第1280話 次の素材を求めて
リィルの武器の強化素材となる『地を這う大蛇』の討伐を終えた冒険部一同は、戦闘中に毒を受けて一時的な戦線離脱を余儀なくされた瞬の回復を待つ間に討伐した『地を這う大蛇』の素材の回収を行っていた。
「この部位が確か……柔軟性に最も優れていたはずですね」
リィルは『地を這う大蛇』の巨体から鱗を剥ぎ取り、露出した皮を剥いでいく。やはり軍属だからか蛇の解体の仕方は教えられているらしく、その手際には迷いがなかった。
「リィルさん。鱗とかはどうするの?」
「ああ、鱗とかは使って良いと海棠さんが仰っていましたから、冒険部で使いなさい。私はこの部位だけで十分ですから」
魅衣の問いかけを受けて、リィルは海棠翁から言われていた事を思い出した。槍の素材として使うのは皮だけだ。その皮にしても一部だけで良い。圧倒的に余る部位の方が多かった。
とはいえ、使えるのはそれでもこの巨体からすればかなり少ない。例えば鱗も大量にあるわけだが魔物故に手入れなぞされていない。故に防具として使える部分は非常に少ない。皮も言わずもがなだ。その上、この魔物の肉は食用にも適さない。なので大半の部位は捨てる事になる。
「了解。じゃあ、鱗を毟って皮を剥いで、回収しちゃいます……ティナちゃーん! 手、貸してー!」
「うーむ! じゃあ、ちょいと浮かべるからお主は血に含まれる魔力の処理をせい!」
「はいよー!」
魅衣の申し出を受けたティナが『地を這う大蛇』の巨体を魔術で浮かび上がらせ、一方の魅衣はそこにこういった巨大な魔物を解体する為の専用の魔術を展開する。
流石にこの巨体だ。以前にカイトがメルから注意を受けた様に、普通に討伐すればその血から魔物が生まれかねない。なので血の中に含まれる魔力を散らす様な魔術があったのである。
これが採集専門の冒険者だとその血に含まれる魔力を特殊な魔導具に取り込んで戦闘に活用する事もあるが、流石に冒険部ではそこまでの道具は保有していなかった。その一方、リィルもリィルで作業を続けていた。
「ああ、桜。皮を纏めたいので魔糸をもらえますか?」
「あ、はい……どうぞ」
リィルは自分の武器の強化の為に必要な皮に付着していた余分な肉を削ぎ落として、手早く折りたたむ。後はこれを持ち帰って専門の職人が鞣して使えるようにしてくれる、というわけであった。
本来は肉を削ぎ落とすのも職人がやってくれるが、軍で教えられていた事もあるし待っている間は暇だ。やってしまおう、というわけであった。
「よし……こんな所ですか」
「随分と長いんですね」
「まぁ……全部が全部使えるわけでもないですからね」
興味深げに自分の作業を見守っていた桜の問いかけに、リィルは道理といえば道理を述べる。一応傷が付かない様に討伐してはいるが、それでも完璧とは言い難い。
何より野生の魔物だ。交戦も経ているだろう。であればやはり、使えない部分も多く存在しているだろう。それを見越してかなり多めに採取していた。そうしてその作業も終わった頃に、リィルは少し心配そうに瞬の容態を確認する。
「さて……瞬。大丈夫ですか?」
「ああ……みっともない所を見せたな。随分と楽になった」
瞬の顔色は毒を受けた当初の土気色からすでに赤みが戻っており、血行もかなり戻っている事が伺い知れた。とはいえ、やはりまだ本調子ではないのか、立つ事はなかった。
ここで無理をしても周囲に迷惑が掛かるだけだ。まだ次もある。休める時に休んで万全の態勢を整える。それも、冒険者にとって必要な事だ。そんな瞬に、リィルは首を振る。
「いえ……毒が気化するのは私も盲点でした。貴方が不注意というわけでも、みっともないとも思いません」
「すまん……にしても、やはり毒持ちは油断できんな……こういう場合の対策はなにか無いのか?」
「……そうですね。基本はやはり気流制御なのでしょう。かつて龍族の里でティナさんに教えてもらったあれです」
「あれ、か……なるほど……」
