第1281話 悪魔の外套
エネフィアの冒険者達の間で、ある種の常識的な話として語られている話がいくつかある。その一つは冒険者の壁に関する内容だ。その中の一つに、これがある。
冒険者の壁を超える毎に魔物は奇っ怪さを増していく。故に見た目だけで判断するな、と。今回瞬達がリィルの槍の強化の為に狩猟する事になった『悪魔の外套』もまた、その奇っ怪な魔物の一体だった。
「……こちら瞬。配置に付いた」
そんな『悪魔の外套』が揺られる木を中心として周囲を取り囲む様に配置に付いた瞬がヘッドセット型の魔導具を使って全員に己の準備完了を告げる。ティナが教えてくれたが、この『悪魔の外套』は擬態がバレると基本的な戦略として逃げるという。
であれば、まず瞬らが考えるべき事は如何に逃げられない様にするか、という事だった。となると当然、包囲するのが常道だろう。なので瞬らもその常道に則って、敵が動かないのを良いことに包囲網を敷く事にしていた。
『わかりました……魅衣ちゃん。周囲に結界は?』
『後ちょっと。由利。周囲に敵影は?』
『無いよー。こっちから引き続き見張ってるねー』
『サンキュ。結界の準備中はあんまり周囲に気を配れないからねー』
包囲網の一環として結界を展開する事にしていた一同は、ひとまず魅衣の準備の終了を待つ事にする。これはティナから教えられた情報だが、どうやら『悪魔の外套』には目は無いらしい。ではどうやって周囲の状況を理解しているかというと、魔力を感知しているとの事だ。
であれば、魔力を出来るだけ抑えて息を潜めれば、『悪魔の外套』にバレずに準備を整える事が可能だった。そしてその点においては、魅衣の持つ呪符は非常に優れている。
呪符は準備さえ完璧に整えておけば魔術の兆候を相手にほとんど悟らせない。バレずに準備が出来つつ、戦闘開始と同時に結界の展開が可能だった。
「リィル。そちらから何か変わった所が見えるか?」
『いえ、特には……これが擬態だとするのなら、やはり侮れませんね』
「ふむ……」
ティナがあそこまで言うのだ。瞬達もこれが魔物だと思って疑わない。が、やはり見た目はボロ布で、言われなければわからない。これが擬態なら本当に見事な擬態としか言い様がない。と、そんな事を考えている所にリィルがふと呟いた。
『にしても……』
「どうした?」
『いえ、ここまでボロボロなのに、どうしてそんな綺麗に見える事があるのだろうか、と』
「確かに、それは疑問だな……」
リィルの呈した疑問を聞いて、瞬もまた同じ疑問を得ていた事を明言する。確実に何かがある。瞬はそれを察していた。そして何かがあるのなら、それは警戒しておくべきだろう。特に彼らは近づいて戦うのだ。一つでも多くの情報が欲しかった。
「それと言えば……気になったのは弓兵は相性が悪いという所か」
『ふむ……何かがあると考えて良いでしょう。瞬、ひとまずは様子見を。相手はランクB。おそらく何らかの特異性はある筈です』
「……それが、良いか」
リィルの提案に瞬もまた同意する。敵は未知の状態だ。そして見た目から安易に判断出来ない状況でもある。であれば、まずは様子見。当然の判断だ。
「リィル。今回も俺がメインで攻撃を仕掛ける。が、回避に主眼を置いて仕掛ける。万が一の場合には横から援護を頼む」
『わかりました。気をつけて』
「ああ」
瞬とリィルは手早く連携を確認すると、わずかに顔を見合わせて頷きあう。と、そちらの準備が整った頃に、魅衣もまた準備を終えていた。
『よし……こっちオッケ。何時でも行けるわ』
「よし……小鳥遊。悪いがそちらから見える限りで敵の観察は頼む」
瞬は魅衣の準備が完了したと共に立ち上がって、槍を構える。この敵がどういう反応をしてくるかはわからないが、少なくとも戦闘に備えて魔力を高めれば気付くだろう。なので瞬は敵を挟んで正反対の位置に立つリィルと一つ頷きあうと、そのまま一気に駆け出した。
