第1298話 森の魔物
『木漏れ日の森』のエルフの里の里長との会合を終えたソラは地図を持ち帰ってひとまず必要な情報を改めて抽出すると、改めて人員の見直しを行っていた。とはいえ、今度は彼一人というわけではなく、連れてきた上層部と言われる面々と共にだった。
「えっと……ってことは水源地は任せて良いっすか?」
「ああ」
ソラの確認に綾崎が頷いた。今回、ソラは森の中という事があり魔術師達はあまり連れていない。が、そのかわりに近接戦闘の中でも徒手空拳や刀等、範囲よりも一対一の戦いに長けた面子を多く連れてきていた。となると当然、綾崎や藤堂がリストに入っていたのである。
なお、魔術師をあまり連れてきていないだけで、連れてきている。各所との連絡を取るのは彼らに任せるつもりだった。やはり森の中なので伝令が走るより、彼らの念話を使うのが一番早いらしい。
「じゃあ、頼みます。とりあえず地図を見る限りだと、この小川に危険な所は無いと思うんっすけど……」
ソラは改めて里長が渡してくれた地図を見る。ソラはまず、水源地の確保を優先する事にしていた。なのでこちらには戦闘力として高い面子を送る事にしていた。
とはいえ、この水源地の周辺はそこまで危険ではないらしい。勿論、結界の外なので魔物は出るが言うほど危険ではない。例えばこの森で最も強いのは『トレント』種なのであるが、その『トレント』はそもそもで水源地にこだわらない。彼らはある意味木に似ているので、根っこから地中の水分を吸収出来るからだ。
となると後は獣の様な魔物やゴブリンになるのだが、その程度なら綾崎達だけで十分に応戦可能だった。別働隊は別働隊で別途野営地も整えるし、エルフ達も居る。危険になる事は無いだろう。
「ああ……それで、基本此方は水源を確保すれば良いだけか?」
「うっす。とりあえず里の方に変な影響が出なければ良いんで」
「わかった。ついでに周辺の調査もしておくか?」
「可能なら、頼んます」
「わかった」
ソラの要請に綾崎が頷いた。別に別働隊の全員が拠点の確保をしておく必要はない。危険があったとしても森が教えてくれるらしい。よしんば『木漏れ日の森』のエルフが教えてくれないでも、こちらにもティーネ――彼女は外で森の声に耳を澄ませてくれている――が居る。なので万が一にも備えられていると言って良いだろう。
「良し……これでとりあえず水の確保は出来るかな……」
補給線の確保は出来た。ソラはそれに頷くと、次を考える。水源地の確保は一義的には里のためだが、結果としてそれはソラ率いる本隊の為にもなる。
確かに里長は水源地は一つではないのでそこまで重要視する必要はない、と言ったがソラ達の分も考えればそこまで余裕があるとは思えない。勿論、ソラ達だって飲料水は持ってきている。が、それでも水源地の確保は重要だろう。
「じゃあ、とりあえず明日は神殿跡から向かう事に……」
やはり気になるのは先史文明の遺跡だろう。そこに何かがあって、それが森に影響を与えているのかもしれない。ソラは少し前の『虹を纏う獣』の事件から、それを危惧していた。まぁ、これは指揮官がソラでなくてもそう考える。なのでソラの思考は一般的な冒険者の考えと合致していると言って良いだろう。
そうして、ソラはこの日は明日からの仕事開始に備えて幾つかの指示を行って、明日に備えて休む事にするのだった。
明けて、翌日。ソラは野営地の管理に必要な人員を野営地に残すと、綾崎・藤堂率いる別働隊と別れて森の中に分け入っていた。
「……変わった所は……無いよな?」
森に分け入っていたソラは適当に魔物を蹴散らしながら、現状を見直していた。兎にも角にも、言える事はそれしかない。魔物たちは何時も通りといえば、何時も通りだ。それは冒険部に蓄積されているデータ通りという意味でもあったし、カイトの伝手から手に入れた情報屋やユニオンが蓄積しているここらの魔物の情報とも乖離していない。強いて強大な魔物が出た、というのは考えられなかった。
