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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第64章 桃陽の里編

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第1278話 柔軟性の高い皮

 カイト達が各々の武器に必要な鉱物資源を確保していた一方その頃。『桃陽の里』の外に出て魔物の素材の収集を行う事にしていたティナ達はというと、里の外で腕試しに魔物達と戦っていた。


「なるほど……これは妙な感覚がある」


 瞬は村正一門から貸し与えられた槍を使ってみて、自分が今まで使っていた槍――この場合は彼が魔力で編んだ槍ではなく、一般に売られている槍――がおもちゃの様だという実感を得ていた。

 所詮、彼らで手が出せる領域の槍なぞたかが知れている。というよりも、買える領域の槍なぞ所詮はその程度にしか過ぎないのだ。非売品というかワンオフや名のある名槍などとなると、どうしても売買がまずされない。されても裏ルートだ。手が出せるわけもない。


「妙な感覚ですか?」

「ああ……なんというか……そうだな。馴染む。手に馴染むんだ」


 リィルの問いかけに瞬は魔力を通しながら槍を一度振るってみる。それだけで、穂先から魔力の刃が現れた。こんな事は彼が魔力で編んだ槍でだって起きない現象だ。同じ事を起こそうと思えば、この倍程度の魔力を注ぎ込む必要があった。


「これが武器の差か……今まで自分の魔力で武器を編めるんだから必要ないな、と思っていたんだが、やはりこういうのを手にしてしまうとどうしても一振り欲しくなってしまうな」


 瞬は少し楽しげに、まるで新しいおもちゃでも与えられたかの様な子供の様な顔で槍を振るう。竜胆も指摘していたが、やはり彼の槍の構造はまだまだ甘い。理に適わない所が多々あって、それが明白な差として現れていた。


「それはわからなくもないですね。実際、私もやはり<<炎嬢(えんじょう)>>とこれとでは使用感は随分違う。数打ちは所詮数打ち、としか言いようがないのでしょう」

「そうなのか」


 瞬とリィルが今使っている武器は優れてはいるものの、名槍の類ではない。それに対してリィルの普段使う<<炎嬢(えんじょう)>>は間違いなく名槍と呼んで過言ではない。なにせ彼女の誕生祝いに贈られた槍だ。村正流としてもやはりかなりの力を入れて拵えている。

 もちろん、名槍には違いなくてもやはりカイトやバランタイン達が使った様な領域ではないが、それでもこの数打ちにも近い槍と比べれば雲泥の差がある。両方を知るリィルからすれば、これでも悪いと言えるのであった。


「にしても……そうか。これでも悪いのか。俺からすると随分と凄いんだがな」

「それだけ、貴方はまだまだ槍について知らなかったということなのでしょう」

「そう……なんだろうな。やはり競技用の槍と戦闘用の槍では大きく違うもんだ」


 竜胆の時にも思い知らされたが、瞬は改めて自分が槍について無知であった事を理解する。彼としても選手として槍については構造や素材などをしっかりと理解していたつもりだったが、やはりそれは投槍という陸上競技としての槍だ。戦闘用の槍は大きく違っていた。


「ふむ……リィル。一度今度軍で使う投槍用の槍を見せて貰えるか?」

「そうですね。そうしておきなさい」


 瞬の申し出にリィルは快く応じて頷いた。投槍といえばやはり彼が武器技(アーツ)として使う例えばオーディンの<<ニワトコの槍(グングニル)>>などが思いつくが、そこらを見るのは少し厳しい。

 さらに言えばこういった英雄達が使う投槍は単なる名槍とは違って様々な加工が施されている。今の瞬ではそれを解析して理解する事は難しいと言わざるを得ないだろう。であれば、まず手始めとして軍が使っている使い捨ての槍を見せてもらうのが一番良かった。


「ああ、そうだ。瞬、一応わかっているとは思いますが……その槍は投げない様に。貴方確かまだ魔糸は満足には使えませんね?」

「……ああ、そうか。そう言えば自分の魔力で編んだ槍を使えないから、投げられないのか」


 忘れていそうだ、と思ったリィルの問いかけに瞬はそういえば、と思い出す。リィルも槍を投げる事はあるが、その回収に彼女は魔糸を使っている。

 これは槍を投げる者であれば必須の技能なのでリィルももちろん習得していた。が、他方瞬はその領域まで魔糸を使いこなせてはいない。なので投げた槍を回収するには自分の足で駆け抜ける必要があった。が、戦闘中にそれが出来るかというと、些か難しい時も多いだろう。なるべく投げない方針で行くべきだった。


「気を付けなさい。数打ちではありますが、そこそこその槍も値段がしますよ」

「……気をつけよう」


 値段に言及したリィルの一言に、瞬は心底気を付ける様に胸に刻みこむ。ここら、やはり付き合っているからだろう。瞬にどう言えば一番言い付けを守らせる事が出来るかをリィルも把握しだしていた。と、そんな二人へとティナが告げる。


