第1310話 戦いの決着
ソラ達が覚悟を決めて神殿の一階へと突入したその直後。なんだかんだ言いつつもアドバイスぐらいはしてやるか、と地下となった一階部分に戻ろうとしたエルネストの所に来訪者があった。彼が即座に現れなかったのには、こういう理由があったのだ。
「これは珍しいものを見た。余も長生きはしたが……まさか、幽霊がこんな明るい所に居るとはな」
『…………はへ? びっくりしたー……』
来訪者の姿を見て思わず長い時間呆けたエルネストであるが、それが解けた後も驚きの表情はそのままだった。が、口は動いているので、疑問をそのまま口にした。
『なんで貴方がこんな所に?』
「それはこちらのセリフだ。余としては目算、数百年程度で消えると思っていたのだがな」
来訪者は楽しげに語りながらも、内心の訝しみを隠す事もなくエルネストへと問いかける。どうやら、来訪者は先史文明の崩壊よりエルネストを知っているらしかった。そしてそれはエルネストも認めていたらしく、どこか困った様な顔でその場で腰を下ろした。
『数百年、か……実際、俺達もそう思ってた。数百年先。俺達の残した種が芽吹いて、ここの根源を刈り取ってくれればそれで良いってな』
「ふむ……」
やはりか。来訪者はエルネストの言葉に納得した様に頷いた。これに不思議はない。エルネストは確かに強い。今の冒険部が束になった所で敵わない程の実力者だ。
が、それでも決してクオンの様な英雄の中でも化物とさえ言い得る領域にはなっていない。敢えて言えば、まだ常識的な範疇だ。例えるのであれば同じランクSであってもオーグダインの様な領域と言って良いだろう。強いが、まだバーンタインやクオン達の様な領域には達していないのである。
その力量では、決してこれほどの長期間もの封印が出来る道理がなかった。であれば、何らかのからくりがそこにはあるはずだった。
『まぁ、実のところ俺も詳しくは知らない。俺達の所に彼らの前に来た奴が、力を貸してくれた』
「ふむ? 彼らが最初ではなかったのか」
『ああ。そいつは自分でも倒せるが、この森に何の縁もゆかりも無い自分達がやるべきではない、と判断して俺達がそれを待てる様に地脈から魔力を融通出来る様に封印を改良してくれたんだよ。まぁ、その代わりに俺たちは長い眠りと僅かな目覚めを繰り返す事になったけどな。今日は偶然……いや、偶然じゃあないか。ここ最近、目覚めの間隔が物凄い早くなってる。二人同時に目覚める事もあるぐらいだ。多分、奴の目覚めが近いんだろう』
エルネストは莫大な恩義をその何者かへと滲ませ、そして更に現状を見てだんだんと彼らの敵の復活が近い事を明言する。そうして少し語ってより、彼はこれを語っても仕方がないとばかりに首を振って話題を変えた。
『それより……一応の感謝はさせてくれ。俺も神使だった者だ。この大陸の為に、我らが神の頼みを聞いてくれて感謝する』
「ふむ?……ああ、あの件か。別に眠る前に少し運動を、という程度だった。何もしないで眠ると眠りが浅くなるのでな。他もそんな所だ。特別気にする程の事でもないし、あれは異世界からの侵略者にも近しい。倒すのなら話は別と言わざるを得なかったが、勢力を盛り返す為に力を貸してくれ、と言う程度であれば助力も吝かではない」
来訪者はエルネストの謝意に対して、笑って首を振るだけだ。どうやら、来訪者はかつてシャムロックの願いに応じて彼らに助力したらしい。それもその御蔭で、邪神と呼ばれた神を封じれた程だった様だ。そうして、笑った来訪者は少し苦笑気味に肩を震わせた。
「まぁ、敢えて言えば余らの仕事でもあった。が、何分呼んだのは貴様らだ。助力は限られた程度でしか出来んかったのは許せ」
『古龍に助力してもらえただけで十分だ』
エルネストは来訪者ことグライアの言葉に首を振る。かつて何度か彼女らの口から語られていたが、彼女らの役目は世界の調律と言って良い。その彼女らが異世界の神がエネフィアで暴れまわるのを座視するわけがなかった。が、原因が原因だ。それ故、限られた助力しか出来なかったのである。
だから、彼女らは倒せても倒せなかった。呼んだのがこの世界の住人である以上、それはこの世界の住人が悪いという事になるからだ。とはいえ、それでも暴走する神をそのままにもしておけない。
