第1277話 神の金属
この世で最も固い物質は何か。そう問われるとまず答えとして出るのは金剛石、ダイヤモンドなど炭素を中心とした物質だろう。ダイヤモンドは最も傷の付きにくい鉱物と言って確かに過言ではない。
が、ダイヤモンドは傷が付かないだけで、決して壊せない物質ではない。というより、傷つかないだけでかなり脆い。特に実はハンマーなどの叩く事には非常に弱い。
とまぁ、ここまでは地球の常識だけをメインとした場合の話だ。では、エネフィアに住まう者達であれば、どう答えるか。これは実は答えはほぼ決まっている。それは緋緋色金だ。神の金属とさえ言われるこの世で最も固い金属。大半の者達はこれを最初に述べるだろう。
大半の、という事で例外も無くはない。が、そちらは例えば厄災種の素材を利用したそもそも取れる事さえ極稀な素材の事で、知っている者の方が非常に稀だ。そしてそれを知る者達とて、緋緋色金の強度は決してそれに負けるものではない事を明言する。それほどの強度を持っていた。
で、そんな強度を持つ素材でしか満足に振るえる武器を作れない者がこの世に一人だけ、存在している。言わずもがな、地球・エネフィア両世界において最強の一角であり、多くが最強と断ずるカイトであった。
「緋緋色金ってかなり貴重な鉱物……でしたわよね?」
「ああ。緋緋色金は産出量が少ないからな」
瑞樹の問いかけにカイトははっきりと頷いて、その理由を明言する。緋緋色金は神の金属。カイト自身もそう述べた様に、産出される量そのものが非常に少ない。
なので素材の値段はかなり高価で、カイトの様にもはや国や世界の威信をその双肩に乗せた様な戦士や本当に神に属する者、その神使などぐらいしか使えない。とはいえ、実はそこまで高価かというと、存外そうでもなかったらしい。だからカイトはそれを明言した。
「といっても、だ。実は意外と安かったりする。もちろん、高い事は高いけどな」
「そう言えば……聞いた事はありますわね。緋緋色金は思うよりも安い、とは」
「ああ。意外とそんな感じだとは聞くな」
「でも貴重な金属なのになぜそんな安いんですの?」
瑞樹はもっともと言えばもっともな疑問を呈する。そもそもこの金属は神の金属と言われ、産出量も少ないというのだ。だのに、意外と安い。もちろん意外と安いというだけでカイトの言う通り高価は高価なのだろう。
が、おそらく瑞樹達が想像するキロ単位数千万で取引、とかではないと思われた。なお、参考までに言えば金一キログラムでおよそ500万円程度だ。その十倍程度を瑞樹らは想像していた。
「そうだな……まぁ、一つには加工出来る奴が滅多に居ないからだ。原石から緋緋色金を精錬するぐらいなら、出来る奴はかなり多い。精錬なぞ、と言えば暴論だが基本精錬は火に掛けて溶かして、だからな。そこは金属だから変わらない」
「そう言っても、流石に緋緋色金だから普通の火じゃ駄目だけどね。使うのは特殊な火……種火や燃やす素材なんかをきちんと調整した火じゃないと駄目。結構精錬も精錬で難しいよ」
「どちらかと言うと精錬というよりも炉の管理だがな」
ユリィの解説を引き継いで、カイトが何より重要な事を明言する。海棠翁達もこの精錬の為にわざわざ神殿――もちろん巨大な物ではなくあえて言えば神棚の様な物――を設置して、シャムロックの太陽神としての力を借り受けているほどであった。
太陽の神の力を炎に宿して、神の炎で緋緋色金を精錬しているのである。原石の状態でも緋緋色金は非常に強固で、そうでもしないと溶ける事さえ無いとの事であった。
なお、もし海棠翁が火龍かつ超級の力を持つのなら自分の炎でなんとか出来たらしいが、前者も後者も条件を満たさないので彼の生み出す炎での精錬は無理らしい。とまぁ、それは置いておいて。カイトはそのまま更に続ける。
「とまぁ、精錬は置いておいて。兎にも角にも精錬が出来ても今度は精錬し更に強度の増したインゴットの加工は精錬に輪をかけて非常に難しい。刃に出来ないんだ」
「それこそ、精錬した緋緋色金をそのまま鋳造して鈍器にした、いっそ看板にでもしてそのまま叩いた方が遥かに強い、なんて冗談が言われるぐらいだからね」
「そ、そのまま鈍器に……」
流石にこのユリィの冗談には瑞樹も頬を引きつらせる。とはいえ、本当にそれほどだそうだ。それこそ硬すぎて並の鍛冶師では扱いきれず、下手な鍛冶師が使うぐらいなら精錬の際に溶かしたまま鋳造用の鋳型に流し込んでハンマーなどの鈍器にした方が遥かに武器として優れているとさえ言われるのであった。そして事実、そうらしい。冗談でさえなかった。
