第1290話 新緑の杖
カイト達が『厄氷樹』の群れを探していた頃。ソレイユとユリィはというと、飛空艇の上からまた別の物を探していた。なお、それならソレイユがそこから群れを探せば良いではないか、という疑問もあるだろうが、これは無理だ。
流石にいくら視力がずば抜けて良い彼女でもこの吹雪の中を擬態した『厄氷樹』の群れを探すのは容易ではない。彼女と兄のフロド自身も明言していたが、狙撃には環境の要因も非常に大きなファクターとなるのだ。この吹雪の中は悪天候と言っても過言ではない。いくら彼女だろうと、数キロ先も見えなかった。そして見えなければ狙撃は出来ず、というわけだ。
「というわけで、杖を作りまーす!」
「わーい!」
ソレイユが元気に声を上げると、ユリィがそれに応じて楽しげに拍手で合いの手を入れる。というわけで、その合いの手に続いてソレイユが話し始める。
「今日のメニューは『厄氷樹』と戦う為には必須! 『封印仗』、もしくは『堰き止め仗』と呼ばれる魔導具でーす!」
「ということで、先生。今日の材料はなんでしょー」
「はーい! 今日の材料は、手頃な丸太5本! ちょっと湿気ってるけど、気にしない! 気になる人は魔術で急速乾燥させてね!」
どうやら二人は料理番組のノリで作業を行うつもりらしい。観客なぞ誰も居ないのであるが、そんなノリだった。と、言うわけで彼女らの前にはソレイユが見繕い、ユリィが回収してきた5本の丸太が転がっていた。
なお、ユリィが回収に出ている間にソレイユは飛空艇の周囲の地面から雪を取り除き、その上で水気を取り除いていた。なので今は雪の下にあった石が見え隠れしていた。丸太を直置きしても丸太が水気を吸収する、という事は無かった。と、そんなソレイユが更に続ける。
「というわけで、注意点! 『封印仗』は同じ程度の丸太を使って下さい!」
「別に大きければいいけど、なるべく小さいのは避けてねー」
「この杖は流れ込む地脈をせき止める物だからー、小さいと抑止弁の役割を果たさないの。そこは注意してねー」
と、言う訳らしい。なので二人の前にある丸太もそこそこの大きさで、材質は白樺の一種という所だろう。白樺の成長は木々の中では比較的早い方で、この白樺の一種も地球にある物とさほど変わらない様子だ。
白樺の主な用途としては地球では割り箸やアイスクリームのスプーン等に使われており、エネフィアでも同じ様な用途で使われている。そして日常的に使われる物である事もあり、ハーフリングのソレイユ達にとっても馴染みは深かった。なのでソレイユでも加工は可能だった。というわけで、ユリィを助手としたソレイユが作業に取り掛かった。
「さて、まずは皮を剥いじゃいます」
「皮のはぎ方は人それぞれですから、お手持ちの道具で出来る方法でお願いします」
「でもその前に……注意事項です。作業の前に中に居る虫ちゃん達にはご退出願いましょう。無駄な殺生は禁止です」
「この丸太は回収時にご退出願っていますから、問題はありません」
ソレイユの注意事項にユリィが問題無い事を明言する。やはり二人は森で生きる者だ。この丸太の下となる木は魔物を倒す為に仕方がなく森から借り受けたのであって、中に生息している虫はなるべく殺さない様にしているらしい。
「と、言うわけで。ご退出願った後は作業の開始です! 取り出したのは、この木の皮剥専用の魔導具です! <<森の小人>>でも販売していまーす!」
「支部が近くに無い、という方は下の番号からヴィクトル商会に連絡して、取り寄せも出来ます」
「というわけで、これを使ってちゃっちゃと皮を剥いじゃいまーす!」
ソレイユは丸太が丸々入る程の大きさの輪っか状の魔導具をどこからともなく取り出すと、丸太の先端にそれを取り付ける。これは彼女ら<<森の小人>>に所属している者達が木々を伐採してカヌー等必要な道具を作る為に使われる物らしい。これを丸太に通せば皮を剥いで細かな枝やササクレを落としてくれるそうだ。