故にシャムロックの申し出を受けた彼女らが最終決戦に一度だけ、という盟約で参戦しオーリンらと共に雑魚――と言っても勿論雑魚なぞではないが――を引き付け、ほぼほぼ相打ちに近い形でシャムロックとシャルの二人が勝ったというわけであった。そうでもしないと勝てる状況ではなかったらしい。
『その上で、死者の頼みとして』
「言う必要はない」
『うん?』
笑ってエルネストの言葉を遮ったグライアに対して、エルネストが首を傾げる。それに、グライアは笑う。
「なぜ余がここに居ると思う? 偶然ではないのでな」
『どういう事だ?』
「何分、貴様が眠っている間に結婚してな。夫が少々、心配性だ。あの子らを守る為に、頼むとな」
『結婚した?』
「ははは。まったく、人使いの荒い夫だ……まぁ、だから安心しておけ。人類の守護者なぞまっぴらごめんと言う奴であるが、同時に人類の守護者としてどうしてか動く男でもある。余もそれに侍る以上、今度は古龍としてではなく、一人の戦士として参戦するだけだ」
グライアはそう言うと、階段を目指して歩いていく。彼女はカイトに頼まれて、万が一の援軍としてソラ達に隠れて来ていたのだ。が、彼女が居るとわかればソラ達に安心が出てしまう。それはカイトも望まなかった。本当に万が一の万が一の為の切り札が彼女だ。それを安易に切らせるつもりは無かった。
『……そうか。ま、それなら安心して眠れるかねー』
「そうしておけ。これを倒したら、特に留まる理由もないだろう?」
『まぁねー……はぁ、長い旅だったなぁ……うん?』
エルネストは感慨深げに、自分の長い長い旅の終わりに深く息を吐いた。と、そんな彼の横に、一つの気配が現れる予兆があった。それはこの数千年ずっと横にいてくれた気配だった。そうして、そんな二人の気配を背に、グライアは告げる。
「ああ、そうだ。一応、夫を呼んでおいてやった。あれはシャルロットの神使だ」
『えぇ!? シャルちゃんに神使出来たの!?』
「だ、そうだ。まぁ、貴様らは間違いなく英雄である事は余も断言しよう。シャムロックもそれを望むだろう。今度は、迷うなよ」
『……ありがとう』
グライアの手向けの言葉に、エルネストは深々と頭を下げる。そうして、それを最後にグライアはソラ達を見守るべく、階段の下へと消えていくのだった。
それから、少し。ソラはグライアとエルネストの支援を受けて、隻腕の半巨人を完全に討滅する事に成功していた。
「……あ」
太陽を模した神剣・<<偉大なる太陽>>の力を開放した代償に莫大な魔力の消費をしたソラが膝を地面に屈する。やはりあれだけ大規模な魔力の消費の連続だ。最後の最後はほとんど空元気だったし、エルネストの助力が無ければ神剣の行使なぞ出来ようはずもなかった。いくら瑞樹に次ぐ魔力保有量を手に入れた彼だからと言っても、流石に魔力はすっからかんだった。そんなソラに、慌てて由利が駆け寄った。
「もう……無理しすぎだよー」
「あはは。ごめん」
武器を投げ捨てたにも等しく見えた段階から心配だった由利の苦言に、ソラが笑って謝罪する。とはいえ、これで勝ちは勝ちだ。かなりの強敵だったが、なんとか勝てた。それが、全てだ。それ故、ソラが笑いながらそれを明言する。
「でも……これで勝ちだな」
「もう……」
勝った事に安堵するソラに肩を貸しながら、由利が少しだけ笑みを見せる。とりあえず、これでもう依頼も達成だ。と、そんな二人にエルネストが近寄ってきた。
『まさか本当に勝っちまうとはな』
「あ……ありがとうございました」
『あはは。ま、この程度しか出来なかったのは悪かったな。とはいえ……これで俺達も安心してあの世に逝ける。感謝するのはこっちの方だ』
エルネストは朗らかな笑みでソラ達へと告げる。彼らがあの世に逝けなかった最大の理由は、あの隻腕の半巨人がまだ生きていたからだ。それが討滅された今、もはやこの世に留まっている理由がない。
いや、邪神の復活が近い今となっては完全に無いとは言い難いが、それでも無いだろう。そしてそれを、ソラも今更思い出した。
「あ……そう言えばお二人は……」
