第1305話 語られた異変
『木漏れ日の森』のエルフ達からの依頼を受けて森の異変を捜索していたソラ率いる冒険部遠征隊。それは異変が見つからぬままに数日が経過していた。
と、そんな中。ソラの下へと客として訪れたのは、前世のカイトの部下にして日本の戦国時代には梟雄として名を馳せた名将にして智将・松永久秀だった。そんな彼は一度ソラを徹底的に凹ませると、この地で起きたという数千年前の戦いを語っていた。
「って事があった……」
「……」
「……んじゃないの?」
「って、おい! お前がこの地で起きてた事を語ってやるつったんだろうが! せめてそれぐらいにゃ責任持てよ! マジで叩き切るぞ!」
一度わざわざ溜めを作っておいていい加減に投げ捨てた久秀に、ソラが思わずツッコミを入れる。が、そんなソラに久秀は顔を楽しげに肩を震わせる。どうやらからかいたかっただけらしい。
「あっははは。いやぁ、そう言うけどなぁ。俺だってスポンサー様から聞いただけだぜ? そもそもお前だって俺が地球の日本、それも戦国時代の生まれだって知ってんだろ? 知りっこねぇよ」
「いや、そりゃ、まぁ、そうだけど……」
楽しげな久秀に、ソラは思わず気勢を削がれて口ごもる。彼とて松永久秀の名は知っている。少し学があればそれは不思議はない。曲がりなりにも名門私学である天桜に入学していて、松永久秀の名を知らないとは言えなかった。
「でもまぁ、スポンサー様達がそういう事を知ってるのは事実だ、つっても良いぜ。その証拠にほらよ」
久秀は不満げなソラに対して、異空間の中に収納した一つの鐘を取り出した。それは金メッキが施された金属製の鐘の様子で、凹みや欠け、歪みが出ていたがはっきりと鐘だとわかる様子だった。
大きさは成人男性一人分程。かなり重いだろう。様子としてはどこか神殿にでも設置されていそうなある種の神々しさを伴った感じだった。が、これが何かソラには当然わからない。故に久秀に問いかける。
「なんだよ、これ?」
「鐘だよ。どっからどうみても」
「そりゃ、見たらわかるよ。だからこれは何の鐘だ、って話だろ」
「そりゃ、お前さんらが一時拠点にしてる神殿の鐘だろうに」
この話の流れで出すんだから、何を当たり前な。そんな感じで久秀がソラへと告げる。が、それを信じるには論拠が足りなかった。
「いや、そりゃまぁ、わかるけど。それを信じるに足るって証拠は?」
「ねぇんだな、これが」
ソラの問いかけに、久秀は梟雄と言うに相応しい笑みを見せる。信じるも信じないもお前に任せる。その笑みは、言外にそう語っていた。
「……目的は何だ?」
「お、良いねぇ。ここで素直に食いつかないあたり、ちょっとは育ってるじゃないの」
久秀は一気に警戒感を滲ませて問いかけたソラへと笑いかける。今度は、梟雄の様な笑みではない。楽しげな笑みだ。敢えて言えば、人を食った様な笑み。人を茶化して楽しむいたずら者の笑みだ。
「スポンサー様の目的は知らねぇし、知ってても言えないな。そりゃぁ、お前さんだってわかるだろ? で、残念ながらお前さんは御大将の様に俺をひっ捕まえてぼこぼこにして聞き出す、って事は出来ない。そしてなにより、ここで俺が語った所でお前さんは素直には信じない。そう語られた事の意味は何か、と疑う。違うか?」
「……」
道理だろう。ソラは久秀が完全に自分を手のひらの上に置いている事を理解して、ただ顔を顰める。知略の面でも武力の面でも、久秀はソラ以上だった。そうして、そんな久秀は楽しげにソラへと更に告げる。
「なら、それは意味の無い問いかけだ。お前さんが問うべきは、俺の目的じゃぁない。俺が何をさせたいか、だ。ま、その問いかけそのものは悪い問いかけじゃあない。情報収集の面から、やっておいて損はないからな……が、今回は残念ながらノーコメント。お答え出来ません、ってわけ」
久秀は楽しげにソラの問いかけに改めて答えない事を明言する。そうして、その上でソラへと顎で返答を促した。それに、ソラは相変わらず警戒感の滲んだ顔で問いかけた。
