第1309話 神剣の輝き
先史文明を滅ぼしたメソポタミア文明よりこの地に呼ばれた神の眷属との戦いに臨んでいたソラ率いる冒険部と『木漏れ日の森』のエルフの戦士達による合同部隊。それは時の神官長であったアーネストの援護により初撃を上手く成功させると、そのまま隻腕の半巨人との戦闘に入っていた。
「うし……後ろ取れてるな……」
半分だけ残った左腕を起用に操って陣営の中心に突撃してきた隻腕の半巨人の背中を見ながら、ソラは一旦落ち着いて敵の様子を観察する事にした。方針はすでに話し合っているし、それは上手く機能している。
アーネストの助言に従って囮役となる者達を黒髪にしてみた結果は、やはり敵は優先的に黒髪と金髪の戦士を狙っていた。前の魔物の時はその兆候は見られなかったが、もしかしたらこれは素体となったのが知恵のある人だったからかもしれない。そこはわからないが、少なくとも今回効果があることだけは事実だ。
(基本的に囮役は敵が自分の方向を向いた時に囮になる事。包囲状態に早々に持ち込めたのは幸いだったな……)
ソラは周囲の戦士達が隻腕の半巨人に攻撃を仕掛けるのを見ながら、己の為すべき事を見直しておく。言うまでもない事だが、この隻腕の半巨人とソラ達との間の戦闘能力差は歴然としている。己の出来る領分を守る事が最優先だ。故に、回避運動以外では大きく移動はしない。味方の攻撃でこちらに向いた時だけが、囮役の仕事だ。
「っ」
来た。ソラはシルドアの攻撃に反応して右腕を振りかぶる様に回転した隻腕の半巨人を見て、役目の開始を見て取った。
「なるべく、目立つ様に! いっけぇええええ!」
ソラは声を上げて、隻腕の半巨人へと突撃する。そしてその雄叫びに合わせる様にして、彼の周囲には複数体の風の分身体が顕現する。
「風の踊り子!」
ソラの号令に合わせて、風の踊り子達が一斉に隻腕の半巨人に向けて突撃して行く。所詮こんなものはかすり傷程度にしかならないだろうが、それでも良い。彼の目的は目立って囮になる事。攻撃はおまけでも良い。が、その為には自分が無視も出来ない相手だと思ってもらう必要もあった。
「ここだ!」
風の踊り子達を振り払う様に右腕を振りかぶった隻腕の半巨人の脇腹に、ソラが肉薄する。風の踊り子達はかき消されたが、問題はない。あれは囮に過ぎない。そうして、ソラは風の踊り子達を囮にして溜めた力を解放する。
「行くぜ、新技! <<嵐神の一撃>>!」
ソラの左手に据え付けられた仕込み刀に、彼の産土神である素戔嗚尊の力が宿る。本来なら彼には使えない力だが、幾つかの特殊な事由により使える様になったのだ。
その事由とは、彼の加護と肉体的な要因だ。まず、彼の加護は風。そして彼の肉体は根元としては水龍に属している。
この二つを混ぜる事で、概念的に嵐という力を宿す事が出来た。そして素戔嗚尊は嵐の神でもある。そこに、ソラの産土神という縁があった。これらが合致して、初めてこの異世界でも使えたのである。
これについては数ヶ月前、水龍の力を使える様になった時点で理論的には可能だった。そこに数ヶ月の集中的な訓練で肉体が神の力を少しなら受け入れられる土壌が出来た事で、連発しないという限定でなら実戦でも使える様になったのである。
「うぉおおおお!」
ソラが吼え、左腕に宿った素戔嗚尊の力が最大まで高まった。そうして、おそらく冒険部でも有数の火力を持つ瞬の一撃にさえ匹敵するだろう一撃が放たれる。
「直撃だ!」
ソラは先ほどの剣戟の失敗を繰り返す事なく、今度は攻撃の反動を利用してその場から離脱する。そしてそれと同時に爆発が起きて雷混じりの暴風が吹き荒び、隻腕の半巨人の巨体を浮かび上がらせた。
「おぉ!?」
「すごいな!」
ようやく入った有効打と言える攻撃に、冒険部のギルドメンバーとエルフの戦士達が感嘆の声を上げる。その威力は明らかに違っていた。それは右腕部分を完全に吹き飛ばし、敵を覆い尽くす闇色のモヤの大半を吹き飛ばしていた。
