第1314話 神剣
カイトとソラがエルネストから託された神剣を返却する為、シャムロックが居るという神域の大神殿にたどり着いてから数時間。大凡日が落ち始めた頃になって、どうやらシャムロック達の会議が終わったらしい。神官がカイト達の下へとやってきていた。
「カイト様。シャムロック様の会議が終わりました。準備が整ったとの事ですので、こちらへ」
「かたじけない。シャムロック殿の休憩は大丈夫か?」
「はい。それより話をお聞きになられますと、先に詳しい話を聞きたい、と」
カイトの問いかけに神官達はこれがシャムロックの意思である事をはっきりと明言する。彼からしても数千年もの間行方知れずだった神剣が唐突に戻ってきたのだ。先に、というのも頷ける。
そして神使となるとシャムロックも勿論把握している。神使となるには神が直々に加護を与えねばならず、神であれば全ての神使を必然把握していたのである。というわけで、カイトは立ち上がった。
「わかった……ソラ、行けるか?」
「おう……えっと、シャーロックさんじゃなくてシャムロックさん、なんだよな?」
「ああ……まぁ、本当は殿や様の方が良いんだろうが……彼がそういう所を気にされる事もない。さらに言えば今更直そうとしても彼が苦笑されるだけか。が、口調には気をつけるようにな」
カイトは僅かな緊張を見せるソラに対して、一応のアドバイスを行っておく。やはりかつて見知った男とはいえ、その正体が神と知った後と前とでは気持ちが違う。こればかりは仕方がない事だっただろう。
「さて……で、シャムロック殿は?」
「シャムロック様は謁見の間でお待ちしております」
カイトとソラを案内しながら、神官がその問いかけに答えた。どうやら今回はソラが一緒であること、神剣を持ってきた事などからそちらになった様子だ。そうして二人が十分程大神殿の中を歩くと、重厚な大理石で出来た扉の前に案内された。
「陛下。お二人をお連れしました」
『入ってくれ』
扉の先からシャムロックの声が響いた。扉の重厚さから見て普通に声が届くとは思えなかったので、なんらかの魔術が使われているのだろう。そうして、そのシャムロックの言葉に合わせてその重厚な扉が開いた。
「来たか。久しいな、カイト」
「お久しぶりです、シャムロック殿。ご無沙汰しておりました」
「ああ……それで君はソラくんだったな。君も随分と久しぶりだ」
シャムロックはカイトと軽い挨拶を交わし合うと、跪いたカイトに気づいて慌てて跪いたソラに向けて笑いかける。前の時はまだ邪神の復活は匂ってさえいない皇都でのことだ。ざっと12ヶ月ぶりぐらいという所だろう。久しぶり、というのは正しく、それ故にソラも緊張気味に頷いた。
「は、はい」
「ははは。まぁ、そんな固くなってくれるなよ。神と言っても所詮は君達とさほど変わらない」
僅かに声が上ずっていたソラに対して、シャムロックはそう言って笑う。と、一頻り笑った後、少しだけ真剣な目で問いかけた。
「それで……エルネストに会ったという事だったが」
「ええ……私の領地の南、かつては『太陽の森』と言われた森にて」
「あそこに? 俺も何度か行った筈なんだが……」
やはり自分の神使の死んだ地だ。折を見ては足を運ぶ事にはしていたらしい。が、シャルがそうであった様に、運悪く覚醒の狭間と狭間だったと言う事なのだろう。もしかしたら、自分達と一緒に邪神の眷属も眠っている事を知っていた二人が苦労は掛けまい、と慮った可能性もある。そこらは、当人にでも聞かないと分からなかった。
「どうやら、誰かが何かの助力をしていたらしいです……詳しいことはソラから」
「そうか……すまないが、あいつの事を教えてくれるか」
「あ、はい!」
ソラはシャムロックの求めを受けて、『木漏れ日の森』で起きた事を語っていく。それに幾つかの質問をシャムロックが行い、それが幾度か繰り返された後、彼は一つ頷いた。
「そうか……まさに天晴れな英雄だった」
おそらく。この言葉はシャムロックにとって絶賛言って良かった。彼は太陽神。その彼が天候に、それも晴天に例えたのだ。それはまさに、彼の神使にとって掛け値なしの絶賛と断じて良かった。
「それで、その時にこれを」
「神剣ソル……随分と懐かしい気がするな」