「……俺達に何をさせたい」
「そうだなぁ……まぁ、簡単に言えば俺達も俺達のスポンサー様もこの森の異変を解決して欲しい、って感じかね。それに嘘偽りはねぇな。スポンサー様も無いだろう。これは俺が請け負っておいてやろう」
「あんたの請け負いじゃあ信用ならねぇよ」
「だわな。が、まぁ、こりゃ同じく御大将をトップにしたもん同士として、請け負っておいてやるよ」
「……」
どうやら久秀はどうにかして自分にこの言葉が嘘ではないと信じてもらいたいらしい。ソラは久秀の様子から、そう見通した。彼の上である『死魔将』がどういう意図なのかはソラにはわからないが、少なくとも彼はこの森の異変を解決させたがっている。それはソラにも理解出来た。だから、ソラは一つ頷いた。
「わかった。それは信じる」
「嬉しいね。で、その上で言えば、この鐘はウチのスポンサー様がこの森の異変を語る際にこれがあった方が信じやすいだろう、って感じで渡してくれたもんだ。多分、本物だろう」
「……シャムロックさんの紋章……」
成人男性が三人がかりでも持てない様な巨大な金メッキの鐘を浮かせて、久秀がおそらくその正面の中心だろう部分に描かれていた太陽と月の紋章をソラへと見せる。今までは側面を見せられていたらしい。正面と思しき部分には、神殿の床に描かれていたと同じ紋様があった。が、それ故にソラが得たのは疑問だ。
「なんでこんなもんを奴らが持ってんだよ」
「知らねぇよ、んなもん。まぁ、裏社会に繋がってる奴らだ。どこかのオークションに流れてた品でも手に入れてても不思議はねぇな。その上で言えば、さっきの話はそのスポンサー様がどうしてか持ってたその神殿を脱出した奴の一人が記した手記から推測した内容だ。あ、そっちは持ってかないでくださいね、とか言われたから忘れない様に書き記した写ししかねぇぞ」
「当時の手記の写しまであんのかよ……」
ぽん、と懐から取り出して自身へとその写しとやらを投げ渡した久秀に対して、ソラはため息を吐いた。これが真実か否かはわからないが、少なくともここまでの話に筋は通っている。というわけで、ひとまずこの話を信じるという前提で話を進める事にしたソラが更に突っ込んだ。
「で?」
「ん?」
「だから、俺達は何をすりゃ良いんだよ」
「おっと。そうだな……兄さん、意外と馬鹿じゃないねぇ」
久秀はソラが本題に戻した事を受けて、楽しげに笑う。どうやら少しは見直したらしい。
「意外とってなんだよ、意外とって」
「あっはははは。いやぁ、気にしなさんな……で、何をすれば良いか、か。今回の異変。実を言やぁ、さっきの戦いに関係してるんだよ」
不満げに口を尖らせるソラに対して、久秀は一転気を取り直して目的を告げる。別に何の意味もなく過去を語ったわけではない。今の戦いに関係するからこそ、語っていたのだ。
「ってことは、やっぱ大神殿が原因の中心なのか?」
「そういうこと。実はしっかりと見てれば、動物達が少し下の方を注意してた事に気付けるんだがね。この森のエルフ達はまだ、注意力がイマイチだな」
どうやら、久秀は野営地でのソラ達の会議の内容をどこかで盗み聞きしていたらしい。僅かに嘆かわしげに肩を竦めていた。
「ま、その上でそれ以上の話はそっちの写し見なよ。俺が語るよりは、信頼あるだろ」
「あんたが持ってきたのに?」
「ま、それもそうだがね。流石に俺達もスポンサー様もこんな書物偽装するほど、暇じゃない……いや、やるか。俺達普通にやってたよな……あー……まぁ、そこらお前さんに任せるわ。信じるも良し。信じないも良し。好きにしなよ。どーせ、エルフ達が森に聞けばわかる話だしな」
久秀はそう言うと、少しやる気が削がれたかの様に立ち上がる。すでに言うべき事は言った様子だし、これ以上語って変に見られても面倒だというわけなのだろう。
「じゃあなー」