「……人?」
弾け飛んだ闇色のモヤの先から、一人の漆黒の闇に侵された上半身だけの人の姿が現れる。それを、ソラは見た。そこへエルネストからの指示が飛ぶ。
『それが本体だ! それに直接打撃を与えろ!』
「これが!? 由利!」
元々コアとなるなにかしらがあるとは聞いていたソラであるが、まさかそれが普通の人だとは思わなかったらしい。故に一瞬だけ呆けてしまうが即座に立て直すと、由利へと支援を申し出る。そうしてそんな要請を受けて、由利が最大まで溜めた矢を放った。
「……ふっ!」
「届かない、か!」
が、その矢は音速を遥かに超過していたにも関わらず、残っていた左腕部分で防がれる。とはいえ、それで良い。こうなるかもしれない、とは読んでいた。だから、ここでソラは遂に切り札を切る事にした。
「今だ! カナン!」
「はぁ!」
その瞬間、燃える様な髪をたなびかせたカナンが柱を蹴って飛ぶ様に空中を駆け抜ける。確かに一撃なら、ソラの方が強かったかも知れない。が、総合的には『月の子』としての力を解放したカナンが圧倒的だ。一番有効打を与えられる可能性があるのは、彼女だろう。
だから、彼女には決め手となってもらうべく潜んでもらっていたのであった。そして、その効果は確かにあった。流石にこれほどの戦士が控えていたとは隻腕の半巨人も思いもしなかった様子で、僅かに目を見開いたかの様な様子があった。
「っ!」
しくじった。カナンは心臓狙いで放った一撃を敵が左腕を犠牲にする事で防いだのを見て、苦味を浮かべる。が、彼女の攻撃は決して無駄になったわけではない。
彼女の攻撃は敵本体の左腕をバッサリと両断して、それに合わせて由利の攻撃を防いだ隻腕の半巨人の欠けた左腕を消しとばしたのだ。そしてそこに、エルネストからの助言が飛んだ。
『落ちた本体側の左腕を消し飛ばせ! そのまま放置すると再生される! が、逆にそいつを消し飛ばせばモヤの方の腕も再生は出来ない!』
「っ! 誰か魔術で消し飛ばせ!」
ソラはエルネストの助言に従って、即座に指示を送る。せっかく有効的な一撃を与えられたというのに、それを無駄にするわけにはいかなかった。
そしてそれは全員が同じ考えだった。それ故、無数の魔術が落ちた左腕の残骸に向けて発射される。それを横目に、バックステップでその場を離脱していたカナンが懐から使い捨てのナイフを取り出した。
「おまけ!」
「良し! 全員一気に叩き込め!」
この機を逃す道理はない。それ故にソラは即座に号令を下して、一気に押し切ることを選択する。敵からは邪魔だった残りの左腕が欠落した。これで、左側を守るものは何も無い。
残るは右腕だけだが、一本ならなんとか押し切れる。そしてもう敵の本体は見えている。なら、押し切れる可能性は確かに高かった。
『ゔぉおおおおお!』
一斉に発射された攻撃に対して、今度こそ正しく隻腕となった半巨人が雄叫びを上げる。それはやはり圧倒的な格上の圧力を伴っており、こちらの攻撃の大半を消失させる。
が、それでも全部ではない。今のは間違いなく苦し紛れに魔力を放出したというだけだ。謂わば力技と断じて良い。故に隻腕の半巨人は右手で本体をかばうようにして、残る攻撃を防御する。
「行ける!」
一方的に攻撃を叩き込める様になった現状を見て、ソラは確かな手応えを実感する。が、それはそう長くは続かなかった。後少しで右腕を吹き飛ばせるという所で、再び隻腕の半巨人が雄叫びを上げたのだ。
『ゔぉおおおお!』
「っ!」
雄叫びは苦し紛れの物ではなく、しっかりとした攻撃の意図のある物だった。それ故、ソラ達は僅かに硬直して近くの者達は揃って攻撃の手を止めてしまう。そしてそれが、隻腕の半巨人の狙いだった。
『っ! 消し飛ばした部分を修復されるぞ! 一気に押しきれないのなら立て直せ! 何、心配するな! 今のこいつは供給源が無い! 再生すればするほど、奴は弱くなる! あきらめるなよ!』
