第1283話 強くなった武器で
村正流の手によって改良されたカイト率いる冒険部一同。彼らは『桃陽の里』到着からおよそ四日後には修繕されたり強化されたりした武器を手にしていた。そしてそれはカイトも一緒で、彼は中津国という事で着物に着替えて腰に愛刀をふた振り帯びていた。どうやら見栄えの問題から普通の刀のサイズにしていたらしい。
「おっしゃ……これでまた元通りか」
「まぁ、そうなんだが……」
「……カイト。あまり儂としても言いたくはないが、お主が此度の戦で使った力はあまり使うべきではない。いくら儂と竜胆が渾身の一振りと言うても、あれには耐えられん。すまん。おそらく儂がここ数十年サボらねば、足りた可能性はあり得たが……今の儂ではどうにもできん」
どこか苦い顔の竜胆に対して、海棠翁もまた申し訳無さを滲ませる。どうやら、やはり神の力をも遥かに上回るあの力を使うには彼ら渾身の一振りでも足りないらしい。それに、カイトが笑う。
「それでも、無理だろうぜ。なにせ蘇芳の爺が打った一振りでもあれだからな。あれを存分に振るえたのは唯一、かつてのオレが持っていた神剣だけだ。耐えられただけでも十分に凄いわけだからな」
「むぅ……」
カイトの慰めに対して、やはり海棠翁は不満げだ。神ならぬ身にて神域に至る神剣を打つ事こそが彼らの目標だ。それにも関わらず神域に届かないのではやはり不満も残るのであった。
「あっははは……まぁ、でも。爺の望みは高望みの部類だ。神様はそれだけで加点対象だ。神剣、なんて名があるぐらいだからな」
「わーっておるわ。それに至る事がどれだけ難しい事なのかもな」
カイトの言葉に対して、海棠翁はすべてが承知の上である事を明言して頭を掻く。それでも、というわけなのだろう。
「それならそれで良いんじゃね? 後はわかってるんだろうし……さて、じゃあちょっと試し斬りに出て来る」
「うむ。こちらは今日中にはお主と共に向こうに渡れる様に準備をしておこう。竜胆、火種は?」
「おう、問題ねぇ。幸い火だけで考えりゃ向こうにゃ霊峰もいくつもあるし、最悪はオーアの所からも火を借りられる。種火だけありゃ十分だろう。親父の方こそ前んときゃ土壇場で予備の玄能忘れた、とか言ってたじゃねぇか。あれは?」
「おぉ、そう言えば予備も持っていかねば」
やはり出発間際とあって色々とドタバタとしているらしい。カイトが出る一方で彼らも彼らで出発への準備に余念がなかった。というわけで、カイトはそれを背にひとまず試し斬りに向かう事にする。と言ってももちろん、江戸時代のどこぞの辻斬りの様に辻斬りや罪人を使って、というわけではない。相手はもちろん、魔物である。
「さて……」
ゴキゴキ、と腕を鳴らしながら、カイトは里の外へ向けて歩いていく。せっかく修繕され強化されたのだ。どうせならデカブツを狩りたい所であった。
「手頃なのはー……何か居るかなー……」
久しぶりにカイトは気配を探り、周囲の状況を観察する。ここらは中津国でもそこそこランクの高い魔物が生息している。が、別にカイトなら問題なく打ち倒せる。というわけで狙うのは大きくて強い魔物だ。行き掛けの駄賃というわけではないが、どうせなら、というわけである。と、そうして気配を探ったカイトだが一キロほど先の所に馴染みの気配を見つけ出した。
「うん? これはアルとリィルか……それに……先輩だな。まぁ、何時も通りという所か」
アルとリィルはこの里で武器を強化してもらったし、瞬は竜胆から槍を借りて己の技術を高めていた。が、身体にそれを覚えさせるには何度も何度も同じ事を繰り返す必要がある。アルとリィルがカイトと同じく試し斬りに出たのに同行していた、というわけなのだろう。
「ふむ……ならいっそ餌として使わせてもらうのも手かもしれんが……まぁ、それより……」
カイトは更に気配を読む範囲を広げ、遠くまで敵の気配を探っていく。そうして、一匹これはと思う魔物を見つけ出した。
「お……懐かしい相手が居るな。こいつで良いか」
カイトが見つけたのは、北へ五キロほど進んだ所に居る魔物だ。瞬ら三人の戦闘に引き寄せられる可能性もある場所でもあり、今はまだ動きを見せないがもしかしたら、という可能性はあった。というわけで、カイトはそちらへ向かう事にする。
「さてと……」
移動を開始しておよそ一分。<<縮地>>を連続させ移動したカイトの眼の前に一匹の龍が現れる。それは頭が二つある巨大な龍だった。
「懐かしいな……『双頭竜』か。試し斬りには丁度よい」
カイトはわずかに舌で唇を舐めながら、双頭の竜を見据える。ランクは最低でもA。種類に応じてはランクSもあり得る。そして中津国で研磨されている事を鑑みれば、ランクS程度の実力はありそうだった。そして真正面から近づいた結果、すでに向こうもカイトの事に気付いていた。
