第1315話 深淵を覗く者達
今日から新章スタートです。謎が多かった『もう一人のカイト』に少しだけスポットが当たります。
ソラが神剣<<偉大なる太陽>>を手に入れた翌日。カイト達はそのまま神殿で一夜を明かすと、即座にマクダウェルへと帰還していた。
「おかえり。で、良いものを手に入れたらしいね」
「うっす……これ、なんっすけど……」
ソラはオーアに自分が持つ様にと言われた神剣を手渡した。どうにせよこれはまだ本来の力を発揮出来ない。シャムロックが言っていたが、この神剣は数千年もの間封印の軛として酷使された上、そのまま野ざらしにされていた。それでも強大な力を持つのはさすが神剣としか言い様がないが、ベストの状態からは程遠い。今から長い時間を掛けてソラに合わせた調整をして、鍛え直す必要があった。
「神剣<<偉大なる太陽>>。さすがのウチでも見たこと無い品だね」
「これが……」
『無冠の部隊』技術班の面々は口々にソラが置いた神剣に対して思わず目を見開いていた。ソラとしてはすごい剣ぐらいとしか思えていないわけであるが、彼ら程の技量になるとどうすごいのか、というのがしっかりと分かるらしい。故にソラよりも遥かに驚いていたというわけである。
「素材は……へー……ヒヒイロっぽいけど純粋にヒヒイロってわけでもないな」
「ヒヒイロを使った合金、かな……鍛冶の神が拵えた一品の可能性が高いね。芯材にヒヒイロ……側はオリハルで……いや、刃の部分に薄く……」
どうやら、技術班の面々は早速解析に入ったらしい。というわけで、それを横目にオーアがソラへ告げた。
「ソラ。あんたはしばらく、私が作っておいた予備の剣で戦いな。使い勝手は今までの物と同じだよ。ただ、予備で作った物だからやっぱあんたの力には合わない。同じ轍を踏む事は無い様にだけは気を付けなよ」
「あ、ありがとうございます。それで、調整はどれぐらいで終わりそうですか?」
「ん? ああ、あれの調整?」
ソラの問いかけにオーアは神剣を見ながら首を傾げる。ソラとしては神剣と呼ばれる程の武器なのだから、相当の時間が必要だろうと思っていた。が、実際はそうでもなかったらしい。
「やろうと思えば今週中にも終わらせられるよ。実際、使える程度には今週中にするつもり」
「へ?」
「あのねぇ……ウチ舐めたら怖いよ? これでも世界中のバケモノ級の天災……もとい天才達が集まってんだから、たとえ神剣だろうと一ヶ月もあれば完璧に修理してみせるさ。今回は素材の選定を私が、鍛錬を竜胆と海棠の爺さんが、って分業制やるからちょいと時間は掛かるけどね」
唖然となったソラに対して、オーアは特に隠すでもなくあっけらかんと告げた。実際、彼らは世界各地の英傑達に向けて武器を提供しているヤバい奴らだ。勿論、その中には神器に類する物も普通にある。
となると、神器の修繕に関しては下手をすると神様達よりも慣れているのである。とはいえ、一ヶ月で終わらせるというのは戦時だからやることでもある。なので今回は色々と考えていた。
「ま、そう言ってもそれは勿論、特急でやる場合だ。今はそれはしないよ」
「あ、そうなんっすか?」
「まぁね。さっきの話はあくまでもこの神剣を最高の状態にする、って意味での話さ」
「それで良いんじゃないんっすか?」
オーアの言葉にソラが首を傾げる。最高の状態にしたいのが目的の筈だ。が、それには二つの意味があった。
「違うさ。この神剣を最高の状態にする、ってのは万人に向けての最高の調整って意味さ。誰が使っても100の威力を出せる、って意味だね。ここに専用の調整を加えると、その人以外は90とかしか出せなくなるけどその人の所でなら150の力を出せる様になる。それが専用の調整って奴であり、私らがする事さ。ワンオフだね」
「ああ、そういう……」
オーアの説明にソラが納得する。ソラとて専門の調整をされている武器を使っている。そしてこの神剣を借りている間、やはりどこか使いにくさがあった。それは刃の長さ云々ではなく、敢えて言えば柄の握り具合や装飾等の微妙な違いから来る物だった。
そしてそこの繊細な調整をしてくれているのがオーアであり、桔梗と撫子の二人だった。専用の調整の意味は流石に彼も理解していたのである。とはいえ、今回調整するのは神剣だ。故にか他にも色々と――例えば内蔵されている刻印など――を綿密に調整したいらしい。なので長い年月を掛けてソラに慣らす、との事だった。