やはりエルフやハーフリングは見るからに腕力には自信がない種族だ。そして実際、腕力はドワーフやそういった力自慢達に比べれば歴然の差がある。伐採しても巨大な丸太を加工するのは手間がかかるらしい。とはいえ、逆に彼らは細かな作業には非常に長けている。なのでこういう魔導具を作って、それで作業をしているそうだ。
というわけで、一本あたりにつきものの10分足らずで綺麗な丸太へと変貌を遂げていた。なお、その間二人は飛空艇に戻ってのんびりしていた。
「というわけで、出来上がった物がこちらです」
「あ、まだやるの?」
「えー、どうせだから最後までやろーよー」
「もう忘れてたー」
ソレイユの言葉にユリィが笑いながら明言する。どうやら、彼女は完全に失念していたらしい。というわけで、そんな彼女がソレイユへと問いかけた。
「それにここから延々数時間、プラス明日もやるの?」
「あー……めんどいね」
「そう言うこと」
どうやら、ここからの作業は手間のかかる作業らしい。ユリィの言葉にソレイユが思い直して、素に戻る。まぁ、カイトが述べていたがここに数日缶詰という話だ。そしてカイト達の捜索はどう頑張っても彼らの力量を考えれば一日も必要がない。であれば必然として、こちらの作業が時間が掛かるというわけなのだろう。
「じゃあ、やっちゃおっか」
「だねー。ユリィ、インク注入器取ってー」
「はーい」
ユリィはソレイユの指示を受けて、持ってきていた少し先端の尖った筒状の魔導具をソレイユへと手渡した。これは謂わば入れ墨等を入れる為の道具に似ている。用途は似たような物なので、当然ではあった。筒状の部分には特殊な配合をしたインクが入れられていて、それを木々に直接注入するのである。
この作業は木々の状況等を見て行わないと駄目な為、カイトは森に生きる者として木々を見極める事に長けたソレイユに依頼した、というわけであった。勿論、カイトも出来るがやはり遥かに適性が高いのはソレイユの方だ。当然の判断だろう。
「よいしょっと……」
ぷす、と軽い感じでソレイユは筒状の魔導具の先端を木々へと打ち込んだ。後は点滴の様に自動的にインクが木の中に染み込んでくれる。が、その浸透速度は非常にゆっくりとしたもので、この作業に長時間必要となるのであった。とはいえ、別にここ一つだけを行うわけではない。
「ぷすぷすぷす」
「ざっくざっくざっく」
ソレイユが軽い感じで筒状の魔導具を突き刺す傍ら、ユリィがノミと木槌を片手に丸太を削っていく。一応このままでも使えなくはないらしいが、地脈をせき止めるという目的がある以上は地面に突き刺すのが一番効率が良いらしい。
なので先端を尖らせる――と言っても勿論、槍の様に尖らせるわけではないが――必要があった。そして先端部にはやはり地脈をせき止める為の繊細な刻印が多く刻み込まれる事になる。それを考えても、尖らせる作業は先にやっておかなければならなかった。というわけで、ソレイユが杖の頭となる部分の作業をしながら、ユリィが杖のお尻となる部分の整形作業を行っていく。
「ぷすぷすぷすぷす」
「ざくざくざくざく」
「ぷす」
「ざく」
「ぷすざく」
「ざくぷす」
二人は呑気に鼻歌交じりに作業を行っていく。即興かつ変な歌なのに、どういうわけか非常にメロディーは上手かった。
と、そんな呑気な二人はまるで木こりが木を切る様な気軽さで作業を行なっていく。
「終わり!」
「こっちもうちょっとー」
ユリィの終了を受けて、インクの滴下を見守っていたソレイユが少し真剣な様子で声を発する。
まぁ、ユリィがしていたのは削りで、それもかなり大雑把なもので良かった。先にも言ったが、最悪は無いでも良いのだ。なので彼女の方が早いのは当然と言えるだろう。と、そんな削り出しの終了から一時間程。ソレイユのインク注入作業も終わりを迎える。
「すぽっと」
