第1276話 魔導金属
鍛治に必要となる鉱物資源を求めて『桃陽の里』の裏山にある鉱山へと入っていたカイト達は、数度の戦闘を経て坑道の奥深くまでたどり着いていた。と言ってもここは基本的に鉱夫達はいない。なので入った戦士達の為の簡易な休憩所があるぐらいだった。
「ふぃー……やっぱ後衛無しって結構エゲツないんだな」
「後衛は基本、大火力で敵を確実に仕留めるっていうのが役割だからねー。居ないとチマチマ削ったり、前線に攻撃力の高い奴を置く必要があるわけ」
しみじみと魔術師や弓兵などの攻撃力に長けた面子が居ない事の厄介さを肌身にしみて感じていたソラに対して、ユリィがパーティ編成の重要性を説く。基本ここらはバランスの良いパーティを心掛けるのが冒険者の基本だ。当たり前だがゲームの様に最初から出現する敵が分かっているという事はあり得ない。特化型ではその特化した部分通用しなければ終わりなのだ。が、逆に場によってその特化にさせられた場合は、これほどに面倒だったのである。
「特にここだとそれが顕著だな。どうしても場所の特異性から生息する敵が硬い。物理があまり有効でなく、魔術が有効な相手も多い」
「めんどくせー」
やはりこういった物理的に固い魔物に対しては魔術が非常に有効だ。そしてそれ故、ソラ達――カイトが苦戦するわけがない――は苦戦しているわけである。それ故に、彼の言葉は非常に嫌そうな感情が乗っていた。
「そうだな……まぁ、その意味で言えば、お前は本当に戦士として優れている」
「な、なんだよ唐突に……」
本当に唐突なカイトからの称賛に、ソラが照れるよりも前に思わず目を見開いて驚きを露わにする。とはいえ、これもむべなるかな。本当になんの脈絡もなく唐突な事だった。が、この称賛だけは前からカイトがずっと思っていた事でもある。
「お前の才能……そうだな。その発想力だけは非常にオレは優れていると思っている」
「発想力?」
「ああ、発想力だ。そうだな。例えばお前が常用する杭系。あれを魔術で開発した奴はいる」
「ティナがそうだね。特許とかも持ってるし」
「まぁな」
ユリィの明言にカイトは笑いながら頷いた。もちろん、これについてはカイトの力というかアイデアも入っている。なのでこれを使って得られた特許使用料などは一時公爵家を潤したし、それを使ってエネフィアにも削岩機は存在していて、各種の工業用に使われている。これを技として開発したのがソラだというだけだ。
が、それゆえにこそこの開発は今まで何度も行われていて、しかし道筋を示せた者は数少ない。出来たとしてもそれを広く知らしめる形で公表した者は非常に少なかった。若くして、そしてこちらに来て少しで開発出来たのは間違いなく彼の才能の高さを表していたと断じても良いだろう。
「お、おう……でも魔術としちゃあったよな?」
「ああ、あったな。が、ここでそれが使えるか?」
「え? あ、無理だ」
「そうだ。が、ここでは技は普通に使える。使えるから、冒険者達はお前の公表した技を是が非でも欲しがったわけだ。もちろん、それだけじゃない。軍は今、これを必死で習得して改良しようとしている」
なぜ、あの時皇帝レオンハルトがこの系統の技の登録を勧めたのか。その真意はここにあった。この技が広く公表されれば、軍の技術は向上する。それは生存率の向上にもつながる。
当たり前だが軍人全員が杭系に比類する魔術を使えるわけがない。つまり、もし魔術師の居ない状態で『鉄巨人』の様な非常に固い敵に出逢えば全滅が必須なのだ。
それが、たった一つの技で生存確率が飛躍的に上昇するのである。これがどれほど軍上層部から嬉しい事かは、察するに余りある。ソラは軍上層部に知らない内に多大な恩を売ったとも言える。
もちろん、別の側面から見ればその当時のソラの見識の低さが露呈した――本当はもっと高値で売りつけられた――事でもあったが、同時にこのおかげでソラには莫大な資産が転がり込む事にもなった。あの時に必要だった事等を鑑みれば、十分だろう。