「っ!」
そういう事か。瞬は自分達の行動開始と共に動きを見せた『悪魔の外套』を見て、このボロ布にも似た魔物がたしかに魔物だった事を理解する。
まるで風に煽られて飛ぶ様に『悪魔の外套』が飛び立ったのだ。明らかに、意図的としか言い得なかった。そしてその姿は決してボロ布とは言い得ず、少し分厚いゴム質の皮と言う所だ。どうやら、擬態というのは正しかったらしい。質感だけでなく、薄さまで変わっていた。とはいえ、だからといって瞬の行動に変更はない。
「はぁ!」
幸い『悪魔の外套』の浮遊速度は瞬でも十分に追いきれる。故に空中に逃げようとした『悪魔の外套』に対して、瞬は即座に肉薄して突きを繰り出した。
「ちぃ! 身軽だな!」
そんな瞬の突きだが、残念ながら命中する事はなかった。どうやら『悪魔の外套』は分厚くなったからといっても布の様な性質はそのままだったらしい。まるで風に煽られたかの様にひらり、と瞬の突きを回避したのである。が、こういう事も想定していた。なのでそこに即座にリィルが攻撃を仕掛ける。
「はっ!」
瞬の攻撃の直後を狙い定めたリィルの一撃は『悪魔の外套』を貫き、その身を貫通する。それに、着地した瞬が声を上げる。
「やったか!?」
「っ!?」
瞬の言葉に対して、『悪魔の外套』へと槍を突き刺したリィルの顔は苦かった。というのも、彼女は真正面から見ていた事でこの一撃が有効打になっていなかった事を理解していたからだ。と、そんな彼女に対して即座にティナから指示が飛んだ。
「リィル! その場から離れよ!」
「っ!」
ティナが指示を与えるのだ。つまり、このままではまずい事は間違いない。なのでリィルは即座に<<空縮地>>を使ってその場から離脱する。
と、その直後。リィルの居た位置に向けて『悪魔の外套』が突進して来た。もしあのままあの場に居れば、確実に絡みつかれていただろう。もしかしたら絞め殺されていたかもしれない。
「大丈夫か?」
「はい……にしても、面妖なと言うべきなのでしょうか……」
瞬の確認に頷いたリィルであったが、その顔には困惑があった。というのも、それは自身の攻撃が本当に不思議な形で無効化されたからだ。
「どうした?」
「それが、その……確かに直撃はしました。いえ、おそらく、なのですが……」
リィルは困った顔だ。それは例えようがない、とでも言わんばかりだった。
「手応えはあったんだろう?」
「はい……ですが、なんというか、その……妙に簡単に裂けた」
瞬の問いかけに答えるリィルの言葉は歯切れが悪かった。命中した。そんな手応えの直後、本当に布を裂いた様な手応えが帰ってきたらしい。が、これがおかしい。ゴム質の相手である以上、手応えはそんな布を貫く様な感じではないはずだ。
とはいえ、相手は魔物。表皮はゴム質とはいえ、内側はそうではない可能性は十分にある。そこが、リィルをして困惑させていた。
『ふむ。もっともな疑問じゃな。今のお主の一撃は直撃してはおらぬ。あの魔物の非常に厄介な点。それはここにある。さて、先にお主らがボロ布に見まごうた事を思い出すが良い』
リィルの疑問を受けたティナが、念話で二人へとそう告げる。それに、二人は先ほどの敵の様子を思い出した。思い出せたのは、所々にほつれや穴が出来て、何処からどう見てもどこかの旅人がなんらなの事情で失った布切れにしか見えなかった姿だ。
『思い出したな? では、自ずと疑問が出よう。あの穴やほつれはどうなっているのか、と』
「ふむ……」
「確かに……」
確かに、疑問といえば疑問だった。あれが擬態だとするのなら普通ならば穴ではなく穴に見える模様なのだろうが、『悪魔の外套』に空いた穴は本物だった。そしてそこに気付いて、瞬は一つの考えに至った。
