第1297話 森の異変
『木漏れ日の森』というエルフ達が住まう森に依頼でやってきていたソラ達冒険部遠征隊。それを率いるソラはひとまず悩んでもしょうがない、という結論に到達してナナミの朝食を食べると、必要な面子を集めて『木漏れ日』の里の里長の所へと向かう事にしていた。
「ふむ……えらく若いが……風の大精霊様も何かお考えがあるのだろう」
里長はソラやらが人間種としても若いのを改めて確認して少し訝しんで顔を顰めるも、それがシルフィの意見もあったという言葉を思い出して首を振って自分で自分の考えを戒める。
なお、このシルフィの顕現についてウェッジが嘘を言っている可能性については、彼らは毛ほども考えていない。ハイ・エルフ達がそうであった様に、彼らにとってシルフィとは絶対者だ。それに関して嘘を言う事はエルフ達にとって見れば殺人よりも重い罪だった。それこそ、森を捨てる覚悟でもないと出来ない事だ。
「まぁ、良い。とりあえず、これがこの森の地図だ」
「ありがとうございます」
ソラは里長が机に置いてくれた地図を見る。大きさはミナド村の近くの森の数倍という所だ。少なくとも一両日でなんとかなる広さではないし、それについては元々カイトの残してくれた情報からも把握していた。そうして、里長が軽く今回の事態についての説明を開始する。
「それで、今回の異変だが……基本的にはこの里を中心として北側……マクダウェル領側で起きている」
「北側……」
ソラは里長の言葉を聞きながら、里の北側一帯の部分を見る。そこはソラ達が通ったハイ・エルフの異空間への出入り口を筆頭にして、比較的先史文明の史跡が残っているエリアだった。
それ故か里の者達はあまり近寄るという事はなく、ウェッジの様にある意味では物好きな者達ぐらいしか入らないらしい。エルフと言ってもやはり性格の差はあるのだ。
そしてこれは彼らの言葉だが、森にもその場その場で性質があるそうだ。故に北側に詳しくないエルフも居るらしい。今回ウェッジがマクスウェルに来ていたりソラ達の道案内をしたのは、彼が一番この北側に関しては詳しいからだそうだ。
「うむ。が、何か目立った異変が起きているわけではない。いや、これは目に見えた、という所であるが……」
里長は若干歯切れが悪そうにソラへと状況を説明する。ここら、悲しいかな彼らは自身を森の一部と捉えていても森ではないという所だ。森の異変を感じ取れても、明確にはわからないのだ。
「……北の森の娘よ。世界樹の麓に生まれた子よ。そなたには、何か分からぬか?」
「昨日からずっと見ていたけど……森の北の方……時々、まるで思い出したかのように動物達が怯えてる……?」
森の声に注意するティーネは、何処かを見る様にして里長の言葉に同意する。どこの生まれだろうと、エルフであれば森の声を聞けるらしい。彼女を連れてきたのは正解だったのだろう。
「うむ……その通りなのだ。まるで思い出した様に怯えて、しかしすぐにまた思い出したかの様に普通に戻る。当初は、我々も何か強大な獣が森に入り込んだかと森狩りを行った。が、何も見つからん」
里長が困った様な顔で明言する。これが、今回の依頼の理由だった。彼らではどうしようもないので、上位種であるクズハに意見と対策を乞おうというわけだ。
これをマクシミリアンの領主に持ち込まなかったのは、やはり排他的な所が影響していた。ハイ・エルフに先に話を、というのは彼らには当然の流れだった。
「となると、もう我々では手に負えん。そこでクズハミサ様のお力をお借りしようと思ったのだが……」
まさか、こんな事になるとは。里長は言外にそう語る。とは言え、仕事として受けた以上ソラ達は調べないと駄目だし、エルフ達は自分の森が異変を告げているのに座視は出来ない。どちらも動かないと駄目だろう。
「それで、だ。仕事だが、この北側だけで良い。森の言葉に拠れば、北に何かがある事は事実なのだろう。下手に余所者を入れて北以外を騒がせたくない。もし異変が北から広がれば、その時対処しよう」
「わかりました」
ソラとしては、出来れば森全体を見ておきたい所だ。が、全ては依頼人の意向が優先される。そんな僅かに不承不承なソラにティーネが耳打ちした。
「ひとまず、森は異変が南下したりする事は無いと言っているわ。何かはっきりとした事は分からないけど、北以外は安全の様よ」
「……そうっすか」
何はともあれ、理由があっての事ならソラとしても問題ない。なのでソラは今度はしっかりと納得する。というわけで、ソラは更に話を進める事にした。
