第1282話 武器の強化
『悪魔の外套』を倒し、二つ目の素材を入手したリィル達。彼女らはその後、海棠翁の所へと戻っていた。理由なぞあえて言うまでもない。
素材が集まったので武器を強化してもらう為だ。というわけでリィルは手に入れた二体の魔物の素材を専門の職人に精製を依頼すると、その足で海棠翁の所へと向かっていた。
「おぉ、戻りおったか」
リィルは海棠翁の鍛冶場に向かったわけであるが、そこにはすでにカイトとアルの二人も入っていた。どうやら作業をしていたらしく、海棠翁は鍛冶の際に着るらしい服に着替えていた。カイトも同じ様に着替えさせられていたのはご愛嬌という所だろう。
と、そんな海棠翁の手にはアルの剣が握られていて、その刀身はリィルが知っている物より少しだけわずかに青みが掛かっていた。戦闘時ならこういう事もあるだろうが、今は非戦闘時。であれば、刀身が打ち直されたのだと考えられた。
「それは……」
「おぉ、これか。丁度素材の置換が終了した所じゃて……青アダマンの青もまた、なんとも美しい」
海棠翁はそう言うと、笑みと共に打ち直されたばかりの蒼い刀身へとわずかに魔力を込める。こちらもどうやら緋緋色金と同じく魔力を込めれば金属の色で発光する性質を持っているのか、淡い光を放ち始める。それは確かにカイトが見せた緋緋色金ほどの神々しさはなかったものの、それでも美しい光には違いなかった。
「うむ。何時もならばここらでカイトに一振りしてみせい、と言う所であるが、持ち主がおる限りそれは筋が通らぬというもの。ほれ、しばし外の鍛錬場にて柄の握りやすさなど確かめて来い」
「あ、はい。ありがとうございます」
「誰かおらぬか! 小僧を鍛錬場まで連れて行け!」
「はい、先代! アルフォンス殿。こちらへ」
海棠翁の大声を聞いて、近くの場所に待機していた小間使いとでも言うべき弟子の一人が即座にアルを鍛錬場へと案内していく。
「で、小娘。お主の素材の方はどうじゃ」
「はい。素材は竜胆さんに言われた通り、なめし革職人の所に持っていきました。状態は良いとの事で、明日には加工しておいてやる、と」
「ふむ……ならば作業は明日で良かろう。というわけで……さて」
にぃ、と海棠翁が牙を剥く。まぁ、アルには悪い話ではあるが、彼の剣の強化なぞ海棠翁にしてみれば準備運動に過ぎない。本題はカイトの武器の修繕にこそある。
「竜胆! 何をぐずぐずしておるか! 炉の調整は終わっておるぞ!」
「もうちょい待てや! ヒヒイロ使うってのに身体清めずやれっかよ!」
「急げ、と言うておるじゃろう!」
「清めにも作法ってもんがあるだろう、作法ってもんが! 親父みたいに水ぶっかけて終わりってわけにゃいかねぇんだよ!」
「バカモン! 儂とて清める際には感謝の心を込めておるわ! お主は一つ一つの所作が遅い! お主の年頃の時には兄弟揃って清めの動作一つを毎日一万繰り返したわ! それが足りておらん!」
海棠翁と竜胆の二人が怒声を交わし合う。竜胆の姿はリィルが入ってきた時には見えなかったのであるが、どうやら近くに居たらしい。壁の向こう側から彼の声が響いていた。
後にリィルがカイトに聞いた所によると、この鍛冶場の裏手には海棠や竜胆、その他凄腕と言われる鍛冶師達が緋緋色金を打つ際にのみ使う特殊な井戸があるらしい。カイトに頼んでウンディーネの力で水を常に清めてもらう井戸を作ったとの事である。これだけでも十分、どれだけ彼らが緋緋色金を丁重に扱っているかわかろうものだ。というわけで、海棠翁と言い合いながらもその井戸の水で身体を清めた竜胆が鍛冶場へと入ってきた。
「おし……親父。やれるぞ」
「よし……では、お主が相槌を打て。カイトは何時も通り、魔を練り合わせよ」
準備を整えた竜胆に海棠翁が一つうなずくと、そのまま竜胆とカイトへと指示を下す。カイトの刀を打つ時には常に海棠翁は『魔付き』を入れている。なので今回も結局カイトが協力させられる事になったというわけであった。
そしてそれだけではない。やはりカイトの刀は300年前とは言え海棠翁が渾身の一振りとして鍛え上げたものだ。その修繕である以上はしっかりと打ち合わせを行っておく必要があった。
「さて……まぁ、一応全員の認識をすり合わせておこうかのう。まずこの刀は刀としての概念がぶれかかっておる。何故、なぞという話はこの際はどうでも良い」
「この際というか何時もどうでも良いって流してんだろ、爺」
「刀鍛冶にとってその様な話はどうでも良いのでな」