「つまり、奴は自分で自分の体に自由自在に穴を開けられるのか?」
『正解じゃ。貫かれる瞬間、彼奴は自らの身体に穴を空けてリィルの槍を通したわけじゃ』
「それで、由利ではダメなのですか……」
成る程、とリィルはティナの指示が理解できて納得していた。由利の攻撃は基本は矢。攻撃の系統としては貫通だ。それはどんな力を付与しようと矢という攻撃である限りは変わらない。相手の特性を鑑みれば、相性が悪いと言わざるを得ないだろう。
『うむ。更に、彼奴には魔術の効きも悪い』
「「ぐっ……」」
貫通攻撃主体のパーティで貫通攻撃が無意味なら、後衛の魔術師による魔術で。そんな考えに至っていた二人はティナの言葉に思わずたたらを踏む。
『阿呆。お主ら程度の考えが余に見通せぬとでも思うてか。彼奴とて生きておる。であれば、何処かで飯は食おう。そこに、魔術が効かぬ道理がある。見れば解ろうが、あれには目も鼻も口も無い。では、どうやって屍肉を食らうか』
「まさか……魔素に変換しているのですか?」
『正解じゃ。一旦体内に取り込み、血肉に含まれる魔素のみを取り込む。そうして残った骨と皮、不要な肉のみを残して吐き出すわけじゃ』
リィルの出した答えを認めたティナはそのまま、『悪魔の外套』の食性を語る。というわけで時折、荒野などには干からびてミイラ化した死体が放置されているらしい。こういった魔物は得てして吸血種と呼ばれていた。
『さて……ではどう戦うか。もし近付けば危ういし、かと言って魔術も大半が有効とは言い難い』
ここまで相手の性質を語った上で、ティナは改めて二人に対処を問う。勿論、ここで桜ら万能型の指揮官なら相手があまり好戦的ではない事を鑑みて逃げる事も考えただろうし、それも手だ。が、今回はこいつに勝つ事が目的だ。手を考える必要があった。
「どう、か……」
やはりランクBクラスにもなれば敵は厄介さを増していく。が、ティナがこう問うている以上は勝ち目があるという事だ。それを、瞬は高速化した思考の中で考える。
(動きはそう速くはない。が、空中に浮かんでいるのが厄介だ)
瞬はふわふわ浮かびながら結界の出口を探す『悪魔の外套』を一度しっかりと観察する。
どうやら、擬態がバレてしまえば非好戦的だというのは事実なのだろう。基本、不必要にはこちらに近づかず、脱出経路を探っていた。と、その一方のリィルもまた戦術を考えていた。
「ふむ……ああいった魔物の性質として……もしや」
どうやらリィルは何かに気付いた様だ。やはりここら軍属というところで、瞬達よりも経験が豊富だった事が大きかった。
「桜さん。<<付与・水>>は出来ますか?」
『あ、はい。出来ます』
「私の槍にお願いします」
桜に確認したリィルは彼女の応答を受けると、そう言って槍を構える。それに、ティナが口を挟んだ。と言っても、間違いだったからでは無い。正解だったからだ。
『正解じゃ。が、もっと良いやり方がある……桜、魅衣。<<大津波>>は使えるな?』
『え、そりゃまぁ……出来るけど』
『効果は薄いかと思われますが……』
可能を明言した魅衣に対して、桜も言外に可能を告げながらも訝しげに問いかける。勿論、その訝しみは魅衣も一緒だ。というのも、ティナが指定した魔術は水属性上位に位置する魔術で確かに攻撃力は非常に高いのだが、どうしても一つだけどうしようもない問題を抱えている。それは魔術そのものの形式上クリア出来ないからだ。
『あれはそもそも大量に水で敵を押し潰す魔術でしょ? こいつやさっきの蛇みたいな細長い奴には効果無いわよ?』
『わかっておるよ、そんな事は。が、それで十分じゃ。別にこれで倒そうとしているわけではない』
『まぁ、それなら良いけど……桜は?』
『わかりました』
『じゃあ、そっち行くね』
