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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第65章 二つの森編

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第1306話 大いなる戦いへの序曲

 数千年前。ソラ達が語られた戦いの中で、これは筆者が知らないが故に語られなかった事だ。


「こりゃ……あー、やっばいな。侵食種の中でも上位種か」


 戦士長は敵が最後の最後で繰り出して来た切り札を見て、半笑いを浮かべていた。やはりこの時代は敵の大半が邪神と呼ばれるモノの眷属やそれに操られた者だからだろう。体系的に分類分けがなされていた。

 その中でも邪神の力を受け入れて狂い果て、厄介な領域に足を突っ込んだ敵の事を、彼らは侵食種と読んでいた。

 分かりやすく言えば、ソラ達が戦った漆黒のモヤに覆われた魔物達と言って良いだろう。


「残ってるのは……俺一人だよねー」


 自分と共に戦っていた戦士達も、自分達の為に必死のバフを掛けてくれていた神官達も全員、地面に突っ伏して息絶えていた。彼とてボロボロで、倒れても良いのだ。だが、決して彼は倒れなかった。


「だけどさぁ……だけどさぁ! 苦しいからって膝を屈して涙見せるわけにもいかないのよ、男なら!」


 まるでそれが彼の最後の灯火であるかの様に、轟々と魔力の渦が彼を中心として巻き起こった。それは彼自身の身を賦活させて、屈指そうになっていた膝を強引に持ち上げる。

 まさに、英雄と呼ぶに相応しいだけの風格とその姿は、喩え如何なる存在だったろうと気圧される。気圧されて然るべきだった。が、敵は狂い果てた獣も同然だ。故に、一切の迷いは無かった。


「ごふっ」


 迷いなく、一直線に。敵は通常なら気圧されるだろう魔力の渦の中に突っ込んで、戦士長の身をその巨腕で打ち据える。

 元々戦士長が立っていたのは空元気だ。故に彼は軽々と吹き飛ばされて行き、神殿の壁を突き破って中へと飛ばされていった。


「ぐっ……だが、ここなら! おぉおおおお!」


 幾つもの壁を突き破り、幾つもの柱をなぎ倒して減速して神殿の中心部まで吹き飛ばされた戦士長が吼える。それを受けて、その剣が太陽の如き光を纏った。

 神殿はすでにもぬけの殻だ。そして巨体を誇る相手にとって、ここは最も戦いにくい場所だ。理性がなかったからこそ、得られた幸運だった。


「ありったけだ! ありったけを持っていけ! 俺の全てを吸い尽くせ!」


 戦士長の雄叫びにも似た言葉を受けて、剣に宿る光がさらに輝きを増す。そうして、戦士長の絶望的な戦いが、始まったのだった。




 結果から言えば。戦士長の絶望的な戦いは身を結ぶことはなかった。そもそも連戦に次ぐ連戦で、魔力もスタミナもすっからかんだったのだ。その状況で強敵との戦いだ。生きていられたのが不思議で、まともに戦えたのがおかしい。


「……」


 ああ、死んだんだなぁ、と戦士長は走馬灯の様に走る今までの日々を見ていた。迫り来る巨腕はスローモーションの様に緩やかだった。


(死ぬ間際はゆっくりに見えるってんだが……マジでそうなんだなぁ……)


 痛みや疲労感から、彼が思ったのはそんな益体も無い事だった。が、待てど暮らせど、一向に死は訪れない。


「……? っ!」


 こんなもんなのかもな。にしては、あまりにゆっくりだ。戦士長はそう思って、しかしこれが認識の加速によるものではないと理解して、思いっきりその場に倒れこむ様にして巨腕を回避した。その直後、スローだった筈の巨腕が猛烈な勢いで彼の頭上を巨腕が通り過ぎていった。


「なんで帰ってきた!」


 この現象の原因へと、戦士長が怒声を張り上げる。走馬灯の様にゆっくりになったのではない。現実として、魔術による拘束で速度が落ちていたのだ。それに神官長はただ、覚悟の滲んだ笑みを浮かべた。