「ってわけで、ちょっと時間は掛かる……けどまぁ、それより何より、あんたがこれを使う必要もある。だから長い目で見て、って所かな」
「使う必要っすか?」
「そういうこと。やっぱ神剣程の高位の武器になると、武器そのものに意思がある。何よりあんたはその意思に認められる必要がある。そして認められるには、やっぱり長い時間を掛けて触れ合うしかないのさ」
オーアは神剣というかそういう高位の武器を使った事のないソラに向けて、その心得を語る。ここら、どうしても使った事のないソラにはわからない部分が多い。そしてわからないから、と教えないのは彼ら武器屋にとってすれば怠慢も良い所だ。というわけで、ソラはその後しばらくはオーア達から神剣を使う上での心得を聞く事にするのだった。
さて、その一方。カイトはというと帰還してすぐにマクダウェル領で最も高級なホテルへとやってきていた。
「陛下。お久しぶりです」
「うむ……公よ。色々と忙しかった様子であるが……大丈夫であったか?」
「ええ。マクシミリアン家からご報告は?」
「受けた。お手柄だったな、彼も」
「かと」
皇帝レオンハルトの称賛にカイトも素直に同意しておく。これは勿論、ソラの事だ。当たり前の話であるが、今回の一件はすでにマクダウェル家を通して『木漏れ日の森』を治めるマクシミリアン家と皇国上層部には報告している。そして事の性質から、皇帝レオンハルトにも報告があったのだろう。というわけで、カイトの返答に皇帝レオンハルトが問いかけた。
「で、彼は今?」
「は。彼はシャムロック殿から神剣を授かった為、その調整の為に一度我が隊の鍛冶師達の所へ」
「ほう……神剣をか」
「はい。あの地で起きた一件より、かつてのエルフの英雄より神剣を託されました。そこから、と」
「ふむ……そうか。詳しい話はまた聞かせてもらう事にしよう」
カイトからの簡単な報告に対して、皇帝レオンハルトは一つ頷いた。神剣程の武器を手に入れたのだ。本当なら詳しく聞いておくべき事だろうが、今はそんな場合ではなかった。というのも、これから数時間後にリルの研究所の除幕式とでも言うべき物があったからだ。
すでに他国を含めた各地からリルの弟子達がやってきていて、その多さと彼女らの実績から皇帝レオンハルトも直々に会わねばならない相手も多かったらしい。というわけで、カイトとの会話が終わるか終わらないかの頃合いで、また皇帝レオンハルトの秘書――の一人――が入ってきた。
「陛下。お取り込み中の所、申し訳ありません」
「わかった。すぐに向かう」
秘書の報告に皇帝レオンハルトは若干辟易した様子を見せながらも立ち上がる。そうして、彼は再び謁見の為、部屋を去っていった。その一方、勿論カイトにも予定があった。
というわけで、彼は少し移動してリルの研究所近くにある彼女の為に用意された一軒家にたどり着いた。そこの庭の椅子には、五人の女が居た。その全員、カイトは顔見知りだ。そして勿論、その一人はリルだ。
「ああ、来たわね。おはよう、と言える時間ね」
「リルさん。お久しぶりです。それとおはようございます」
リルの挨拶にカイトは頭を下げる。そうして、馴染みの顔に手を挙げた。こちらも言うまでもなくティナである。どうやら最近は部隊で色々とやる傍ら、大賢者として知られるリルとの間で会合を得て知識を得たり、議論を深めたりしていたらしい。頻繁にこちらに顔を出していたようだ。
「で、ティナ。お前も流石にここに居たか」
「まぁのう……ためになった……そして一つ、答えも得た」
「うん? 何かあったのか?」
「うむ……お主に一つ問うておこうとな」
首を傾げるカイトを、ティナが真剣な目で見据えた。そうして、彼女は今まで長らくしていた事をカイトへと語る。
「……先ほどまでリル殿との間で幾つかの世界の深淵についての議論を行っておった」
「それでそのザマか」
カイトはティナの言葉を受けて、知恵熱を出しているらしくリーシャに看病されているラムとメイを見て笑う。この二人の議論だ。物凄い高度な内容だっただろう。間違いなくカイトは聞きたくない。ソラ達なら素足で逃げ出すだろう。
「で、何故オレだ?」
「お主が専門家じゃからよ」
「ふーん……で?」
「うむ……」
ティナはリルと一つうなずき合い、相変わらずの妖艶な笑みを浮かべるリルが促したのを受けて口を開いた。それでも、ティナはどうしても一度緊張から深呼吸をするのが避けられなかった。