「「ぎゃぁおおおおお!」」
「おぉおぉ、元気じゃねぇか」
こちらに向けて咆哮する『双頭竜』に対して、カイトはその咆哮をそよ風の如く受け流す。この程度でひるんでいては勇者なぞ名乗っていられない。
「ほいっと」
上空から二つの頭で一斉に<<竜の息吹>>を乱射して己を威嚇する『双頭竜』に対して、カイトはさほど警戒する事もなく<<縮地>>を小刻みに連続させて回避を繰り返す。何事もしっかりと準備運動をしてから、だ。
と、そんな事をしているとどうやらカイトには上空からの遠距離砲撃はいまいち効果が薄いと理解したのか、『双頭竜』が急降下してきた。それは『双頭竜』の巨体と勢いが相まって地面を砕き、周囲に巨大な地震となって襲い掛かる。
そして、その直後。地震で身動きが取れないカイトへ向けて『双頭竜』は大きく息を吸い込んだ。全力で<<竜の息吹>>を叩き込むつもりなのだろう。
「おっとっと……なーんてな」
地震で身動きが取れない様に見せていたカイトは大きく息を吸い込んだ『双頭竜』に対して、一気に虚空を蹴ってその胴体へと肉薄する。戦闘中のカイトがこの程度の地震で身動きが取れなくなるなぞありえない。なのであえて身動きが取れなくなった様に見せかけて、この動作を誘ったのである。そうして、カイトは一瞬だけ呼吸を整えるのに合わせる様に身体の中の気を整える。
「こぉー……」
ごぉん、という音と共に、『双頭竜』の巨体が大きく吹き飛ばされる。更にはカイトの一撃で『双頭竜』は溜めていた魔力を暴発させ、口から強烈な閃光を吹き出した。気を混ぜた一撃を放ち、暴発を誘発してやったのである。
「おっと……起き上がるか」
そんな一撃を食らい大きく吹き飛ばされた『双頭竜』であるが、地面を滑りながらも爪で態勢を立て直し、しっかりと地面を踏みしめてまだ体内に残る魔力を収束させて二つの口から螺旋の様な<<竜の息吹>>を放つ。それに、カイトは真っ向から立ち向かう事にした。
「さて、やろうか」
構えたのは改修されたばかりの己の愛刀。真正面から叩き切るつもりだった。
「……」
すぅ、とカイトの気配が研ぎ澄まされ、彼の耳から戦闘に不要な雑音が消える。いくら彼とて力技でもなければランクSの魔物の、それも竜種の<<竜の息吹>>を軽くねじ伏せるのは難しい。
「はぁ……」
意識を集中させたカイトは小さく一息吐いた。そうして、しっかりと前を見据えて一瞬毎に迫り来る巨大な魔力の光条との間合いを確認する。構えは正眼の構え。真正面から叩き切るのなら、これが一番だった。
「はぁ!」
カイトが前を見据えた一瞬の後。彼は超高速で上段から刀を振り下ろし、後一歩の距離にまで迫ってきていた<<竜の息吹>>を叩き切る。
「……上出来だな」
ただ振り下ろしただけ。そう見えた筈のカイトの斬撃によって、『双頭竜』の放った<<竜の息吹>>は根本までバッサリと切り裂かれていた。
これが、村正の開祖が渾身の一振りとして作り上げた刀の真価だった。あまりに極められた刀はそれそのものが一つの『剣』という概念に近い。故に単に振るうだけでも対象を一刀両断に斬り裂いてしまうのである。なので今カイトが斬ったのはあえて言うのであれば、<<竜の息吹>>という概念そのものだった。
「さて……この程度じゃあまだ終わらないだろう?」
いくら満足な一撃とは言えなくても自らの最大の一撃を不可思議な一撃によって真っ二つに斬り裂かれ困惑を見せる『双頭竜』へと、カイトは問いかける様に呟いた。『双頭竜』は非常に強暴だ。この程度で恐れおののいて逃げ出すとは思えない。
そして案の定、『双頭竜』は思いっきり地面に爪を突き立てて地面を踏みしめて、猛烈な勢いでカイトへと突進してきた。その勢いたるや軽々と音の壁を突破して、残像さえ残すほどだった。
「ん……あれか」
『双頭竜』が何をしようとしているのかを理解して、カイトは敢えて地面を蹴って突進を回避する。そして回避したカイトの真横を通り過ぎた『双頭竜』は即座に地面に爪を突き立てて、即座に減速。その力を加えて更にカイトへと突進してきた。
もともと『双頭竜』も相手に一撃目を回避されるのは想定内。ならば回避された直後。身動きが取れぬ所に突進を食らわせるのが目的だった。そうして回避で空中に居るカイトに向けて、『双頭竜』はその片首の口を大きく開いて首を伸ばした。その口腔内には光が漏れていて、カイトをしてわずかに目を見開かせた。
「お……ちょっとは強い個体だったか」
何時もなら単に噛み付こうとするだけなんだが。カイトは内心でそう思いながら、迫り来る『双頭竜』の口を見る。どうやら噛み付いた上でゼロ距離から<<竜の息吹>>を放つつもりらしい。