「友と共に死ぬ為に」

「!」


 共に生きて帰る為に、ではない。ここで死ぬ為に。その覚悟を、友だからこそ戦士長が見て取った。


「この敵はここで倒します。倒せなくとも、もう誰も傷つけさせはしない」

「ちっ……あー、最悪だわー。最期は可愛い女の子に看取られて死にたかったのによ」

「シャルロット様なら、外にいらっしゃいますよ?」

「分かってるって」


 でなければ、神官長がここに来る筈がない。戦士長はそれをよく理解していた。そうして、彼はいつもの様に笑いながら、同じくいつもの様に朗らかに笑う神官長へと問いかけた。


「どれだけ、魔力残ってる?」

「全力で二回限り、ですね」

「ありゃ。負けたか……これで負けるの初めてじゃね? 俺は後一発だけだわ」

「あはは。腐れ縁もここまで来れば、楽しいものですね」

「だな」


 神官長と戦士長は同じ笑みで笑い合う。もう覚悟は決まっている。自分達はここで死んでも、自分達が生かした命が明日へと進んでくれる筈だ。であれば、それは自分達が生きているのと一緒だ。そう彼らは頷きあった。


「長い付き合いだったが……まー、今度も長い付き合いになりそうかね」

「さて……後は、後の者たちに任せるだけです」

「ああ。一つでも明日に命を繋げれりゃ、俺達も十分だろ」


 神官長の言葉に戦士長が頷いた。そうしてそれを最後に、二人の身体から今までとは比較にならない程の、それこそ命さえ燃やし尽くした魔力が迸る。


「太陽よ!」

「我らが神よ!」

「「御身へと我が身を捧げる!」」


 二人は神使に万が一の場合のみ許された、最大にして最期の魔術を展開する。それは己の身を捧げて敵を討ち滅ぼす為の力と、己の身を捧げて敵を封じる力だ。

 強大な敵を神官長が封じ込めて、戦士長が命懸けの一撃で倒し切るつもりだった。が、これでも無理だろう、と二人は思っていた。だから、更に手を加える。


「「我ら太陽の神が信徒! この森に住まう全ての御霊の為! 我らが神よ! 我らに奇跡を起こさせ給え!」」


 ただでさえ強大だった魔力の渦が、更に莫大な力を帯びる。自分達の生命に加えて、神から力を借り受ける。それだけやっても、まだ無理だ。だから、戦士長は己の神剣へと命ずる。


「<<偉大なる太陽(ソル・グランデ)>>よ! その力を完全に開放し、我が前の闇を打ち払え!」


 太陽の如き剣が、太陽の如き光を放つ。それは今まで一切の痛痒を感じる事のなかった巨体が思わず後ずさる程の力だった。そんな太陽の如き力を持つ剣を携えて、戦士長はゆっくりと歩き出す。その身はもはや、太陽の如き灼熱と光を帯びていた。

 まさに太陽としか言い様のない英雄の姿に、理性の無い敵も流石に動きを止めた。ここまでやってようやく、敵は英雄の姿に圧倒されたのだ。


「さぁ……俺の最後で最期の一撃だ」


 一歩一歩、これまでの人生を思い出す様に踏みしめながら戦士長は歩いていく。倒せる可能性は五分と五分。ここまでやって、ようやく互角だ。そしてだからこそ、ここには神官長が居た。


「太陽よ……」


 祈りを捧げる様に、神官長は持っていた杖を天高く掲げる。そうして、彼の持っていた杖の頭に取り付けられていた魔石からこれまた太陽の如きまばゆい光が迸った。


『!?』


 二つの太陽の力を受けて、敵は今度こそ動けなくなる。ただ気圧され、圧倒されて動けないのではない。神官長の力で邪神からの力の供給が断たれ、その余波で拘束されていたのである。本来、神官長単独では不可能な芸当だったが、自分の生命という対価を払う事により為し得た芸当だった。