カイトのツッコミに海棠翁はさも当然とばかりに明言する。ここらはそうとしか言い得ない。どうしてそうなったのか、が重要なのではない。もちろん、その理論は重要だ。次に同じ事が起きてしまった時に直したり、もしくはそれが起きない様にする事が出来る。
が、こればかりは今回は無理と判断した。というのも、それが道理だからだ。神の力を神剣ならぬ刃に宿したのだ。色々な不備が出るのが当然で、出ない方が道理として可怪しいからだ。今の彼らでは技量が足りなかった。というわけでどうでも良いと切って捨てた海棠翁はそのまま話を続ける事にした。
「というわけで、今回やるのはその刀としてブレた概念を元に戻す作業じゃ。と言ってもこれはさほど難しい作業ではあるまい」
「まぁ、これだけ居りゃな」
海棠翁の気軽な言葉に竜胆もまた気軽に応ずるが、それを横で聞いていたリィルはただただ何を馬鹿な話を、と恐れおののいていた。
ブレた概念を元に戻す。本来、ものすごい難行となるはずだ。それがどれほどの難行かは鍛冶師ならぬリィルにはわからないが、少なくとも概念という単語が出ている時点で相当な技量が要求される事だけは理解出来た。と、そんなリィルに海棠翁が気が付いた。
「む? そう言えば小娘……何故ここにまだおる」
「……あ、いえ……その……戻っても?」
「構わんぞ」
そもそも呼び出された上に何時まで居るのだ、だ。リィルも何か釈然としないものを感じるが、相手は曲がりなりにもこのエネフィアでも有数の鍛冶師だ。そんな事は口が裂けても言えるわけがない。というわけでリィルは海棠翁の許可を得てその場を後にして、一方のカイトはそのまま残って己の武器の修繕に付き合わされる事になるのだった。
というわけで、カイトが武器の修繕を行った日の翌日の昼頃。その時間になってカイトが起きてきた。結局作業は夜を徹して行われ、終わったのは明け方だったらしい。やはり鍛冶はカイトにとっては本分ではないわけだし、間違いなく超級と言える鍛冶師のサポートを行うのだ。いくら彼でもものすごいそこから泥のように眠って結果として、今起きてきたのであった。
「おはよー……さっすがに眠いわ……」
「お前でもそんな疲れる事あるんだなー……っと、おはよっす」
眠そうに起きてきたカイトを見ながら珍しいものを見た感じで呟いたソラがカイトの挨拶に挨拶を返す。まぁ、今までの彼らの認識ではカイトはほぼほぼ無尽蔵の体力で駆け回っているのが彼らの印象だ。疲労困憊で泥のように眠っている姿を見た事はほとんどなかった。いや、もしかしたらなかったかもしれなかった。
「そりゃ、オレとて人だ……あの爺共の鍛冶に付き合わされりゃ疲れもするわ……ふぁー……」
「へー……」
「で、居るのはお前だけか?」
カイトは居間に居たのがソラだけだった為、若干目をこすりながら彼へと問いかける。なお、その間に家人達によって昼ごはんというか朝ごはんというか朝昼兼用のご飯が用意されていたので、カイトはただそれが出て来るのを待つだけで良かった。
「おう。えっと……確か一条先輩とリィルさんは竜胆さんに呼ばれて鍛冶場に行って、翔は小太刀で良いのがあるから一本くれるって話らしくて、それ貰いに行った。それ以外はティナちゃんがなんだっけ……里の真ん中にある湖に行くって」
「ああ、あそこか」
この里の中央には良質な水源となっている湖があり、そこには広場が併設されていた。そこでは里の子供達や鍛冶に関係の無い普通の村人達が憩いの場として活用している。カイトも寝ていたのでデートの予定もあるわけがなく、という所なのだろう。
「まぁ、湖は後で行く事にして……とりあえず竜胆の所に行くか」
「でも竜胆さんなのか?」
「ん? ああ、柄の部分に刻まれてる魔術刻印とかだと適性は爺より竜胆の方が高くてな。あいつ、ああ見えて意外と手先が器用なんだよ」
「へー……ん? 魔術刻印?」
ここら意外かもしれないが、やはりいくら冒険者だからと言っても自分の使う武器以外の武器については詳しくない。なのでソラであれば片手剣と盾については詳しいわけであるが、逆にそれ以外の例えば今回の槍や弓についてはほとんど知らないのであった。なので首を傾げていても不思議はなかった。というわけで、その例外とも言えるカイトが己の知り得る事を教えてくれた。
「ああ。そりゃ、皮をそのまま使うわけじゃないからな。裏地に色々と刻印を書き込んだりしてる。で、魔術に対する耐性や物理保護を重ねてる」