「それじゃあ、北で重点的に調べた方が良い所とかありませんか?」
「ふむ……幾つかある。まずは、この里の水源にもなっている小川の源流付近。ここで何かがあると里の一大事だ。ここは問題がない事を確認してもらいたい」
「なるほど……可能なら、別働隊という形で人員を留めて良いですか?」
「里からも人を含められるのなら、構わん」
「勿論です」
基本的、里長はソラ達の事を信頼も信用もしていない。それは勿論、里のエルフ達も一緒だ。であれば、水源の確保のために監視を同行させるのは当然だろう。
それはソラも承知済みだし、何より里のエルフ達の助力も欲しい。これは逆説的には助力が貰えると等しかった。
「なら、良いだろう。明日の出立に合わせ我らの戦士数名をそちらに寄越そう。詳しくは彼らと決めると良い。もし無理なら無理でそのまま帰ってこれば良い。水源は一つだけでは無いからな」
「ありがとうございます。それで、他には?」
「ふむ……ここらには鹿の群れが暮らす一帯がある。我らも定期的に確認していたが、万が一に備えて気にかけてくれると助かる。丁度今、子育て中の鹿の群れがある。それに手を出されるのは困る」
「なるほど……」
ソラは里長の言葉を聞きながら、逐一与えられた地図に情報を書き込んでいく。この地図を頼りに、冒険部一同は行動するつもりだった。そうして、二時間程掛けてソラは凡そ必要な情報を地図へと書き写した。
「こんな所ですか?」
「……うむ。そんな所だろう。分かっていると思うが、この地図は他所……特にマクシミリアン領の者達には流さんでくれ。悪い狩人達にこの情報が知られれば面倒事の種になる」
「依頼で聞いた情報なので、守秘義務がありますから……それに今回はクズハさんからの口添えもありますし……」
里長の依頼に対して、ソラは言外という形ではあったものの口外無用に同意する。ここら、あくどいうべきかがめついというべきか、冒険者の中にはあっさりと手に入れた情報を情報屋に売り渡す者もいる。
やはり情報とは無形の財産だ。高値で売れる事はあるし、こういうエルフ達ぐらいしか知らない情報というのは比較的高値で取引されている。里長が危惧するのも仕方がないだろう。
が、冒険部に限ればそれはない。カイトが情報屋ギルドのトップと繋がっている為、情報の売買なぞ簡単に露呈するからだ。勿論、これは里長もソラ達も預かり知らぬ事ではある。
「うむ。そうしてくれ」
「はい……ええっと、それで我々に同行してくれるのは?」
「先に述べた追加を除けば、明日紹介しよう。我らにも色々と準備が必要だ。それは理解してくれ」
「あ、わかりました。じゃあ、日々の出発の時間はそちらがお決めになってください」
「良いのか?」
「ええ……道案内が居た方が作業は進みますし、安全性も高い。なら、そっちの方が結果として作業効率が上がる」
「ふむ……」
若いのに意外と色々と考えているのだな。ソラの見識に里長が僅かに感心する。やはりこの世界は異世界だ。まともな教育を受けられている者は限られている。
確かにマクダウェル領に近いマクシミリアンは経済的にも発展しているしマクスウェルのおかげで学園に通う者も多く比較的教育が行き届いていると言えるが、それでもやはり皇都や二大公五公爵の領土並とは言えない。
ソラと同年代でこの受け答えが出来る者は珍しかった様だ。そしてその行き届いた教育を見て、エルフの里長はもう少しだけ信頼しても良いと思ったらしい。
「良かろう。ウェッジ。確かお主、北の神殿跡地に出入りしておったな?」
「はい、里長」
「そこへはお主が案内しなさい」
「良いのですか?」
「うむ。どうやら、行き届いた教育がされている様だ。いたずらに要らぬ事はせんだろう」
ウェッジの問いかけに里長は神殿への立ち入り許可を出す。こういった過去の遺跡に立ち入られて困るのは、何よりも破壊される事だ。が、ソラの様子を見て彼らならば無闇矢鱈に破壊はしないだろう、と判断したのである。そしてこれは一般的な日本人ならば当然の考えだろう。なので彼の判断は正しかったと言える。
「わかりました」
里長の命令と明言にウェッジが頭を下げて応諾を示した。実のところ、この会話の意味はソラ達にはわからなかった。元々北の神殿跡地というのは捜索エリアの中に入っている。なので調査予定だった。が、ここらやはりソラ達は信頼されていなかった、という所なのだろう。
実はウェッジが道中で言っていた――そして今回案内を命ぜられた――神殿跡と、ソラ達が依頼された神殿跡というのは別物だったのである。信頼出来るか否かを里長が判断した上で、ソラ達に調査させるか否かを判断するつもりだったのだ。