「あ、その噂は僕も聞いた事があるよ。中央の近衛達が必死になって日本人の開発した技術を習得しようとしてるって。あれ、カイトじゃなくてもしかしてソラの事だったわけ?」
「そうだ。オレが陛下に奏上して、軍への習得を勧めてな」
「え、ちょ? いつの間にそんな話になってんだ?」
自分の知らない間に出ていた規模の大きな話に、ソラが思わず困惑する。ただでさえ褒められていて困惑しているのに、ここに来て話の規模が飛躍的に高まったのだ。とはいえ、この称賛は本当に掛け値なし、手放しで称賛しても良い事だった。
「んー……前にオレが魔導機のお披露目をした時、かな。あの時付き合いの出来た高級軍人達から公爵家に申し出があってな。軍で作る武器の試作に協力して欲しいって。まぁ、流石にお前にそっちにかかりきりになられると困るから、オレがこっちの軍人に向かわせたけど」
カイトは少し思い出す様に顎に手を当てる。どうやら、それほど昔だったらしい。
「まぁ、それに」
「い、いやちょっと待った! 流石にこれ以上はやめてくれ! マジで恥ずかしすぎて死にそうだ!」
更に続けようとしたカイトからの称賛に、ソラが思わず両手を突き出して制止を掛ける。本当に顔は耳まで真っ赤だった。とはいえ、それも無理もない。カイトが手放しの称賛をするのは珍しい。それ故、ソラも対応に困ったのであった。というわけで、対応に困ったソラは今までずっと沈黙を保っていた瑞樹へと水を向ける。
「み、瑞樹ちゃん! 検査どうなってる!?」
「……あら? 誰か何かおっしゃられました?」
ソラの大声での問いかけに瑞樹がヘッドホンを外して問いかける。ヘッドホンは耳をすっぽりと覆うタイプで、彼女には実は周囲の音が聞こえていなかったのである。実はカイト達が雑談に興じていたのも無意味に立ち止まっていたわけでも、休憩していたわけでもない。
ここらから彼らが求める鉱物の鉱脈が見つかる事があり、その調査をホタルと共に行っていたわけであった。もちろん、カイト達も行っていたが一足先に担当部分が終わったので、というわけであった。
「……あら。何か楽しげな事が起きていた様子ですわね」
「あっははは。ま、そんな所だったんだが……確かにそろそろ探査も一通り終わったか。瑞樹、そっちはどうだ?」
「ええ、丁度。後はこれをホタルさんにお渡しすれば良いのですわね?」
「ああ、頼む」
カイトの頷きに瑞樹は自分達とは違いノートパソコンの様な物を使って何かを作っている様子のホタルへと彼女が集めた情報を入れたUSBメモリの様な魔石を手渡した。それで、必要な情報は全部だった。
彼らが何をしていたかというと、簡単に言えば音響測定だ。やはりここら一帯には各種の様々な鉱物があるわけで、音響測定での反射には差が出て来る。そしてその差はティナが地球時代から蓄え続けていた。なのでその結果を下地にして調査をしていたというわけであった。
「さて……後はホタルがマッピングを終わらせてくれれば、次に移動出来るわけだが……ホタル、情報は十分そうか?」
「……まだ、結論を出すには早いかと」
「そうか……ここら、魔導金属のある地の坑道の面倒な所というべきなんだろうな」
カイトは自分達の周囲の石の壁を見てため息を吐いた。ここには豊富な鉱物資源がある。それは鍛冶には最適なわけであるし、それを狙って海棠翁達は近くに拠点を作っている。
が、その代わりとしてホタルやティナの使う様な検査用の魔導具はその出しているソナーに似た波が魔導金属の原石にかき乱されて、満足には使えなくなってしまうのであった。とはいえ、使えないわけではない。反応を軸にして常に微調整を加える事でなんとかマッピングが可能となる。というわけで、全員でヘッドホンをして反応を探りつつ、最適な位置になるように微調整をしていたというわけであった。
