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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第65章 二つの森編

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第1296話 木漏れ日の森の朝

 シルフィの縁から『木漏れ日の森』というマクダウェル領の南隣、マクシミリアン領のエルフ達の森の一つへとやってきていたソラ率いる遠征隊。彼らはひとまず野営地の準備を整えると、その日はそのまま休憩を取る事にしていた。


「ふぅ……あー……なんとかこれで明日から行動に移れるかなぁ……」


 風呂にのんびりと浸かりながら、ソラがため息を吐いた。なお、念の為に言っておくが彼はカイトではないのでここに由利やナナミが居るということはない。

 あれはカイトが特殊というべきかカイトとその恋人達が特殊というべきか、彼らだからやっている事だ。普通の男子高校生であるソラが女の子と一緒にお風呂に入るわけがない。


「……」


 とりあえず、ここまでは問題が無い。ソラはそれを一度しっかりと見直しておく。というより、それを見直しておかないと次に進めない。


「えっと……地図は明日。武装と人員はきちんとした……野営地問題無し……食事も大丈夫……確かハイ・エルフの国から支援物資来るって話だし……あ、それならそれで使者へ誰が挨拶するのか、って考えないと……俺が出来るなら俺でも良いんだろうけど……あ、ってことは誰か残っとかないと駄目なのかー……あー……調査の人員リスト見直さないと……」


 確認する事や見直すべき事は幾つもある。そういった事を何度も繰り返していると、ソラは自然とカイトと父が実は凄いのだ、と理解する様になっていた。

 カイトはそれをやりながら、いざ戦いになれば前線で悪鬼羅刹の如くに戦って味方を守る。そして父は総理大臣として、日本という国を治めている。とてもではないが、こんな数十人程度を纏めるのにあくせくしているソラには出来なかった。


「あー……後何があったっけ……」


 考えるだけで、頭が痛くなる。次から次に問題が山積みだ。対処すべき事が非常に多かった。


「えっと……あー……わっかんねー……」


 わからない事だらけだ。それでも幾つもの事を教えてもらって、実際に実地で実践し、なんとか出来ている。それだけに過ぎない。まだまだ、慣れも経験も足りていない。それ故、彼は一度顔を湯船に浸けて顔を洗う。


「ぷはぁ! はぁ……」


 何が必要なのか。ソラはそれを考える。が、考えた所で答えは出ない。それはそもそも、彼ではまだ足りない視点だったからだ。結論を言ってしまえば頭脳派と言われる者達、敢えて古典的な言い方をするのであれば、軍師だ。それが必要なのである。

 今の彼の欠点は全てを自分一人でしようとする所だ。任せられる所は任せるべき。それを、彼は理解していても実践出来ていなかった。

 が、これはそもそもカイトとティナというずば抜けた統率力と最初から専門性の高い文官達がいるというある種のチートが悪いのであって、彼が責められる事ではないだろう。敢えて言えば、カイトが万が一には椿を頼る様に、と言ったのが悪いとも言えた。こればかりは、ソラの布陣だ。彼が自分で見つけるしかないのだ。


「疲れてるねー」

「疲れてるね」


 そんなソラの湯船でぶつくさと何かを考える声を聞きながら、由利とナナミはのんびりと僅かな呆れを浮かべ合う。そんなソラの唯一良いと言える所は、この二人だろう。良いか悪いか、この二人が居たというのはソラにとって良い結果しかならない。

 ソラはこう見えて、非常に真面目だ。故に一度悩むと延々と悩む。この二人はそれを制止し、時には強引に止めさせる事が出来るのである。それが運命だったのか、それとも偶然だったのかは誰にもわからない。わからないが、とりあえず良縁には違いなかった。


「どうする?」

「そろそろ、やめさせるー?」


 ナナミの問いかけに由利が笑いながら問い返す。実のところソラは気付いていなかったが、すでにかなりの長時間彼はお風呂に入っていた。そろそろ上がらせないとのぼせてしまう可能性はある。更にはこの調子では湯冷めする可能性もあった。


「仕方がない。大きな子供のお世話、しちゃいますか」

「そうだねー」


 仕方がない。二人はそう意を決すると、相も変わらず真面目といえば真面目なソラを制止すべく立ち上がる。というわけで、二人はそのままお風呂の扉を開いた。内側から鍵が掛けられる仕組みだが、万が一の閉じ込めや入浴者が急な病気に対応出来る様に外からも空けられる仕組みになっている。それを使ったのだ。