ソレイユは筒状の魔導具の最後の一本を白樺の丸太から抜き放つ。ここまで所要五時間という所だ。一本につきこれだけで、二日目以降はカイトの支援が入ったとて一日2本が限度だろう。確かに数日はどうしても必要そうだった。
「じゃー、一回かくにーん。にぃー、杖持ってー」
「あいよー」
ソレイユの依頼を受けて、帰還していたカイトが余った木材で作っていた簡素な椅子から立ち上がる。これは勿論、彼のお手製だ。あいも変わらず小器用な男である。
そんな彼は完成したという長さ3メートル程度の槍みたいな丸太を手に取った。表面には複雑奇怪としか言い様の無い紋様が浮かんでいた。
「さてと……」
当たり前だが、これは杖だ。流石にこの丸太の様な形状が完成というわけではない。なのでカイトは最後の作業に入るべく、丸太と杖の合いの子の様な物体に魔力を注ぎ込んだ。
「魔力充填中……そろそろ開くから、少し離れろよー」
「「「はーい」」」
カイトの促しに従って、作業を見守っていた少女らが少しだけ距離を取る。それを見て、カイトは更に魔力を注ぎ込んでいく。
「そろそろ、だが……お」
杖の様な丸太の様な杖の状態を見守っていた彼の目の前で、ゆっくりとソレイユの刻んだ刻印が光り輝いていく。それにカイトは僅かに目を見開くも、顔に喜色を浮かべる。
「来るぞ」
喜色を浮かべたカイトがそう言うが早いか、丸太の頭の部分がまるで繊維が解ける様に開いた。それはまるで木が花開くかの様であった。
更に変化は続いていく。3メートル程の長さだった丸太はまるで繊維が伸ばされる様に細長くなっていき、あっという間に巨大な杖としか言い様のない形に変貌を遂げた。
「良し」
出来上がった歪で超巨大な杖に、カイトが一つ頷いた。これで、完成だった。
その形状は敢えていえば、一本の木をそのまま杖にした様な感じ、とでも言えば良いだろうか。地面に着ける部分は細長く尖っていて、一方の頭の部分は木々が広がる様にも見える。このまま地面に突き刺しても、遠目には一本の枯れ木の様にも見えるだろう。
「こんだけありゃ、十分か」
カイトは木で言えば頭頂部の部分に相当するだろう幾重にも枝分かれした頭の部分を見ながら、満足げに頷いた。
地脈を一時的とはいえ塞きとめるのだ。下手に蓄積に何らかの要因が加わればドカン、である。なので堰き止めた地脈の魔力が蓄積しない様にこれを通じて外に解放してやるのである。あの頭の枝分かれしている部分は、そこから魔力を放出してやる為のものだった。
「にぃー、一応放出も試しておいてねー」
「わーってるよー」
何事も動作確認は必要だ。そして失敗できない以上、入念にチェックをしておくべきだろう。なのでそんなソレイユの指摘にカイトは更にチェックを続けるべく今度は先端部分から魔力を注ぎ込む。
今のは敢えていえば使用前の起動チェック、ここからは実際の動作チェックというわけだ。
「さて、芽吹くかなー?」
カイトはそう言うと、ゆっくりと魔力を注ぎ込んでいく。始めは何も起きないが、ある程度になると、異変が起きた。木の杖が『芽吹いた』のだ。
「良し。動作チェック終了。出力安定」
カイトは枝分かれそた先端部分にまるで若葉が萌えるかの様に生まれた無数の小さな新緑色の光を見て、魔力を注ぎ込むのを止める。注ぎ込まれた魔力が杖を通して放出されると、この様に視覚的には若葉が芽吹いたかの様に見えるのである。
余談になるが、こういう形式の杖を総じて『新緑の杖』、もしくは『若葉の杖』と言う者もいる。見た目で分かりやすいネーミングだろう。
「良し。じゃあ、こいつは貨物室に積んで、後は明日だ」
「「「はーい」」」
カイトは巨大な杖を持ったまま、少女らに告げる。そうして、この日はこれで活動を終えて、カイト達は翌日からは全員で協力して数日に渡って杖を量産する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1291話『狩人達の戦い』




