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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第64章 桃陽の里編

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第1279話 敵を知り

 リィルの武器の強化と修繕の為。『地を這う大蛇(オロチ)』と呼ばれる中津国特有の魔物との戦いをする事になっていた瞬達冒険部上層部。接敵と同時に確実に討伐するべく罠を張り巡らせた一同であるが、それに敵を落とす為にまずは陽動を駆使して戦闘を行う事にしていた。


「はぁ!」


 罠に掛ける手はずを整えた瞬はまず、自分へのターゲティングをなるべく外させない様に真正面から攻撃を仕掛ける。リィルでなく瞬が囮役を引き受けているのは、スペックの問題だ。

 確かに素の性能であればランクAであるリィルが上回る。が、そこに<<雷炎武(らいえんぶ)>>による速度上昇やリィルの<<炎武(えんぶ)>>では速度が上昇しない事を加味すると、速度であれば瞬が上回るのだ。更には見た目としてもただ炎がちらつくのとスパークが強烈に迸るのでは後者の方が遥かに見栄えが派手だ。囮として必要な要素はすべて揃っていた。そして更には翔との連携もある。万が一に備える事も出来た。


「ふむ、ふむ。まぁ、妥当な手と言えような」


 一気呵成に『地を這う大蛇(オロチ)』へと突っ込んでいく瞬を見ながら、ティナが一つ頷いた。が、実はこの時点でティナはこの戦い方の盲点に気が付いていた。とはいえ、それは敵をどれだけ知るか、という所に起因する。故にティナがつぶやくのは、これだった。


「彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず。彼を知らずして己を知れば一勝一負す……何時の世も偉大な策士の言葉とは至言じゃのう。姜子牙殿の恐ろしさは余も知る所じゃが、孫武も侮れんのう」


 ティナが呟いたのは、古代中国の有名な兵法書『孫子』にある言葉だ。実はよく知られているあのことわざにはまだ続きがあり、ティナが呟いた言葉はその続きの部分だった。

 それは確かに、瞬達の現状を言い当てていた。彼らは敵を知らず、しかし自分達の力量や出来る事は把握している。この続く言葉が最適だった。なお、更にこの言葉の後ろには続きがあり、『彼を知らず己を知らざれば戦ふ毎に殆ふし』となる。


「さて……まぁ、万が一には備えてやるが。なんとか出来ぬ程度でもなし。任せるかのう」


 勝率は五分と五分。勝てるかもしれないし、勝てないかもしれない。ティナはそう見込んでいた。後はどれだけ早急に敵の厄介さに気が付くか、だ。そんなティナの見ている前で、瞬は外れたターゲティングを再び自分に戻す為に大きく息を吸い込んでいた。


「おぉおおおおお!」


 瞬の雄叫びと共に、『地を這う大蛇(オロチ)』がわずかにびくっと震えて瞬の方を振り向いた。が、そこに居たのが瞬だと気が付いて僅かな警戒だけを見せて当初の様に即座に突っ込んでくる事はなかった。やはり一度目よりも雄叫びの効果は薄くなっていた。が、それは瞬として知っているし、彼だけでなくて全員が了承済みだ。


「二度が限界か……いや、これぐらいで上出来だな」


 瞬は二度目の効果の薄さを鑑みて、次は<<戦吼(ウォークライ)>>を使う事に決める。このまま三度目を行った所で効果は知れているし、下手をすると効果がない可能性さえあった。が、そこに魔力が乗っていれば話は違う。やはり今までと違うのであれば、誰だって次こそは何かが来るかもしれないと警戒する。それは魔物だって同じだった。


『次は<<戦吼(ウォークライ)>>を使う』


 瞬は念話で全員に向けてそう告げる。やるならやるで周囲に向けて周知するのは基本事項だ。何より<<戦吼(ウォークライ)>>は特殊な(スキル)だ。魔力の乗った雄叫び故、上手くやらねば味方の攻撃さえ阻害しかねない。


「っ」


 念話を瞬が使うと同時。やはりまだ警戒しているからか『地を這う大蛇(オロチ)』は彼へ向けて毒液を噴射する。それは一直線に瞬へと向かうも、途中で展開された凜の氷の幕により余裕で回避出来るまでに勢いを減衰させる。


「助かった!」


 瞬は『地を這う大蛇(オロチ)』の噴射した毒液を<<雷炎武(らいえんぶ)>>を起動させる事なく楽々回避すると、凜に向けて礼を述べる。と、その一方の『地を這う大蛇(オロチ)』であるが、どうやら毒液を噴射するだけでこちらに向かってくる事はなかった。


(一応、牽制したというぐらいか)


 先程は向かってきたんだがな。そう思い出す瞬は敵の直近に居たリィルに向けてしっぽの叩きつけを行う『地を這う大蛇(オロチ)』を見て、中々に上手くいかない事に僅かな舌打ちをする。彼が居る位置は丁度桜の張り巡らせた罠の中心だ。