「全員、距離を取れ! やり直しだ!」
エルネストの助言に従って、ソラが全体に改めて号令を下す。そして彼らの目の前で吹き出していた闇色のモヤが一気に収束していく。
「っ……だけど!」
やり直しか。結局徒労に終わった様にも見える現状に僅かに吐きたくなる悪態を飲み込んで、しかし押し切れるとソラは確信を滲ませる。今のは確かに攻撃の意図があったが、最初の一回は間違いなく苦し紛れだ。十分に互角だと言い切れた。
そうして、再びモヤを吹き飛ばす為の攻防が隻腕の半巨人との間で繰り広げられる事になる。が、それはこちらの攻撃が命中した段階で、敵が手を変えてきたことを理解させられることになった。
「つっぅ!?」
再び背後を取る形となっていたシルドアの攻撃が直撃する。が、そうして響いたのはモヤが噴き出る様なぶしゅっ、という音ではなくきぃん、という金属同士がぶつかり合う様な音だった。
「硬い!?」
「手を替え品を替え、って事かよ!」
反動をもろに受けて思わず片手剣を吹き飛ばしてしまったシルドアの驚きの言葉を聞きながら、ソラは敵の表面が硬質化した事を理解する。魔術の乱打を受けて光り輝く敵をよく見れば、先程まではどこか艶の無い黒だったのが今は若干の光沢を持っていた。それは敢えて言えば黒檀の様な照り返しだ。今までとは違う様子だった。
『ちっ……俺がいる事で洗脳も感染も無理と理解したか』
そんな敵を見て、エルネストが悪態を吐く。どうやら、そういう事なのだろう。おまけにそこにソラの今の一撃だ。無意味な事をするよりも、と考えたとて不思議はない。
「由利! 全力で頼む!」
「すぅ……」
ソラの求めを受けて、由利が即座に精神を集中させる。貫通力と破壊力をより兼ね備えているのは、実は魔術より弓兵の弓矢だ。なので彼女の弓となるとその時点で強大な力を有している。そんな弓の一撃に、由利は更に力を込めていく。
「……<<偽・混沌の矢>>!」
由利はここ当分で覚えた――というより覚え込まされた――矢を放つ。それは相反する属性同士を強引に融合させてその反発力で爆発を起こす特殊な矢を放つ技だった。
高い魔術の練度とそれを矢に込められるだけの技術が必要なのだが、さすがはティナというべきかある程度の形にはなっていた。と言っても『偽』というように、まだ完璧ではなかった。が、それでも十分に高火力だ。
「ちっ、これでも駄目か!?」
爆音と閃光の消えた後。僅かに胴体にひび割れが入った程度の隻腕の半巨人を見て、ソラが悪態を吐く。が、決して無傷ではない。僅かだがひび割れが入っている。
つまり、冒険部の攻撃でもこの漆黒の鎧を砕けないわけではないという事だ。勝機はあると彼は判断した。そうして由利の攻撃が油断出来ないと思ったのか、そちらに移動を始めた敵に向けて突進する。
「俺を忘れてんじゃねぇ!」
消えた左腕側から敵を追い抜いたソラは敵の懐に潜り込み、腕を引いてそう吼える。それに、敵は動きを止めて右腕で防御の姿勢を取る。ソラも危険だというのはわかっているらしい。だが、ソラとて警戒されているだろうというのは想定内だ。
「あとで怒られるけど!」
ソラはあとでオーアから怒られるのを覚悟で、禁止されていた武器技の同時使用を決める。そうして、ソラは左右の剣に<<天羽々斬>>の力を宿す。
「まずは一発目! <<天羽々斬>>!」
ソラは右手の片手剣を大きく上から振り下ろす。やはり切り札の一撃はとてつもなく、敵の右腕を大きく地面にめり込ませる。そこに即座に、ソラが飛び乗った。目の前には、由利が刻んだひび割れがある。
「カナン! 援護頼む!」
「うん!」
ソラの要請を受けて、カナンが即座に追撃に入れる様に身を屈する。それを背後に、ソラは左手に宿った素戔嗚尊の力を解放した。
「<<嵐神の一撃>>!」
神殿一階部分を震わす程の轟音と共に、エメラルドグリーンの光が敵の懐で迸る。その一撃はやはり強烈で、ひび割れが入っていた漆黒の鎧の大部分が崩れ落ちる。が、まだ全てではない。故に、そこにカナンが即座に割って入る。