これはある種の必殺と言える。なにせ噛みつきを防御したとて、この距離で全力の<<竜の息吹>>の直撃だ。流石に並の冒険者では耐えられまいし、下手をするとランクSの冒険者だろうと耐えられるものではない。よしんば助かったとて、致命傷は避けられまい。
「が……まぁ、悪いな!」
と言っても。それを食らうのは並の奴らだけだ。カイトの様な英雄と言われる奴らが食らうわけがない。そしてなにより、そもそもこの動きを誘発したのはカイトだ。噛みつきの時点で食らう道理がない。故に彼は転移術を起動すると即座に『双頭竜』の真上に出て、そのまま踵落としを叩き込んで強引にその巨体を地面へとめり込ませた。
「ほいっと……おっと」
踵落としを食らわせた反動をカイトは消す事なく、そのまま『双頭竜』の巨体を蹴る様にして敵の真正面へと躍り出る。と、そんな彼の背へと『双頭竜』は溜めっぱなしだった<<竜の息吹>>を放射する。
先の踵落としも気を纏わせた一撃だったのだが、どうやらもう一方の首に魔力を移す事で耐えきっていたらしい。が、それにカイトはもう一振りの愛刀を抜き放ち、これもまた軽々と斬り裂いた。
と、その<<竜の息吹>>の反動で『双頭竜』は地面から勢いよく抜け出て、空中で数度魔力を纏った爪を放ってカイトを牽制する。
「ふむ……? 逃げるわけじゃあ、無いよな」
まだ『双頭竜』の身体から放たれる敵意と殺意は消えてない。交戦の意図は明白だ。であれば距離を取る意図は何か。それをカイトは考えて、一瞬で理解する。
「おっしゃ。やってやろうじゃねぇか」
『双頭竜』の目論見を理解したカイトはそうつぶやくと、二つの愛刀を構える。が、言葉の荒々しさに反して彼の気配は静謐さを纏っており、気配もそれ相応の静けさがあった。
「……」
カイトに魔爪を放ち牽制し、空中に舞い上がった『双頭竜』ははるか上空で魔力を蓄積し大きく息を吸い込んでいた。それに対してカイトは迷いがない。今度もまた真正面から斬り捨てるというだけだ。
とはいえ、今度はカイトもかなり本気でやるつもりだ。それこそ、そのまま敵を斬り捨てるつもりでさえあった。そうして、彼の愛刀が緋色の光を放ち始める。
「……来い」
静謐さを保ったまま、カイトは刀を構える。とはいえ、その構えは非常に独特だ。まず剣道の五行の構えのどれにも合致していない。姿勢は左足を前にして右足を引いていて、わずかに腰を落としている。右手はわずかに肩より上にしていて、刀は刃を上だ。一方の左手は胴体より前にあるが、力を抜いているのか切っ先はわずかに下がっている。
「はっ……たっ」
まず、カイトは右手に持つ大剣の様な大太刀で袈裟懸けに<<竜の息吹>>を斬り裂いた。そうしてそのまま捻る様な動作に合わせて勢いよく身を一回転させ、今度は左手に持つ物干し竿に似せた大太刀で緋色の斬撃、<<緋色の神撃>>を放つ。
敢えて言う事でもないかもしれないが、いくら他の個体より強い『双頭竜』であろうと超上位の戦士のみが放てる――そして戦闘であればカイトだけが放てる――という<<緋色の神撃>>を受けてまず無事でいられるはずがない。そうして、緋色の斬撃を受けた『双頭竜』は跡形もなく消滅する。
「うん、身体の面を除けば今日も今日とて絶好調」
「ああ、やっぱりカイトか」
「うん?」
後ろから聞こえてきた瞬の声に、カイトが後ろを振り向いた。そこには瞬だけでなく、アルとリィルの二人も立っていた。
「ああ、お前らか。どうした?」
「いや、近くで轟音が何度も鳴り響いて、あまつさえ今の緋色の一撃だ。何事か、と思っただけだ」
「おっと……ちょっとやりすぎたか」
瞬の言葉にカイトはなるほど、と少しだけ照れた様子を見せる。別に本気でやったつもりはなかったが、相手はそこそこ強い個体だった。なのでその影響もあってか周囲へかなり音が鳴り響いていたと見て良い。瞬達が様子を見に来たとて、不思議はなかっただろう。
「そっちは練習は終わりか?」
「ああ……そろそろ帰った方が良いだろう、とな」
「あまり戦いすぎても先の様な『双頭竜』が出かねませんし……なら、今が頃合いかと」
瞬の言葉を引き継いで、リィルが更に補足を入れる。そしてそれは正しかった。もしあのまま戦っていれば遠からず『双頭竜』が三人に気付いていた可能性はある。あの個体であればいくら三人でも勝ち目はかなり薄い。ここらで引き上げるのが最良だっただろう。そうして、カイトは自分も試し斬りが終わった事もあり、三人と共に里へと帰還する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。明日で長かった中津国編第一部も終了です。
次回予告:第1284話『最後のひとっ風呂』
2018年8月28日 追記
・誤字修正
『竜の息吹』が『竜の伊吹』となっていた所を修正しました。