ソラの差し出した神剣を見て、シャムロックが目をすぼめた。実際には三百年程度。彼らの認識としてなら、瞬きの如くだろう。が、英雄の死という大きな出来事を考えれば、そんな感慨を抱いても無理はなかったのだろう。
「お前も随分と頑張ってくれたな。ボロボロじゃあないか」
ソラから差し出された神剣を受け取って、シャムロックはそう微笑んだ。ソラの目には分からなかったが、シャムロックには神剣が随分とくたびれていた事が理解できた。それ故に、神剣扱う手はどこか優しかった。と、そうしてシャムロックがしばらく、神剣との間で魔力を通い合わせる。
「……そうか。まだ、もうひと頑張りしてくれるか」
シャムロックには何かがわかったらしい。一つ慈愛に満ちた表情で頷いた。そうして、彼はカイトを見た。
「義弟よ。少し、頼まれてほしい」
「なんでしょう」
「この神剣……<<偉大なる太陽>>を鍛え直してやってくれ。数千年の間封印の軛になっていた事で、各所にガタが来ている」
「わかりました。ウチの奴らなら、太陽の名に恥じぬ輝きを取り戻してくれるでしょう」
「頼む」
シャムロックはそう言うと、カイトへと神剣の打ち直しを依頼して頭を下げる。と、そうして自分の役目は終わったと思っていたソラに、唐突に話が向いた。
「ソラくん」
「え、あ、はい。なんですか?」
「武器を失ったのだったな?」
「はい」
ソラはシャムロックの問い掛けのはっきりと頷いた。そもそもそこを語らねば何故彼が神剣を持って来たのかという所にたどり着かない。なので隠してはいなかった。それにシャムロックも一つ頷いて、口を開いた。
「この神剣は君が使うと良い」
「え?」
唐突なシャムロックの言葉に、ソラが思わず目を見開いて顔を上げる。そうして、シャムロックはカイトが見通した通りの結論を語った。
「今この時、カイトと……私の義弟と共に歩く者の手に私の神剣が渡った。これには必ず、意味がある筈だ」
「今この時、ですか?」
「ああ……やはり、何も語っていないか」
シャムロックはソラの驚いた様子で、彼がこの世界の裏で起きている事態を知らないと把握する。とはいえ、別にそれでも問題はない。今までは、だ。
「今、我々がかつて戦った邪神が目覚めんとしている。それとの戦いは近い。一人でも多くの戦士が必要なのだ」
「い、いえいえいえ! それは分かりますけど、流石に恐れ多いです! エルネストさんの足下にも及ばないってのに!」
シャムロックの言葉に、ソラは慌てて拒否を入れる。そんなソラに、シャムロックは頷いた。
「それはそうだろう。君ではやはり、エルネストには遠く及ばない。触れて、わかっただろう? 間違いなく英雄と呼ばれる者には、英雄と呼ばれるだけの覇気がある。君から感じるそれはエルネストのそれに遠く及ばない……だが、将来性はあった」
「将来性……ですか?」
「そうだ。君は少なくともエルネストの補佐を受けながらであっても、確かに使ったのだ。神剣は君の事を認めたと言える」
シャムロックは恐れ慄くソラへとはっきりと断言する。曲がりなりにも神。それもその神器を授ける立場の者だ。その見立ては正確だろう。
「そして何より、君がここまで持ってきた。それが何よりの証拠だ」
「どういう……事ですか?」
「神器は認めぬ者には触れさせんし、保有さえ認めん。なのに君はここまでそれを平然と背負って来た。そして君は言ったな? 道中で止むに止まれず何度か使った、と。君はこれを剣として使えている」
事情が飲み込めないソラに対して、シャムロックが教えてくれる。それで、ソラもようやくギルドホームでのカイトの行動の本当の意味を理解した。あれは何も説明の為だけではなかったのだ。そしてそれに気付いたソラは、思わずカイトを見た。
「あ……」
「そういう事だ。あれはお前の特殊性もあるかも、と思って万が一を調べただけだ」
「そ、そうだったのか……」
「なんだ。お前からも調べていたのか」
「ええ。普通に持ち帰って来たんです驚いたぐらいですよ。それは調べもするでしょう」
「ははは……そうだな」
シャムロックはカイトの言葉に笑って、一つ頷いた。が、そうして再び真剣な顔をした。