「ソラー?」

「ソラくん?」

「ふぇ!?」


 唐突に入ってきた女の子二人に、ソラが目を見開いて驚いた。まぁ、恋人同士なので裸を見た事はあるし、勿論見られた事はある。別に気にしない。が、お風呂に入られた事は無かったのでびっくりしていた。いや、入られた事が無いだけで入った事はある。


「はい、良いからさっさとあがる! どれだけ長い間入ってると思ってるの!」

「え、あ、え? 俺そんな長く入ってた?」

「はいはい! さっさと出る! 由利、タオル!」

「はーい」


 強引に湯船から上がらせて更衣スペースへと移動させたナナミから、ソラが由利へと投げ渡される。それに続いて、楽しげに由利がソラの身体をタオルで拭き始める。そんな二人に、ソラはなすがままだ。状況が上手く飲み込めていないらしい。いや、それも当然だろう。


「熱かったら言ってねー」

「はい、こっちは終了。まったく……」


 およそ3分後。ドライヤーで髪を乾かされるソラの姿とそんな彼にドライヤーを当てる由利の姿、更にジャージを着せたナナミの姿がそこにはあった。そうしてこの日はそのまま、この二人の監視下に置かれてソラは強制的に休まされる事になるのだった。




 というわけで、明けて翌日。強制的に寝かされたソラはなんだかんだ一緒に眠ってしまった由利とナナミに挟まれて目を覚ました。


「やっちまった……いや、ヤッちまったわけじゃないからダブル・ミーニングじゃないんだけど……」


 まぁ、若い男女で恋人同士だ。こうなることはある意味、想定されていた話ではある。が、そう言う意味ではない。確かに一緒に寝てはいるが、この発言はそういう意味ではない。

 ソラがあまりに考え込んで寝ないので、この二人が強引に連れ込んだというだけだ。そう言う意味では、今回は何もしていない。誰が見ても至って健全に眠った。

 やはり頭脳労働で疲れていたのだろう。気付けば、ソラが一番最初に寝ていたのである。ソラは預かり知らぬ事だが、それを見て二人の少女らが僅かに苦笑していたりした。


「はぁ……」


 結局色々と結論を出せなかった事にソラは落ち込むも、同時にこの二人に何か文句を言おうとは思わない。というより、思えない。彼さえ気付かぬ間に眠りに落ちたのだ。よほど疲れていたというのは、察するに余りある。

 そしてしっかりと寝たおかげで頭はすっきりしているし、体調もこの二人が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたおかげで悪くなっていない。それどころかしっかり寝たので好調と言える。


「うっし。ちょっと外に出るか」


 ソラは二人を起こさない様に気を付けながら、外に出る。朝食はナナミが用意してくれる事になっているので、特に彼が気にする事はない。というわけでトレーラーから外に出た所では、すでに朝の早いメンバー達が朝練を行っていた。その中の一人と、ソラは偶然目があった。


「ん? ああ、天城か。君も鍛錬か?」

「あ、藤堂先輩。いや、自分はちょっと考え事っす。昨日うっかり寝落ちしちまったんで……改めて考え直しっすよ」


 流石に女の子と一緒に寝てました、とは言い難い。なのでソラは当たり障りのない言い訳を行っておく事にしたらしい。それに藤堂が気付いたかどうかは定かではないが、とりあえず彼はその返答に一つ頷いて再び前を見据え直した。


「そうか。すまないな、先輩なのにそう言う統率を任せてしまって」

「いえ、これが自分の仕事っすからね」

「あはは、そうか。まぁ、そのかわりと言ってはなんだが、戦いの方面では期待してもらって構わない」

「うっす」


 正眼の構えのまま笑う藤堂に対して、ソラが一つ頭を下げる。今回、ティーネを筆頭に何人かの腕利きを連れてきている。置いてきたのは一条兄妹に桜ら統率力に長けた者――特に桜は残留組の統率が必要な為――や広範囲への攻撃を得意とする者達だ。勿論、それ以外にもこの深い森の中では竜騎士達も満足には戦えない。故に瑞樹達天竜を駆る竜騎士部隊も残留だ。


