第1313話 神域へ
ソラが『木漏れ日の森』から帰還した翌日。カイトとソラは公的にカイトの個人所有になっていた飛空艇に乗って浮遊大陸へと移動していた。
「うっお! マジかよ! マジこれ個人で持ってるわけ!?」
「持ってるってか形見分けだがな」
「これが、あの時のか?」
「ああ。あの時の飛空艇をティナが改良して、そして内装をそう取っ替えして、と出来上がったのがこれだ。そう言えば、お前を乗せるのは初めてだったか」
カイトは飛空艇の操縦桿を握りながら、ソラの問いかけに頷いた。今回、浮遊大陸に向かうのはカイトとソラの二人だけだ。ユリィも改良を施したティナもマクスウェルに残留だ。
そもそも二人も神剣を返しに行くだけで、長くとも二三日で帰還する予定だ。大人数でお仕掛けた方が迷惑だろう。と、そんなソラがふと疑問を呈した。
「そういや、ティナちゃんは?」
「ああ、ティナは今、皇帝陛下からの依頼を受けて動いてるよ。本来、オレの頼んだ仕事の方が突発でな。まぁ、当然だが」
「そりゃそうだ」
ソラはカイトの指摘に目を丸くしつつも笑って頷いた。カイトが頼んだ仕事とは、『新緑の森』の救援だ。こちらもこちらでティナに任せるのが最適だと判断した。なので一時中断してもらったのであった。それにその仕事というのも特に隠す事でもなかった。なのでソラへとカイトは教えてやる。
「ま、その仕事ってのもリルさんの研究所の設営というか改良に手を貸すという所でな。皇帝陛下から直々に頼まれている」
「ああ、それで……そういや、皇帝陛下が来るって話じゃなかったっけ?」
「研究所の開設と共に、陛下が来られる事になっている。流石にユスティーツィア様のお師匠様だ。魔女族からもユスティエル、リーシャも勿論出席だ。他にも、他国から数人弟子が来る……あ、これラムとメイの二人には言ってやるなよ。ただでさえガッチガチだからな?」
「あははは。わかった」
カイトの冗談めかした様子にソラが笑う。そうして、二人はそんな他愛ない馬鹿な話を行いながら移動を続けていく事になるのだった。
飛空艇で移動を続けること、数時間。朝一番で出発した上にティナが改良した飛空艇であった事もあって、真昼を少し超えた時間に二人は浮遊大陸に到着していた。浮遊大陸は神族と天族が住まう地である上、ティアの『雲の離宮』がある。なので冒険者達でさえ安易に立ち入れない事から、何時も通りの状態だった。と、到着した二人であるが、そこでカイトは一つの誤算に気付いた。
「……そうだった。すっかり忘れてたわ」
「……いや、なんで出来ると思ったんだよ」
「いや……普通にオレ出来るから」
「お前と一緒にすな!」
少し照れくさそうなカイトに対して、ソラが怒鳴る。まぁ、以前の事を思い出せばわかった話だった。というわけで、ソラがそれを指摘する。
「そもそも俺はまだ飛べねぇよ」
「だよな。流石に今覚えろ、って言った所でも無理だしな……さて、こうなるとしょうがないか」
カイトはどうするかを考える。飛空艇で行くのも一つの手だが、先にカイトが来た向かった時にも見えた通りあそこ一帯は森だ。残念ながら神々の地には飛空艇の空港が無いのである。そもそも大半の神々は力量として飛空艇が必要ない。そして訪れるのは大半、自分で来れる様な奴だけだ。必然として空港の必要性が皆無なのである。というわけで、カイトは手を考える事にした。
「おー」
『は?』
「ごめん」
「何が!?」
唐突に謝罪したカイトに対して、ソラが思わずツッコミを入れる。それに、カイトが頭を掻いた。
「いや、実は龍族の奴に乗せて、って頼もうと思ったんだが……頼む前に機先を制されて睨まれた」
「龍族?」
「ああ。オレが使い魔契約してる奴の一人なんだが……龍族の例に漏れず背中に乗せてくれる奴じゃなかった」
『後でみっちりお説教するから』
「はいはい、わかったからわかったから……」
脳内に響く女性の声に、カイトは半ば方を竦めながらため息を吐く。わかりきった事だが、物は試しともいう。が、無理は無理だというわけだった。
「さて……そうなるとどうするかな……」
兎にも角にも神族の治める地域に到達するにはここから数百キロ離れた所まで行かねばならない。そこらを考えた時、ネックとなるのはソラの移動の遅さだろう。