リィルからのアドバイスに、瞬は納得した様に頷いた。あの時教えられた魔術は今はもう普通に使える様になっていたが、今回は使っていなかった。ああいった魔術は彼らの技量だと必要に応じて使うもので、常時展開するにはまだ技量が足りていない。が、今回は本当は必要なタイミングだったわけである。
「後は……おそらく身体性能の強化の応用でしょうか。これは一長一短ですが……」
「どういうものなんだ?」
「新陳代謝を活性化させて、毒を受けても自己治癒力で回復してしまおうという考え方です」
「逆に毒が回らないか?」
リィルから提示された別解に、瞬は訝しげだった。あまりに無茶が過ぎると思ったのだ。そして事実無茶だった。
「ええ。その可能性はかなり高いですね。なのでこれは血清がどうしても手に入らない場合の賭けだとお考えを」
「生き延びられれば奇跡、という所か」
「後は生きる意志次第とも言えるでしょう。事実、これで生還したと言われている人物の大半は道理を吹き飛ばす様な英傑ばかりです」
「なるほどな……俺はまだまだ、というところか」
瞬はリィルの言葉にそう結論付けておく事にした。こんな普通の毒程度に倒れている自分では到底こんな無茶な芸当には耐えられない。そう思ったらしい。と、そんな話をしていると、そこそこ良い時間が経過していた様だ。瞬は数度手を握って感覚を確認して、立ち上がった。
「よいっしょっと」
「もう大丈夫ですか?」
「ああ。英傑達程とは行かなくても、これでも人一倍体力と耐久力はあると思っている」
瞬はそう言いながら、軽く屈伸して身をほぐす。足は笑っていないし、動きにも淀みがない。万全の状態と大差がなかった。確かに、彼自身が言う通り並以上ではあるだろう。
「……確かに、大丈夫そうですね」
「ああ……ユスティーナ! こちらはもう大丈夫だ!」
「ふむ……よかろう! では、こちらの作業が終われば出発じゃ!」
瞬の申し出を受け、ティナは自身でもしっかりと確認した上で出発を承諾する。そうして、一同は次の敵を目指して移動を開始する事になるのだった。
というわけで、それからおよそ一時間後。一同は次の敵の所までたどり着いていた。その敵だが、一見すると非常に奇妙な風貌だった。
「こいつ……か? なんだ、こいつは」
「私も流石に詳しい事はあまり……」
困惑する瞬の言葉に、リィルも若干の困惑を露わにする。というのもそこに居た、もしくはあったのは一枚の少し厚手の布の様な物だったからだ。それが木々の一本に引っかかって風に揺られていた。それだけである。
「……ユスティーナ。本当にあれなのか?」
「うむ。あれこそ、お主らの求める一体じゃ」
「単なる布にしか見えないが……」
まるでというか正しく何らかの理由で飛ばされた布切れが偶然にも木の枝に引っかかっただけ。そうにしか見えないボロ布を見て、瞬は非常に訝しげだ。それに、ティナは一つ頷いた。
「そう思い、旅人は迂闊に近づく。そして、殺される」
「そう、なんだろうが……」
「見事な擬態じゃろう? しかもあれは驚くほどずる賢い。時として他の魔物との間に共生関係を作る」
やはり納得できない様子の瞬に向けて、ティナはさもありなん、とさらに解説を続ける。
「そうじゃのう。例えば魔物の中には旅人に擬態する様な魔物もおる。それに旅人が身に纏うローブの様にまとわり付き、より一層旅人に似せさせる」
「こんなボロなのにか?」
「ふむ……では、ボロに見えるのがボロに見せて居るだけじゃとすれば?」
瞬の問いかけにティナは問いかけを返す。それに、瞬はもしこれが本当に魔物で、このボロに見える状態さえ擬態であれば、と考えてみた。
が、考えるだけで恐ろしい。ここまで見事な擬態だ。それをされて本当の旅人でない事を見抜けるかというと、おそらく自分では無理だと断言出来た。だから彼は素直にそれを明言する。
「……そうなれば……おそらくもう俺では見切れんな。近づいても厳しいかもしれん」