今回は二人で魔術を共鳴させて発動させようとしている。なので距離的に近い方が良い。というわけで敵を不必要に刺激しない様に動き出した魅衣の一方、ティナは更に指示を出した。
『凛。お主は二人の魔術の終了後、即座に氷属性の魔術を叩き込め。別に種類は何でも良い。が、終わってからじゃぞ?』
『はぁ……』
ティナの指示に凛は生返事で頷いた。そしてその上で、ティナは瞬とリィルに指示を与える。
『二人は再度上空から襲撃し、敵を魔術の効果範囲に叩き落とせ。が、間違っても巻き込まれるではないぞ』
「はい」
「お、おう……」
一人ティナの意図が理解できているリィルの返答に迷いは無かったが、意図が理解出来ていない瞬は困惑気味だ。が、リィルに迷いが無いのを見て、瞬も迷いを捨てる。
「瞬。私が先に仕掛けます。ワンテンポ遅れて仕掛けて下さい。やり方は見せます」
「わかった。常にワンテンポ遅らせるか?」
「ええ……では、先に」
瞬の確認に頷いたリィルは軽い感じで地面を蹴って、『悪魔の外套』の真上へと舞い上がる。そうして彼女は上から思いっきり槍を振るった。しかし、打撃をしようというわけではなかった。
「風圧か!?」
リィルの槍に宿る強烈な風を見て、瞬は彼女の意図を理解する。やはり槍だ。斬撃を放つのは難しいし、かといってただ打撃を叩き込んでもこいつには効果が薄い。
が、逆説的に言えば薄く軽いわけでもある。ならば、風で吹き飛ばしてやれば良い。そしてこの程度だ。魔術を使わないでも通常は張り巡らせている武器を保護する為の力の幾許を解けば、業風を纏わせる事は出来た。
「それなら、出来るな」
リィルが跳び上がってワンテンポ後。瞬はすべきことを理解して跳び上がり、リィルと同じ様に風を纏わせた柄による一撃で更に敵を加速させる。そしてそこに、虚空を蹴ったリィルが更に叩き込んだ。
「地面まで叩きつければ、十分でしょう!」
どごぉん、という轟音と共にリィルは地面へと『悪魔の外套』を叩きつける。やはり布なので叩きつけてもさほど痛痒をもたらした様子はないが、それで十分だ。ここからなら、どう頑張っても『悪魔の外套』は桜と魅衣の魔術から逃げられない。
そして、その一瞬の後。リィルと瞬が虚空を蹴ってその場を離脱した直後だ。わずかに『悪魔の外套』が地面から浮かび上がった瞬間を狙い定めて、桜と魅衣が同時に魔術を起動させた。
「「<<大津波>>!」」
二人の魔術は同時に起動すると、一気に大津波となって『悪魔の外套』へと襲い掛かる。が、先にも魅衣が述べていた様に、これの本質は莫大な水量による敵の圧殺だ。故に『悪魔の外套』は水に流されるだけで特にダメージになった様子はなかった。が、それで良かった。
「……む?」
<<大津波>>の終了後。魔術によって生み出された水が消失し、後は周囲に濃密な水気と少しの水たまりが出来るだけとなったわけであるが、そこで瞬は敵に起きた異変に気が付いた。
「浮かべない……のか?」
まるでのたうつ様になんとか地面から浮かび上がろうとする『悪魔の外套』であるが、何故か先程までの様に軽やかに浮かび上がれない様子だった。そしてその原因は、『悪魔の外套』の状態にあった。
「水を含めば布が重くなるのは当然の話です。奴が繊維質の魔物であれば、水気を含めば含むほど重くなるのは道理。なら、こうなるのも当然です」
「そうか……今の奴はいわば飯をたらふく食って動きが鈍っている様なものか」
「そんな所でしょう」
瞬の例えにリィルは同意して、そして彼女は視線を凜へと向ける。そして、その直後。今まで待機していた彼女の剣の欠片によって氷属性の砲撃が放たれて、『悪魔の外套』は完全に氷漬けになる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1282話『武器の強化』