「とはいえ、これでわかっただろう? 少なくとも君は認められている。勿論、完全に心服しているわけではないだろう。エルネストの様に全力で振るえることなぞ、まず無い。今の君で出せて一割から二割。それがせいぜいだ」
「あれで一割から二割……」
シャムロックの言葉に、ソラは思わず背筋を凍らせる。あれだけの大火力であっても、全力には遠く及ばないのだ。とはいえ、実際にはあの時はエルネストの補佐もあった。なので火力としてはもう少し高めの三割程度と言って良いだろう。それでも、全力に程遠い事には違いないが。
「だが、それでも。君は使える。これは事実だ。エルネストが何を想って君に託したのかは分からん。だが君は確かに使えたし、使えている。それだけは事実だ。だから、私もそれを信じて君に託そう」
シャムロックはソラに対して、神として告げる。それにソラは沈黙を保ったままだった。託される意味の重さを、彼はあの時知ってしまった。それ故に最後の一歩を踏み出せないのだ。そんな彼に、カイトが告げる。
「エルネスト殿は、他の誰でもなくお前に託した。あの場に居た自分の子孫たちではなく、他ならぬお前に、だ。そしてお前は知らずとも、受け取った。であれば、その務めを果たせ。それが、死者に報いる事でもある」
カイトの言葉の後、ソラはしばらくの間沈黙を保つ。そうして、数分後。ソラがゆっくりと口を開いた。それは確認だ。
「……えっと……俺で良いんですか?」
「そうだ。君が、託された。であればこれはカイトでもなく瞬くんでもなく、他の誰でもなく、君が為すべきことだ」
「……」
ソラの問いかけにシャムロックははっきりとソラである理由を告げる。何より、エルネストがソラに託したのだ。その判断を彼は尊重するつもりだった。
「……わかりました。どこまであの人に近づけるかはわかりませんけど……出来る限り、やってみます」
「そうか。であれば、カイト。調整はソラくんに合わせた調整をしてやる様に頼んでおいてくれ」
「わかりました」
シャムロックの申し出にカイトは頷いた。元々見通していた通りだし、実は来る前にオーア達にはその準備を進める様にも頼んでいる。帰ると同時に、調整を開始出来るだろう。と、そこらの話を終えたカイトとシャムロックへと、おずおずとソラが問いかけた。
「あの……それで一つ聞きたいんですけど……」
「ん? 何かね」
「あの……俺も神使とかになった方が良いんですか?」
ソラはシャムロックへとある意味もっともと言えばもっともな問いかけを行う。そもそもエルネストは神使として、この神剣を授かったのだ。であれば必然、ソラもその方が良いかもしれないと思うのは普通の事だっただろう。
「……そうだな。何時かは、そうなってもらうかもしれない。が、かもしれないであって、決定ではない」
「良いんですか?」
「ああ……いや、良いわけではないのだろうがな。だがまぁ、義弟の身内に貸し出したという体であれば、まだ表向き問題は無いだろう」
ソラの問いかけにシャムロックは僅かな苦笑を滲ませながらも頷いた。と、そんな言葉にソラがそう言えば、と気付いた。
「そう言えば……さっきから義弟ってどういう事ですか?」
「うん? なんだ。ここに来るのなら語ったと思ったが……そこも語っていなかったのか」
「あー……まぁ、必要ないですし……それにそこら、ちょっとオレとしても恥ずかしいんで……」
「ははははは。内面はあの頃から変わらんな……ソラくん。カイトは君に自分をなんと語った?」
「えっと……月の女神の神使だって」
「それも、間違いではない」
ソラの言葉にシャムロックは笑って頷いた。そうして、カイトの真実を明かす。
「実際にはそれも間違いではないが、本当の所はカイトは伴侶。月の女神の夫という立場だ」
「え゛」
「……お前、前に見ただろ? あの狂信者共の所で……あれが、彼女だ。オレの本当の意味での初恋の人だよ」
カイトは恥ずかしげに、ソラへとかつての初恋の相手の事を語り始める。そうして、その夜は月の女神の話や神話の戦いの事、ソラ達では知り得なかったエルネストとアーネストの色々な事を語りながら更けていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。明日からは新章です。
次回予告:第1315話『深淵を覗く者たち』