「ま、そりゃそうだ。そもそも神の火を扱いながら、非常に高度に練った魔力をハンマーに込めて成形しないと駄目なんだ。これで刀を打とうとすると、相槌も含めて最低でも合計二人揃えなければどうしようもない。もちろん、緋緋色金の鋳造の剣が無いわけじゃないが……そんなものを作るぐらいなら、と誰もが言うだろうな」
「それこそ緋緋色金の剣を作る、ということで国家が全国の鍛冶師と魔術師を動員した、なんて伝説はよくある話だね。実際、それで作られた剣は何本もあるわけだし」
「ま、そんなわけでな。まず間違いなくそれを二人でやってのける海棠の爺と竜胆の奴は鍛冶師として超一流。神域に限りなく近づいた鍛冶師として言っても過言ではないだろう」
カイトは改めて、己の武器を拵える二人の鍛冶師について絶賛を以って評価とする。少なくとも国が動員を掛ける様な事を日常茶飯事として行えてしまうのだ。もちろん、それでも使う素材の関係で気合を入れてやるだろうが、その程度といえばその程度と言える。その時点で力量は察せられるだろう。
「というわけで、緋緋色金を素材として使える鍛冶師は非常に少ないんだ。だから、普通の鍛冶師ならまず緋緋色金は嫌厭する。自分じゃ使えないからな。腕によほどの自信がある奴だけが、その素材を使う……需要と供給だ」
「で、欲しがる奴は基本超級の鍛冶師だから、そんな奴が作る武器はそもそも普通の鉄を使っても高級品。結局、武器としての値段は高くなるわけ。だから武器そのものは非常に高価だけど、素材そのものはそこまで言うほど高価でもないの。その後の職人芸が多すぎて、腕の値段が高いわけだね。だからキロとしては金塊と同程度ぐらいでしかないよ。まぁ、戦時とかなら高まるだろうけど、そこらは時価という所かな」
カイトの言葉を引き継いだユリィが改めて解説を締めくくる。というわけで、海棠翁達の刀はエネフィア全土で有名なわけである。
そして彼らの名もあればこそ、中津国は武芸者の多い土地として知られている。緋緋色金を使える鍛冶師が国に居るからだ。良質な武器がある所には、腕利きの戦士が集まる。なんら不思議の無い話だった。というわけで、解説が終わった事を受けて瑞樹が試しに問いかけてみた。
「……試しに聞いてみたいのですが……カイトさんの刀の場合、お値段はどの程度で?」
「こいつか?」
カイトは今回も今回で刀を持ってきていたわけであるが、彼の愛刀は海棠翁達に修繕を依頼している。が、村正流の本拠地だ。なので海棠翁達が練習の為に打った緋緋色金の刀が何本も収蔵されており、その一振りを今回借り受けてきていたというわけであった。使い勝手はいつもの物よりはるかに悪いらしいが、これを悪いと言える時点でカイトの腕も察するに余りある。
「そうだな……こいつはあえて言えば爺達が腕を上げる為に作ってる練習用。数を作って腕を上げる為の数打ちと言っても良いか。素材の量としては普通の刀と変わらないぐらいだから……まず素材で日本円換算で大体……五千万ぐらいかな。あ、鞘とか色々込みな。素材の関係で鞘もそこそこ良いの使ってるし。で、ここに爺達の腕が入るから……まぁ、ざっと一振り二億は行くか」
「に、二億……」
流石に数打ち程度で二億円とは想像を絶する値段である。そしてそれを平然と使っているカイトの金銭感覚もある意味、桁違いなものだろう。なお、流石に海棠翁達とて緋緋色金を入手するのは難しいし、精錬にも非常に時間が掛かるらしい。なのでこの刀に使われている緋緋色金は溶かして再利用するらしい。
ならそれを修繕に使えば良いと思うだろうが、それは練習用に使うだけでカイトの様な彼らが認めた戦士の為の素材は、一から精錬し直す事にしているそうだ。彼らなりの鍛冶師としてのプライドというか誇りなのだろう。まぁ、それで戦士に素材を取りに行かせているのは本末転倒な気もしないでもない。
「そんなもんだろ。実際、爺達の武器になりゃ一振りウン百万が基本となるしな。実際、値段に見合うだけの良い武器だ」
「まー、カイトの場合海棠のおじいちゃん達が素材の費用だけで良い、って言ってるからそこまでしないんだけどねー」
「まぁな」
ユリィのツッコミにカイトは笑う。そこらはやはりカイトの事を認めていて、海棠翁と竜胆もまた職人という所なのだろう。自分達が納得の出来る仕事をした。それが何より彼らにとっては報酬と言えるらしい。彼らはある意味では求道者。その彼らが満足出来たということは、その仕事は最高の仕事が出来たという事だ。彼らからしてみれば十分、対価になった。