「灼熱と極光に抱かれて眠れ! <<偉大なる太陽(ソル・グランデ)>>!」


 太陽の如き極光を放っていた戦士長の剣から、もはや白としか言い様のない光と破壊の力が迸った。それは神殿全域を覆い尽くすと、そのまま身動きの取れない無防備な敵を打ち据える。

 そうして、敵の身を覆い尽くしていた漆黒の闇が振り払われ、その素体となっていたであろう邪神の眷属と成り果てた人の姿が露わになった。


「おぉおおおおおお!」


 ようやく見えた実体に向けて、戦士長は更に剣に込める力を強める。この素体が洗脳されたのか、自分の意思で軍門に下ったのかはわからない。わからないが、どちらでも殺すだけだ。これは、戦争だ。生存競争だ。確かめている余裕なぞ、彼らには無い。


「おぉおおおおおぉぉぉぉぉ……」


 力強く吼えていた戦士長の雄叫びは、段々と弱くなっていく。最期の生命の灯火が消えようとしていたのだ。しかしその頃には敵の素体の大半が消し飛ばされ、下半身はすでに消し炭で後は上半身も残す所少しという所だった。

 それ故、戦士長は残る気力を振り絞ろうとして、しかし、だめだった。後一歩の所で彼の手から力が抜けて、太陽の如き光を放っていた剣が地面に突き刺さる。


「……」


 どさり。戦士長が地面に倒れ伏す。激戦に次ぐ激戦だった。最期の最期まで立派にあがいたのだ。その結果として敵を完全には討ち滅ぼす事が叶わずとも、天晴としか言い様のない死に様だった。


「すぐに……」


 倒れた戦士長を見ながら、神官長は最期の秘術を展開する。このままでは、この邪神の眷属は何時か外に出ていってしまう。だから、ここで封じる必要があった。それに運が良ければ、そのまま封印の中で死ぬ可能性もある。賭けであるが、やらないよりは随分良かった。


「……」


 最期の秘術が発動すると同時に、杖がころん、という軽い音を立てて地面に倒れ伏す。そして、時同じく。どさり、という戦士長よりも遥かに軽い音を立てて神官長も倒れ伏した。

 こうして。神官長の最期の秘術で敵はボロボロのまま、戦士長の攻撃の余波で倒壊した神殿の一階に封ぜられる事になるのだった。




 そんな日から、およそ数千年。ソラ達はその現場の真上に立っていた。この下で、あの最後の戦いが起きたらしい。


「この下で……」


 僅かな畏敬の念の滲んだ声で、シルドアが頭を下げる。彼以外にも『太陽の森』から名を変えた『木漏れ日の森』のエルフ達が深々とここでかつて戦ったのだろうエルフの偉大な英雄達に対して頭を下げ、各々の方法で敬意を表する。


「森が言っている。その時に逃げた者達の子孫が、我らなのだと」


 兄と同じく頭を下げて敬意を表していたウェッジは顔を上げて、森が語ってくれていた事をソラへと語る。だから、森は彼らに教えなかったらしい。

 この下にはまだ、あの時封ぜられたはずの敵が生きているらしい。それを知ればエルフ達は祖先の仇討ちとばかりに自分達だけで戦いを挑むだろう。それはある意味では、戦士長の想いを無に帰す行為だ。だから、森はその英雄の意を汲んだのである。


「祖先達が何が何でも、この地へと帰りたがったのが今になってわかった……この地は彼らにとって英雄の墓所でもあったのだな」

「ああ……」


 シルドアの呟きにウェッジは僅かな涙を目の端に滲ませる。単に遺跡としか思っていなかったが、そんな祖先達の想いがあると知って僅かに恥じてもいたのだろう。


「兄よ……やろう。祖先の無念を晴らす時だ」

「ああ……里のエルフ達よ! わかっているな! 命令は、唯一つ! 誰一人として死ぬな!」

「「「おぉおおおお!」」」


 英雄が自分達を生かす為に死んだのだ。その意を汲むのであれば、生還は絶対だ。故にシルドアの号令にエルフ達は覇気を漲らせて、鬨の声を上げて戦意を高めていく。そんなエルフ達を横目に、ソラ達も頷きあう。自分達とその英雄にはなんら縁もゆかりも無い。ないが、決して無碍にして良いとは思えなかった。