「<<血爪>>!」
カナンの右指から真紅色の爪状の魔爪が伸びてきて、半ば以上崩落した敵の胴体を抉る。前にカイトから教えられた後も練習を続けて、なんとか使える様になったのだ。そしてその効果はあった。流水の様に削る様な一撃故、ひび割れから侵食して強引に貫く事に成功する。
『ゔぉおおおおおお!』
「きゃあ!」
が、その次の瞬間。敵が苦悶の声と共に、大きく吼えてカナンを吹き飛ばした。とはいえ、ただ吹き飛ばされただけなので器用に空中で回転して、見事に着地した。
「あと一歩だったのに!」
カナンが口惜しそうに苦悶の表情を浮かべる敵の素体と、血の様に滴り落ちる漆黒の雫を見ながら吐き捨てる。もうあと一歩踏み出せていれば、彼女は確実に敵を完全に貫いていただろう。本当にあと一歩だった。
「「「!?」」」
と、再度強制的に距離を取らされることになった冒険部の前で、隻腕の半巨人から剥がれ落ちた漆黒の欠片が浮かび上がる。
『もう一回やり直しだ! 行けないと思うのなら、立て直せ! 何なら回復薬もがぶ飲みしとけ!』
「っ!? 『リミットブレイク・オーバーブースト・ワンセカンド』!」
咄嗟の判断だとしか言い様がない。エルネストの助言を聞いたソラの脳裏にある考えが浮かび、もうそれしかないと思ったのだ。そんな彼が行ったのは、なんと己の片手剣を敵へと投げつけるというある意味の暴挙だった。
その投擲速度は確かに速いが、欠片の速度はもっと速い。そしてすでに素体の周辺を覆っていただろう欠片は元の位置に戻っていて、直撃なぞ望むべくもない。どこかで組み合わさる際に巻き込まれて、抜けなくなるだけだ。
「何を!?」
「おい、天城!」
意図が掴めない冒険部の面々やエルフの戦士達が、明らかに敵の欠片の中に紛れ込ませる様な形で投げたソラの行動を訝しむ。が、それにエルネストは僅かな驚きを得ていた。彼はソラが何の考えも無く片手剣を投げつけたわけではない事を見抜いたのだ。
『まさか……行け、ソラ! 全力だ! 全力でやれ! それなら、行けるかもしれない!』
誰しもが疑問を得る中、ただエルネストだけがソラに対してゴーサインを送る。とはいえ、彼の見立てでも成功確率は半々。ソラもそう考えているだろう。しかしそのエルネストのゴーサインを背に、ソラは更に速度を上げて走り出す。
そんな彼が投げた片手剣は案の定欠片の修復に巻き込まれる形でその漆黒の鎧の狭間に挟まって、完全に抜けなくなっていた。見れば相当な力で挟まれていた様子で、刀身にはひび割れが入っていたし歪みも出ている。無残な状態だった。が、それがソラの狙いだった。
「……わり、相棒。今まで、ありがとな」
そんな片手剣の柄の部分を、ソラは力強く握りしめる。まだ敵は再生途中だからか、それとも武器を奪って余裕だからか、動きは見せない。
それにソラは僅かに目を閉じて、今まで長い間ずっと共に戦ってくれていた相棒に詫びを述べる。これからやる方法ぐらいしか倒せる方法は思いつかなかった。が、その対価は支払わねばならないのだ。そうして、ソラはかっと目を見開いて一気に片手剣に魔力を注ぎ込んだ。
「おぉおおおおお!」
『全員、構えろ! デカイのが来るぞ!』
雄叫びを上げるソラに代わって、唯一彼の意図を理解しているエルネストが全員に注意を促す。そして、その次の瞬間。ソラの片手剣が敵の内部で光り輝いて、先のソラの一撃を遥かに上回る轟音を上げて爆発を起こした。
「なんだ!?」
「爆発!?」
『やったか!?』
唐突な爆発に驚いて、エルネストを除いた全員が顔を上げる。そうして閃光が収まった先には、刃の八割程度を喪った片手剣を手にしたソラが立っていた。その周辺には無数の隻腕の半巨人の漆黒の欠片が散乱し、その威力の凄まじさを表していた。