「ふむ……まぁ、そこらの会話は良いが。そろそろ戦闘じゃ」

『皆様。前方一キロの所に一匹目の標的が……見えましたな』


 クーの言葉の直後。かなり巨大なヘビ型の魔物が現れる。こいつが彼らが狙う魔物の一体目だった。名前は『地を這う大蛇(オロチ)』。中津国特有の魔物で、その皮は柔軟性に優れているらしい。

 が、やはり基本蛇の見た目なので生物的な性質も蛇に近く、その皮はあえて言えば蛇革だ。柔軟性には優れているものの、その身を覆う特殊な油分によりよく滑るらしい。なのでグリップをよくする為に滑り止めとしてまた別の魔物の皮を使う事になっていた。そちらもこのあと、狩りにいく予定だった。


「基本、余は万が一に備えて周囲の警戒を行う故に手は出さん。故に気をつけて戦う様に」


 ティナが一同に対してそう告げる。基本的に彼女の役割は指揮官だ。それは昔から変わらない。そして同時に、彼女は組織として見ればトップに当たる人物だ。他の面子が居る以上戦う道理がない。

 常日頃言われているが総大将のくせに自らが前線、それも最前線の最激戦区で戦うカイトが可怪しいだけだ。いや、彼の場合は彼が居る所が最激戦区になるので仕方がない側面があるのだろうが、それでも本来はティナの在り方が正しいのであって、故にリィルも普通に頷いた。


「わかりました」


 リィルはしっかりと『地を這う大蛇(オロチ)』を見据え、頷いた。敵のランクとしてはB程度。負ける要素はあまり見受けられないが、同時に油断して勝てるほど甘い相手でもない。

 当たり前だがリィルにとっても中津国の魔物はほぼはじめての相手だ。性能的には勝てると言い切れても、相手とてランクB相当の魔物である以上は何らかの特殊な性質を持ち合わせている事が想定された。なのでリィルも油断せず、確実に仕留めるつもりだった。


「桜さん。何時も通り拘束を」

「はい」


 リィルの要請を受けた桜は即座に何時も通り魔糸を生み出して、『地を這う大蛇(オロチ)』を拘束せんと地面に罠を仕掛けていく。魔糸と言っても敵の大きさに合わせて魔糸の強度や量を変える必要があるし、当然だが拘束すれば敵は大いに暴れるだろう。

 桜にとってみれば『地を這う大蛇(オロチ)』は同格である以上、拘束していられる時間はそう長くはない。なら、確実に仕留める為にはここぞという時にこそ拘束すべきだった。


「さて……」


 桜が地面を這う様に魔糸を張り巡らさせていくのを感覚だけで理解しながら、リィルはどう戦うかを考える。『地を這う大蛇(オロチ)』の体躯はおよそ20メートルほど。ランクBの蛇型の魔物としてはさほど大きくはない。が、それでもこのランクに位置しているということはつまり、油断出来ない何かがそこにはあるという事だ。


(であれば、まず気を付けるべきは毒。おそらくこいつは毒を持っている)


 リィルは鋭い牙を剥いてこちらを威嚇する『地を這う大蛇(オロチ)』を見ながら、おそらくどこかにあるだろう毒を出す為の穴に対して警戒をしておく事にする。


(蛇毒は基本、神経毒や出血毒。溶解を引き起こす毒液は無いはずですが……)


 いくら魔物だからといってもそこまで生物的な原理は変わらない。なので蛇型の魔物であれば、その毒は蛇と同じく大別すれば神経毒や出血毒となる。そしてここで怖いとすれば、神経毒だ。流石に神経に異常をきたしては戦えない。毒は古来からどんな英雄だって殺してきた暗殺者達最大の切り札だ。

 地球で言えばかの大英雄ヘラクレスとて毒に苦しめられたし、北欧最強の神の一角たるトールもまた毒――しかも彼が受けたのは蛇毒だ――を受けて9歩後退して死んだとされている。それほど、毒とは危険な物なのだ。


「っ!」


 そんな考察を行うリィルに向けて、『地を這う大蛇(オロチ)』が口から僅かに濁った液体を噴射する。状況から見て毒液と見て間違いないだろう。それを見たリィルは即座に思考を切り替えて、サイドステップで移動する事で回避する。


(横を通り過ぎた際に感じたほんの僅かな刺激臭……毒液には違いない。が、やはり溶解を引き起こす毒ではないですか)


 リィルは誰に命中する事もなく地面に落ちた『地を這う大蛇(オロチ)』の噴出液を見て、そう判断する。地面に落ちた液体はどうやら粘性を含んでいるわけではないのか、即座に消え去った。地面に消えていったのだろう。

 が、同時に地面を溶かしている様子はなく、溶解を引き起こす様子はなさそうだった。まぁ、もちろん。だからといって毒液には違いないだろうので安易に浴びるのは厳禁だろう。