「カイトー、とりあえず周囲に魔物の影は無いよー」
「おーう。サンキュー」
と、そんな検査結果の洗い出しを行ってくれているホタルを待つカイト達の所へと、ユリィが帰ってきた。別にカイトが気配を探れば魔物の接近もわかるわけであるが、やはりそれは片手間で万が一が起こり得る作業だ。なのでユリィが周囲を偵察して見張りについてくれているというわけであった。
というわけで、何時も通り彼女を肩に乗せたカイトは次の方向性を決める為にもホタルの検査結果を待つ事にする。そうして、およそ20分ほど。ホタルが3Dマッピングを行った結果が表示される。
「マスター。アルフォンス様が求められている鉱物はおそらく、この一帯かと思われます」
「ふむ……このさき斜め下に少しという所か……ホタル。お前の装備で採掘は可能か?」
「肯定します。おそらくこの距離であれば、小型の削岩機を使って入手可能かと」
「良し。じゃあ、頼む」
「了解」
カイトの求めを受けて、ホタルが小型のドリルを取り出した。結局、採掘でやることは地球もエネフィアも変わらない。ドリルを使って鉱石を掘り出してやるしかないのである。というわけで、しばらく。ホタルがドリルを使って岩壁を掘り進め、少しだけ黒みの濃い鉱石が採掘される。そうして採掘された鉱石を回収し始めたカイトへと、ソラが興味深げに問いかけた。
「なんなんだ、これ?」
「青魔鉱石。青タイだの青アダマンだのと言われる魔導金属の一種だ。魔鉱石とは少しだけ容量が異なるし、強度や加工の難度が少し違う……まぁ、有り体に言えば亜種だと思えば良い」
「ブルー……どっからどう見ても黒くね?」
「精錬していないからな。これを精錬してインゴットにすると、青みが出て来る。鉄鉱石だって輝いてないだろ?」
「へー……」
こんなくすんだ黒い物体が精錬されれば青くなるのか。ソラは感心した様に何度も頷いた。そうして、少しの間採掘が行われて、必要分を回収したホタルがドリルを止めた。
「マスター。この程度で十分かと」
「そうだな。流石に10キロもあれば十分に出来るだろう。今回はゼロから作るわけでもないしな」
「それで、マスター。先程瑞樹様の集められた情報から偶然にもマスターの求める素材の位置も測定出来ています。どうなさいますか?」
自らの提案に同意したカイトへと、ホタルは更に問いかける。どうやら、カイトの求める緋緋色金の鉱脈も偶然にも見付かっていたようだ。まぁ、ここの坑道には本当に多種多様な金属が眠っている。なのでこういう事もままあった。
「ここから掘り進めるか?」
「いえ、一つ下の坑道に進むべきかと」
「……時間は?」
「十分、夕刻までには帰れるものだと推測されます」
「良し。なら、行こう」
ホタルの推測にカイトはゴーサインを出す。と、そうして歩き出そうとしたカイトであるが、その前にふと立ち止まった。
「あっと……お前らはどうする? 別にこっちはオレ達だけでも良いが……」
「どうせだし、ここまで付きったしな。俺も行くよ」
「そうですわね……それにせっかくなのでこの世で最も固い金属と言われる緋緋色金にも興味ありますし……」
「そう言えば私も見たこと無いです」
「僕も無いなー……」
どうやら、全員この世で最も固い金属である緋緋色金に興味があったようだ。カイトの問いかけに全員が同行を申し出る。カイトとしても人が居た方が早く作業が終わる――昨日で終わらなかったのは入った一人で検査に時間が掛かった事と坑道が外れだった為――ので、この申し出をありがたく受け入れさせてもらう事にする。そうして、彼らは更に坑道の奥へと進んでいく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1277話『神の金属』