「徒党を組んで、って感じでもないし……」
「ソラー。戦闘中ぐらいは戦闘考えよー?」
「わかってるよー」
由利の言葉に、ソラは気軽に返事する。と言っても相手はゴブリンの亜種だ。ランクはDという程度。この程度でなら、喩えよそ見をしていても負ける要素は見当たらなかった。そして勿論、冒険部の面々も苦戦している様子は見受けられない。特に変わり映えしない森の状況と言って良いだろう。
「っと……これで終わりか?」
「天城! 5時方向からトレントだ!」
「おーう!」
ソラは周囲の警戒をしてくれていた魔術師の言葉に、気軽に返事する。やはりソラには<<草薙剣>>があるので、『トレント』種相手になると一番効果的な攻撃を与えられる。そしてランクとしても森の中では『ゴブリン』種よりも一段上の戦闘力を持っている。ソラも率先して戦う様にしていた。
「さて……こっちか?」
『ああ、その先、木の一本に擬態してる』
「おし……あれか」
ソラは魔術師の言葉に従って、よく見れば違うと分かる木から少し離れた所でしっかりと足を踏みしめる。そこは丁度『トレント』の射程から離れている所で、ここで準備して一気に突撃して仕留めるつもりだった。
「行くぞ……『オーバーブースト・ワンセカンド』!」
どんっ、とソラが地面を蹴っ飛ばして木に擬態する『トレント』へと肉薄する。その速度は音速を遥かに超えていて、たかだかランクC程度の魔物では対応出来るわけがなかった。
「<<草薙剣>>!」
一瞬で敵へと肉薄したソラはそのまま容赦なく<<草薙剣>>を叩き込む。やはり草系統の魔物に特攻を持つこの攻撃は非常に効果的で、『トレント』の堅牢な表皮をやすやすと切り裂いて真っ二つにしてのけた。
「おーわりっ、と」
ソラはあっさりと両断した敵の残骸を見ながら、そうこぼした。数ヶ月前、まだ春の終わり頃なら苦戦していた魔物だが、数々の経験とカイトの縁によって手に入った数々の武装のおかげでもはや加護を使わなくても苦戦さえしなくなっていた。
「ふぅ……んー……やっぱ杞憂かな」
魔物の群れと増援の『トレント』を仕留めたソラは、そう呟いた。やはり危惧していたのは、あのカルト集団の時と同じ様に魔物が超強化されていた事だ。が、やはりこれについては彼の言う通り、杞憂と言うべきだったのだろう。何か変わった事はなく、というわけだ。
「ま、もう少し先に進んでみるか。由利ー。そっちどう?」
『うんー。行けるよー』
「おけ。じゃあ、戻る。さっさと神殿跡に行かないとな」
由利からの返答にソラは頷いた。もう少し先にはウェッジが言っていたのとは別の先史文明の跡地があり、今日は肩慣らしも含めてそこの調査を行う予定だったのである。
「じゃあ、再出発だ」
ソラは冒険部の面々と『木漏れ日の森』のエルフ達の準備が整ったのを見て、号令を掛ける。そうして、再び彼らは幾つかある調査ポイントの一つである遺跡を目指して、再び行軍を開始するのだった。
それから、およそ1時間程。ソラ達はかつての文明の遺跡の一つにたどり着いていた。
「ここが……」
「うーん……なんか普通ー?」
「まぁ、うん……」
由利のズバッとした言い方にそらは若干笑いながら頷いた。遺跡と言うのだからもっと痕跡が残っているのかと思ったが、敢えていえばちょっと明らかに人工物っぽい構造体が地面から覗いているという程度だ。
旧文明の遺跡といえば遺跡なのかもしれないが、特に驚いたり感動したりするという事はなかった。それに、道案内を命ぜられていたウェッジも同意した。
「まぁ、その気持ちはわからんではない。ここに見るべき物は殆ど無い。学術的な調査でも地下や近辺に何も無いと判明しているしな」
「あー……」