「大精霊の総数……十二で間違いないな?」
「!?」
ティナの指摘にカイトは思わず目を見開いた。決して当てずっぽうに言っている様子はなかった。そうして、リルが口を開いた
「私はこうして弟子を取っている間以外は基本、世界の深淵を覗く事をしているのよ。そこで、私はある時計を見付けた……いえ、ある場所を見付けたと言うべきかしら」
「……」
カイトはリルの言っている事を理解できた。そしてそれ故に、無言を貫くしかなかった。そうしてしばらくの沈黙の後、カイトはある噂を口にした。
「大賢者リルが何故見つからないか。それは異世界に行っているからだ……ですか?」
「あら……今更、しらばっくれるのは止めて欲しいわね。あそこには、確かに貴方が居ただろう形跡があった。いえ、貴方としか言い得ない。まさか残留する魔力の波形が同じ人物がまた別に居るとは、思えないわ」
「……何を見ました?」
「屋敷、というべきかしら。いえ、より正確には野営地の跡、もしくは野営地跡とそれに隣接する様に建設されていた館ね。館の大きさは……」
リルはそう言うと、一度言葉を区切って公爵邸のある方向を見る。そして、はっきりと断言した。
「公爵邸……その大きさとほぼ同じね。ただ、少し増設というか分館の様な物もあったけども……」
「……」
リルの断言に、カイトは黙してしばらくの間沈黙を保つ。そして、深い溜息を吐いた。もう彼女は確定であの場所へ立ち入ったと考えてよかった。であれば、どうやっても否定できない。
「……恐れ入りました。まさか、あの場を見つけ出す人が居たとは」
「あら……封印はされていなかったわね」
「封印すれば、逆に違和感となり外から見つかりやすくなる。敢えて、普通に見えるように偽装しているんです。もちろん、それでも安易に見付けられないし、触れられないようにはしていましたが」
リルの言葉にカイトはそのどこかについてを語る。そしてその返答を聞いて、ティナが問いかけた。
「では、認めると?」
「ああ、認めるよ。この世界の大精霊は八人じゃない。十二人だ……そして、今ならお前にもわかるだろう? 何故、オレがずっと隠していたかも」
「……正直、これほど強大だとは思いもよらんかった。が、それ故にこそお主の言葉には同意するしかあるまいな」
ティナは非常に重い様子で、カイトの言葉にはっきりと頷いた。出来る事なら、彼女も知りたくはなかった。それほどの権能だ。あまりに権能が桁違いすぎる。隠すのも無理はなかった。が、もう知ってしまった。それ故に、問いかけずにはいられなかった。
「……それで、どこなんじゃ。その館というものは」
「……かつて、大馬鹿で大馬鹿で大馬鹿な一人の男が居た。その男が仲間と共に一時的な野営地として使う為に使っていた屋敷だ。元々数百人程度だった……それが最終的に一千人となった結果、あの規模になったというだけだ」
カイトは青空を見上げながら、かつての己の旅路を思い出す。それは『もう一人のカイト』が仲間達と共に使っていた館だった。そこには勿論、『もう一人のカイト』の痕跡が残されている。それも大量に、だ。
実は魔力波形は一人として同じ人物が居ない、という話には例外が付きまとう。それは転生だ。転生者だけは、魔力波形がほぼ同一となる。それを考えた時、特殊な転生を果たしているカイトと『もう一人のカイト』は同一人物と言い得るだけの類似性が存在してしまう。リルが断言したのも、無理がなかった。
「……これ以上は話せない。いや、話してやれるが、ここでは無理だ。あまりにこの話は……わかるだろう?」
「「……」」
リルとティナはカイトの言葉に無言で同意を示した。なにせ最高位の存在と呼ばれる大精霊達より更に上の大精霊達だ。こんな話をまかり間違ってもどこかの街の中で出来るわけがなかった。だから、カイトは招く事にした。
「……研究所の除幕式の後……いや、明日の朝一番。来てくれ。案内しよう……それに、お前はどっちにしろオレが居ないと異世界に渡れないからな」
「では?」
「ああ……そこで、詳しく説明しよう」
カイトはもう隠しておく事は出来ないと判断して、はっきりとティナへと頷いた。そうして、彼らは除幕式に出席すべくリルの研究室へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1316話『世界の深淵』