久秀は後ろ手に手を振ってそう言うと、かつて彼らが撤退した時の様に唐突に空間が裂けてどこかへと繋がる穴が出来上がる。そこへ彼が入ると同時に、空間の亀裂が消失した。
「……これを、ね……」
ソラは投げ渡された数枚のメモを見て顔を顰める。どうやら、久秀はいつの間にかボールペンの扱いも学んでいたらしい。達筆な字で彼が語ったと同じ内容が記されていた。
「まぁ、何も手がかりが無いのは事実だし……とりあえず見てみるか」
ソラはそう呟くと、久秀が残した手がかりかもしれないメモの精査に入る事にして、この日は終わる事になるのだった。
その、翌日。ソラはメモの精査を終えて、とりあえずはそのメモに従って異変の解決を試してみる事にしていた。
「神殿の階段が封じられている?」
「はい。そんな感じらしいです」
「ふむ……」
ソラからもたらされた情報に、ウェッジが顔を顰める。確かにそれは可能性としてあり得るだろう、と彼も思ってはいた。が、やはり疑問になったのはそれがなぜ唐突にわかったか、という事だ。
「なぜそんな事を? どこで知った?」
「あー……実は昨日ウチのギルドマスターが人を寄越してくれて。で、そこでその人が数枚のメモを残していってくれたんですよ」
「考古学者か……」
ソラの提示したメモを見て、ウェッジが納得した様に呟いた。当然の話だが、久秀が介入した事は即座にカイトへと報告していた。残念ながら会議中という事で即座の応対は出来なかったが、それでもカイトは報告が入り次第即座に動いてくれた。
そうして彼が述べたのはまず解決させたいのは事実だろう、という事と久秀が来たという事は隠せ、という事だ。前者は彼と敵の妙な信頼感とでも言うべきものがそう告げさせていて、後者はやはり中津国での戦いを覚えている者が多いからだろう。変に騒ぎになっても困るからだ。なので久秀については、公には考古学者で通す事にしたらしい。
「ふむ……神官の日記の写しの様なものか……」
ソラが提示したメモをウェッジが歩きながら内容を読み込んでいく。若干危ない様子だが、森の中なのでエルフなら大丈夫だそうだ。その一方、それを覗き込んでいたシルドアはただただ感慨深げに頷いていた。
「ふむ……祖先達は何らかの魔物を封じてくれていたわけか……これは足を向けて寝られないな……」
書かれていた戦士長と神官長の戦いを見て、シルドアはただただ感嘆を滲ませる。と、そんな二人が唐突に足を止めた。
「ふむ……む?」
「森が……」
足を止めたのは、シルドア達だけではなかった。この森のエルフ達も、外から増援として来たティーネもまた、足を止めていた。
「そういう……事だったのか。それで祖先達は……」
「むぅ……これでは何も言えんではないか」
僅かに感極まった様なウェッジに対して、シルドアは不満げながらもどこか嬉しそうだった。二人以外の『木漏れ日の森』のエルフも似た様なもので、唯一別の森のティーネのみ微笑んでいたという所だ。
「どうしたんですか?」
「ああ、いや……どうやら、森はこの森に封じられていたモノについてを知っていたらしい。我らが誇りに掛けて戦いを挑むだろう事、時の戦士長がそれを望まない事を理解してくれていた」
ソラの問いかけにシルドアは森が語ってくれた事を掻い摘んで話してくれた。確かにシルドアは強い。が、ここに封ぜられている相手は彼単独でどうにかなる戦いではない事を、森は知っていた。
だから、敢えて何も知らせず森は彼らが自発的に外に増援を求める様に差し向けたのである。この状態になるのを望んでいた、というのはそういう事だったのだ。
「ソラ。改めて、我ら『木漏れ日の森』のエルフ一同、全力で支援する事を誓おう」
「あ、はい。ありがとうございます」
ソラはシルドアの誓いに頭を下げて感謝を示した。そうして、一同は異変の原因だという森の神殿を目指して歩いていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1306話『大いなる戦いへの序曲』




