はわかった。
「時代はマルス帝国。その研究所、ないしは重要施設と言ってもよかろう」
「ふむ……重要度はどの程度と見る?」
「ふむ……」
カイトの問いかけにティナは再び調査報告書に視線を落とす。そうして気になる部分を数度精査して、結論を出した。
「中から上……と言いたい所じゃな」
「えらく幅があるな」
「前のホタルの一件がある。まぁ、あれは大凡余らの預かり知れぬ所で何らかの事件があったという不測の事態があったが……うむ。それはさておいてもこれを配置されておるのじゃから、少なくとも重要度はあると見てよかろう」
「そうか……さて、どうすべきかね」
ティナの報告にカイトは少しだけ頭を悩ませる。勿論、エルーシャ達に主導してもらって公爵軍を補佐につける事も考えている。が、同時に冒険部が協力すればそこにはホタルが居るという最大の利点があった。この有益性は計り知れない。
「先に軍が調査してより、今回はお主が行く方が一番良かろう。勿論、以前のホタルの様な事が無い様に今回は余も行こう」
「お前もか?」
「うむ……というより、この系統のゴーレムが動いている所を余も見たくてのう」
「ホタルで十分じゃねぇかよ」
「あの子は規格が違いすぎて話にならん。あの子の規格で量産はまず無理じゃ」
笑うカイトの言葉に対して、ティナはそう言って口を尖らせる。勿論、前の時にカイトがホタルと共に持ち帰った特型ゴーレムも彼女がじっくり解析して公爵家主導で行うゴーレム開発に活かされている。とはいえ、それとこれとは話が別だ。あれよりも下のマルス帝国時代のゴーレムを知りたいのは知りたいのだろう。
「ふむ……面倒事にならなければ良いがな」
「ま、そこばかりは行ってみねばわからんよ。が、行く価値はあろう。冒険部の目的としては些か合致はせぬが、必然としてマルス帝国とて先史文明の遺跡については調査しておろう。その情報が手に入る可能性もある」
「それ言っちまえば何でも通るだろ」
「ま、そうじゃがな」
カイトのツッコミにティナが僅かな苦笑を浮かべる。まぁ、可能性で論じれば全てをカイト達の手で処理しなければならなくなる。それこそ近くの村でゴブリンが出たという報告さえ、極論してしまえば『死魔将』達が放った魔物という可能性は無くはない。敵の事を全て知り得ない以上、あり得ないとは思えても100%あり得ないとは言い得ないのである。どこかで見切りをつける必要はあった。
「……いっそ素直に言えば?」
「それははしたなかろう」
「ったく……」
笑うティナにカイトは少しだけ肩を震わせる。まぁ、つまりはそう言うことだ。ティナが行きたい、というだけである。であれば、答えもこれで良いだろう。
「わかった。ウチとエルの所を中心としたギルド同盟で事に当たる事にしよう。人数にしても研究班としてもそれで確保出来る。幸い、ウチにはすでに先史文明の遺跡の調査実績がある。そこでもきちんと結果は上げているし、報告書にも問題はない。その練習も兼ねれば、悪い判断でもないだろう。ウチが主導する事にすれば、審査とかも通しやすい」
「それで良いじゃろ」
カイトの結論にティナが一つ頷いた。公爵家としても悪い話ではないのだ。ホタルが居ればその分、隠された何かを見つけ出せる可能性がある。であれば、カイト達が行くのは十分に考えて良い事だろう。そうして、カイト達はエルーシャ達と共に未発見だったマルス帝国時代の遺跡へと赴く事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1319話『お誘い』