(粘性は無し。付着しても即座に洗い流せそうですか)


 何が一番毒で怖いかというと、やはり応急処置が出来ない事だ。つまりは流水で洗えない事だった。地球でも医薬品のパッケージには必ず、目などに入った場合は流水でよく洗い直して医師の診断を受ける様に書かれているだろう。

 大量の水で毒素を薄めるのは十分に効果的だ。が、粘性があると流水でもなかなかに落ちない。粘性があるということは、それだけで戦闘だと危険なのである。


「口からの毒液に気をつけて! 落ちた所にもなるべく踏み込まない様に!」


 何を注意すべきかを即座に把握したリィルが即座に号令を飛ばす。即座に地面に染み込んだ様子だが、やはり地面にはまだ毒素が残留しているだろう。どんな毒かわからない以上、安易に踏むべきではなかった。溶解性は無いと見たが、それだって確定ではない。足下から溶かされたくはない。


「やはり毒か。だが、毒液の速度は見切れない程のじゃないな……なら!」


 そんなリィルの喚起を受けて、瞬は今の毒液の速度は自らで追い切れると判断。即座に攻勢を仕掛ける事にする。


「はぁ!」


 確かに蛇型では小柄とはいえ、この巨体だ。この胴体に向けて一撃を叩き込んだ所で効果は薄い事を瞬はウルカで学んでいた。

 なので彼の選択は頭部に強力な一撃を叩き込んで、確実に倒す事だった。とはいえ、頭部だ。敵とて一番重要な器官と分かっている。なので簡単に命中はさせられない。


「天道! こちらで罠に誘い込む! 何処だ!?」

「会頭から2時の方向に20メートル程の所です!」


 瞬の問い掛けを受けた桜が罠の起点を指示する。既に何本もの魔糸が敵にはゆっくりと絡みついている――瞬らにも見えなかったが――が、やはりまだ確実な拘束が出来るわけではない。確実に拘束する為には、罠の中心に誘い込んで全てを絡めてやるのが一番効果的だった。


「あそこか……」


 やはり接敵まで少しの時間があったからだろう。実は桜はリィルの指示を受けるよりも前から罠の準備をしていた。なので敵にバレないようにしてもかなり敵から近い位置に設置出来た様だ。


「凛! 毒液を頼む! アルから氷属性を学んでるのは知っているからな!」

「げっ!?」


 いつのまにか知られていた自分の秘密に、凛が嫌そうに顔を顰める。ここら、アルと瞬は親友に類する関係を構築できているが故だろう。部内でさえ秘密だった事もちょくちょく知っていた。まぁ、部内で秘密でもカイト達には無意味なので問題ない。


「じゃあ、<<氷の幕(アイス・カーテン)>>!」


 瞬の要請を受けた凛が薄い氷の幕を展開する。それは薄っすらとだが、毒液を凍らせて勢いを削ぐには十分な幕だった。


「良し……リィル」

「ええ」


 瞬の言葉に同意する様に、リィルがその横に並び立つ。やる事は簡単だ。まず敵の動きを止める。そのためには罠に掛ける必要がある。が、罠に落ちるのを待ってやる道理はどこにもない。更に言えば罠に掛かってくれる保証もない。そうして、瞬が大きく息を吸い込んだ。


「おぉおおおおお!」


 まずは自分にターゲティング。瞬は己を囮とする為、雄叫びを上げる。これば別に威圧する為の<<戦吼(ウォークライ)>>ではなく、単なる雄叫びだ。が、それで十分だ。いくら『地を這う大蛇(オロチ)』が魔物であろうと、大声には注目する。故に大声を出した瞬が何かをしてくるのでは、と警戒して彼に注意を向けるからだ。


「よし……三枝は……わかっているか」


 こちらに注意を向けた瞬は更にそのまま魅衣へと視線を送る。基本、『地を這う大蛇(オロチ)』は蛇と同じ生体だ。故に寒くなれば冬眠する。そして寒くなれば必然として身体能力は低下してくる。

 魅衣には罠に掛けると同時に即座に『地を這う大蛇(オロチ)』の周囲の気温を下げてもらう様に手配したのである。やはりランクBで、未知の敵だ。桜一人では抑えきれない可能性があった。それを警戒しての事だった。


「行くか」

「ええ」


 後は罠に掛けるだけ。そこまで持っていった瞬はリィルと頷きあう。基本は瞬が<<雷炎武(らいえんぶ)>>で敵の攻撃を回避しながら罠の場所まで誘導し、もしターゲティングが逸れた場合にはリィルが注意を引き付けて再度瞬が囮となり、というパターンにするつもりだ。

 あの雄叫びも数度しか使えないだろうが、距離として考えればその数度で十分だろう。そうして、瞬達は『地を這う大蛇(オロチ)』を討伐すべく戦闘を開始するのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1279話『敵を知り』

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