「……むぅ」


 そんなソラに対して、藤堂は正眼の構えを解いて顔をしかめる。何かが気になるらしい。


「どうしたんっすか?」

「……いや、記憶を頼りに石舟斎様の無刀取りを練習してみようと思っているんだが……」

「……刀、持ってないっすか?」

「……そうなんだ。刀が無いと落ち着かない、というかこれが自分なりのプリショットルーティーンだから……」


 ソラのツッコミに藤堂が半ば嘆くような、半ば困った様な顔で頷いた。少し前の武闘大会でカイトと相対していた時もそうだったが、正眼の構えというのは藤堂にとって一番馴染みの深い動作だ。故に彼は極度に集中したい時には、この構えを取る。

 が、ここではそれが問題だった。無刀取りとはそのまま、無刀。刀が無い徒手空拳なのだ。正眼の構えが取れないのである。いや、取れなくはないが、刀が無いという事は藤堂にとっては違和感だ。故に、取れない。


「……深いな、新陰流は」


 結局、困った藤堂はそう言うに留めたらしい。無刀取りは技術そのものは体術だし、極論してしまえばそこまで難しい技術とは言い難い。一言で言い表わせば相手の刀を奪い取る武装解除の技だからだ。

 が、それを確たる武芸として昇華させるには相手の動作を完全に見切る必要があるし、それが可能なだけの技量が必要だ。奥義と言うに相応しいだけの技術ではあった。


「……」


 どうやれば自分が無刀取りの練習を出来るのだろうか。そう悩む藤堂を邪魔しない様に、ソラはその場から静かに離れていく。そうして思ったのは、基本大声を出す訓練は誰もしていない、という事だろう。エルフ達の忠告にきちんと全員従ってくれているらしい。そして、もう一つ。気付いた事があった。


「み、見張られてんなー……」


 ソラはうっすらとだが感じる視線に僅かに苦笑する。とはいえ、これは敵意が含まれているわけではない。信頼されていないだけ、というわけなのだろうし、監視者(エルフ)達からすればソラ達はよそ者だ。要らない事をされないように見張るのは、普通の事だろう。


「うーん……」


 信頼されていないのは仕方がないと思うし、これは敢えて監視しているのを見せてくれてもいるのだろう。見張っていると分かるだけでも行動は牽制出来るからだ。彼らエルフが本気で森に潜めば、ソラ達程度ではどうにもならない。

 そう言う意味で考えれば、これはソラ達が信頼されていないというよりも余所者全体が信頼されていない、という感じだ。とはいえ、これはどこでも一緒だ。大抵の場所では余程高名な冒険者でもないと信頼はされない。冒険者は実績が全てだ。信頼を得たいのなら、こちらから行動する必要があった。


「気にしたってしゃーねーか」


 ソラは一つ、頭を掻いた。これは対処しようのない問題だ。実績を積み上げる事で信頼を得るしかない。そしてそうと決まれば、行動開始だ。彼は気合を一つ入れ直すと、見回りから拠点へと戻る事にした。


「うっし! 気分転換終了。帰って飯食って里長の所へ行くか。そうだよな。よく考えりゃ、そっから人員のリストなんかも見直さないと駄目だろうし……今ここで悩んだって無駄だよな」


 兎にも角にも、この森で何が起きているのか知る必要がある。そのためには依頼人から話を聞くのが先決だ。そしてそこから見えるものはあるだろうし、考えられる対処も異なってくる。今のパーティリストは敢えて言えばどこででも対応出来る汎用性の高いパーティの構成だ。

 これの大本はカイト達が考えてくれた物なので確実性は高いし常にはソラもそれをベースに考えているが、調査に赴く土地に応じてはそれ専用の構成を考える必要もある事は教えられていた。ここでうだうだと悩むよりも、今は情報をもっと集めるべき時だった。


「となれば、まずは腹ごしらえだ……腹減ったしな」


 ソラはそう決めると、腹の虫が鳴った事もあり少しだけ足早に歩いていく。そうして、彼はナナミの朝食を――二杯ほどおかわりして――食べて、里長の所へと向かう事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1297話『森の異変』

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[気になる点] 「置いてきたのは一条姉弟に桜ら統率力に長けた者…」の一条姉弟は一条兄妹が正しいかと。
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