そして何より、彼らからすればカイトに対して自分達の腕が劣っているという所が納得できていない。今回の一件も然りであるが、カイトの腕からすると彼ら渾身の一振りでさえまだ足りないのだ。
それで費用を請求する、というのは彼らの沽券が許さないのであった。なので基本、カイトからの依頼であれば無償で引き受ける。自分達の腕が悪いから、だ。
「てーか、オレの場合素材も自分で取りに行って? あまつさえオレが鍛冶に手を貸すんだぞ。それで費用請求されてたまるかよ……で、まぁそれは良いわ。ホタル、採掘は終わりそうか?」
「……マスター。一つよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「……当機に搭載されているドリルでは緋緋色金を採掘出来ない事が判明しました」
カイトの問いかけを受けたホタルは少し困惑した様子で採掘用の削岩機を提示する。刃先はボロボロで、修繕が必要そうだった。まぁ、そこの部分については魔術で修繕するので問題はないが、これも一応魔鉱石を使っていてかなりの強度を持つはずだった。
それがボロボロの時点で掘り出そうとしているのはそれ以上の強度を持つ鉱物だろう。それ以上となるともう緋緋色金ぐらいしかなかった。どうやら、鉱脈にはぶち当たっていたらしい。が、そこで削岩機の刃が負けてしまったというわけであった。
「あー……やっぱそれでも駄目か。ホタル。そっちの修繕はオレがしておくから、こっちを使え。ティナが地球で加工した削岩機で、電力で動くんだが……お前なら使えるだろう。先端には精錬した緋緋色金を使っている。十分、耐えられるはずだ。もし無理なら、オレが使ってるツルハシで掘るしかないな。その時はオレがやろう」
「了解。お借りします」
ホタルはカイトからティナが作った――彼女が使っていたのもティナ作だが――削岩機を借り受けると、若干赤く輝く鉱石へとその先端を向ける。そうして再度ガガガ、という音が響きだして、今度はゆっくりとだが採掘が始まった。と、そんなこぼれ落ちた鉱石の一つを瑞樹が手に取った。
「これが……緋緋色金?」
「ああ。その原石だな……緋緋色金。若干緋色だろう? これを精錬すると、きれいな緋色のインゴットになる」
僅かに赤色に鈍く光る鉱石を見ながらカイトは改めてそう語る。これはまだ精錬前なので不純物は多いし、周囲にクズ石もまだ付着している。なのでこの程度だが、これを精錬するともっときれいな緋色で光り輝くそうだ。
「あら……でもそう言えばカイトさんの刀は……」
「ああ、これか。そうだな。せっかく時間があるし、一度見せてやるか」
瑞樹の言外の疑問を理解したカイトは時間がある事もあって、腰に帯びた刀を抜き放つ。そうして少し目を閉じて意識を集中して、刀身にゆっくりと魔力を流し込んだ。すると、刀身が真紅に染まって淡い緋色の光を放ち始めた。その光は神々しくもあり、同時に柔らかで非常に味わい深い優しい色だった。
「……こんなものかな」
「きれい……ですわね」
「だろう? これが出来る様になってはじめて、緋緋色金を使う資格があると言われるんだ。刀身の隅から隅までしっかりと魔力を行き渡らせると、緋緋色金は本来の力を取り戻して淡く光り輝く」
カイトは緋色の淡い光に見惚れる瑞樹に対して、淡い光を維持しながらそう説明する。とはいえ、これが戦闘中に起きないのも理由がある。カイトが今見せた様に、魔力の扱いの繊細さであれば随一である彼でさえ意識を集中しなければならないのだ。その時点でどれほど難しいかはわかろうものである。というより、維持しながら喋れる彼がものすごい技量というだけであった。
「これのまま斬撃を放つと、その斬撃もこの緋色になる。だから、緋緋色金の斬撃はとある国では『緋色の神撃』とさえ言われているね。神の一撃、というわけだね。だから、緋緋色金は神の金属なわけ。金属の神様、みたいな感じなわけだよ」
「なんだか……わかる気もしますわね」
ユリィの解説を聞いた瑞樹はただただ納得するしかなかった。神々しくもある緋色の光はまるで神の後光の様でさえあったからだ。こうして、瑞樹は緋緋色金が神の金属と言われる所以を身を以て理解して、ホタルの採掘が終わるのを待って一同は帰還する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1278話『蛇の皮』
2018年8月22日 追記
誤字修正
・『渾身』が『魂心』となっていた所を修正しました。