里の住人でさえそういう程なんだ。ソラはウェッジの興味なさげな様子やその他エルフ達の様子から、ここが学術的にも技術的にも殆ど見る価値はないのだと理解する。が、仕事は仕事だし、肩慣らしには丁度良いというわけでもある。
「よーし! 全員ツーマンセルで散会! 仕事開始だ!」
ソラが冒険部一同に対して号令を掛ける。そうして、エルフ達監督の下、冒険部の調査が開始されたのだった。
さて、それから四時間。当然というかわかりきった話と言うべきか、調査は何の成果も上がらずに終わる事になる。
「……まぁ、それはそうか」
ソラからのこの日の仕事結果の報告を受けたウェッジは当然、という感じで頷いた。そもそもこの北側に立ち入る彼らも何もないと明言していたのだ。見つかっても困るのだろう。
「で、明日はどうしますか?」
「ふむ……」
ソラからの提起に、ウェッジは僅かに頭を悩ませる。里長から冒険部とのやりとりは彼がするように、と言われていた。なのでソラも報告は彼にしていたし、基本的な指示は彼が決めていた。
若そうな見た目だったが、実は彼は340歳ぐらいでカイトを見たこともあったらしい。薄くだがハイ・エルフの血を引いていたらしく、十分里の上役言えた様だ。
「まずこれでこの森の感覚は掴めただろうと思う。明日からは森の動物達にお前たちを紹介しておこう。下手に怯えられても調査がしにくかろう」
「はぁ……」
確かに森での感覚は掴めたが、森の動物達に紹介というのはよく分からなかった。とはいえ、ウェッジ達にとっては当然の事らしく、説明は貰えなかった。が、幸いと言うべきかティーネが居るので彼女が説明をくれた。
「獣達だって馬鹿じゃないわ。群れの長に私達エルフが紹介しておけば、獣達もこちらの事を覚えてくれる。変に警戒されたり、狼だと寝込みを襲おうとしなくなるのよ」
「へー……」
「それ故に、私達は森の精霊と言われるわけ。獣達もこの森の一部よ。話せばわかってくれるし、理解できるだけの知性はある。狩人でなくこの森の協力者だと分かれば、異変があれば教えてくれる様になるし、安全も担保してくれるわけ」
感心した様なソラに対して、ティーネが更に明言する。この森の事はこの森の住人が誰よりも知っている。
そしてエルフ達と獣達では得意なことが違う。だからこそ、獣達にも協力を依頼すると言う事だったのだろう。
「なるべく、明日は香辛料を使わない料理にしておく方が良いわね。獣達は人以上に鼻が良いから」
「匂いを覚えてもらうために、ってことか?」
「そういうこと」
ソラの確認にティーネは頷く。ここで彼女は語らなかったが、もし匂いを覚えて貰えていれば道に迷った時などは道案内をしてくれる事もあるそうだ。
万が一逸れても、エルフの里か外に案内してもらえるのならそれだけ事故率は低く出来る。ウェッジが早い内を選んだのには、そういう理由もあったらしい。
そして森の獣達からすると、それだけ狩られる可能性が低くなる。里にたどり着けば食料の心配は少ないからだ。そしてだから、エルフ達も支援を惜しまない。与えてやればその分、荒らされないからだ。
「わかった。じゃあ、今日はなるべく香辛料少なめで頼んどく」
「そうしなさい」
「おし……あ、ナナミ?」
ティーネのアドバイスを受けて、ソラは料理番をしてくれるナナミへと連絡を入れる事にする。
彼女らの仕事はやはり量を作らねばならないので、かなり早い段階で仕込みに入っている。連絡み早い内に入れる必要があった。
「おし……これで、明日は大丈夫かな」
「ああ、後それと、今日のお風呂はなるべく石鹸は使わない様にね」
「りょーかい。おーい、全員野営地に戻るぞー」
ティーネからのアドバイスを聞いておいて、ソラは全員に帰還を促す。そうしてソラもまたナナミの待つ野営地に帰還して、明日に備えるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1299話『森の獣』