「やっぱ、そこらもやってるのか……俺も見に行って大丈夫かな?」
ソラとしても少し興味が湧いたらしい。やはりここらは男の子というわけなのだろう。というわけで、カイトは軽い昼食を食べるとソラを伴って竜胆の鍛冶場へと向かう事にした。
「よーう。おはようさん」
「おう、おはよう……で、何しに来た?」
「一応、トップの職務として部下の武器の調子はどうか聞きたくてな。昨日の話だと爺が用意してんだろ?」
「まぁな……で、武器の調子か。丁度ついさっき鍛冶場に皮が届いた所だ。で、今はそれを切ってこっから巻くか、って所だ」
どうやら丁度リィルの槍に調達した皮を巻きつける所だったらしい。保護の皮を外されたリィルの槍が机の上に置かれていた。と、そんな槍をソラが覗き込んで、興味深げに竜胆へと問いかけた。
「へー……中はこれは……赤い……木?」
「骨だ。中津国のとある霊峰……つっても火山の中に生息する特殊な魔物の骨でな。溶岩の中で生きて、溶岩を食らって生きる魔物だ。それを使うのがリィル達バーンシュタット家にとって一番良いんだ」
リィルの槍の柄の芯として活用されていた赤黒い骨を見ながら、竜胆は皮に何かを刻み込む作業の手を止めずにそう語る。今彼が手に持っていた見た目は蛇革に似ていたので、『地を這う大蛇』の皮なのだろう。きちんと叩いてなめし革にされていた。
その横にはゴム状の薄い皮があったが、そちらにはすでに魔術刻印が刻まれていた。どうやら討伐時に変わっていたボロ布の様な繊維質の形状から元に戻されたようだ。が、リィルらが戦った時よりも遥かに薄みがあり、こちらもこちらでしっかりと加工された様子だった。
「入手にゃかなり手こずるんだが……まぁ、そこらはウチからのご祝儀って事で気にはするな。ウチにも腕利きは居るしな……何より、あいつあそこに居座られるのうぜぇ」
そもそもリィルが使う槍は村正流が彼女の生誕祝いとしてプレゼントしたものだ。なのでそこらの費用や入手難易度については特段気にする事ではなかったし、何よりそこの火種は鍛冶に使える。ついで、という事も大きかった。それは何より、彼が最後にぼそりと呟いた言葉に顕れていた。
「そ、そうですか……えっと……それで、作業の方は……」
「ああ、そっちはこれでとりあえず終わりだ。後は巻きつけるだけだが……まぁ、これは俺がやるより、お前さんの手腕を見せろ。どうせここらの張替えや修繕は何時もやってる事だろ? やり方を見せてもらおう」
「わかりました……どちらが下ですか?」
「『地を這う大蛇』の皮が下だ。奴の皮は柔軟性と耐衝撃性に優れているし、斬撃に対する耐性も高い。が、魔術に対する耐性は低くてな。『悪魔の外套』の皮を上に巻き付ければ魔術に対する耐性を高めると共に、滑り止めにもなってくれるってわけだ」
「わかりました」
リィルは竜胆の整えた『地を這う大蛇』の皮を受け取ると、それをいつもの手付きで槍へと巻き付けていく。そうしてそれを見ながら、竜胆は片手間に瞬へと問いかけた。
「で、瞬。お前に槍を貸してやったわけだが……何か見えたか?」
「はい。あれは凄かったです……なんというか、自分が使っている物がまるで出来の悪い槍だと理解させられました」
「だろう? 今回の感覚を下に、槍を魔力で編んでみろ。出来ればお前さん向きに良い武器を与えてやりたいが……何分、俺も親父も刀鍛冶でな。槍はメインで作ってない。今回みたいにリィルの様な特例で作る事はあるが、本職の職人が作った物をもらった方が良いだろう」
「はい……伝手を探ってみようと思います」
竜胆のアドバイスに対して、瞬はそれに従って少し伝手を見繕う事にする事にする。彼とてマクスウェルの鍛冶師には知り合いがいる。桔梗と撫子が冒険部の武器を調整してくれているからといって、街の鍛冶師達と知り合えないわけではない。マクスウェルでは冒険部がそこそこの大手だ。なのでそこで関わりを得る事はあったのである。
「そうしてくれ……まぁ、お前らの帰還に合わせて俺や親父もあっちに行くし、向こうにはそもそもカイトも居るからな。そちらからも探してみよう」
「ありがとうございます」
竜胆の申し出にありがたく頭を下げる。そうして、リィルが槍の柄に皮を巻きつける作業を待つ間、竜胆のアドバイスを瞬が受けつつ、カイトとソラはそれを見守りながら時にソラが竜胆からの助言を受ける事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1281話『強くなった武器で』