『あはは。気にすんな。俺もあいつも元々戦うと決めた時から死ぬかもしれない、ってのは覚悟の上だった。その上で若い生命を幾つも次の世界に残せれば十分お役御免で良いだろ』
「……そうですか……」
十分に二人も種族として見れば若かっただろうに、それを滲ませず朗らかに笑うエルネストにソラはそう言って頷くしか出来なかった。とはいえ、それで良かったのだろう。エルネストは笑って頷いた。
『ああ、それで良いのさ。覚えときな。戦士がどうしても戦わなきゃいけない時ってのはあるもんさ。死時を失った戦士ほど、哀れなもんはない。そう言う意味で言えば、俺達はある意味幸せさ。あの死に場所を得られた。そしてその結果が、ここにある』
エルネストは尊敬の眼差しを送ってくるシルドアら自分が守った者達の子孫達に対して、微笑みかける。それは英雄の微笑みに相応しく、色々な徳というものが含まれていた。そうして、彼は彼らに一つ頷くと、改めてソラへと向き直って一つの申し出を行った。
『なぁ、悪いんだがよ。その神剣、シャムロック様にお返ししてくれないか?』
「シャムロックさんに、ですか?」
『その口ぶりだと……会ったことあるのか?』
「あ……えっと、一度だけ。俺達が使ってる拠点は彼から貰いました」
『へー……』
ソラの告白にエルネストが僅かな驚きを見せる。が、それは良いか、と即座に気を取り直して話を続ける事にした。
『まぁ、それなら丁度良い。なら、尚更に頼む。数千年も神剣を借りたまんまだったからな。流石に死んだら返すべきだろ』
「ソラ。我々からも頼む。どうかその神剣を神王シャムロック様にお返ししてくれ。依頼料が必要なら、里長にかけ合おう。無論、必要経費も払う」
「え? いえいえ! そんなの受け取れませんよ! これのおかげで今回は助かったようなものですし……幸いウチのギルドマスターが知り合い……みたいな感じですから、彼を通してお返しさせて貰います」
いつの間にかやってきていたシルドアの申し出にソラは大慌てで首を振って、神剣の返却を快諾する。これについては幸いな事に浮遊大陸がエネシア大陸に隣接する形で移動してきている事だし、エルネストのおかげで最後の一撃を決められた。そしてこれはエルネストの遺言にも近いのだ。なんの異論もない。
『そうか……ああ、そうだ。彼女とはどういう関係なんだ?』
「え? あ、ああ。彼女ですか……って、知ってるんですか?」
『まぁ、何度かお会いしたことがあってな』
エルネストはソラに言外にグライアとの関係を問いただす。やはり彼としてもソラ程度の人物がグライアから助力を得られたのが不思議だったらしい。とはいえ、これにはソラも明言をしかねた。
「えっと……まぁ、色々とかつて居た勇者ってのに関係して、彼女らが興味を持ってくれた、という感じです」
『ふーん……ま、それならそれで良いけどな。一応、礼は言っとけよ』
「あ、はい」
ソラはエルネストの言葉に頷いた。それにエルネストも頷くと、彼は遥か彼方に浮かぶ太陽を見上げた。
『……長い旅だった。が、この森は昔から全然変わんないな』
「そう……ですね。300年前から変わらないのであれば、数千年前からこの森は変わらないのかもしれません」
エルネストの言葉にシルドアが感慨深げに同意する。
『やっぱ、ここから見る太陽は良いもんだなー……なぁ、シルドアだっけ?』
「はい」
『後は任せるわ。戦いが近いんだろう。俺が好きだった森を、守ってくれ』
「……はい」
エルネストの頼みに、シルドアは神妙な面持ちで頷いた。それに、エルネストも頷いた。
『さぁ、もう帰る時間だ。俺も出来れば今日中にあの世に行きたいしな。あんまりのんびりしてると今度はシャルちゃんに怒られる』
「……ありがとうございました」
「……偉大なる祖先よ。貴方に森の加護がありますように」
最後に感謝を述べたソラに対して、シルドアはエルネストの冥福を祈る。そうして、各々の形で偉大なる過去の英雄に別れを告げて、ソラ達合同部隊はエルフの里まで帰還する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1311話『太陽と月』