 毒液を噴射してそのまま向かってくる事を想定して、この位置に移動出来る様に雄叫びを上げたのである。後はこちらに突っ込んでくれば、更にバックステップで後ろに回避するだけで胴体のど真ん中に罠の中心を持ってくる事が出来る。そこまで想定しての事だった。が、動いてくれない事にはどうにも出来ない。


「どうするか……」


 その場に留まってしっぽの叩きつけや毒液の噴射、その巨体を活かしてのなぎ払いを行う『地を這う大蛇(オロチ)』を見ながら、瞬は次の一手を考える。そうして、数瞬の後。瞬は次の一手を考えついた。


「翔! 力を貸してくれ!」

「はい」


 瞬の呼び寄せに応じて、翔がその横に音もなくやってくる。彼は基本、万が一に備えて全員分の幻影を張り巡らせてくれていたが、それ故に囮としては今回活躍していない。余力は十分にある。


「牽制を頼む。もうひと押しする」

「わかりました……先輩は?」

「<<戦吼(ウォークライ)>>を使ってこっちに敵視を向ける。が、先の様子から効果が薄いからな。二人でこちらに向ける」

「了解です」


 瞬からの指示に翔は頷いて懐から魔銃を抜き放つ。が、まだ撃たない。撃つのは瞬の雄叫びで『地を這う大蛇(オロチ)』がこちらを向いてからだ。


「よし……じゃあ、行くぞ……」


 翔の応諾を受けて、瞬が大きく息を吸い込んだ。が、その次の瞬間。彼は思わず膝を屈する事になった。


「ごふっ!?」

「先輩!?」


 唐突に苦悶の声を上げた瞬に、翔が慌てて瞬の方を向いた。が、その瞬はかなり苦しそうで、彼自身も何が起きたかわかっていない様子だった。と、そんな翔に向けて、一つの銃の様な魔導具がティナより投げ渡される。


「翔! 使え!」

「これは!?」

「血清……の様な物じゃ! ま、わかりやすく言えば注射器と思え!」


 投げ渡された魔導具が何かわからず困惑する翔に向けて、ティナは簡潔に説明する。近未来を題材とした映画などである銃に似た注射器というわけなのだろう。

 とはいえ、これには更にティナ達『無冠の部隊(ノー・オーダーズ)』の手で改良が加えられていて、入れられているアンプルの効能を即効性にしたり薬液を即座に浸透させたり出来る様にされていた。毒の種類や受けた毒の量次第になるが、およそ一分程度で回復するスグレモノだった。


「血清……毒!? でもなんで!?」


 瞬を抱えながらジャンプ一つでその場を離れた翔がティナの言葉を理解して驚きを露わにする。それはそうだ。毒が危険とわかればこそ、瞬もリィルも幾重にも毒液対策をして対処している。その一助には翔自身が力を貸した。だのに、毒を煽ったというのだ。状況が理解出来なかった。


「いや、とりあえずは……先輩、ちょっと腕捲くります」


 瞬は今は考える時ではない、と判断すると意識が混濁を始めた瞬の服の裾を捲り、右腕を露わにする。その一方、唐突の事で戦線を保つのに精一杯の他の面子に向けて、ティナが状況を説明していた。


「『地を這う大蛇(オロチ)』の毒はほぼ無臭かつ無色透明! 同時に即効性と速乾性も高い! が、最も気を付けるべきはそこではない! 『地を這う大蛇(オロチ)』の毒は非常に気化しやすい! 土に染み込んだのではなく、大半は気化したんじゃ!」

「なるほど……」


 ティナの指摘を聞いて、リィルは何が悪かったのかようやく納得する。それはそうだとしか言い得ない。なにせあれだけ何度も大きく息を吸い込んでいたし、瞬とリィルがこの面子の中では最も激しく動いている。故に吸い込む空気の量も他よりも多い。しかも瞬の場合、囮という性質から毒液の付近で最も戦っている。これでもし翔の様に顔をマスクで覆えるのであれば、という所だろう。あのマスクには防塵だけでなく毒ガスなどの対策の為、ある程度は空気を浄化する効果があるのだ。


「翔! 瞬は!?」

「もう少し休ませた方が良いっす!」


 どうやらティナの使わせた血清のおかげで随分と呼吸は落ち着いているが、まだ顔は辛そうだ。意識の混濁こそ落ち着いたものの、身体機能が十分には戻っていない事は確実だろう。最低でも後一分。それだけの時間二人は戦闘不能になったと見て良い。


「……」


 瞬の復活までどうするべきか。リィルは己の身体性能などを鑑みて、即座に次に下すべき一手を考える。ここで痛かったのは、瞬と翔という二人の囮役を一挙に欠いてしまった事だ。今までの戦法は使えない。堪えるのは一つの手といえば手だろう。