カイト達なら音速を超えた領域で走る事も出来るし、音速で飛ぶ事も出来る。もちろん、ソラもやろうとすれば超音速で走れるが、それも一瞬だけだ。飛ぶなんて論外である。そこを、カイトは忘れていたというわけであった。と、そんなカイトの眼の前に一体の女龍が現れた。
『……今回だけだから』
「……お前、マジツンデレ」
今回だけだから、と顕現した女龍にカイトは笑う。そうして、カイトはその背に跨ると、ソラへと手を差し出した。
「ほら、ソラ」
「え? 良いのか?」
『今回だけよ』
「えっと……すんません」
ソラはカイトの差し出した手を掴んで、女龍の上に乗せてもらう。そうしてそれを見て、女龍が飛び立った。
「いやー、悪い悪い」
『貴方、時々うっかりミスをやっちゃうわね。治しなさいよ。言っておくけど、今回だけだからね』
「おうおう。今回だけ今回だけ」
その今回だけというのも数十回目だけどな、とカイトは内心で笑う。どうやらこの女龍は面倒見が良いらしい。カイトが何か失敗すると勝手に出てきては助けてくれるのであった。と、そんな不真面目なカイトの返答に女龍も気付いていた。
『消えるわよ』
「オレは良いけど、ソラが困るな」
「……カイト。誰?」
「ん? ああ、鈴仙ちゃん」
『本気で消えるわよ』
ちゃん付けで呼ばれた鈴仙が苦言を呈する。それに、カイトが頭を撫でる。
「ほんと、鈴仙ちゃんは可愛いんだからー。キスしてやりたい」
『いっぺん落ちろ!』
「無理でーす! 慣れてるもんねー!」
「おうぁわあぁああああああ!」
バレルロールを高速で繰り返す鈴仙であるが、カイトは平然と笑うだけである。というより、彼の場合この対応が楽しくてやっている可能性さえあった。が、その一方のソラが思いっきり悲鳴を上げていた。
「止めてくれー!」
「『あ』」
真っ逆さまになりながら、二人がソラが居た事を思い出す。そうして、再び鈴仙は普通に飛び始めて、一方のソラはカイトによって介抱されていた。
「いやー、悪い悪い。お前が居た事忘れてた」
「じ、じぬがどおもっだ……」
楽しめるカイトは良いのだろうが、あんな高機動をされたソラは楽しめるわけがなかった。そもそもこれは戦闘機でもなく、身体を外に晒している龍の上である。当然だがシートベルトも無いし、風を防いでくれるガラスもない。故に顔を真っ青に染めていた。
『……ごめん。貴方居るの忘れてた』
「……お前、マジすごいわ……これ、楽しめるわけ?」
「楽しいだろ?」
『あんた、ほんとに一回落とすわよ』
「また同じこと繰り返す気かよ」
『むぅ……』
カイトに対して鈴仙は不満げだが、ここで同じ様に回転すれば同じことの繰り返しだ。故に彼女も不満げにはしていたものの、そのまま飛ぶだけであった。そうして、そんなカイト達を乗せた鈴仙はただひたすら飛び続けて、シャムロック達が起居する神域へと向かっていく事にするのだった。
さて、鈴仙が飛び立ってから更に一時間程。カイト達は神域にたどり着いていた。そこまでたどり着くと、普通に神官達が出迎えてくれた。
「これは……カイト様。ようこそおいでくださいました。此度は如何がなご用事ですか?」
「ああ、少々取り急ぎシャムロック殿に取次を頼みたい。かつての大戦……いや、邪神との戦いにおいての亡くなられたシャムロック殿の神使のお一人の遺品をお持ちした」
「これです」
ソラはカイトの促しを受けて、神官達へと神剣を提示する。それを受けて、神官達もひと目でシャムロックが授けた神剣だと理解したらしい。驚いた様子を見せて慌てて頭を下げた。
「これは……太陽の意匠を象った神剣? もしや、あの大戦で失われた……」
「エルネスト殿の物か?」
「それなら、急いでシャムロック様にお知らせしないと」
「少々、お待ち下さい」
神官たちは慌て気味にその場を後にして、神殿の中へと戻っていく。そうしてその一方で、残った数人がカイトとソラへと頭を下げた。
「こちらへ。部屋へとご案内しますシャムロック様は今、各地の神との間で連絡を取り合っておられます。しばらく、お待ちを」
「いや、部屋なら知ってるよ。曲がりなりにもオレも自称神使だ。大神殿の概要は把握している。それより時間が掛かるのなら、食べ物を頼む。オレもこいつも昼飯まだでな」