「じゃろう。これが擬態した外套と冒険者や旅人の外套を見分ける事はまず難しい。不用意に近づいて、殺される。それが一番ありえる。そしてその取り付いた魔物が殺した獲物を、こやつが食らうわけじゃ。もちろん、取り憑くのは殺した相手の屍肉を喰らわぬ者に限定しておる」
「なるほどな……」
時として魔物には周囲を破壊する為だけに存在する様な奴が居る。これが何故、というのは魔物ならぬ人の身にはわからぬ事であるが、そういう魔物が居る事だけは事実だ。
例えば、かつて皇都に天桜学園が行った時に旭姫が戦った剣士の様な魔物。あれは正しくそれだ。現にあの魔物にはよくこのボロ布に擬態した魔物が取り付いている事があるらしい。取り憑かれた魔物は擬態の役に立つし、逆にこいつは取り憑いた魔物が殺した相手の屍肉を喰らえる。共生関係として成立していた。そしてそれ故、この名が付けられていた。
「『悪魔の外套』。時としてこの魔物に取り憑かれた魔物によって、普通なら負けない相手にさえ負ける事もあり得る……それ故、この名が名付けられた」
「『悪魔の外套』……」
瞬はティナから語られたこの魔物の名前に、なんとなくではあるがわかる様な気がした。本来は高位の冒険者なら気づける筈の相手であっても、こいつの見事な擬態故に気付かず近づいてしまう。そして、迂闊に近寄って隙を突かれて殺される。まさに冒険者からすれば悪魔の様な相手だろう。
「とはいえ、この魔物単独でも決して弱くはない。油断は出来ぬぞ」
「ああ、わかった……何かヒントはないか?」
「ふむ……魅衣。桜。お主らは今回は魔術師として支援役をするべきじゃろう。戦えばわかるが、この魔物は案外素早い。おまけに擬態がバレると逃げようとする習性もある。逃げられぬ様に風を操り、後は回避を阻害してやれ」
瞬の問いかけにティナは桜と魅衣に向けて方針を語ってやる。ティナは語っていなかったが、実はこの相手はランクB。十分に単独の魔物としても強い部類だ。そこらもまた『悪魔の外套』の悪魔の所以の一つだ。
それは置いておいても、やはりランクBともなると単独でも強い事は強い。基本擬態がバレれば逃げようとするので出逢えば逃げろ、と言われる魔物であるが逆に今回はこいつを狩猟する必要がある。逃げられない様にするのは必要な事だろう。
「で、由利。お主はまぁ……うむ。此度ばかりは余と共に観戦に回れ」
「? どしてー?」
「この魔物とお主……いや、大半の弓兵は相性が非常に悪い。お主がまだ周囲の空間さえねじ切れる剛弓を放てるのであれば戦列に加わるのも良いじゃろうし、その場合はお主が主力となるべきじゃが……うむ。流石に今のお主にそれを望むべくもなし。此度ばかりはどんな形でも役に立てん。なら、戦わぬというのも立派な戦術じゃ。敢えて言うのであれば傍目八目に敵の状態をつぶさに観察し、それを伝える役目を担え」
「? なんだかわかんないけどー……それならわかったー」
ティナの指示に由利は訝しげだが、それを受け入れる。まだ彼女らは『悪魔の外套』とは戦っていないが、ティナは交戦経験があるだろう。
そして彼女ほどの知恵者だ。この魔物の特性を知っていても不思議はないし、現に知っていればこそ戦わない様に指示を出したのだろう。であれば、素直に従うのが一番良い事は明白だった。
「まぁ、ひとまずはこれで良いじゃろう。後は戦いながら、各々で判断せよ。今回も余は余で周囲を警戒すると共に、万が一お主らに不備が出れば手助けをする。基本はお主らだけで討伐せい」
とりあえず出すべき指示を出したティナはそれで良しと判断すると、改めて全員に向けて明言する。そもそもティナがやれば話は早いが、それでは瞬らの訓練にならない。
今回は確かに武器の強化の素材集めが主題だが、瞬は武器を与えられてその使用感を掴む必要がある。そのためにも、というわけだ。そうして、そんなティナの指示を受けて、瞬らは『悪魔の外套』を狩猟する為に戦闘を開始するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1291話『悪魔の外套』