ソラは咄嗟に出発直前にオーアから言われた事を思い出して、カイトの得意技の<<魔力爆発>>を思い出したのだ。だが、ぶっつけ本番だ。最大の威力を出せるかはわからない。
そこで彼は敢えて敵の内部に刃を突っ込ませ、敵の内部で爆発を起こさせる事にしたのである。これがもしあのモヤの形態ならばこんな結果にはならなかっただろうが、ソラ達の攻撃を防ぐ為に体皮を硬質化させた結果だった。爆弾の原理と一緒だった。
「あ……」
『っ!? 拙い! ソラ、急いで逃げろ!』
全力を出して満足に身動きを取れないソラに向けて、エルネストが声を荒げる。確かに、今の一撃は凄まじかった。敵の鎧の大半を吹き飛ばして、その内部に居た素体も大きく傷付けていた。
が、仕損じた。確かに素体はボロボロだが、まだ死んではいなかった。いや、生きている方がおかしい状態だ。残っていたのは首一つ。それで、生きていたのである。
そんな素体は、ただ虚ろな瞳でソラを見据えていた。そうして、次の瞬間。漆黒の鎧の欠片からモヤが吹き出して、ソラに向けて殺到を始めた。
『間に合うか!?』
エルネストは何が起きようとしていたのかを理解して、彼に出来る最後の力を振り絞る。それを受けて、神剣が光を放った。神剣の力でソラが新たな素体にされるのを防ごうとしたのだ。
が、上手くいなかかった。エルネストはすでに死んでいる。肉体を持たない彼では神剣の力を解放する事なぞ出来るわけがなかったのである。
「ソラぁああああ!」
万策尽きたソラに向けて、由利の悲鳴が響いた。そしてその瞬間、ソラの身体が完全にモヤの中に飲み込まれる。が、次の瞬間。ソラの周辺から灼熱の業火を更に上回る光が生まれ、モヤを完全に吹き飛ばした。
『「「!?」」』
唯一ソラを除いて、何が起きたかは誰にもわからなかった。奇跡としか言い様のない何かが起きて、モヤを吹き飛ばしたのだ。が、奇跡でもなんでもない。当然の事だった。それを、ソラは理解していた。
「そりゃ、そうだよな!」
吹き飛ばされていくモヤの中で、ソラは獰猛に牙を剥いた笑みを浮かべて駆け出した。空元気だが、今はそれでも良い。どうせそうだろうとは思っていた。そういう奴なのだ、彼は。だから、こうなるのはある意味では必然だった。
「だからいつもそういう事はちゃんと言ってくれ、って言ってんのによー! あー、ったく!」
笑いながら、ソラは目端が偶然か必然か捉えた真紅の美女が視線で促した先にあった神剣に手を伸ばす。そうして、彼が神剣に手を触れた瞬間、剣を介してエルネストの意思と遺志が伝わってきた。
『やれ』
「……はい」
ただ短く、しかし濃密な感情として伝えられた意思にソラはこれが英雄なのかとただただ敬服して、神妙な面持ちで大上段に構えた。自分では到底及ばない、まさに英雄としか言い様のないエルネストの精神。それが、神剣を通してソラにも伝えられたのだ。
そして、伝えられたのはそれだけではない。神剣の名と、それに必要なだけの技術も彼へと教えられていた。エルネストは自分で神剣を操るのが無理だと悟ると、神剣へと駆け出したソラへと神剣の使い方を伝授する事にしたのだ。
「偉大なる太陽よ! その輝きを束ね、今邪なる闇を払わん!」
ソラの起こした爆発の影響で崩落していた天井の一部から差し込んだ太陽の光が、ソラの掲げた神剣に収束していく。それはまさに、太陽としか言い様のない輝きだった。
「……<<偉大なる太陽>>!」
英雄の英雄たる証。それを振るう事の畏れ多さを改めて理解したソラは、畏敬の念を以って神剣にその力の開放を命ずる。そうして、彼が大上段に掲げた神剣が振り下ろされた。
『ゔぉおおおおぉぉぉぉ………』
漆黒の半巨人の素体が、断末魔の叫びを上げる。が、そんなものさえ、ソラの掲げた神剣は吹き飛ばした。こうして、ソラ達の大いなる戦いへの序曲が終了したのだった。
お読み頂きありがとうございました。ソラ、数年ぶり二度目の武器を失う。
次回予告:第1310話『戦いの決着』