 とはいえ、耐えられるかというと、またそこは難しい問題がある。まず第一に桜と魅衣は動けないからだ。この二人は必勝に備えて罠を張っている。その罠を解除するわけにはいかない。罠にハメる為に罠を解除しては本末転倒だ。もちろん、その為に負けても本末転倒は本末転倒だが。


「凜。援護を。サブアタッカーは出来ますね?」

「出来ますけど……何をするんですか?」

「……仕方がないので、裏技を使おうかと」


 サポート役の翔はともかく、メインアタッカーとなる瞬を欠いているのは痛い。が、ここで変に攻めないでも下手をすると瞬達を狙われる可能性はあった。

 とはいえ、幸い今のまま戦ってもこの場から動かさない事は出来る。とういより、基本敵が近くを動き回る事で『地を這う大蛇(オロチ)』は動こうとしていない。その巨体故、動かないでも届く範囲が広いのだ。動く必要が無いとも言える。このまま攻めるか、それとも守るか。どちらが良いかは少し考えものだった。


「あまり、やりたくはないのですが……」


 リィルの顔には、苦味が浮かんでいた。というのも、実は今まで速攻を仕掛けなかったのには理由がある。それは言うまでもない事だろう。そもそも彼女らの目的はこの魔物の皮を手に入れる事だ。なのに傷だらけにしては意味がない。

 そして何も『地を這う大蛇(オロチ)』の皮だからとどこでも良いわけではない。きちんと部位を見繕う必要があった。が、その部位を避けて攻撃出来るか、というと動き回る相手には難しい。であればこそ、動きを止めて確実に脳髄を破壊するつもりだったのである。


「奥の手です!」


 リィルは気合を入れると、一気に敵の懐へと潜り込む。瞬の使う<<雷炎武(らいえんぶ)>>とリィルらバーンシュタット家の者たちが使う<<炎武(えんぶ)>>の差。それは一言で言えば出力の差だ。

 前者はあえて言えばバランス的な強化をしているのに対して、後者は力に力点を置いた強化をしている。であればこそ、こんな荒業が可能だった。


「おぉおおおおお!」

「「「……はい?」」」


 しっかりと地面を踏みしめて『地を這う大蛇(オロチ)』の巨体を掴んだリィルを見て、少女ら三人が目を丸くする。あの巨体だ。確かに支えれなくはないが、持ち上げるとなると話は別だ。流石にランクAの冒険者でもかなり無理がある。

 そうして、そんな彼女らの見ている前で20メートルはあろうかという『地を這う大蛇(オロチ)』の巨体が持ち上がり、リィルの足元で爆発が起きた。かつてバランタインが教えた<<爆炎波(ばくえんは)>>を使って強引に跳び上がったのだ。


「はぁああああ!」


 リィルの気合の声と共にどごぉん、という轟音が鳴り響く。リィルが持ち上げた『地を這う大蛇(オロチ)』を強引に地面に投げたのである。流石にあの巨体だろうと、強引に投げられては元も子もない。罠のど真ん中に強引に移動させられるしかなかった。


「っ! 魅衣ちゃん!」

「わかってる! <<氷河地帯(ツンドラ)>>!」


 唖然となっていた桜が気を取り直し、即座に拘束の為の魔糸を『地を這う大蛇(オロチ)』の上半身へと絡みつかせる。そしてそれと同時に、桜の合図を受けた魅衣が魔術を起動させた。それを見て、凜が意識を集中させ、分裂させた剣の欠片を一直線に並べて突っ込ませる。


「<<ストレート・ショット>>!」

「すぅ……」


 凜の剣の欠片の一撃を受けて、『地を這う大蛇(オロチ)』の障壁は砕けている。更にはその強固な鱗には無数の亀裂が入り、おまけ付きで変温動物の悲しい性故に体温の低下により動きも鈍い。故に、リィルは意識を集中してしっかりと狙いを定める事が出来た。


「<<収束極撃クリティカル・ショット>>!」


 リィルが使ったのは、威力を完全に一点集中させた一撃だ。完璧に威力を発揮するには一切のズレもなく標的に向けて一直線に打ち込まなければいけないという戦闘中であればかなり難しい条件が付き纏うが、その分完璧に決まった時の威力は折り紙付きだ。そして今。動きを縫い留められた『地を這う大蛇(オロチ)』に対して、その一撃は完璧に決まっていた。


「……こんなものですね」


 一撃で脳髄を完全に吹き飛ばしたリィルは完全に貫通した槍を『地を這う大蛇(オロチ)』の頭蓋骨から抜き取って、一つ振り抜いて血のりを払う。こうして、リィルらは武器の修繕に必要となる1つ目の素材を手に入れる事に成功するのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1280話『次の素材を求めて』

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