なので本来ウェッジは道中でこの神殿跡に言及すべきではなかったのであるが、ここら興奮してしまってうっかり、という所なのだろう。案外、彼はお調子者なのかもしれない。と言っても里長にはバレていなかったので、彼にとってはそれは良かったというわけなのだろう。
「うむ……ああ、実はこれ以外にも神殿跡というのはあるのでな。そこの調査をもう一つ、任せたい」
「あ、はい」
里長の言葉にソラは少し慌てて更に追記をするべく羽ペンを手に取った。それを見て、里長が教えてくれた。
「元々そこは結界が展開されている場所で、かつて先史文明が何らかの神を祀っていた神殿だ」
「何らかの……悪神って事は?」
「それは無い。以前、神殿都市の調査団の調査を受け入れて、少なくとも邪神の眷属を祀った神殿ではないと結論が出ている」
「そうですか……」
里長の言葉にソラは僅かな安堵を滲ませる。やはり彼は邪神と呼ばれる神の眷属や信徒と戦っていた事から、かなり警戒していた様だ。ここらはカイトから聞いて警戒はしていたが、これはカイトも詳しい事は知らなかった――一応邪神を祀っていないとは知っていたが――ので仕方がない所であったのだろう。
「あ、すいません。えっと、他に何かわかっている事は?」
「ふむ……中央に祀っている神の紋様がある、という所か。地下にも空洞がある様子であるが……どうやら地下への出入り口は崩落してしまっている様子でな。遺跡を傷つける恐れがある為、詳細な調査はまだしておらん。クズハミサ様の裁可を待っているという所だ」
里長はソラの問いかけに正直に答えてくれた。見れば分かるのに敢えて隠す意味が無かったからだ。なお、ここでも何故クズハなのかというと、やはり女王だからだ。基本、彼らの治める森は自治区に近い。なのでマクシミリアンの領主ではなく、クズハの意向が重要視されるのである。と、そんな里長の言葉に、ソラは思わず呟いた。
「うーん……ってことは、カイトから借りた神々の象徴の一覧表とか持ってくべきかな……」
「うむ? その様な物を持っているのか」
「? 珍しいですか?」
ソラは独り言を聞かれていたか、と少し恥ずかしげながらも、先程までとは少し違った様子で興味深げな里長の言葉に首を傾げる。それに、里長ははっきりと頷いた。
「うむ……珍しい事は珍しい。お主らは日本人であるのでいまいちわからぬかもしれんが、基本的にエネフィアの神々は我々には関わらん。特に元々このエネシア大陸を中心としていた神々は300年前の大戦であまり助力出来なかった事を恥じていられるらしくてな。基本的には勇者カイトの縁で浮遊大陸に居を構えて、万が一に備えて我らの自由にさせて下さっている。厄災種等の危機には力をお貸し下さるが、その程度だ」
「君臨すれども統治せず、というわけですか?」
「そう言うのが、一番相応しかろう」
ソラの喩えに里長は我が意を得たり、と頷いた。これはシャムロックの意向だ。と言っても勿論、これは表向きの理由と言っても過言ではない。
彼らと彼らの敵である邪神は同時期に眠りに就いた。つまり、彼らの復活とは逆説的に言えば敵も復活が近いという事に他ならなかったのだ。故にカイト達と相談して、万が一に備えて浮遊大陸で力を蓄える事にしていたのである。
「まぁ、それ故に神々の事はあまり我らエネフィアの者も知らんのだ。勿論、祀っている神殿があるので個々の神々を知らんというわけではない。が、神話は断片的で、それを体系化した書物を一冒険者が持つのは珍しいと言わざるを得ん。ギルドマスター殿は余程勤勉な者なのであろうな」
「は、はぁ……そうなんですか」
「うむ……ふむ。そう言うことであれば、殊更私からも頼もう。神殿で何か分かる事があれば、此方に報告してもらえまいか?」
「あ、勿論です」
ソラは里長の申し出に快諾する。これは彼もカイトも期せずして、であるが幸運にも里長もこの神殿が何なのか、と疑問ではあったらしい。その疑問が少しでも解けるのなら、と詳しく調べる許可をくれたわけだ。
「うむ、助かる……では、後は明日に備えて色々と準備も必要だろう。必要な事があれば、此方に言うと良い」
「ありがとうございます」
里長の改めての明言にソラは頭を下げて感謝を示す。そうして、ソラは連れてきた面子と共に里長の家を後にして、明日に備えた用意を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1298話『森の魔物』