「天城」

「うっす」


 全員の生還。それが、今回の絶対の条件だ。と、そんな決意を見せた冒険部一同とエルフ達の前に、半透明のエルフの男性が現れた。


『あー……まったく。無駄に熱くなっちゃって』

「「「!?」」」


 唐突に現れたエルフの男性に、全員が目を見開いた。現れたのは金髪碧眼で、軟派な笑みが似合うエルフだ。酒場で女の子でもナンパしていれば、非常に様になっただろう。

 が、その威風たるや英雄とひと目でわかるだけの堂々たる様があった。そんな彼はそんな英雄たる風格を微塵も感じさせない柔和な笑みで、軽い感じで手を上げた。


『よーう。あ、俺が誰だかわかる?』

「え……えっと……あの戦士長さん、ですか?」


 偶然目が合ったソラが、戦士長の言葉に頷いて答えた。それに、彼ははっきりと頷いた。


『そ。まぁ、森から聞いてたから大体の理解度はわかってるけどな。あ、一応名前はエルネストとかってのがあるんだけど、親しみを込めてエルでお願いね。あ、同じ名前とか居る? 女の子なら特に仲良くしてねー』


 戦士長はエルネストと名乗ると、そのまま楽しげな笑みでひらひらと手を振った。やはりその様は英雄とは程遠い様子で、誰でも親しみを持てそうだった。が、そんな様子を見せられてもソラ達にはどうしようもない。ただ困惑して、どうすれば良いか顔を見合わせるだけだ。


「え、えーっと……」

『あー。君たち英雄とか神使とかと会ったこと無い? まぁ、大体戦いの顛末は森から聞いたからしょうがないんだろうけどさ。いやぁ、流石シャムロック様。まさかあの状況から立て直して勝っちゃうとはなー』


 どうやら、エルネストは意外と、いや、意外でもなんでもなくおしゃべり好きなエルフらしい。こういうエルフは珍しいといえば珍しい。というわけで勝手に笑ったエルネストは一頻り笑うと、一転真剣な顔になった。


『ま、いいや。とりあえず出て来たのはこのままだと突っ込んできかねないから、って話。この下には森が言う通り、俺達が倒しそこねた敵が眠っている。一応、俺の最期の攻撃で身体の大半は損壊してるから、俺達が戦った時の半分の半分の半分の更に半分程度しかない。だから、勝てるだろうけど……』


 エルネストは一度浮かべた苦い顔を収めて、再度真剣な顔でソラ達へと問いかけた。それは確かに、英雄と言われる者の風格があった。


『やるのなら、覚悟しとけ。俺も戦士だ。覚悟を決めて戦いに挑むのなら、止めはしない。それは戦士に対する侮辱も甚だしい。だからしないが、少なくとも強大な相手を相手にする覚悟はさせる』


 ごうごうと、エルネストから圧力が放出される。それは並の胆力であれば、決して耐えられないだろうほどだ。死してなお、この圧力。生前の彼がどれほどの強者だったのかを誰しもに知らしめていた。

 そしてそれをして、倒しきれなかった相手だ。その本来の実力は、察するにあまりある。が、それでも敗北するとは思えない。森はソラ達でも大丈夫と判断したのだ。であれば、倒せるだけの実力は備わっているはずだ。全員が生還出来る見込みがあると言い切れる。だから、ソラはエルネストの圧に対しても一切気圧される事はなかった。


『……意外とやれそうかも? まぁ、なら良いか……じゃあ、最後に。死ぬなよ』


 そんなソラや冒険部の面々を見て、エルネストが最後に激励を掛ける。そうして、その瞬間。彼の背後が光り輝いて、今まで封じられていた階段が現れ、一同を下へと招き入れるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1307話『生還の為に』

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