「かしこまりました」
カイトの申し出を受けて、神官達が頭を下げる。そうして神官達がカイトとソラのもてなしの準備に入った一方、カイトはソラと共に大神殿の中に入った。
「神使? お前、神使なのか?」
「ああ……オレはここの月の女神の神使でな。ほら、あっちの白銀の神殿、見えるか?」
別にここに至ってまで隠す事はないか。そう考えたカイトはソラの問いかけを受けて、大神殿の側に併設されていた白銀の神殿を見せる。そこには月を象った意匠が飾られていて、そこが月の女神を祀る神殿である事を示していた。
「あれは……月の女神の神殿?」
「ああ……あそこが、オレが本来常に待機するべき神殿でもある。この逆側には黄金色の神殿もあって、そっちはシャムロック殿の神殿だ」
「ここはなんなんだ?」
「ここは神々の集う神殿という所か。わかりやすく言えば会議室の様なものかな……そうだな、オリュンポス十二神は知っているか?」
カイトはソラへと地球のギリシアの神々についてを問いかける。そして流石にその名だ。ソラも知っていたし、カイトから少しの話も聞いていた。
「そりゃ、知ってるよ。お前も何度か言ってたしな。でも、それがどうしたんだ?」
「それと同じ様な感じだよ。彼らもオリュンポス十二神が集まって会議をする事があって、神々全員を祀る大神殿があるんだ。勿論、表にではなくて神域に、だけどな。ここはエネフィアにおけるそれだと思ってくれ」
「へー……でもなんでそれでお前の部屋があるんだ?」
「オレが月の女神の神使だからだろ? 最高位の神の片割れだぞ。その神使となると、最高位の神使。お前、普通にエルネスト殿と話してたらしいな? 彼、実際は神使達さえ敬う相手だぞ」
「マジで?」
初めて知らされた事実に、ソラは思わず足を止めて目を見開いた。まさかそんなに地位の高い存在だとは思わなかったらしい。とはいえ、これは仕方がなくはあっただろう。
神使に格がある事を知れるのは、やはり神使やそこらと関わりがある者だけだ。それを知らない事にはどうにもならないし、そもそも神使は常には神々の側に控えて表舞台に立つ事がない。なので普通は気づきにくいのだ。勿論、神話学等に詳しい者であれば知っている事なので気をつけるべきことではあった。
「そりゃな。神様に格があるように、神使にも仕える神に応じた格がある。そういう話で言えばエルネスト殿が仕えている……いや、仕えていたのはシャムロック殿。神名ではソーラレイ。最高神であり太陽神であるお方だ。その時点で神使は最高位の存在となる」
「……あれ? ってことはお前、その次に偉いって事?」
「そうだな。オレの仕える神は月の女神。すなわち、最高神の片割れだ。まぁ、実際の最高神で主神がシャムロック殿である以上、オレの格は一つとまでは言わないでも半分程度は落ちる。公的な場では同格として扱われても、という所だろう」
ソラの問いかけにカイトは神々の序列に基づいた己の地位の解説を行う。とはいえ、彼の場合は更にシャルの恋人であるという特例が入る。なので実際の扱いはシャムロックの神使達より上、純粋な神々より少し下、という程度だ。まぁ、これに更に大精霊の友という立場が入ると、神々と同等の扱いを受ける事もある。そこらはその時の彼の立場や状況によりけり、と考えて良いだろう。
と、そんな常には語られない神々の話をしながら歩いていると、カイトというか月の女神の関係者に与えられている部屋へとたどり着いた。
「ここだな……ま、入ってくれ」
「それで良いのかよ」
「一応、ここオレの部屋だし。まあ、正確にはオレの部屋ってかシャルの神使の部屋なんだが……オレ以外誰も居ないんだよなー。だからオレの個室扱いってわけ。実際、この神殿が出来てから使われ始めたのって300年前以降だからな。オレ以外誰も使わないし使えない。ま、掃除はされてるから問題はないだろ」
「そ、そうなのか……」
相変わらずのぶっとびっぷりにソラが頬を引き攣らせつつも、部屋の中に入っていく。そうして、彼らはシャムロックの準備が整うまでの間、神官達から昼ごはんを提供してもらい、しばらくの時間を潰す事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1314話『神剣』




